アプリコット プリンセス

チューリップ城には
とてもチャーミングなアプリコット姫がおりました

将軍家綱漫遊記 三

2020-09-11 10:31:57 | 漫画




丸橋忠弥
「先生!」
「儂らは、もう我慢がならん」
「いつまで幕府の言いなりになっているつもりですか」

由井正雪
「おお、忠弥か」
「そのように、いきり立つな」
「お主は火付け盗賊改め役に不満があるのか?」

丸橋忠弥
「当たり前です先生」
「松平信綱は先生をバカにしております」
「私はね、あの者の家来になるのは
まっぴら御免なんです」

由井正雪
「そうか、ではお主
また、牢人の身に落ちたいと申すのかな?」

丸橋忠弥
「いいえ、先生は信綱に騙されておるのです」
「実際、我らの働きを全く評価しないではありませんか!」

「先生!」
「力を蓄えて行動に移すべきです」

由井正雪
「如何なる行動を起こしたいのじゃ」

丸橋忠弥
「今、江戸市中に将軍家綱が無防備に出回っております」
「将軍を奪い、朝廷に下りましょう」

由井正雪
「なんと!」
「まだ謀反を捨てきらないのか!」

丸橋忠弥
「今が絶好の機会です」
「将軍を拉致するのです」

由井正雪
「名声を得るために必要なことは実力じゃ」
「価値ある者が努力すれば第一人者になることはたやすい」
「しかしな、がむしゃらに突き進むのは見苦しい」
「名を汚し、ひんしゅくを買い、結局滅び朽ちることになる」
「今、才能を発揮する場所を考えろ」
「目指す地位に到着するには人一倍の努力が肝要じゃ」

丸橋忠弥
「努力は報われておりません」

由井正雪
「本来、良い評判を得るには大変な苦労を伴うものじゃ」
「これはな、評判の良い凡人が殆どいないことと同じことなんじゃ」
「だかな、儂らはお主たちの卓越した能力と努力によって
市中の評判を手にすることが出来たのじゃ」
「一度このような好評を得ることができれば
この評価は覆されることはない」
「お主が欲しがっておる地位はな
その地位についているつかの間の夢じゃ」
「しかし、根についておる高評価はこれからもずっと
末永く続いていくものなのじゃ」

丸橋忠弥
「しかし、良い評判だけでは
飢え死にしてしまいます」
「先生は、天下を取れる人材に御座います」





丸橋忠弥
「何だって!」
「変じゃねェーか?」
「城主っていうのは嘘じゃねェーのか?」

佐倉惣五郎
「何故そう思う」

丸橋忠弥
「いや、失礼仕った」
「御大名様は一人で何を為されておりますか?」

佐倉惣五郎
「ちと、待ち人を待っておる」

丸橋忠弥
「おいおい」
「やはり可笑しいぜ!」
「大手門前で待ち合わせなんざ」
「いってい、誰を待っておられるのですか?」

佐倉惣五郎
「んんゥ」
「お主こそ何ものじゃ」

丸橋忠弥
「丸橋忠弥、牢人上がりのケチな者ですがね」
「由井正雪の計らいで火付け盗賊改めをしております」

佐倉惣五郎
「さようか」
「お勤めご苦労、良く励めよ」

丸橋忠弥
「お大名さま!」
「いくら大名様といっても」
「此処で待ち合わせはありませんぜ」
「別の所にして頂けませんか?」

佐倉惣五郎
「んんゥ」
「だめじゃ、変更は出来んのじゃ」

丸橋忠弥
「だけどねェ」
「此処はダメですぜ」
「江戸市中の者は皆知っておりますぞ」
「たとえお大名様でもねェー」

佐倉惣五郎
「分かった」
「また出直してこよう」

丸橋忠弥
「お大名様、悪く思わないで下さいませ」
「私も責任がありますからね」

佐倉惣五郎
「では水野十郎左衛門様に佐倉惣五郎が待っていたと
お伝え下さいませ」

丸橋忠弥
「おおゥ」
「こりゃー驚いた」
「ますます、可笑しなことじゃなァ」
「おめェーさん」
「いってい誰何でさぁー」
「悪りィーことは言わねぇー」
「正直に申してみなされ」

佐倉惣五郎
「可笑しいか?」

丸橋忠弥
「ああ、可笑しいぜ」
「あっしの目は節穴じゃ有りませんよ」
「正直に申してみなされ!」

佐倉惣五郎
「佐倉領主佐倉惣五郎じゃ」

丸橋忠弥
「嘘だね!」

佐倉惣五郎
「では勝手に待たせてもらうことにしよう」

丸橋忠弥
「困ったお方じゃな」
「儂らにも責任があるでな」
「力ずくでも排除せねばならんぞ」

佐倉惣五郎
「さようか」

丸橋忠弥
「んんゥ」
「何故したものか?」





小僧
「其方」
「此処で何をしておる!」

佐倉惣五郎
「将軍様をお待ちしております」

小僧
「惣五郎殿!」
「佐倉領の地元でお会い致しましたな」

佐倉惣五郎
「んゥ」
「貴方様は、将軍様で御座いましょうか?」

小僧
「そのように、畏まらなくても良い」
「儂は丁稚小僧じゃ」

佐倉惣五郎
「儂は夢を見ているようじゃ」
「城門前で待っておると
本当に将軍様にお会いできた」
「奇跡が起こった」
「本当に有難き幸運に御座います」

小僧
「将軍は城の中で学問とやらをしておるが
丁稚小僧は実際の町民の生活に溶け込み
貴重な経験ができる」
「身分を問わず、話も聞ける」
「惣五郎殿は将軍に直訴に参ったのであろう」
「儂が将軍に代わりお聞きいたす」

惣五郎
「将軍様に申し上げます」
「佐倉領の農民は五割の年貢を納めており
残りを持って生活をしておりました」
「大飢饉の後に加賀様(堀田正盛)が領主に御なりになり
領内農民の生活は楽になったのです」
「しかし、加賀様が殉死なされ次に領主になられた
佐倉様(堀田正信)は年貢五割に加え、仮早稲米を五割
併せて拾割を収めるようにとの事で
我ら農民は全ての収穫を年貢米で取り上げられております」
「早米を管理する代官は
米が無ければヒエやアワ、キビなどを食すようにとの事で」
「領民全て米を食べることが出来ません」
「農民が食べるだけの早米を返して欲しいのです」

小僧
「佐倉領民の困窮
この丁稚小僧が良くお聞き致した」
「この仮早稲米の問題は上之助(堀田正信)の責任に非ず」
「江戸家老の怠慢じゃ」
「儂に任せて、安心してお国にお帰りなされ」

佐倉惣五郎
「儂は夢を見ているようじゃ」
「将軍様」
「ありがとうございます」



阿部忠秋
「あれあれ」
「上様!」
「まこと、お似合いに御座います」

小僧
「さようか」
「そのように申すのは、お主だけじゃな」
「儂は丁稚小僧でもよいか?」

阿部忠秋
「いけません!」
「もう、お城にお帰り下さいませ」
「貴公、お迎えに参りまして御座います」

小僧
「お主、父君の小姓であったのォ」

阿部忠秋
「はい、上様の父君大御所家光公より
お仕え致しております」

小僧
「小姓組の事を聞きたい」
「首座と加賀守の大政参与の仲は良かったのか?」

阿部忠秋
「幕府の政務執行上の事ですので
私情による仲たがいはご法度にございましょうな」

小姓
「首座は何故に首座となつた?」

阿部忠秋
「伊豆殿(松平信綱)は島原の乱で内乱を鎮め
小姓組を束ね、幕府の政務を一手に
こなす実力を認められたので御座います」

小姓
「では、大政参与は何故大政参与となつた?」

阿部忠秋
「加賀殿(堀田正盛)は上様の父君と相性が良く
まさしく、仲良しで御座いました」
「きっと、いつも近くに置いておきたいお方が
加賀殿であったのでしょう」

小姓
「では、もう一度聞こう」
「首座と加賀守大政参与は仲たがいしていなかつたのか?」

阿部忠秋
「上様!」
「貴公、答えに窮しております」
「もし許されるのであれば
質問の意図を教えて頂けませんか?」

小姓
「そうじゃな」
「其方の立場も考えねばな」
「これは余の興味本位の質問ではないぞ」
「重要なことじゃ」
「加賀守は父君の後追いで殉死なさった忠臣」
「首座は父君亡き後の政務執行を託された実力者」
「では、残された加賀守の跡取りは如何なっておる?」

