人間の心を持つオルフェノクがいることを知り、戦えなくなった巧は真理や啓太郎にも愛想を尽かされはじめる。一方、オルフェノクに襲われた森下は、勇治の部屋で目を覚ました。悪魔に魂を売ってでも妹の仇を討つという森下に動揺する勇治。巧と勇治、心に重荷を抱える二人は、偶然、バッティングセンターで再会する。
視聴者レベルでは「草加むかつく、ぶちのめせ!」っていうテンションなんですが、
「お願いだから教えて! なに考えてるの? 一体なにがあったの!?」と問う真理に
なにも答えられないというのは、やっぱりたっくんの罪だと思うのだ。
口下手だから説明できない、しようがない、だから察してくれ、
なんていうのは単なる甘えであって。
もしも誤解されたまま、家を追い出される破目になったとしても
それはもう、たっくんの自業自得としか言えないと思うのだ。
人には口がある。言葉がある。だから、伝えなければならないのだ。
「何かあったんですか? よかったら、話を聞きますけど」
とたっくんに問いかける木場くん。
いやお前は自分が大変なときなんだから、他人の世話焼いてる場合じゃないだろ!とか思って、
っていうか。自分の悩みを棚の上にあげて他人の悩みを聞こうとしてるんだったら
それは通らないよ? 自分の心を見せないと、相手だって心を開かないよ?とか思ってたら。
「・・・こっちは、ちょっとあって。結構辛いことが」
と打ち明けてきた。もう、木場くんは本当に良い人だな!素晴らしい人だな!
もっとも。
「いえ、話せるようなことじゃないですし、・・・話しても、仕方ないですし」
「・・・あぁ。こっちもだ。話せるようなことじゃないし、話しても仕方ない」
と。うん、まぁそうなんだ。話せるようなことじゃないんだ。
でも、「話しても仕方ない」なんて言わないで欲しい。
解決するためだけに、人に打ち明けるわけじゃないんだよ。
と。なんだかもう眉毛をヘの字にして見ている。
しかし、たっくんは最終的に「かつて人であったもの」が砂と化すのを見て、「俺はもう迷わない」と決断。
オルフェノクがたとえ人の心を持っていたとしても、いなかったとしても、
それが人の命を奪ったという事実に変わりはなくて。
「俺はもう迷わない。迷ってるうちに人が死ぬなら、
戦うことが罪なら、俺が背負ってやる!」
そこから始まる主題歌。2番の歌詞。もう辛い。
ファイズの場合は自ら望んでベルトの使用者になってるわけで、そこは前向きで素晴らしいんですけれど、
やっぱりそれに付随する責任が、なぁ。
力を持つものは、それに応じた責任を背負わなければ、やっぱりいけないんだよな。
「俺は戦う相手のことを考えたりはしない。
俺は、俺の強さを確認するためだけに戦ってるからな」
という草加の態度は、まぁ褒められたものではないんですけれど、
その辺の線引きがきっちりしている人の強さというか、
ぶっちゃけ、人間として「怪人から守ってもらいたい」と願うとき、草加の強さを頼りたいと思うだろう。
うん、ああいう極端でも価値観を確立させてるキャラは、好みなのだ。草加嫌いだけど。
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