初日の出を見に、お出かけするなら、「岡田山」に行こう!!
岡田山で霧の海から出てくる朝日は、
それはそれは美しいのです!!
「岡田山」「日の出」で検索してみてください。
きっとその美しさがわかってもらえるはず!
だけど、美しい場所、好きな場所の話をするときにいつも思う。
ここは秘密の場所にしておきたいなあ~って。
だから、本当は知らせたくないってところもあるんだけど。。。
で、
初日の出の日なんですが、
日の出前になると地元の人や岡田山のファンの方などが集まってきて
焚火をたき、
和太鼓グループが初打ちをして盛り上がり、
そして、東の空にゆっくりと上がる初日の出に歓声を上げるのです。
それから、樽酒を開いて、新年を祝います♪
上田町内会だよりによると
日の出は7時12分とのこと。
山の上なんだけど、どうやって日の出時間を調べるのかな~~?っていう疑問を持ちながら
いやいや別に、その時間丁度に上がらなくったって、だいたい、、でいいんだっていう
寛容さ、アバウトさの中で遊ぶ正常な心持を失ってはならぬ!!
と思うのであります。
ってなことで、
岡田山で会いませう
あ、そうそう
岡田山は、わがまち三次市上田町です。
山頂まで車で上がれますが、20台くらいしか停められません。
500メートルくらい下に停めることになるかもしれません。
標高が639メートル。
スタッドレスタイヤ必須です~。
岡田山で霧の海から出てくる朝日は、
それはそれは美しいのです!!
「岡田山」「日の出」で検索してみてください。
きっとその美しさがわかってもらえるはず!
だけど、美しい場所、好きな場所の話をするときにいつも思う。
ここは秘密の場所にしておきたいなあ~って。
だから、本当は知らせたくないってところもあるんだけど。。。
で、
初日の出の日なんですが、
日の出前になると地元の人や岡田山のファンの方などが集まってきて
焚火をたき、
和太鼓グループが初打ちをして盛り上がり、
そして、東の空にゆっくりと上がる初日の出に歓声を上げるのです。
それから、樽酒を開いて、新年を祝います♪
上田町内会だよりによると
日の出は7時12分とのこと。
山の上なんだけど、どうやって日の出時間を調べるのかな~~?っていう疑問を持ちながら
いやいや別に、その時間丁度に上がらなくったって、だいたい、、でいいんだっていう
寛容さ、アバウトさの中で遊ぶ正常な心持を失ってはならぬ!!
と思うのであります。
ってなことで、
岡田山で会いませう
あ、そうそう
岡田山は、わがまち三次市上田町です。
山頂まで車で上がれますが、20台くらいしか停められません。
500メートルくらい下に停めることになるかもしれません。
標高が639メートル。
スタッドレスタイヤ必須です~。
約40年前
私が小学生低学年のころ祖父母の
後を追って、よく岡田山に行ってました。
地図だと、岡田山開拓地と書いてある。
場所だと思います。
たしか、簡単な小屋があったような。
小屋と言っても、食事の準備、寝泊まりは
できるくらいの小屋です。
それが、どこの場所なのか。
細かい位置は今となってはわかりません。
雪原にウサギの糞を見つけたことを覚えています。
岡田山の記事を見るとこんなことを思い出し
懐かしく思い、心が少しキュンとします。
失礼しました。
そうか~... 焚火の火の粉が飛ぶもんね。。。
それで、いくつも穴をあけたことがあるわ。
さて、どうしよう...
ダウンの上から毛布をかぶるか?
あ、これ、マジよ。
いい案があったら教えて~~~
当日、晴天だといいね~
お久しぶりです。
今日の上田町は、雪景色です。
とはいっても、うっすらと1~2センチですが、
ホワイトクリスマスですよ。
岡田山の小屋って
どのあたりにあったのでしょうね!
興味しんしんです。
私の嫁ぎ先の持ち山が岡田山に少しあるようで
昔、夫に連れられて「なばこぎ」に行ったとき
昔の炭焼き小屋の名残を
発見したことがあります。
その名残の石組も、この前、
松枯れの山を一気に植え替えたときに
なくなってしまったようです。
少しずつ変わっていくふるさとのなかに、
昔の面影を見つけるとうれしいものだ、
上田小学校も残っているとうれしい
と、来られる方に声をかけていただけることがあって
そうすると、
ああ、よかったなあ、
もっとお話しが聞きたいなあ
と思います。
またぜひお話を聞かせてください。
お正月、楽しみですね!!
それで、焚火なんですが、
私は、毎年、とんど焼きに
危険を承知で!?ダウンジャケットを着ていきます~~~~。
で、小さな穴があいてしまったりします。。。
大事なジャケットは着ないことですね、やっぱり。。。
知恵かぁぁ。。。。。
ないなあ。
今年も、私は、ダウンジャケットを着て行ってしまうと思います。
焚火のはぜるのに気をつけながら。
私の記憶にあるのも、
炭焼き小屋なのでしょうか。
土間を含めて、6畳くらいの部屋があり、
そこでお弁当を広げてワイワイと遊んでいました。小さかった頃ですから、何もかにも大きく感じたのでしょうけど…
そういえば、観光農園への分岐点の破堂(こんな名前のバス停がありますよね)に馬がつないであったのも覚えています。
記憶が古すぎて、曖昧ですが…
雪が降る中寒そうでした。
いろいろな記事を楽しみにしています。
失礼しました。
面白い話なので、70歳くらいの方に聞いてみました!
それは、岡田山の入植者(開拓団)の家の名残だったのではないか?とのこと。
もしくは、堂さん。
堂さんには壁はないので、違うかもしれません。
その方は、馬を引いて、今から40年くらい前は岡田山から木を伐り出していたそうです。
破れ堂のところにつないであった馬は、
その目の前にあるお宅の馬だったのではとのこと。
その頃、その近くの家では羊を飼っていたとか、山羊を飼っていたとか、聞いたこともあります。
私が見た炭焼き小屋の壊れた名残は、
下記HPにあるようなものではなかったかなあと予想します。http://blog.oisiso.com/2005/12/post-77.html
「あのころは、安気だったでぇ~。今は忙しいが、時間があった。あの頃も忙しかったんじゃが、忙しいの忙しさが違うんじゃろうか。」
こんな話を聞きました。
私の記憶にあるのは、
なんでこんなところに、
ぽつんと一軒だけあるんかいな
てな感じです。
木を伐り出すですか~
あまり、そのあたりの記憶がありません。
林の中で、
祖父母・私の父親など大人数人と
子ども(私)数人が写っている写真があります。
イメージで言うと、サトウキビ畑で
収穫中に家族で整列して写真をとったみたいな…
すみません。うまく説明できなくて。
その頃、祖父母の家では薪でお風呂を
沸かしていましたから関係があるかもしれません。
安気だった。
久しぶりに聞きました。
懐かしいです。
失礼しました。
いつか、こちらに見えるときがあったら、
ぜひ写真を見せてください~。
見てみたいです!
薪でお風呂を沸かす・・・というの、
私が嫁いだ10年余り前にはまだ
この家でも薪でお風呂を沸かしていました!
まだ、薪でボイラーのお湯を沸かすことができるはずですが、
大ばあちゃんが亡くなってから
その仕事を引き継ぐ人がいなくなりました。
このあたりに、まだ薪風呂がある家は数件ありますよ。
またお話を聞かせてください。
とても面白いです。
燃料を自給できるのは、安心です。