紙魚子の小部屋 パート1

節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物のあれこれ、家族漫才を、ほぼ毎日書いています。

今日の日はさようなら

2008-09-30 01:17:40 | ノンジャンル
 「今日」、つまり9月ラストの30日のすべてのスケジュールを終えたのが0時を回っていたので、お風呂上がりは1時近くに。このままでは、明日の6時起きが危ぶまれるので、とりあえず就寝いたします。

 しかも昨日、Kちゃんとしゃべっているうちにふと思いついたなんか面白いネタがあったはずなのに、それについて検索して調査するはずだったのに、きれいに初期化されてしまった(泣) なんだったのだろうな、一体? メモしとくべきなのだった。 こういうの、最近多すぎ!

 ということで、『今日の日はさようなら』な9月末日だったのでした。

 

自分の物語をつくる。

2008-09-29 23:58:31 | 読書
 久しぶりに河合隼雄さんの対談を読む。小川洋子さんとの対談は、次の対談を約束してありながら、河合さんが唐黷轤黶A「次の対談」は永久に不可能になってしまったのだが。

 未完の対談となった『生きるとは、自分の物語をつくること』(新潮社)の小川さんのあとがきは、さすがに鋭い観察眼を持った作家さんだとひどく感心させられた。

 心の病に苦しむ人たちは、河合さんに打ち明け、苦しみを分かち合うことができたけれども、では、河合さんは一体自分の苦しみを、だれに打ち明けることができたのだろうか? と、小川さんは問いかけていた。

 そんなこと、考えもしなかった。河合さんはカウンセリングのプロ中のプロだから、ご自分の苦しみなんかないだろうし、自分でなんとでもできただろうなんて、無意識に考えていたのかもしれない。

 対談の中で河合さんは「僕は地球にアースしていますから」とおっしゃっていて、クライエントから聞いたことに押しつぶされることはないのだろうけれど。

 河合さんの冗談好きは有名だし、その著作を読んでも随所にお笑いャCントがあるので楽しいのだが、河合さんをそれほどまでに「笑い」に駆り立てるのは、一方で河合さんがいかに「苦悩」や「闇」を抱えていたか、ということではないだろうか。「笑い」(=救済)が一番必要だったのは、彼自身だったような気がする。

 もしも「次回の対談」が成立していたら、そのテーマは「ブラフマン」だったので、かなり哲学的かつ宗教的な話になっていそう。この幻の対談は、きっと小川洋子さんが作品の中で昇華してくださるだろう。それが、河合さんが彼女に残されたテーマなのだから。

 

シンプル&シュール

2008-09-28 23:39:35 | 読書
 子育てをしている中で、絵本にハマったことは大きな収穫だったが、子どもたちが2人とも決して手に取らなかった絵本がある。それはキライだったからではなく、「この絵本はぜーったい、浮「!!」と確信する絵柄だったからである。そして彼らの予感は見事に当たっていた。確かに、オバケや幽霊のお話が多い方なので、明らかに浮「話ではあるのだけれど、ストーリーや設定以前に、その表紙のシンプルな絵柄に、なみなみならないコワさを感じたのであろう。たとえば、これ!

子どもたちにウケようというより、「本気でコワいわよ!」と真剣勝負を挑んでいるような。一度見たら脳裏に焼き付いてしまい、忘れたくても忘れられないほどインパクトのある極度にシンプルな絵。そして「救いがない」(笑)けれど、透明感のある(やっぱり忘れられない)余韻を残すおはなし。

 でもどこか可愛らしく、あたたかく、ユーモラスなのは、きっとせなさんのお人柄が滲み出ているから。「子ども」が大好きで、なおかつ「子ども」を尊敬し、だからこそ、手加減なしの真剣勝負なのだ。

 それは、日本を代表する絵本作家であり、子どもたちにも絶大な人気を誇り、図書館での回転率が素晴らしい「せな けいこ」さんである。せなさんの絵本のムードは、まさしくオンリーワンな独自な世界である。あれだけシンプルな絵柄なのに、追従する人もいない。

 ふと、そんなせなさんのことが気になり、同僚の方に検索していただき、せなさんについて書かれたものを探していただく。『別冊太陽』の『絵本の作家たち3』がヒットしたので、せなさんのページを通勤電車の中でじっくりと読む。

 彼女は子どもの頃、武井武雄さんの絵本をひたすら愛読し、高校生の頃、ご招待もされていない作家さんのパーティに、受付で相当分の金額を払うので、と交渉してまんまと潜り込み、たまたましゃべった方が武井先生のお知り合いだったので、頼み込んで紹介していただくことになる。せなさんは1932年生まれ。現在80近いお年なのである。そんな昔にこんな大胆な女子高生がいたのだ。

 高校卒業後は銀行員をしながら、武井先生の弟子になる。明治/大正生まれの方達ばかりの中で、「おじょうちゃん」と呼ばれながら、厳しくも手厚い指導をしていただく。武井先生ばかりでなく、他のお弟子さんたちにも親切に仕込んでいただくことになる。基礎をみっちり仕込まれ、下絵は念入りで緻密に描き込んだりしなければならないが、本番描く段階では、ぎりぎりまで削ぎ落とし、最小限のものしか描かないとか。

 彼女がインタビューに答えていた中で、知り合いの方に言われた言葉が面白い。
「あなたに武井武雄の絵はかけないけれど、武井先生にも、あなたの絵がかけないのよ」。なるほど~。こういう発想の転換があるのか~。

