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路上の宝石

日々の道すがら拾い集めた「宝石たち」の採集記録。
青山さんのダンスを原動力に歩き続けています。

◆ミュージカルの「本場」

2006-09-07 00:56:56 | テネシー・ワルツ 江利チエミ物語
『テネシー・ワルツ 江利チエミ物語』、第2幕はミュージカル女優、江利チエミの華やかな舞台の再現から始まります。まずはブロードウェイミュージカルの日本初上演作である『マイ・フェア・レディー』(S38)から、花売り娘イライザの「すてきじゃない(Wouldn’t It Be Lovely)」、そして「踊り明かそう(I Could Have Danced All Night)」。次にこのチエミさんの『マイ・フェア・レディー』の大成功を受けて制作されたという、雪村いづみさんの『ノー・ストリングス』から「ザ・スゥイーテスト・サウンド」。三番目には、元々歌謡曲からスタートした美空ひばりさんが、ナット・キング・コールの「ジャズ」をレコーディングする「魅惑のワルツ(Fascination)」へと続きます(ひばりさんは当然、「ジャズ」を歌う江利チエミを意識していたのですよね)。「チエミ、いづみ、ひばり」のお三方の素晴らしい歌唱によって、それぞれにジャンルを超えて活動の場を広げてゆく、彼女たちの華々しい活躍が印象付けられ、第2幕のスタートが盛り上がります。そしてこの第2幕第1場「ミュージカル・スター“チエミ”」のシーンの締めくくりが、『アニーよ銃をとれ』からのにぎやかで幸せなナンバー、「ショウほどすてきな商売はない」です。カウボーイ(アニーの相手役ということでしょうか)にレスラーなど個性派揃いのキャラクターのなかで、青山航士さんはピエロ役で御登場です。昨年の初演版とはまた一味違った、素敵なマイムが披露され、観客の視線とイマジネーションは、まさに青山さんの卓越したマイムな手の動きに導かれるようにして、しばし眼の前の夢の舞台空間から、月の光る星空への旅へといざなわれます。(詳細は楽日以降に。昨年の初演版の様子は、へーまさんのPlatea、2005年9月25日の記事、A Clockwork Bodyをご覧ください。)

この第2幕冒頭の華やかなステージシーンの再現シーンによって、歌手という枠を超えてミュージカルの世界へとはばたいていくチエミさんが、キャリアの頂点へと上り詰めていくように印象付けられるような気がします。それを観ている観客も、島田歌穂さんの素晴らしい歌唱と青山さんたちアンサンブルが作り出すミュージカルならではの華やかさによって、本当に幸せな世界にいざなわれます。ただ、こうして藤原佑好さんの原作本などを読ませていただいて改めて感じるのは、この華やかな舞台の裏で、江利チエミさんがミュージカルという舞台に臨む際に見せた「こだわり」というものです。チエミさんの代表作にもなったこの『アニーよ銃をとれ』の上演に際し、彼女は前の記事でも取り上げた「東京キューバンボーイズ」あるいは「原信夫とシャープス&フラッツ」など、お馴染みの数バンドをバックに歌いたいと主張したのだそうです。藤原さんの原作本によれば、その主張が通り、特別に17人編成の「東京ユニオン」というビッグバンドが編成されたのだとか。調べてみたら、この東京ユニオンのバンドリーダーは、東京キューバンボーイズでバンドマスターを務めていた野村良さんという方なのだそうです。またチエミさんは、『マイ・フェア~』のときも、『アニー~』のときも、その舞台の公演に先立ち、本場アメリカの舞台を観ているのだそうです。(ニューヨークで『マイ・フェア~』、ロスでベティー・ハットン主演の『アニー~』)こういうエピソードを聞くと、本場アメリカのミュージカルを、日本で初めて本格的に上演する、そのことに対してチエミさんが感じていた責任感はすごいものだったのだな、と改めて思います。当時の日本では映画を通して入ってくるというだけの世界だったアメリカのミュージカルというものを、チエミさんは日本人にとって身近なところへとグッと引き寄せた功労者だったのですね。今日いわゆるジャズのスタンダードといわれている曲の多くは、ミュージカルで歌われていた曲が多いので、ジャズでデビューしたチエミさんが、やがてミュージカルの世界にも飛び込んだという流れは、当然なのかもしれませんが、やはりその活動の幅の広さというものと先取り精神には、驚かされます。この後には、『テネシー』でのひばりさんとのやりとりにもあったと思うのですが、韓国の舞台劇『春光伝』にも挑戦しているのです。

