ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

ローズマリ・サトクリフ【銀の枝】

2012-05-01 | 岩波書店
  
ローズマリ・サトクリフのローマン・ブリテンシリーズ『第九軍団のワシ』に続く第2作。

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 銀の枝

 著者:ローズマリ・サトクリフ
 訳者:猪熊葉子
 発行:岩波書店
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時代は第1作からくだり、ローマ帝国にも陰りが見え始めたころ。
時の帝国皇帝はコンスタンティウスで、その息子がコンスタンティヌスですから、ローマが東西に分かれるまでさほどかからないというところまで来ています。

そんな中、属州化されて久しいブリテンに初めて上陸したジャスティンはローマ軍の下級軍医。
配属された砦はブリテンで皇帝の名乗りをあげた元ローマ軍人カロウシウスの治める場所で、和睦後とはいえ、ローマ帝国勢力とブリテンに根差した新勢力との狭間でした。
ここで、ジャスティンは血縁である百人隊長フラビウスと、皇帝カロウシウスに出会い、大きな出来事のうねりに身を投じていくことになります。

ローマ帝国の衰退を予見し、その時に持ちこたえうるブリテンを目指していた皇帝カロウシウスが、志半ばで命を落とし、裏切りによって皇帝となった男の脅威にさらされるブリテン。
カロウシウスの軍自体が本国ローマに反旗を翻して成立した勢力でもあり、ローマの強い支配力が揺らいでいたこの土地は、さまざまな思惑が絡み合い、再び覇権をめぐる暗闘の舞台となっていきます。

「一匹の魚がはねた音のような小さいその水音は、ジャスティンにとって、かつて耳にしたどんな音よりも恐ろしい、決定的な音のように思われた。」

裏切りの新皇帝に追われる立場となったふたりが軍から逃げる時、フラビウスが司令官として管理していた書類棚の小さな鍵を捨てる様子を見ながら、この先は後戻りできない道であることを痛いほどに感じるジャスティン。
彼は、軍人になることの望んでいた父の期待に添えなかったと、どこか引け目に感じる繊細さを持つ若者。彼の落着きとそれに反するような直感力が彼らの進むべき道を選びとり、一方、フラビウスは、第1作の主人公マーカスの血筋で、その明朗さと軍人としての資質はふたりの行動の初動力となります。
血でつながる以上に友情と信頼で結ばれたふたりは、多くの出会いに助けられながら事態の変化に立ち向かい、その行動と意志が次第に大きな流れを呼ぶことになるのです。

歴史を踏まえたそのうえで展開する物語には、属州からみた本国ローマとの関係や、現代のイギリス人である著者がブリテンの末裔としてローマをどのようにとらえているかが垣間見える気がします。
不透明、不公正な税の徴収に不満を抱える民たちがいて、奴隷の身分から解放されてもなお「どこに行っても灰色の道が伸びている」といらだつ剣闘士もいる。
強大な力による治安維持の下での安定した暮らしは確かに歓迎すべきものであっても、もともとこの土地に住んでいた氏族や、ローマ入植後の血を併せ持つ人たちにとって、ブリテンは、ローマの属州である以前にかけがえのない自分たちの故郷です。
終盤、彼らが仲間たちとともに死力を尽くして街と人を守って戦う場面はまさにクライマックス。
それは、ただ、ローマによる反乱の平定、ローマへの単なる隷属ではなく、ブリテンに生きる人々が我が土地、我が地への思いによって、望まぬ覇権者を退けるための戦いとしてとらえられています。
 
この先の歴史に待っているのは、衰退へ向かうローマの撤退とそれに続くブリテンの乱世。
どのように描かれるか気になります。
次はずばりその時代です。

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 ともしびをかかげて

 著者:ローズマリ・サトクリフ
 訳者:猪熊葉子
 発行:岩波書店
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楽しみです。


[読了:2012-04-26]








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