阿部忠秋
「佐倉上野介殿(堀田正信」は佐倉領城主となり
殉死為さりました加賀守の後を継いで御座います」

小姓
「では、仮早稲米を存じておるか?」

阿部忠秋
「申し訳御座いません」
「貴公、始めてお聞き致します」

小姓
「話は其方の同僚の小姓六人組の一人
上野介の父である大政参与堀田正盛にさかのぼる」
「大政参与は大役じゃな」

阿部忠秋
「はい、まさしく」
「役目としては老中よりも大役に御座います」

小姓
「では、大役大政参与の領地としての佐倉領は十分であるのかな」

阿部忠秋
「一概には結論できかねますが
ある意味十分とは言えないでしょうな」

小姓
「何故に大領を与えなかったのかな?」

阿部忠秋
「祖父大老殿(酒井忠勝)が大領を望まなかったために
上様の父君家光公が躊躇為されたのだと思います」

小姓
「如何じゃ」
「面倒な話じゃろ」

阿部忠秋
「さように御座います」






井伊直孝
「上様!」
「お城にお帰り下さい」

小僧
「おおゥ」
「お主も大政参与じゃったのォ」

井伊直孝
「んんゥ」
「上様の後見役として、先には大御所家光公より仕えて御座います」

小僧
「首座と大政参与は何方が格上じゃ」

井伊直孝
「上様!」
「上様の後見役大政参与に御座います」

小僧
「では、幕府の政務に怠りがあれば、お主に責任があるのじゃな」

井伊直孝
「いいえ」
「大政参与は上様の後見役として幕府の安泰に尽力することに御座います」
「政務は首座(松平信綱)が一手に取り仕切って御座います」

小僧
「首座が如何に優れていようが
幕府の政務全般を一人でこなすことは出来んぞ」

井伊直孝
「首座殿が一人で全てをこなしているのは、
江戸家老間にある、ある種の権力闘争のようなもので、
首座が老中を仕切る中心的な役割を維持する仕組ですぞ」
「儂は、首座殿と家光公との板挟みじゃった」
「大政参与が政務に口を出さぬのは
役割分担が必要なためです」

小僧
「其方は、加賀守(堀田正盛)と首座の仲たがいを存じておるか?」

井伊直孝
「良くお調べに御座いますな」
「首座殿は大政参与の後見役を軽んじておりました」
「幕府の政務を取り仕切る老中首座の地位が将軍の後見役
に劣るとは考えなかったのじゃ」
「儂は事あるごとに抵抗したが
当時の大老や教育役どもは全て失脚した」
「首座殿は人一倍優れておりますが
やはり、幕府の政務全般を一人でこなすことは不可能じゃ」

小僧
「では、首座殿は大政参与が格上であることに不満を持っておるのじゃな」

井伊直孝
「間違い御座いません」

小僧
「では、加賀守(堀田正盛)と首座の間に何かいさかいが無かったかな?」

井伊直孝
「詳しい事は分かりませんが、
首座殿が加賀守(堀田正盛)に対して
『お主は黙っておれ』と言って大声を上げたことがありましたなァ
儂は、その時咄嗟に『大政参与は格上ぞ』と言ったので
首座は伐が悪い顔をしておった
そして、『貴様、覚えておれ!』と言っておった」
「いつもの事じゃ」

小僧
「加賀守は何を言ったのじゃ?」

井伊直孝
「帝国明への遠征軍を中止することじゃ」
「儂も中止することを提案しておったが、
首座殿は遠征軍の派遣を本気で考えていたようじゃ」
「反対されて怒っていたのじゃろう」

「それから『加賀守はたいした働きもなく大政参与になった』などとも
申しておった」がたわいない事じゃ」






酒井忠勝
「お城にお帰り下さいませ」

小僧
「家老が総出で迎えじゃのォ」

酒井忠勝
「上様の身を案じて食事ものどを通りません」
「夜も不安で睡眠不足に御座います」

小僧
「心配いたすな!」

酒井忠勝
「上様が丁稚を経験為さるのは不要に御座います」
「忠勝はもう老齢で御座いますから体に堪えます」

小僧
「其方に負担があるのか?」
「まさか、余の後を内緒で付け回しておるのではあるまいな」

酒井忠勝
「・・・・・」

小僧
「まあ、よい」
「ところで、大老と首座は何方が格上じゃ?」

酒井忠勝
「格上等有りませんぞ」
「役割分担であって上下の関係は気にする必要は不要と存じ上げます」

小僧
「父君が将軍の頃、大老が幕府の政務を担っており
その補佐役は老中であった筈」
「今、何故に老中が政務に当たり大老が補佐役なんじゃ?」

酒井忠勝
「大老役は補佐役ではなく臨時役に御座いまして、
重要所見を随時検討することが役目に御座います」

小僧
「父君の政権では多くの大老や教育役が失脚しておるな」
「では、お主(大老酒井忠勝)は何故に失脚しなかったのじゃ」

酒井忠勝
「大老であるから辞職したのでは御座いません」
「優秀なる者が後を継いだから
年よりは身を引いたので御座います」

小僧
「優秀な小姓六人組が
年寄りの大老を追放したのじゃな」

酒井忠勝
「追放された者は落ち度が御座いましょうが
多くは後を託したので御座います」

小僧
「お主は大老じゃ
そして、首座は老中であるぞ」
「余には、お主が臨時の役目として
大老の地位を貶めているようにしか思えないが
如何反論する?」

酒井忠勝
「これは、手厳しき指摘、
忠勝は上様に降参に御座います」
「実際、忠勝は伊豆守の首座殿には敵わないので御座います」
「完全に感服しております」

小僧
「ところで、佐倉上野介はお主の孫であったな」

酒井忠勝
「はい」
「娘の子に御座います」

小僧
「何故に江戸家老役を見送っておる?」

酒井忠勝
「忠勝が大老であってしても
親族に特別扱いは出来ません」
「また、娘婿が大政参与であっても
親族におきましては例外は御座いません」

小僧
「余が上野介を引き上げても許されんか?」

酒井忠勝
「上様がご所望とあれば
願ったり叶ったりの事で御座います」
「忠勝が反対する意味は一切御座いません」
「ただ、親族ゆえ
上様直々の召し抱えには
不満を持つ者も御座いましょう」
「手柄を持って出世することが得策に御座います」

小僧
「天下泰平の世に手柄をのォ・・・・」

酒井忠勝
「はい、実力次第に御座います」




保科 正之(ほしな まさゆき)は、江戸時代前期の大名。会津松平家初代。信濃国高遠藩主、出羽国山形藩主を経て、陸奥国会津藩初代藩主。江戸幕府初代将軍徳川家康の孫にあたる。3代将軍・徳川家光の異母弟で、家光と4代将軍・家綱を輔佐し、幕閣に重きをなした。日本史上、屈指の名君との呼び声も高い。将軍の「ご落胤」でもある。  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

酒井忠勝
「最近の上様の振る舞いは目に余る」
「放置すれば、幕府の存亡にかかわることに成りますぞ」

保科正之
「一度良く話を聞いて見ねばならぬのォ」

「上様は子供の頃より将軍と成られたゆえ
政ごとと遊びの区別も無かろう」
「今は城内で学問と武芸に励むのが道筋」
「ましてや、丁稚小僧の格好で江戸市中に繰り出すなど
決して許されるものでは無い」