今から40年ほど前のチエミさんのそんなエピソードを思い浮かべながら、現在2006年の日本のミュージカルシーンに眼を移してみれば、まさに来日もの、翻訳もの、日本オリジナルものと百花繚乱、観る方も選ぶのに困ってしまうほどの状況が広がっています。私もこの夏は、おかげさまで『ムーヴィン・アウト』→『テネシー・ワルツ』→『ウエスト・サイド・ストーリー』と観ることができました。しかし、これほどの目移りしてしまう状況のなかで、未だに観客の意識のなかに根深いのは、やはり「本場ブロードウェイ」という意識ではないでしょうか。特にダンスの割合が大きい作品においてはこの傾向が強いのではないかと思います。例えば、来日版『ウエスト・サイド・ストーリー』の感想などを探して、ネット検索などしてみると、「本場ブロードウェイミュージカルをこの眼でみることができて大満足」とか、「やっぱり欧米人ダンサーでなくっちゃね」というようなご感想を多く眼にします。それからやはり多いのは、「映画でしか観たことのなかったあの世界を実際にこの眼で一度観たかった」というものです。もしかしたら、こういう感想をお持ちの皆さんのなかでは、「本物=ブロードウェイあるいは映画版」という図式が完成されてしまっていて、最初から日本人が踊る『ウエスト・サイド・ストーリー』というものは眼中にないのかもしれません。・・・だとしたら、2年前のあの奇跡のような『ウエスト・サイド・ストーリー』を体験している者としては、本当に惜しいという気がしてなりません。私も青山航士さんというひとのダンスを知らなかったのなら、おそらく立派に胸を張って、そういう方々の一員であったことは間違いなかったと思います。しかし、2年前の夏と冬に上演された日本版『ウエスト・サイド・ストーリー』を、そしてそこで青山航士さんのタイガーを、私が観ているときには、「ブロードウェイが本物だ」とか、「やっぱりこの作品は映画版よね」とか、そういう「ホンモノ」をめぐる力学的議論のことは、はっきり言って頭の中から消えていました。そういうことはどうでもよくなっていたのです。今まさに眼の前で起こっているストーリーというものにただ引き込まれるばかりでした。日本のミュージカルの世界では、「ホンモノ=アメリカ、ロンドン」、こういう図式は根深いと思うし、かく言う私も、粒揃いで量感のあるダンサーたちが勢ぞろいしているところなどを見ると、オオッ~とたじろいだりしたりもするし、いわゆる「本場」のダンスというものにふれてすごく感動はして帰ってくるのも事実なのです。しかし、青山さんのダンスを日頃からこうやって観ていると、こういう「本場」のダンスを観ても、「何か違う、もっとあるはずじゃない?」ってどうしても思ってしまうんです。それは、青山さんという人が、そういう観る者のなかにある枠組みみたいなものを様々な形で、こちらも気づかないうちに取り除いてくれる表現者だからなのだ、といつも思います。江利チエミさんは、島田歌穂さんが歌い、青山航士さんが踊っていた、あの夏の『ウエスト・サイド・ストーリー』をご覧になったとしたら、一体どんな感想をお持ちになったでしょうか。そんなことを考えながら、チエミさんのミュージカルもこの眼で一度観てみたかった、そんなふうに思います。

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