Notes3~ヨミガタリストダイアリー

名古屋市在住の俳優/朗読者・ニシムラタツヤの演(や)ったり読んだりの覚え書き

夏休み4日目・よこしまブロッコリー「グルグルPlanet」を観に行く

2004年08月15日 | 舞台特に演劇
帰省した弟夫婦に会うため、実家に戻っております。
女子サッカー、残念でしたねえ。


昨日の19時の回を観ました。

…と、ここからいつもだったら劇評だか感想だか、
何だか分類のしようもない文章がだらだらと続く訳ですが、
今日の場合、帰りの名鉄電車の中で携帯に打ち込んで
しまっておりまして、小さいところに書いていた関係上、
いつもより輪をかけて内省モードです。すんません。
誰に謝っているんだか…。以下、コピペ。

よこしま。

観ている間に、なぜだかわからないけど、
自分は芝居の周辺でぐるぐる回っているだけだったんだな、
とつくづく思った。戯曲という大きな対象に対して、
あまりに浅はかに、無防備に、考えなしだったかということに
気付いた。

確かに、字面を追って行けば、うまくつながらない部分は
出てくる。しかし、その戯曲と現実の間を埋めるものこそ、
俳優の身体(声を含めた)ではないのか。役割意識が薄く、
気付かぬうちに、文句を付けている戯曲そのものに依存
してしまう傾向が、今までの私のほぼ全てだったのでは
ないだろうか?

戯曲を読んで、ああ、ひとごとだなと思う感覚。それは俳優と
して持っていなければならない感覚だろうか?
むしろ、全てをわたくしごととして、たとえ間違いなく
無理な話だとしても、それらに共感を寄せようとする
執着心こそ、自分には求められるのではないか。

今回の舞台に出ていた俳優たちは、少なくともそんなレベル
の迷いなどなく、真摯に、戯曲や自らの身体や意識と向き
合おうとしていた。


終演後、平塚直隆さんと久しぶりに会う。
同じ回を観ていたとのこと。
思えばここ2年位の来し方を振り返れば、その起点は平塚さんの
作・演出した「しるころーど」に出演させてもらったことが、
現在まで大きな影響を及ぼしている部分が、確実にある。
おおまかに言うと、「裸の王様」の時代、と後世私の生涯を
語る歴史家は(以下略)。

まあ、そんな、誰もが普通に経験する話ということで。

雨降ってきたみたいです。ちょうど10年前から敬愛する
篠原美也子嬢(←たぶん)のプレゼントCDが届いていたので、
朝までこれ聞いて過ごすことにします。

《写真=ベスト盤の特典“ドロボーCD”》
dro

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