酒井忠勝
「大御所家光公よりのご落胤を賜って御座いますから
幼き将軍を補佐するべく実権は保科正之様に有ります」
「幕臣一同は貴方様に実権を託したく
お願いに参上致しまして御座います」

保科正之
「なんと、大げさな事を!」
「儂に何が出来ると申すのじゃ」
「出過ぎた真似ではないか?」

酒井忠勝
「いいえ、首座殿も同意しております」

保科正之
「おおゥ 伊豆殿が同意しておるのならば心強い」
「先ずは、神君家康公の御霊を慰め、幕府の基盤を強固とするため、
朝廷に大いなる捧げ物を用意せねばならぬな」

酒井忠勝
「朝廷の監視を強化する必要がありますか?」

保科正之
「監視では無い」
「朝廷とは良好な関係を維持することじゃ」
「相互依存じゃな」

酒井忠勝
「少し甘すぎはしませんか?」

保科正之
「和国の皆の心は天皇を中心として
穏やかに平安なるものだ」
「決して武家が代われるものではない」
「幕府は世が乱れ戦乱と成らぬように
武芸に励み、学問を通じて天下を治めることが使命じゃ」
「和国の者の志は朝廷を基礎とする」
「ただ、朝廷を利用して謀反を企む大名があらわれては
難儀じゃ、」
「幕府は朝廷を大いに祭り上げ
朝廷は幕府に安心して全実権を委ねる
相互の良好な依存関係の構築が求められる」

酒井忠勝
「んんゥ」
「やはり、若君様には無理な仕事じゃな」
「若君様は口ばかり達者で無謀すぎる」
「その点、ご落胤は良くお考えじゃ」





保科正之
「上様!」
「そのような格好をなさるものではありません」
「江戸家中総出でお頼みしておりますぞ」
「総大将たるものは、無暗に無謀を為さらぬものに御座います」

小僧
「いやじゃな!」
「余は丁稚じゃ」

保科正之
「では、上様はこれより小僧としてお暮し下さいませ」

小僧
「いやに、あっさりしておるのォ」
「止めぬのか?」

保科正之
「はい、お好きなようになさって下さいませ」

小僧
「しかし、将軍がおらんと困るであろう?」
 
保科正之
「いっこうに困りませんぞ」

小僧
「なんじゃ、なんじゃ。
日本史上、屈指の名君との呼び声も高い貴公が
そのような投げ槍を申すな!」

保科正之
「では、お帰り下さるのですね」

小僧
「んんゥ」
「ちと、考えておく」

「それよりも」
「あのな」
「お主は仮早稲米を知っておるか?」

保科正之
「うぎュ」
「・・・・・・」

小僧
「知っておるのじゃな」

保科正之
「上様!」
「何処でお知りになったので御座いますか?」

小僧
「意味有りげじゃのォ」

「交換条件じゃ」
「お主が秘密を明かせば
余もそれに値する秘密を明かすことにする」

保科正之
「しかし、これは難しいことと存じ上げます」
「簡単に対処することは出来ません」
「このことが明るみに出れば
諸大名が黙ってはおりません」
「今、大御所家光公がお亡くなりになり
幕府は政務が滞り混乱の極みで御座います」
「このことは、幕府の極秘事項に御座います」

小僧
「おい、大騒ぎを致すな!」
「幕府の極秘事項でありば
尚更将軍が知らんのでは恰好が付かんのォ」
「あのなァ」
「その秘密を内緒で教えてくれ」

保科正之
「では内緒ですぞ」
「仮早稲米の詳細は本来
大御所家光公と大政参与(堀田正盛)殿の間で
取り交わされた密約によるもので
公になってはおりません」
「この仮早稲米の詳細を知るものは
幕府の中でも限られた者たちだけで御座います」

小僧
「おおゥ」
「それから・・・・」

保科正之
「今度は上様の番で御座います」
「上様は仮早稲米の事を何処でお知りになつたので御座いますか?」

小僧
「それは言えん!」

保科正之
「先ほど交換条件と申したではありませんか!」

小僧
「あのなァ」
「夢で見たんじゃ」
「夢でのォ」
「仮早稲米、仮早稲米という声が聞こえて来たんじゃ」

保科正之
「これは、非常に重要な事で御座います」
「お戯れは成りませんぞ」

小僧
「信じろ!」

保科正之
「んんゥ」




徳川 頼宣(とくがわ よりのぶ)は、徳川家康の十男で、紀州徳川家の祖。常陸国水戸藩、駿河国駿府藩を経て紀伊国和歌山藩主となった。母は側室の養珠院(お万の方)である。八代将軍徳川吉宗の祖父にあたる。幼名は長福丸、元服に伴い頼将(よりのぶ)と名乗り、元和年中に頼信、さらに頼宣に表記を改める[注釈 1]。初任官が常陸介であったため、子孫も代々常陸介に任官した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

徳川頼宜
「其方は江戸市中で評判じゃのォ」
「儂もその評判にあやかりたいものじゃて」

由井正雪
「これは、これは大変なことを申される」
「私共のような卑しき者に恐縮至極に存じます」

徳川頼宜
「鄭成功の援軍要請の件は如何なっとる?」

由井正雪
「それは、幕府の重臣がお決めになることで御座います」
「私共はその取り決めに従うのみ」
「ご命令とあれば、我は一丸となり実行するのみ事に存じます」

徳川頼宜
「お主、儂と組んでひと暴れする気はないか?」

由井正雪
「鄭成功の援軍要請に従うので御座いますか?」

徳川頼宜
「援軍などつまらん、主導権を持って制するのじゃ」

由井正雪
「私は、幕府の御命令に従うのみです」

徳川頼宜
「んんゥ」
「江戸家中は逃げ腰じゃ」

由井正雪
「物事は始めが肝心です」
「やるべきことはきっちりと左右を間違えたり
本末転倒にならぬように計画を進めなければなりません」
「もし、始めの一歩を誤れば取り返しのつかぬ事となります」
「とるべき方法は正しき理解に基づき
とるべき方法を喜んでやることが賢明なのです」
「もし、最初の計画に誤りがあれば
振り出しに戻してやり直しを余儀なくされまする」

徳川頼宜
「なんじゃ」
「お主は、逃げ腰か!」

由井正雪
「いいえ、失敗を恐れないことです」
「簡単なことでも十分な配慮を」
「難しい事は失敗を恐れないことが大切なのです」
「先延ばししていては何も成就できません」
「自信を持って取り組むことで不可能も可能となりましょう」

徳川頼宜
「儂は失敗を恐れてはおらん」
「ましてや、援軍如きこと簡単に片付くことじゃ」

由井正雪
「私は、今回の件を深く考えてみます」
「先ず、あらゆる面から全体像を知ることから始まり
理性的に正しい状況を理解することに邁進します」
「ただし、さほど重要ではない些細な事に拘れば
判断と行動にあやまりが生じる」
「深く隠れている事実が明らかにされれば
判断を誤ることはありません」

徳川頼宜
「深く隠れている事実とは何じゃ?」

由井正雪
「今に明らかになります」

徳川頼宜
「んんゥ」




徳川頼宜
「そんなに、丁稚になりたければお主はこれより丁稚じゃ」
「遠慮はいらん、丁稚になれ」

将軍家綱
「儂は、丁稚小僧となり町人と自由に話をしておる」
「諸国領民とも身分を問わず自由に話を聞くことが出来る」
「諸大名の事情も町民や農民達の困窮も見聞きしておる」
「丁稚になって遊んでおる訳ではない」

徳川頼宜
「ほォー」
「偉くなったもんじゃな」
「お前が将軍になれたのは神君家康公のお蔭じゃぞ」
「儂は、神君公の実子じゃ」
「遠慮はいらん将軍など辞めて丁稚になれ」

