ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

アーダルベルト・シュティフター【水晶 他三篇―石さまざま】

2013-10-12 | 岩波書店

岩波の、新しくもない本を手にした理由はもうわかりません。
Amazonの誘惑にでもひっかかった…?だとすれば、『みずうみ』の時でしょうか。

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 水晶 他三篇―石さまざま

 著者:アーダルベルト・シュティフター
 訳者:手塚 富雄, 藤村 宏
 発行:岩波書店
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収められているのは4篇。『水晶』、『みかげ石』、『石灰岩』、『石乳』です。
『水晶』は雪の山で迷子になる兄妹が、『石灰岩』ではすぎるほどにつつましく生きる牧師と技師の交流、『石乳』ではある城に住む人々とある事件が描かれていきます。
いずれも、地味な、とても地味な、でも美しい作品でしたが、その4篇のなかでも、地味さの最たるものは『みかげ石』でしょうか。
でも、一番好きだった作品です。
お祖父さんと孫が散歩するお話。個人的に、じいと少年の取り合わせはツボ直撃です。

その石は、語り手の家の前にあり、皆の椅子がわりになっている石。
彼は、長くその場所にあり続けた石についてを大事に語りながら、やがて、彼の少年時代のこと、祖父のことを思いだしていきます。
幼い日、誤解から母親に叱られてしまった彼を、お祖父さんは散歩に連れ出し、彼らの住む村や森、湖、遠く煙る景色の先のこと、そこに生きた人々のことなどを、幼い孫息子に語るのです。
祖父の言葉に、迂闊な大人のいたずらがもとで傷ついた幼い少年の心はいやされていきます。
それはその語りの穏やかさにだけではなく、語られる彼らを取り巻く風景の美しさ、為す術もないほどの力を前に倒れ伏しても、なお耐え抜いた人々の力強さをうけとっていったから。
英雄的な人物でもなく、ごく普通の、無名の人々の営みと、それを受け継いでいくことの尊さ、それをお祖父さんが大切に思い、孫に伝えようとしていることがにじみます。
長年の風雨にさらされ、時を刻みこまれながらも、変わらずにあり続ける石は、祖父がその祖父から、そして、すでに老境に達したかつての少年を経て、さらに孫たちへと伝えるべき何か、そのものなのでしょう。

こういったことを描く作品は、古いといえば古いのだろうと思います。おそらく、書かれた当時ですら古い。
けれども、やはり大切にしたいと思うことでもあります。
いつも読みたいわけではないけれども、時には求めて読みたいと思うようなもの。
最後におかれた序で語られる想いの力強さとともに後々まで印象に残りそうです。
たぶん、この地味な美しさも。



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