 毎日毎日の生活をきちんとしていれば、最上級の作品ができるという、見本みたいなかたである。子どもたちとの生活、ウサギさんたちとの生活が、ネタの宝庫なのだった。相方は落語家なので、「おかみさん」でもあるのだ。残念ながら夫である柳亭燕路さんはすでにお亡くなりになられているが、ご存命時には「春の日だまりのような」(笑)二人三脚でのアットホームなご家庭だったに違いないと思う。

 絵本はコラージュの手法で作られるので、千代紙や包装紙は大事な商売道具。せなさんは、とくにお菓子の包装紙がお気に入りで「私にとっては箱の中身より、外側の紙が大事なんです」。だから、以前作った作品を新しいシリーズで作る時には、そのお菓子店の包装紙の有無で、主人公の服が同じ模様でできるかどうかが決まるというのだ。

 高級和紙店の紙より、お菓子の包装紙!! とても共感する話である。この話だけでも、せなさんが好きになる。

 しかし、あのシンプル極まりない絵が、武井武雄の弟子として、厳しい修行の果てに出現していたとは。そういわれてみれば、絶妙な輪郭である。

せな けいこのプロフィールをウィキより抜粋

(せな けいこ、本名:黒田 恵子、1932年 - )は、日本を代表する絵本作家の一人。

東京都に生まれる。お茶の水女子大学附属高等学校卒。武井武雄等に童画を師事。1970年に『いやだいやだの絵本』でサンケイ児童出版文化賞受賞。夫は、落語家の故 6代目柳亭燕路。

児童出版美術家連盟会員。

[編集] 主な作品

* 『いやだいやだの絵本』(福音館書店)
* 『あ~ん あ~ん』(福音館書店)
* 『もじゃもじゃ』(福音館書店)
* 『きれいなはこ』(福音館書店)
* 『いやだいやだ』(福音館書店)
* 『にんじん』(福音館書店)
* 『ねないこだれだ』(福音館書店)
* 『くずかごおばけ』(童心社)
* 『どうぐのおばけ』(童心社)
* 『おばけのかぞえうた』(草土文化社)
* 『となりのたぬき』(すずき出版)
* 『うさんごろとおばけ』(グランまま社)
* 『おばけにあったうさんごろ』(グランまま社) など多数。


寒い!?

2008-09-27 23:00:56 | 季節
 つい先週まで結構な暑さだったというのに、この朝晩の冷え込みは何!? とちょっとばかり、ぶつくさ言ってみたい気分である。

 やっと彼岸花が咲き、ススキが秋の風情を醸し出して、稲刈りの終盤、いつもなら、とても気持ちのいい季節なのだ。それが驚くような大雨や雷雨にみまわれ、月の表面のように朝昼晩の寒暖のはげしさに戸惑い、風邪を引くかどうかという瀬戸際をウロウロすることになるのだ。

 つまり、ついにお風呂あがりにブログを書くと、書き終わった頃には湯冷めしてしまい、冷たい手足を悲しく思いつつベッドにむかうことになるのだ。そんな季節になってしまったことを、ちょっと残念に思うこの頃である。

 しかも無性にデザート(たぶん栗関係)を所望したい気分の季節でもあるのである!

 ああ、寒いの、いやだなあ・・・。

とくいの演劇に苦戦

2008-09-26 23:59:39 | 学校
 昨日のおばあちゃんの軽い転梼膜盾ナ、少なからずショックを受けていたが、幸い今回は大丈夫なようだ。極端に病院を浮黷驍ィばあちゃんのことだから、痛みを隠している可能性はないとはいえない。しかし曲がりなりにも老人車でなら移動出来るので、少なくとも骨折の可能性はない(だろう・・・自信なさげ)。とりあえずは、担当のケアマネさんに現在の状況の連絡をとる。

 お昼過ぎに、安定感のある歩行補助の用具を、行きつけの業者さんよりデモ貸ししていただく。4本足の歩行器を使うので、ゆっくりとしか移動できないが、まだしも自分の足が使えるということに感謝したい。

 午前中はといえば、Kちゃんの文化祭の2日目で、朝一で彼女のクラスの演劇があり、洗濯物をベランダに干したり、朝食の片づけをしたり慌ただしく過ごした後、遅刻ぎりぎりで滑り込む。

 今回は練習中から、いつになく、なんとなく乗っていない感じだったので、どうしたのかと思っていた。登場の仕方も、発語も、声のでかさも、間の取り方も、抑揚を表現してのパフォーマンスもいつもどうりだけれど、なにかがハテナ。なんとなくやりにくそうに見えた。なんでだろうと思っていて、ハタと膝を打つ。ああ、女言葉なんや。

 「~なのよね」「~だわ」という科白は、いかにも彼女には似つかわしくない。去年は「大工の棟梁」というおっさんの役だったので、見事にハマっていたのだ。せめて関西弁だったらよかったのに。 

 それでもなおかつ女優賞。声のでかさと発語のきれいさ/聞きやすさで、ずいぶん得をしている。身体表現も声の抑揚も、やりすぎるとイヤミになるが、その寸前でバランス良く収まっているので、得点的には有利だったのかも。

 小1で客席をおもいっきり湧かせた伝説の!?パフォーマーだが、今回は得意の演劇で思わぬ苦戦を強いられたようだ。にもかかわらず2年連続の受賞おめでとう♪