将軍家綱
「お主が責任を持つか?」

徳川頼宜
「儂が如何あろうと関係あるまい」
「お主が将軍を辞退して次期政権を
儂に委ねれば良い」

将軍家綱
「お家騒動じゃな」

徳川頼宜
「お主が辞退すれば丸く収まる」
「心配はいらん」
「お主は丁稚小僧になれ」
「お主を庇う者などおらんぞ」
「江戸の家老どもは
お主に愛想を尽かしておる」
「今までの勝手自由な振る舞いが祟ったのじゃ」
「観念して将軍を辞めろ」

将軍家綱
「お主!」
「謀反を企てておるのか!」

徳川頼宜
「お主が辞めたいと思っておるのじゃろーが」
「儂を咎める前に
城に戻って畏まっておれ」
「お主はただの飾り物じゃ」
「お主に自由は無い」

将軍家綱
「そこまで言うか!」
「覚悟しておれ!」

徳川頼宜
「お前に何が出来る」
「望むところだ!」




徳川頼宜
「いよいよ、儂が政権を担う事となる」
「幕府は、神君家康公による樹立であり
儂こそが正統なる担い手なのじゃ」

キリギス与平次
「私に何が出来ますでしょうか・・・」
「私は元締めも辞めて、オランダや明との交易も御座いません」
「なにとぞ、御気を静められますよう
お願い申し上げます」

徳川頼宜
「儂の為に、働いてもらう」
「さもなければ、お主は裏切者じゃ」
「よいか、絶対に儂を裏切るでないぞ」
「儂が次期将軍になれば、
お主は、最大の功労者なのだぞ」
「将来は領地持ちも夢ではない」
「儂に忠義せよ!」

キリギス与平次
「では、お望みの鉄砲や大筒、戦闘船などを手に入れるべく
資金源は御座いますか?」

徳川頼宜
「幕府の懐から頂く」
「幕府は儂の傭兵派遣に従い
大財を使い果たすこととなる」
「儂は、諸大名を束ねて、
愚かで無謀な将軍家綱から
将軍の地位を引き継ぐことが決まっておる」

キリギス与平次
「まさか?」
「江戸家中がお認めになりますまい」

徳川頼宜
「家老どもが認めなくても
将軍が直接に儂を指名すれば良いのじゃ」
「将軍家綱は丁稚小僧になると申しており」
「政権は儂が譲り受けることになる」

キリギス与平次
「では、何故に戦力を必要とされておりますか?」
「武力に頼らずとも政権を譲り受ければ宜しいかと?」

徳川頼宜
「そのようなこと、お主には関係あるまいが!」
「お前は、儂の言う通りにしておればよいのじゃ」
「もし、裏切ればただではおかんぞ」
「儂を見くびるではないぞ」
「儂は、将軍になる器じゃ」
「儂に従えば悪い事にはならん」
「お主は大名じゃ」
「よいか、儂に従え!」

キリギス与平次
「では、オランダ商人と話を付けてご覧致しましょう」
「ただ、あの者達は善良なる商人では御座いません」
「人買いもアヘンも、もっとひどい事も御座います」
「十分な見返りをしなければ
足元を見られ返り討ちに合います」
「十分な資金が準備でき次第、
ご要望に応じられると御認識下さいませ」

徳川頼宜
「だから、資金は幕府より調達出来ると申しておるじゃろーが」
「幕府が援軍要請に応えれば軍資金がでるのじゃ」
「遠征軍は儂が指揮する」
「主導権は儂にある」
「資金の心配はするな」
「お主は、武器の購入をすれば良いのじゃ」
「儂に従え!」




保科正之
「上様!」
「お帰り下さいまして、有難く存じ上げます」
「家臣一同、感謝申し上げます」

将軍家綱
「んんゥ」
「お主は将軍が居なくとも困らぬと申していたが真か!」

保科正之
「参与は上様の後見人で御座います」
「もし、上様の身に何事か御座いましたら
生きてはおりません」
「命に代えてお守りするのが使命で御座います」
「あれは、上様がお帰りになりますように促す意味合いに御座います」

将軍家綱
「お主は名君と誉れ高い、
お主を名君として聞きたいことがある」
「戦をするには誰の指揮が優れておるのか?」

保科正之
「戦は首座殿に任せておけば万全に御座います」
「伊豆殿であれば、今の幕府の力を持ってすれば
無敵で御座います」

将軍家綱
「そうか」
「伊豆殿に準備を促しておこう」

保科正之
「上様・・・・
何処の戦をお考えですか?」

将軍家綱
「んんゥ」
「いや、訓練じゃ」
「いざという時の模擬戦闘訓練じゃ」

保科正之
「うム」
「市中で怖い思いを為さいましたか?」

将軍家綱
「まあそんなところじゃ」
「市中にイジメっ子がおってな」

保科正之
「きっと、上様が小僧の恰好をしておったから
からかったので御座いましょう」
「子供の遊びで御座いましょう」
「心配はありませんぞ」
「まあ、これに懲りて無謀な行動はお慎み下さいませ」

将軍家綱
「ああ、そうじゃな」
「しかし」
「如何したものか・・・・」



徳川頼宜
「儂は正統なる血筋じゃ」
「今、神君家康公を鑑みれば、
腐敗し、諸大名の困窮を顧みない幕府は
大変革が必要じゃ」
「お主は、庶民の困窮を見過ごしておるのじゃぞ!」
「儂の家来となり働いてみぬか!」
「決して後悔はさせぬ」

由井正雪
「私は、幕府に仕える身」
「庶民の困窮を救うのは幕府の務めである」
「私は、その手助けをするのみじゃ」

丸橋忠弥
「正雪先生!」
「もう、幕府に頼るのは止めましょう」
「幕府は我々を使い捨てにしております」
「儂らはもう我慢がなりません」
「ここは、大将軍(徳川頼宜)様に御すがりする以外御座らん」

由井正雪
「忠弥よ、勇ましいことは立派じゃがな」
「勇気を持て」
「勇気を持つことは勇ましき事よりもしっかりと役立つものじゃ」
「勇気は心の要じゃ 勇ましき事や体力は体の要であるが
勇気は心を守り、魂が傷つかぬように守ってくれる」
「どれほど勇ましく知性に満ちていても
勇気がなければ達成出来んのじゃ」
「ここは、幕府に従い忍耐強くあるべき勇気を持つことじゃ」

徳川頼宜
「正雪殿!」
「その勇気を我らの為に発揮為さらぬか!」

由井正雪
「ははは・・・」
「その勇気だけでは無理じゃ」
「我らには資金が無い」
「牢人共を食わすこともならん」
「従って、我らが持つ勇気は幕府に従う勇気じゃ」

徳川頼宜
「資金には目途が付いておるぞ」
「幕府が計画している援軍に掛かる費用は総大将である儂が受け取ることになる」
「莫大な軍資金が手に入る」
「資金の心配は無い」

由井正雪
「幕府の軍資金で幕府を倒すのか?」

「必要な時に事を為すのと」
「必要に迫られて事を為すことは
似ているようで相違じゃ」
「人のふんどしで相撲を取っても勝てはしない」
「我らが立ち上がる時は
正しく、必要に迫られる時じゃ」
「人は、溺れかけた時に力を発揮する」
「そのまま、溺れ死ぬか、生き残るか
その気概がなければ戦は成らん」
「良く考えよ!これからは幕府に従う勇気が必要なのじゃ」

徳川頼宜
「儂が幕府の正統なる後継であるのだから
お主は儂に従うのが得策じゃ」
「諸大名も現幕僚に不満を持っておる」
「儂が立ち上がれは味方は多勢じゃ」

由井正雪
「諸大名に如何なる不満が立ち込めておるのかな?」

徳川頼宜
「仮早稲米じゃ!」
「これは、幕府が一番隠しておきたい不公平な制度じゃった」
「この制度が明るみに出れば
諸大名は騙されたといって騒ぎだすこと必至じゃ」
「幕府の弱みに付け込むことが出来る」



