2013.6.16.網を捨てて従った漁師たち
聖書 マタイ4:17~25
題 網を捨てて従った漁師たち
暗唱聖句 マタイ4:19
「イエスは彼らに言われた。『わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。』」
はじめに
1.ペテロ
2.アンデレ
3.ヤコブとヨハネ
はじめに
今月の30日にはろう者の特別集会があります。私たちは祈って、誰かを誘いたいですね。最初、誰かが誘わないと教会のことはわかりません。教会は普通の人たちとは関係がないと思っているかもしれません。「結婚式は教会で、お葬式はお寺で」と思っている人も多いかと思います。現代は宣伝の時代です。ぜひ、宣伝してください。「教会は素晴らしいところ、イエス様は素晴らしいお方です。」と。
ローマ10:13~15「『10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる』のです。10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。 10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。『良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。』」
のべ伝える人が必要なのです。「素晴らしい集会があります。ぜひ来てください。」と言って、チラシを渡してください。そして、祈ってください。祈りは魂を神さまに向ける鍵です。魂をイエス様のもとに獲得したいと思ったら、祈ることです。祈りなしには何もおきません。ですから、みんなで祈りましょう。
今日はイエス様の最初の弟子たちについて、話したいと思います。この弟子たちは後で使徒になって行きます。
「弟子」というのは「師から教えを受け、学ぶ者」のことです。ですから、神学生のような修業中の人たちです。権威はついていません。それにたいして、「使徒」というのは「遣わされた者」という意味で、遣わす者からの権威が伴ってきます。「使徒」になるとイエス様の権威をもって、イエス様と同じ働きができる「小さなイエス様」が誕生したことになります。イエス様は弟子の中から徹夜の祈りの後で「12使徒」を選ばれました。しかし、この使徒たちはもともとガリラヤの漁師たちでした。そして、主イエスを「師」と仰ぎ、「学ぶ者」だったのです。最初の出発は小さな出発から始まります。その小さな出発を侮ってはなりません。小さなことに忠実な人に大きなことを任せてくださるのです。
そして、人は出会いによって運命が大きく変わります。この弟子たちは、メシアであるイエス様との出会いによって大きく人生が変わりました。彼らの人生が奇跡と冒険に満ちた充実した人生に変わっていったのです。
もし、自分の人生が素晴らしい人生に変えられるとするならば、その人の弟子になりたいと思うでしょう。そうしたら、その素晴らしさを知っている人が誘ってあげることです。みんな誰かに誘われて教会にきましたね。あなたも誰かを誘いましょう。
1.ペテロ
マタイ4:18~20
「イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。漁師だったからである。 4:19 イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」4:20 彼らはすぐに網を捨てて従った。」
① ペテロの名前は元の名前は「シモン」です。「ヨナの子シモン」(バルヨナ・シモン)と呼ばれていました。その彼に、イエス様によってペテロ(岩)という名前が与えられました。アンデレは、ペテロの弟です。
② ペテロの職業は、漁師です。彼はガリラヤ湖の北の方にある町、ベッサイダ出身です。しかし、ペテロの一家はカペナウムに移り住んでいました。カペナウムはガリラヤ湖のすぐそばにあります。彼は結婚していました。なぜなら姑さんがいたので、結婚しているとわかります。
③ ペテロとアンデレはメシア、救い主がやってくるのを待ちのぞんでいた人でした。
④ ①~③のようなペテロに弟のアンデレがイエス様を紹介しました。この時、ケパ(訳すとペテロ)という名前が与えられました。この時からペテロはイエス様のパートタイムの弟子になりました。
⑤ それから、イエス様の活動を直接見ることになりました。たとえば、カナの婚礼の奇跡、過ぎ越しでの宮清め、ニコデモとの対話を聞いた、サマリヤの女との対話、カペナウムの役人の息子のいやし、・・・まだありますね。大漁の奇跡などの経験を通して、フルタイムの弟子として、イエス様に召されて行きました。
⑥ フルタイムの弟子になったペテロはもっとたくさんの霊的な経験をしました。たとえば、悪霊の追い出し、姑の熱病の癒し、中風の人の癒し、ライ病人の癒し、マタイの召命など・・・・。
このような体験をした後で、ペテロは使徒に選ばれます。
ペテロは、ある日突然使徒になったわけではありません。ペテロはまず、イエス様と出会いました。そしてパートタイムの弟子、フルタイムの弟子という段階を通って、使徒としての召命を受けました。私たちの信仰の歩みも、これに似ています。小さなことに忠実であれば、次の段階に導かれます。イエス様と共に、献身の階段を上っている人はとても幸いです。
2.アンデレ
アンデレはペテロの弟です。2人の性格はとても違います。ペテロは目立ちますが、アンデレは目立たない性格です。職業は漁師、ベッサイダ出身の人でした。カペナウムに移住し、ペテロと一緒に住んでいました。
(マルコ1:29)「 イエスは会堂を出るとすぐに、ヤコブとヨハネを連れて、シモンとアンデレの家に入られた。」
アンデレはバプテスマのヨハネの弟子でした。
(ヨハネ1:35~36)「その翌日、またヨハネは、ふたりの弟子とともに立っていたが、1:36 イエスが歩いて行かれるのを見て、『見よ、神の小羊』と言った。」一人はアンデレです。もう一人の人の名前はありませんが、これはヨハネです。
「見よ。神の子羊。」という言葉を聞いたことが、アンデレの生涯を変えました。
