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小説の「書き出し」

明治~昭和・平成の作家別書き出し
古典を追加致しました

「飼育」 大江健三郎

2010-03-21 06:49:30 | 作家オ
 僕と弟は、谷底の仮設葬儀場、灌木の茂みを伐り開いて浅く土を掘りおこしただけの簡潔な火葬場の、脂と灰の臭う柔らかい表面を木片でかきまわしていた。谷底はすでに、夕暮と霧、林に湧く地下水のように冷たい霧におおいつくされていたが、僕たちの住む、谷間へかたむいた山腹の、石を敷きつめた道を囲む小さい村には、葡萄色の光がなだれていた。僕は屈(かが)めていた腰を伸ばし、力のない欠伸が口腔いっぱいにふくらませた。弟も立ちあがり小さな欠伸をしてから僕に微(ほほ)笑(え)みかけた。
 僕らは《採集》をあきらめ、茂った夏草の深みへ木片を投げすて、肩を組みあって村の細道を上った。僕らは火葬場へ死者の骨の残り、胸のかざる記章に使える形の良い骨を探しに来たのだったが、村の子供たちがすっかりそれを採集しつくしていて、僕らには何ひとつ手に入らなかった。僕は小学校の仲間の誰かを殴りつけてそれを奪わねばならないだろう。