須磨
「おめェーさん」
「将軍様に市中を見せて回ると粋がっていたが
如何なさった?」
「最近、男伊達がすたっちャーいませんかい」」
「町奴に笑われますよ」

水野十郎左衛門
「おおぅ・・」

須磨
「何だい!」
「もっと元気をお出しよ」
「覇気が無いネェ」

水野十郎左衛門
「ああァ」

須磨
「やだよ」
「勝手におしい」

水野十郎左衛門
「最近、町奴の奴らが
めっぽうおとなしくなっちまいやがってよ」
「こちとら、拍子抜けしとる」
「将軍様も、牢人共も皆、町人共もそうじゃ」
「こんなに静かじゃとな
儂らだけで無法をしておってもつまらん」

須磨
「ねェ、あんた」
「いっちょ 町奴の奴らをからかってやろーよ」
「盛大に喧嘩でもおっぱじめてさァ」
「元気をお出しよ」

水野十郎左衛門
「そうじゃのォ」
「いっちょ、からかってみるか」

須磨
「そうこなくっちゃ」
「あんたは、粋がっているのが一番だよ」
「なんたって、旗本奴に太刀打ち出来る奴らなんていないもの」
「かっこいいとこ見せておくれよ」

水野十郎左衛門
「じゃがな、今、一番気に入らねェーのは
町奴の奴らじゃねェー
由井正雪とかいう輩じゃ」
「あ奴は実につまらん」
「儂はな、あ奴に因縁を吹っかけてやろーと思ォーとる」
「ふざけた野郎だぜ」

須磨
「そんな由井正雪なんかほっときなよ」
「町奴と遊んでた方が面白いじゃないか」
「火付け盗賊改めなんかに絡んでも
面倒なだけだよ」
「わたしゃ面倒は御免だよ」
「由井正雪なんか無視しとくのが
一番良いのさ」

水野十郎左衛門
「つまらん事を言うな」
「べらんめェ」

須磨
「ふうン」
「ちったあァ 気合が入ったのかい!」

水野十郎左衛門
「何だァ てめェー」
「けしかけるんじァーねェーぞ」
「この野郎!」

須磨
「何だい」
「心配してやってんのにさ」






「やいやい、てェめェー」
「ふざけた野郎だぜ!」
「この、ハナタレ野郎!」

由井正雪
「これは、これは」
「水野様、おかんむりで御座いますな」


「あたりめェーじゃ このとうへんぼく」
「おめェーいい気になってんじゃねェーぞ」
「こんちくしょうめ」

正雪
「如何なされましたか?」


「おめェー」
「ふざけやがって」
「儂を利用して名を上げやがったな
この盗人野郎が!」

正雪
「お玉のことは、町人が噂を立てておるだけで
私共にはかかわりなきことですよ」
「旗本様を利用することは御座いません」


「逃げる気か!」
「ここに なおりやがれ」
「ぶった切ってやる」

正雪
「はい」
「水野様にかかれば安心で御座います」
「貴方様の剣ならば瞬殺
何の無念も御座いません」


「いい度胸じゃねェーか」
「おもろい奴じゃ」
「なにか言い残すことは無いか?」

正雪
「なにも無い」


「・・・・・・」

正雪
「平穏に生きることじゃ」
「心が波打っておると喜びはおろか
夜もゆっくりと寝ることは敵わぬ」
「心穏やかにすることで
心身ともに安らぎ
夜になれば、安らかに眠りにつくことができるのです」
「失礼じゃが
旗本様は眠りが浅いようじゃな」
「これは、貴方様が全ての事に口出ししていることが
原因ですぞ」
「自分と関係ないことには口出ししないことです」
「目にすること全てに関わろうとするほど
愚かなことはない」
「また、自分の問題に無関心でいることも大いに
愚かしき事なのじゃ」
「自分を生かし、他者の生かし
要らぬことに関わらぬことが
安息をもたらす」


「んんゥ」
「確かに儂は寝不足じゃ」
「最近、全く眠れん」
「いらいらして落ち着かん」
「暴れまわると疲れているのに寝れなくなる」
「・・・・」

正雪
「旗本様!」
「貴方様は野蛮な者達と一緒に悪さをし過ぎたのです」
「自分と対極の者と付き合う必要が御座います」
「貴方様が八百屋のお玉さんに惹かれるのは
其の為ですよ」
「お玉さんは純真潔白です」
「粗暴ならば温和な者と仲間になることです」
「森羅万象は偏っていては成り立ちません」
「対極の者を選びなさい」
「さすれば、道が拓きますぞ」


「うううゥ」



松平信綱
「上様」
「お帰りなさいませ」
「なにやら、戦の準備をしたいとか?」
「如何なされましたか?」

家綱
「お主に確認したい」
「この江戸城を攻め落とす方法はあるか?」

松平信綱
「御座いません」
「例え、この信綱が江戸城を攻めたとしても
落城は為りませんので、
ご安心下さい」

家綱
「慢心ではないと思うが確認じゃ」
「裏門が土橋で有ることを懸念する者もおるが
如何に思う」

松平信綱
「半蔵門は町方に旗本を抱えておりますから
鉄壁な防御が為されています」
「先ず、半蔵門を落とすことは出来ませんのでご安心下さい」
「通常は搦手門は木橋で簡素に作られるものですが
江戸城は土橋である程度の強靭な構造をしております」
「搦手門が簡素に出来ているのは
将軍様がお逃げになった後に破壊しやすくするためでもあります」
「将軍様がお逃げになれば江戸城は必要御座いません」
「そして、今度は江戸城に潜入した敵を包囲して逆襲することが出来るのです」

家綱
「では、表門から攻められた場合は如何する?」

松平信綱
「大手門は城内の警備が厳重に為されております
もし不審な者が近づけば鉄砲隊が常時三十、更には弓、槍隊が
総勢百人態勢で待ち受けております」
「上様は旗本が結集し守る半蔵門から速やかにお逃げ下さい」
上様が脱失したのちに半蔵門を破壊致します」

家綱
「先ほど江戸城の落城は無理だと言っておったが
敵に籠城されたら面倒ではないか?」

松平信綱
「上様の無事を確認し、上様が甲府にお逃げになった後
半蔵門は完全に破壊されます」
「城内は兵糧攻め、場外からは堀が破れて
歩いて城内に攻め込む事が可能となり
瞬く間に反乱は鎮圧されることとなります」
「これが江戸城の防衛戦のあらましで御座いますが
これはほんの一例に御座います」
「例えば、上様が陸路を逃げることが困難で有る場合は
海路を使います」
「上様は巨大軍船に乗り込み
海路より安全にお逃げ頂けます」

家綱
「んんゥ」
「逃げる事ばかりじゃのォ」
「戦わぬのか!」

松平信綱
「上様の安全が確保された後
旗本八万騎が攻めまする」
「ただ、これは最大の反乱を想定した例えに御座います」
「先ほども申したように
江戸城の落城は絶対に御座いませんので
ご安心下さい」

