佐藤麗奈は、スーパーでチョコケーキの材料を仕入れた。
普段は閑散としているお菓子の材料売り場は混んでいた。
若い娘の熱気が感じられる。
シャンプーの爽やかな香りをさせ、目をハートにして、品定めをする娘たちの目的と麗奈の目的は哀しい事に異なっていた。
愛する人に捧げるホロ甘いケーキであるのは一緒だが、これは愛を実らすものでない。
愛を終わらせるケーキなのである。
恋人に別れを告げるケーキとなる予定だ。
佐藤麗奈、30歳
一年前、貿易会社の社長秘書に抜擢された。
それは彼女の恋人鳥越翔にとっての災厄の始まりでもあった。
翔は新聞記者をしている。
社会部に所属する。
いわゆる事件記者だ。
それ故ニュースをキャッチする本能を保持する。
止せばいいのに、麗奈の勤める会社の内情を探り出したのだ。
麗奈が入社して以来、A国からの収入が極端に上向いている。
「何かある」彼の記者魂が疼いたのだ。
今彼は、ウツを患い会社に長期休暇を出している。
というのは真っ赤な嘘で、しかもその診断書は麗奈の勤める会社から出ていた。
実は、A国の有力者がオーナーである病院に、彼は軟禁されているのだ。
お見舞いと称して麗奈が彼を訪ねるのは自由である。
ただし、面会時間は30分。
差し入れは食べ物だけである。
いくらどう考えても、これは普通人権侵害という。
なぜ、このような理不尽な目に愛しい人が遭わなければならないのか?
麗奈が真相を知るまで、かなりの時間を要した。