独白

全くの独白

植物と動物(関係と選択の⑩、結び)

2017-02-14 14:59:01 | 日記
人間は動物、動く物の一種である。植物から発展する過程でその属性を手に入れた為に、大きな自由と共に大きな被拘束性をも帯びる事に成ってしまった。
動物としての動きの中には、内部の臓器などの自律的であるだけに不随意なものや、成長等といったこれも不随意で、極めて緩慢なものがあるが、それらは植物にも属している動きであり動物固有の属性ではない。
動物固有の属性である動きとここで云うのは、外部から吾人が明らかに視認できるような身体のそれと、視認できない内面的精神的なそれである。動物は四六時中動いて居り休む事ができない。四肢を動かして居ない時も内面は働かせている。睡眠中でさえレム睡眠とノンレム睡眠とを問わず夢は見るらしいし、身体をさえ動かして居る。
動く際には方向が決まって居なければ成らない。闇雲に動く事も在るが、予めそう決めて初めて闇雲に動いている訳である。
詰まり動く前にはその方向が選択されている。その為には環境や自身の内外の様々な事物の関係性、詰まり関係の有無や妥当性を考慮し見極めなければならない。即ち凡ゆる局面で人間に関わる「関係」は、動物たる人間と不可分の「動き」の基たるものであり、人間の敏感で在らざるを得ない事物と云えよう。従って「全く無関係なもの同士に実は関係がある」という事態の、人間にとって刺戟的であるのも当然である。
人間以外の動物に於いて同様の事があるか否かは今のところ断定のしようも無く、私が観察し推測する限りでは無さそうである。又人間に於いては時に不適当な関係を選択して敢えて不利な方角を選ぶ事もある。レミング等でも、増え過ぎると自ら按配しようと集団自死すると以前は考えられていたが、人間的視点に立ち過ぎた事に依る誤解であったらしい。これらの点で矢張り人間以外の動物はいまだ植物と人間との間にあり、それが進歩であるとすれば今のところ人間に一日の長があると言えよう。(完)