家綱
「余が総大将になって戦うことは成らんのか?」

松平信綱
「上様は奥に控えておくもので
戦禍に巻き込まれては為りません」
「戦う者は我らに御座います」

家綱
「んんゥ」
「余は総大将じゃ」
「逃げてばかりではつまらんのォ」

松平信綱
「無謀は成りませんぞ!」



酒井忠勝
「これはこれは、頼宜さま」
「遠路ご苦労で御座いました」

徳川頼宜
「おお、大老殿」
「儂は待ちくたびれたぞ!」
「鄭成功の援軍要請 受諾したのじゃな!」

酒井忠勝
「んんゥ?受諾は存じ上げませんが?」

徳川頼宜
「なんじゃ!曖昧な!」
「儂が総大将として大陸に渡り
鄭成功を配下に大陸に進出することじゃ!」

酒井忠勝
「鄭成功は敗走していると聞いておるが?」

徳川頼宜
「儂が赴けば押し返せるぞ!」
「早く返事をよこせ!」

酒井忠勝
「儂の一存ではなんとも?」

徳川頼宜
「お主は大老であろうが!」
「決断をすれば良いのじゃ!」

酒井忠勝
「如何なる決断ですかな?」

徳川頼宜
「何をとぼけた事を」
「儂を総大将にすることじゃ」

酒井忠勝
「それは、首座殿とも相談して決めませんと・・・」
「儂の一存では・・・・」

徳川頼宜
「儂をどれだけ待たせれば気が済むのじゃ」
「武器の調達もしておるのじゃぞ
たちまち、軍資金くらいは用意しておいて欲しい」

酒井忠勝
「そのように申されても・・・・」
「儂の一存では・・・・」

徳川頼宜
「んんんゥ」
「用足らずじゃ!」

酒井忠勝
「はい、それは認めまする」

徳川頼宜
「お主! 武士の誇りや意地がないのか!」

酒井忠勝
「御座いますぞ!」

徳川頼宜
「とにかく軍資金を用意するのじゃ」
「よいな!」

酒井忠勝
「では、首座殿と相談してから・・・
返事は少しお待ち下さい」

徳川頼宜
「んんんんゥ」
「煮え切らん!」




松平右馬頭綱吉
「お前は誰じゃ?」

徳川頼宜
「おおゥ」
「徳松か! 大きくなったな」

松平右馬頭綱吉
「もう元服したから徳松ではない」
「松平右馬頭綱吉だぞ」

徳川頼宜
「では、髪型も変えねばならんな」

松平右馬頭綱吉
「爺がこれで良いといっておるが?」
「綱吉は髪を束ねば成らんか?」

徳川頼宜
「お主は儂と境遇が似ておるから不憫じゃ」
「将軍に成れず残念なことじゃ」
「儂はお主の味方だ」
「心強くあれよ。力添えするぞ」
「そして、儂の事を良く覚えておくのじゃ」

松平右馬頭綱吉
「味方か!」
「では、一緒に遊ほうぞ!」

徳川頼宜
「では、話を聞かせてやろう」
「儂はな神君家康公に愛されておった」
「儂が勇ましく戦ったからじゃ」
「悪人どもを切り伏せて退治したのじゃ」

綱吉
「殺したのか?」

徳川頼宜
「殺したのは悪人じゃ」
「儂はな殺生はせん」
「生けるもの全ての命は尊いものじゃ」
「しかしな、悪は懲らしめなければならん」
「儂は神君公の為に悪と戦ってきたのじゃ」

綱吉
「死んだ者は何処に行くのじゃ?」

徳川頼宜
「悪人は地獄に落ちるぞ」
「逆さに吊るされ」
「血の池に落とされ」
「釜茹でにされ」
「ノコ引きじゃ!」
「鬼やら化け物がいて暗くてジメジメしておる」
「逃げ出すことは出来ん」

綱吉
「・・・・・」

徳川頼宜
「如何じゃ 怖いじゃろ」
「じゃがな、神君公に従えば極楽に行けるぞ」
「極楽はな良いところじゃ」

綱吉
「極楽?」

徳川頼宜
「神君公に従えば極楽に行ける」
「極楽に行けばお主の父親にも会えるぞ」
「安楽で光に満ちた清らかな世界が極楽じゃ」
「毎日楽しく遊ぶことが出来ますぞ」

綱吉
「んん」
「余は神君公に従って
極楽に行くことに決めたぞ!」

徳川頼宜
「はははは」
「神君公に従うには」
「神君公の実子である儂に従う事じゃ」
「お分かりですな!」

綱吉
「んん」
「分かったよ」
「殺生はせず」
「小父さんの言うことを聞けば良いのでしょ」

徳川頼宜
「そうじゃ」
「もし逆らえば地獄に落ちるぞ」
「分かったな!」

綱吉
「んん」
「分かったよ」



酒井忠勝
「あの者が変な動きを見せておりますな」

松平信綱
「徳川頼宜殿じゃな」
「まさか、早米の事を感づいておるのではないか?」

酒井忠勝
「そうですな」
「家光様がご健在ならば気にすることもありませんが」
「なにせ、将軍が幼き子供じゃ」
「権力基盤が固まらぬおりに
仮早稲米に難癖を付けられれば
諸大名もあの者に同調するかもしれませんぞ」

松平信綱
「んんゥ」
「早々に仮早稲米を返しておかねばならんな」

酒井忠勝
「しかし、直ぐには無理ですぞ」
「佐倉領の年貢は拾割じゃ」
「佐倉領民を飢え死にさせても
返済不可能じゃ」

松平信綱
「拾割とな!」
「何故、そのような無理な取り立てを許しておる」

酒井忠勝
「仮早稲米の問題は早急に解決しなければなりませんぞ」
「幕府の権力基盤が固まったのちであれば
幕府の借り受け米を無効にしても
文句を言う大名はなかろうし
もし難癖を付けてきても
簡単に退けることも出来ます」
「今は辛抱で御座いましょう・・・・」

松平信綱
「しかし、年貢拾割では佐倉領民が全滅じゃ」
「早々に確認書を出して
仮早稲米を農民共に返してやれ」

酒井忠勝
「いいえ、なりません!」
「佐倉領城主上野介が対処すべき事で御座います」

松平信綱
「そうか・・・」
「いや、儂が悪かった」
「許してくれ」
「儂は、お主の娘婿(堀田正盛)殿に嫉妬しておった
じゃからな忙しさにかまけて
確認書は見て見ぬふりをしていた」
「しかし、年貢拾割は酷すぎる」
「領民に謝罪して返してやってくれ」

酒井忠勝
「では、諸大名から借り受けておる扶持米は
如何為さいます?」
「徳川頼宜殿は気が付いておりますぞ」

松平信綱
「正直に申せばよい」
「大御所家光様が褒美の禄を佐倉領に進呈する上で
仮早稲米は諸大名から借り受けた」
「借り受けた禄ではあるが
この扶持米は家光様と大政参与殿の間で取り交わされた
秘密のであったため
公にはならなかった」
「そう申せばよい」

酒井忠勝
「しかし、幼少の将軍
この不安定な政権下では
危険で御座いましょう」
「佐倉領民には我慢してもらうのが
得策だと・・・・」

松平信綱
「心配はいらん! 将軍様は確りとなさっておるぞ」
「全てを悟り、総大将として逃げずに戦うと申しておる」
「心配は無い」
「将軍家綱様を引き立てて
この難局を突破するのじゃ」

酒井忠勝
「これよりは首座殿にお任せじゃ」
「儂は足手まといじゃ・・・・」

松平信綱
「何を弱気な」
「大老殿にも頑張ってもらわねば成りませんぞ」

酒井忠勝
「しかし、相手は徳川頼宜殿じゃ」
「儂は苦手じゃ・・・」

松平信綱
「はははははは・・・・」
「良い事を教えて進ぜよう」
「徳川頼宜殿は大老酒井忠勝が苦手だと申しておったぞ」

酒井忠勝
「如何してでしょうな?」

松平信綱
「掴み所が無いそうじゃ」
「あっははは・・・・」

酒井忠勝
「そのように・・・・」



丸橋忠弥
「もう手に負えませんぜ!」
「どうすりゃーいいんじゃ」

由井正雪
「落ち着け!」
「もう火消しは無理じゃ」
「この大火は火付けの仕業じゃ」
「火元を探り
怪しい者がいないか見張っておれ」

丸橋忠弥
「それでしたら町奴じゃ!」
変装しておったが顔は覚えておる」
大量の振袖が燃えながら辺り一面に広がり
強風にあおられながら江戸市中に広がったのですぜ」
「変なことに
全ての振袖には須磨の名が刺繡されておった」
「変装した町奴が大声で
『須磨様の振袖が燃えた!』と言って町中に言いふらしておった」

