goo blog サービス終了のお知らせ 
見出し画像

読書の森

通り過ぎる街の思い出 その2

沙月から連絡があった夜、扶実は教えられた野々村の電話番号を回した(これは平成が始まったばかりの時代の話でございます。よってダイヤル式の電話が未だあったのです)。

リーンリーンと音がした後
「はい、野々村です」
どっか昔聞いたような野々村の声が聞こえた。
「あら!ホントに野々村君だった、元気?」
「、、、失礼ですが、お宅どなたですか?」
「本当ですね。失礼でした。私円堂です。円堂扶実です。お久しぶりです」
「あゝ円堂君!覚えてるよ。懐かしいね。でも急にどうして?」
「急に突然電話した訳でしょう?
どうも沙月に騙されたらしいのよ」
「何?沙月って?」
「河出沙月さんよ。鉄道旅行友の会で一緒だったじゃない!」
「大学時代のサークルだね」
「なあに?あなたと私はサークルの同期の部員以外に関係があるのですか?」
「!!、、」
電話口からでも、野々村のムッとした様子が伺えるようだった。
扶実は慌てた、こう言うふうだから私って縁を逃すんだ。

「すみません、失礼な事ばかり言いまして。
つまり河出さんからお宅が重病だとお聞きして心配になってお電話したのです。
すみません。不躾な電話を突然かけまして」
扶実の耳に野々村のいかにも楽しそうな笑い声が聞こえた。

「あゝそう言う訳か先週さ、サークルの連中から連絡があって、俺の近況を色々聞いて変だなと思ってたんだ。それ沙月じゃないけど。お節介なんだ」
「つまり、、そう言うこと」
「そうだよ。俺たちいい年して独り者だからじゃない?」



二人は気の抜けたような会話を交わした後、ともあれ、旧友の縁結びのお節介を受ける事に決めた。

連休中ずっと駅長の仕事から離れられない野々村の所へ扶実は泊まりがけで行く事に決めたのである。
そうして東京駅からローカル線に乗って北関東の海沿いの町(村?)に彼女は向かっている。

「まるでみんなのペテンに引っかかったようなものだ」
と扶実は思う。
ひょっとして野々村もグルだったのか?
一瞬そんな思いが過ぎるが
(それはないでしょ!)と首を振った。
そう言うシチュエーションが浮かぶのが彼女にはちょっと堪らなかった。

扶実のボストンバックには母校に近い饅頭屋の饅頭や当座の食料品がジッシリ詰まっている。
野々村と並んで頬張った饅頭、「美味しいな!」
目的地に着いた後、野々村と顔を見合わせて微笑んだ学生時代の思い出が、やたらに蘇る。
「あの人の笑顔、やたらと可愛かったな!」
多分今はむさ苦しいオッサンだろうけど、それでも良いのよ。

突然、はしだのりひこの『花嫁』のメロディが扶実の耳に響いてくる気がした。あれは卒業後に流行った歌だったけど、なんかとっても心惹かれるものがあったな、扶実は小声で口ずさむ。

「あの人の写真を胸に海辺の町へ」
文字通りだわ、と扶実は呟いた。野々村一人の写真じゃないけど、サークルの皆の写真をバックに入れてるもんね。
「小さなカバンに詰めた花嫁衣装は故郷の丘に咲いてた野菊の花束」
列車がゴトゴト揺れた。
「命かけて燃えた恋が結ばれる!」
そう口ずさんで扶実は(ちょっと私ってバカみたい)とキョロキョロした。

バブル崩壊後、急激に変化した世情である。乗客は、それぞれ自分の事でせいいっぱいで、おばさんの事など構ちゃいられないようだった。



列車は扶実の思いにはお構いなく、規則正しく進んでいる。
長い間暮らした過去の風景が矢のように通り過ぎる。
しかし、今ここで過去が過ぎて行くのではない。

この列車は彼女を過去の風景に連れて行ってくれるのだ。
忘れ去った筈の昔の思い出が昨日の事の様に蘇ったではないか。

読んで下さり、ポチッと押していただければ感謝です❣️ 

最近の「創作」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事