アンデレの生涯の中で重要なことはアンデレが最初の弟子であったことです。そして、弟のアンデレが兄のペテロをキリストに導いたことです。
(ヨハネ1:40~42)「ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。1:41 彼はまず自分の兄弟シモンを見つけて、「私たちはメシヤ(訳して言えば、キリスト)に会った」と言った。 1:42 彼はシモンをイエスのもとに連れて来た。」
このアンデレの最高の奉仕は兄のペテロをイエス・キリストに導いたことです。活躍する兄を見て、アンデレも嬉しかったに違いありませんし、そんな兄を見て誇りに思っていたことでしょう。アンデレは最初からイエス様をメシヤであると信じて弟子になりました。その判断と行動がキリスト教の歴史を作ったのです。アンデレの特徴は、人々をイエスに紹介する、イエスに導くという賜物を持っていました。兄のペテロと競争するのではなく、兄を立てて、自分は目立たないところで自分らしい生き方をしたのです。このような生き方はとても大切です。自分らしく生きることです。
私たちが導く人も、将来、活躍する人になると期待できます。そう思うと伝道に胸がわくわくしませんか。ある日曜学校の教師をしている人が言いました。「この生徒の中に将来日本の大臣になって、日本の国を治める人がいるかもしれない、また宣教師になる人がいるかもしれない。そう思ったら楽しい!」
3.ヤコブとヨハネ
(マタイ4:21,22)
「そこからなお行かれると、イエスは、別のふたりの兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父ゼベダイといっしょに舟の中で網を繕っているのをご覧になり、ふたりをお呼びになった。4:22 彼らはすぐに舟も父も残してイエスに従った。」
(マルコ1:19~20)「また少し行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネをご覧になった。彼らも舟の中で網を繕っていた。
1:20 すぐに、イエスがお呼びになった。すると彼らは父ゼベダイを雇い人たちといっしょに舟に残して、イエスについて行った。」
ヤコブは「ゼベダイの子ヤコブ」と呼ばれています。アルパヨの子ヤコブや主の兄弟ヤコブと混同しないようにしましょう。彼らは別人です。
父ゼベダイは漁師で裕福な人でした。なぜなら、舟も持っていたし、雇い人もいました。
ヤコブとヨハネはカペナウムに住んでいました。彼らはぺテロやアンデレの次にイエス様の弟子になりました。ゼベダイの家の人たちはペテロやアンデレの家の人たちと一緒に働いていました。協力し合って漁をしていました。
それから、2人の母親はサロメという人です。このサロメは主イエスの母マリヤの姉妹です。(ヨハネ19:25、マタイ27:56、マルコ15:40)ですから、ヤコブとヨハネは主イエスのいとこにあたります。このサロメはイエス様を愛して、熱心に仕えました。十字架の刑場にも一緒にいたのです。サロメは子供を愛する教育熱心な母親でした。そして子供たちが出世して成功することを願いました。イエス様の所に行って、息子たちを一人は右大臣に、一人は左大臣にしてくださいと頼んだ人です。
兄弟関係ではヤコブの名前が先に出てくるので、兄だと思います。この兄弟は弟のヨハネの方が有名です。ヤコブとヨハネは裕福な家の息子たちであり、主イエスの親戚でした。ですから少しわがままだったのでしょう。
ヤコブとヨハネには性格上の問題がありました。2人とも、短気で、排他的で、この世で成功したいという考えを持っていました。
たとえば「ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、このふたりにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。(マル 3:17)」
2人のニックネームはアラム語で「ボアネルゲ」といい、「雷の子」という意味でした。つまり、2人は何かあると雷のように怒っていたと思われます。
イエス様は彼らを弟子として召されましたが、この性質を喜んではおられませんでした。しかし、ヨハネは、「自分は愛されている」と感じていました。その愛が彼らを次第に愛の人に変えて行きました。イエス様はどんな人でも、その壊れた人格を立て直して、完成した人格へと導くことができるお方です。私たちの救いもイエス様によって完成へ導かれて行きます。まずは従っていくことです。
4.適応
イエス様は最初にこの4人を「人間をとる漁師」として召してくださいました。
「イエスは彼らに言われた『わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。』4:20 彼らはすぐに網を捨てて従った。」
イエス様も最初からたくさんの弟子を持っておられたわけではありません。一人ひとりと出会って、声をかけ、弟子に召して行かれました。私たちも一人一人に声をかけましょう。
また、弟子たちもイエス様に出会うきっかけがありました。ペテロはアンデレによって導かれました。アンデレが兄を導きました。これは偉大な奉仕でした。私たちも友人知人をキリストに導きましょう。祈って、イエス様から勇気と知恵をいただいて誘いましょう。
どんな人も、イエス様に出会うなら変えられます。ヤコブとヨハネは「雷の子」と呼ばれた人です。しかし、晩年のヨハネは「愛の人」と呼ばれるようになりました。
主イエスに出会うことこそ、豊かな人生を歩む秘訣です。イエス様の救いは永遠の世界まで有効です。地獄の門も打ち砕くのです。この偉大な救いを人々に伝えましょう。一人が一人を導きましょう。人間をとる漁師になるのです。そして霊の親になりましょう。
この週末の時代、主イエスは信徒たち一人一人を聖霊で満たし、霊の賜物を与え、イエスの御名の権威を与え、この世に派遣しておられるのではないでしょうか。わたしたちは使徒たちと同じように、いえ、それ以上にしるしと奇跡と神の栄光とを見せていただく時代に生きているのです。ハレルヤ!