由井正雪
「んんゥ」
「責任重大じゃ!」

丸橋忠弥
「もう、決心した方がいいですぜ」
「もうお終いじゃ!」
「幕府はこの大火の責任を儂らに押し付けてくること
請け合いじゃ」
「全ての責任を儂ら火付け盗賊改めに押し付けてきますぜ!」

由井正雪
「んんゥ」
「町奴の後ろに大物が隠れておる!」
「この大火は江戸城を炎上させる目的じゃ」
「我らは旗本様と協力して
上様をお守りすることじゃ!」

丸橋忠弥
「それはなんねェー」
「もう幕府は敵と考えなければ
手遅れになりますぜ」
「この大火に紛れて逃げた方がましじゃ」
「さもなくば、儂らは幕府に捕らえられて
厳しい拷問のすえのじ冤罪じゃ」

由井正雪
「其方は逃げるがよい」

丸橋忠弥
「先生も一緒に逃げましょう!」

由井正雪
「自分の運を信じるのじゃ!」
「其方は運が無いと思えば逃げればよい」
「自分の運勢を知り
幸運は最大限に利用し
不幸は断ち切らねばならん」
「運を知る事こそが何よりも重要なのじゃ」
「運を引き寄せるには
勇敢で正義の行動力が必要じゃ」
「惰性や逃げ隠れでは掴むことは出来ん」
「だがな」
「運が向かないと感じた時は
進路変更も必要じゃ」
「其方に運が向いておらぬのなら
逃げるのも道じゃ」
「儂は正義の道に運が向いておると感じる」

丸橋忠弥
「先生がそのように思われるのであれば
運命を共に致しましょう!」
「では、これより火付けと、その黒幕を暴きに行ってきます」

由井正雪
「我らは正義の為に戦うのじゃ!」


明暦の大火の時、大奥女中らは表御殿の様子がわからず出口を見失って大事に至らないように信綱は畳一畳分を道敷として裏返しに敷かせて退路の目印とし、その後に大奥御殿に入って「将軍家は西の丸に渡御された故、諸道具は捨て置いて裏返した畳の通りに退出されよ」と下知して大奥女中を無事に避難させたという(『名将言行録』)


酒井忠勝
「伊豆殿の機転の利いた迅速な対応で
今回の大火は収まりました」
「伊豆殿は真、頼りになるお方じゃ」

松平信綱
「いや、これからが大変じゃ」
「この騒ぎの中で謀反を企む輩がおる」
「先ず、参勤交代を中止して
不審な大名を江戸に招き入れぬことが肝要じゃ」

酒井忠勝
「心当たりが御座いますか?」

松平信綱
「分からぬ!」
「分からぬが」
「先ずは旗本奴水野十郎左衛門に探りを入れようと思っておる」

酒井忠勝
「証拠があるのでしょうか?」

松平信綱
「火付け盗賊改めの調べによれば
火元に不審者がおったそうな」
「町奴じゃ」
「それから、保科正之(大政参与)の娘の振袖が大量に燃えて
強風にあおられ江戸市中に広がり大火となったと申しておった」

酒井忠勝
「水野は参与様の娘様と恋仲じゃ」
「これは、幕府の中では知らぬ者のもおらんが
絶対に外部に漏れては成らん恥ずべき事」
「娘様が大領に嫁ぐのを嫌い
自らの振袖に火を放ち御乱心なさった・・・」

松平信綱
「そう考えれば水野は怪しい」

酒井忠勝
「しかし、水野が謀反は考え難いのですが・・・・」

松平信綱
「黒幕は水野ではないな」
「裏で町奴を操っておる大物がおる筈じゃ」
「そのものが参勤交代で押し寄せてくる
大名共と手を組み謀反に至れば
この大火で痛手を踏んでいる
江戸城は陥落する・・・・」

酒井忠勝
「しかし、首座殿の独断で参勤交代を中止することは
無理ですぞ!」
「なによりも、あの徳川頼房様のお許しが必要じゃ」

松平信綱
「分かっておる」
「しかし、水戸様はまだお帰りなさらぬ」
「急がねば幕府は転覆するぞ!」
「儂が全ての責任を負う」
「直ちに参勤交代を中止せよ!」

酒井忠勝
「分かりました」
「では、早馬にて諸大名に
御触れを出すことと致します」

松平信綱
「急げ!」



松平信綱
「よう参られた」
「今回、旗本殿をお招きしたのは、
大火のことじゃ!」

旗本奴 水野十郎左衛門
「何じゃと!」
「この野郎!」
「ふざけた事言いやがって!」
「大火なんざ、知らねェーや
くだらねェー」

松平信綱
「相変わらずじゃな」
「お主が火付けじゃとは思っておらん」

旗本奴水野十郎左衛門
「あたりめェーじゃ
こん畜生め」
「用はそれだけか!」

松平信綱
「実はな、町奴が火付けらしいのじゃ」

旗本奴水野十郎左衛門
「何じゃと!」
「ふざけやがって!」
「呼ぶ相手が違ってらァー」
「そんな事たァー
町奴に聞け!」

松平信綱
「最近、お主は改心したそうじゃな・・・・」

旗本奴水野十郎左衛門
「だから如何したってんだい この野郎!」

松平信綱
「幡隋院長兵衛を切って欲しい」

旗本奴水野十郎左衛門
「やだね」

松平信綱
「度胸が無いな」

旗本奴水野十郎左衛門
「はァーァ 何言ってやがる」
「理由もなく切れっかよう」

松平信綱
「保科正之様の娘の須磨様に火付けの疑いがかかっておる」

旗本奴水野十郎左衛門
「ふゥーん」
「そうかい」
「理由は有るじゃねェーか」

松平信綱
「お主に切れるか!」

旗本奴水野十郎左衛門
「奴を切っても
須磨の疑いは晴れんじゃろーに」

松平信綱
「正しく! その通りじゃ」
「お主、幡隋院長兵衛に探りを入れてくれんか?」

旗本奴水野十郎左衛門
「回りくどい事を言うな!」
「そんな事、始めっからそう言えばえェーじゃろーが」

松平信綱
「お主の性格を察してじゃ」

旗本奴水野十郎左衛門
「気に入らねェーな」

松平信綱
「頼むぞ」

旗本奴水野十郎左衛門
「あっしの知ったこっちゃーねェーや」
「やなこった」



水野十郎左衛門
「おいおいおいおい!」
「ふざけやがって!」
「この唐変木のゴミ豚野郎!」

幡随院長兵衛
「おおおォーーー」
「何だこのォー」
「また、おめェーか!」
「いきなり怒鳴り込みゃがって」
「こん畜生め!」

水野十郎左衛門
「おめェャー江戸市中に火ィー付けやがったな!」
「こんにャろうめェー」

幡随院長兵衛
「知らねぇー」

水野十郎左衛門
「調べは付いてんだ!」
「今ここで叩き切っても良いんだぜ!」

幡随院長兵衛
「ほォー・・」
「町奴と戦をする気か?」

水野十郎左衛門
「町奴なんざ江戸の蛆じゃ!」
「誰もおめェー共に同情なんざ
ありゃーしねェーぜ」

幡随院長兵衛
「調べが付いてると言ったな」
「何を知っとる?」

水野十郎左衛門
「徳川頼宜じゃ!」

幡随院長兵衛
「・・・・・・・・・」

水野十郎左衛門
「徳川頼宜が黒幕じゃ!」

幡随院長兵衛
「知らん!」

水野十郎左衛門
「じゃがな計画は頓挫するぞ!」
「頼宜に味方する筈の大名は来ん」
「頼宜の期待する資金は出ん」
「おめェーは頼宜に利用されて使い捨てじゃ」
「ざまァー見やがれってんだ」
「このゴキブリ野郎が!」

