読書の森

勝ってくるぞと勇ましく 最終章



自分と仲の良かった幼馴染が兵隊にとられ、母は生まれて初めて喪失の哀しみを知ったと思う。
即ち、昭和19、20年余りにも遅い頃に母たちは敗戦を予知したのである。

戦争が一層激しくなり、誇りだった官庁の勤めも辞め、生まれ育った街が火の海になった時、母はあまりの激変が悪夢の様に思えただろう。

そこに「勝ってくるぞ」の歌は響いていない。
歌のない暗い世界で、多くの日本人が地獄で喘いだと思う。



戦後、私達の世代が生まれ育った頃から、懲りない「勝ってくるぞ」は蘇った。

母の心の中に鳴り響く「勝ってくるぞ」は盲目的に娘に伝わった。

正直な事を言う。
私は高校の頃まで「日本は戦前の美しい心を失くしてしまった」と思い込んでいた。
「日本の戦いは然るべくして起こった。
兵隊は勇ましく戦った。彼らを何故責めるのか」
本気で思っていた。

この考えが変わったのは、大学で学園紛争に関わる友人の話を聞いてからである。
「勝ってくるぞ」ではいけないのだ。

戦争を起こす行為こそが、人々の生活を不安と混乱に陥れる。
愛する人が戦死してからでは遅い。
どんな事があろうと絶対に起こしてはならない。

それを頭でよーく理解しているのに、何故か私の心の中に戦前の純粋な若者が生活している。
純粋であるからこそ美しいが正義とは言えない。

いつか彼らと真剣勝負で向かい合える物語を書けたらと思う。
母の時代に生きた若者の思いを伝える事が出来たら、自身の人生の重りが軽くなるかも知れない。

読んでいただき心から感謝します。 宜しければポツンと押して下さいませ❣️

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