幡随院長兵衛
「嘘をつくな・・・」

水野十郎左衛門
「間抜けめぇー何も知らんようじゃな」
「幕府はァー遠征軍の派遣を中止したんじゃ」
「だから頼宜に一切軍資金は出さねェー」
「それからな、参勤交代も中止じゃ
頼りの援軍も足止めじャー」
「おめェーも潮時じャー」
「観念しろォー!」

幡随院長兵衛
「うじゃ」
「うそじゃ」
「嘘じゃ!」

水野十郎左衛門
「ぎィひひひ」
「往生際の悪い蚤野郎じゃ」
「踏み潰すのも面倒なゴミカス野郎!」

幡随院長兵衛
「んんゥ」
「切りやがれ!」

水野十郎左衛門
「やな凝ったい」
「この丸太ん棒野郎が!」




松平信綱
「紀州様、」

徳川頼宜
「何じゃ!」
「いきなり呼びつけるとは無礼じゃのォ」
「大火の事か?」

松平信綱
「大火はおさまりまして御座います」

徳川頼宜
「・・・・・・」

松平信綱
「申し難いことですが
謀反の疑いが御座います」

徳川頼宜
「誰にじゃ!」

松平信綱
「貴方様に御座います」

徳川頼宜
「疑い?」
「知らんな」

松平信綱
「キリギス与平次を知っておるな!」
「幕府の御用軍資金を当てにして
武器の購入を謀ったな」

徳川頼宜
「それは、鄭 成功の援軍要請に応えるためじゃ」

松平信綱
「残念じゃがな、将軍様確認の上で援軍要請は断った」

徳川頼宜
「・・・・・・」

松平信綱
「町奴を使い江戸市中に大火を放ち
保科正之様をはじめとする江戸家老に
罪を被せようとしましたな」

徳川頼宜
「知らん!」

松平信綱
「町奴幡随院長兵衛が白状したぞ!」

徳川頼宜
「・・・・・・」

松平信綱
「由井正雪と結託して
牢人を束ねて謀反の狼煙を上げようとしておったな!」

徳川頼宜
「なんじゃ、そこまで調べが付いておるのか・・・」
「しかし、お主に神君大権現様の実子を切腹させられるかな!」

松平信綱
「試してみますかな?」

徳川頼宜
「あのなァ」
「将軍家綱様は儂を次期将軍に推しておるぞ」
「将軍直々の御指名じゃ」
「儂が次期将軍と成る」

松平信綱
「幼少なる家綱様直々の御指名は御座いません」
「家綱様の後には綱吉様がおりますぞ」
「貴方様の出番は御座いません」

徳川頼宜
「しかしなァ
もう手遅れじゃ!」
「儂の旗揚げに賛同して
諸大名が立ち上がっておる」
「今、正に江戸に押し寄せてくるぞ!」

松平信綱
「心配ご無用に御座います」
「参勤交代は中止!」
「諸大名は足止めじゃ!」

徳川頼宜
「・・・・・・」
「なんじゃ」
「それで、勝ったつもりかのォ」
「諸大名が儂に付いて戦おうと決心しておるのは
幕府の仮早稲米の不正を疑っているからじゃ」
「仮早稲米の不正は簡単には解決しないぞ!」

松平信綱
「仮早稲米の事は佐倉領民に謝罪して
全てを明らかにしている」
「諸大名にも同様に謝罪して
全ての事を公表する」

徳川頼宜
「・・・・・・」

「さようか・・・・」
「儂の負けじゃな・・・・・」

松平信綱
「紀州様!」
「分かって頂けた事、真に感謝致します」
「この件、仮早稲米の事と謀反の事を帳消しとすれば
互いに強き絆を構築できるのでは御座いませんか?」

徳川頼宜
「儂の謀反は解けん!」

松平信綱
「いいえ、全ての罪を由井正雪に被せればよいのです」

徳川頼宜
「そのような・・・・」





丸橋忠弥
「大変じゃ!」
「やっぱし、幕府の奴は儂らを利用して
使い捨てにする気じゃ!」

由井正雪
「何を騒いでおる」
「冷静にせんか!」

丸橋忠弥
「幕府は今回の大火だけではなく
有りもしない謀反の罪まで着せるつもりですぜ!」
「早く逃げましょう!」

由井正雪
「そうか・・・お前に申し訳ないことをしたな・・・」
「お前を巻き添えにしてしまったようじゃな」
「一緒に逃げれば目立つゆえ
一人で逃げよ!」

丸橋忠弥
「そうはいきませんぜ!」
「先生はご自分を犠牲にして
あっしを逃がすつもりで御座んしょう」

由井正雪
「お前は生きよ!」
「早く逃げろ!」

丸橋忠弥
「いんや」
「逃げませんぜ!」
「地獄の底まで御供いたします」

由井正雪
「お前は儂と競争しておるようじゃな」
「儂はお前が考えておるほどの偉人ではない!」
「名誉ある競争など有り得ないのじゃ」
「相手が誰であれ
名誉を得るために競争をしてはならん」
「早く立ち去れ!」

丸橋忠弥
「嫌じゃ!」
「儂ゃー名誉も金も要らんけん
先生と一緒に地獄に行きてェーや!」

由井正雪
「良く聞くのじゃ」
「幕府も儂と競争をしておる」
「幕府はな儂との競争に勝つために手段を択ばず
がむしゃらに戦いを仕掛けてきたのじゃ」
「儂が逃げれば
それこそ地獄の果てまで追いかけてくるぞ」
「お前は逃げても大丈夫じゃ」
「無駄死にはするな!」
「逃げるのじゃ!早く致せ!」

丸橋忠弥
「んんゥ!」
「必ず迎えに来ますぜ!」

由井正雪
「もうお主は儂の弟子ではない!」
「破門する!」
「早々に立ち去れ!」

丸橋忠弥
「ううゥーぐュ」




阿部忠秋
「大変な大火じゃった」

松平信綱
「お主!」
「何を呑気な事を言っておる」
「お主の屋敷が火の元じゃぞ」
「この大火で江戸市中が大混乱じゃ」
「お主の火の不始末が疑われておるぞ!」

阿部忠秋
「出火元は本郷丸山の本妙寺ではないか、
儂の屋敷は隣接しておっただけじゃ」

松平信綱
「それが、そうではないのじゃ!」
「我ら幕府に歯向かう輩がおる」
「由井正雪じゃ」
「奴は幕府重鎮家老の権威失墜を計略し
お主に大火の責任を背負わせようとしたのじゃ!」

阿部忠秋
「出火元は本郷丸山の本妙寺じゃ」
「幕府から本妙寺には話を付けておるから
心配は不要じゃ」

松平信綱
「お主!」
「まだ、由井正雪を庇う気か!」

阿部忠秋
「庇う?」
「とんでもない」
「儂はお主に言ったではないか!」
「由井正雪に邪心があれば
謀反の疑いをかければ逃げ出す筈じゃとな」
「しかし、奴は逃げなかったぞ」
「あ奴は無実じゃ」

松平信綱
「んんんゥ」
「あのな、由井正雪は無実じゃ」
「そんな事、お主に言われづとも分かっておる」
「そんなことは如何でも良いではないか」
「あの者に全ての罪を着せなければ
幕府にとって大きな損失じゃぞ」
「頭を冷やして冷静に考えろ!」

阿部忠秋
「もう大火は収まったではないか
過度な心配するな!」
「儂の屋敷が火の元ならば
儂が責任をとる」

松平信綱
「それだけは絶対に成らん」
「幕府の権威が失墜する」
「お主だけの問題ではないぞ!」

阿部忠秋
「んんぅ」
「どうやら、
由井正雪に罪を着せなければならない
重大な理由がありそうじゃな」

松平信綱
「何を言っておる!」
「幕府の権威の問題じゃ!」

阿部忠秋
「隠さずに教えてはくれんか?」


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