~東根中部小学校目の前、基礎から受験まで~

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えいちしんがくじゅく

テスト中にこっそり・・・・

2011年03月26日 | 教育
ただいま、模試真っ最中です。
生徒らに模試を受験させ、試験監督をしながらブログを書き込むという
不良講師っぷりをお許しください。

今日は子ども達が大好きな(塾長も大好きな)ゲームについてです。
ゲームといってもスポーツや手遊びなどではなくテレビゲームです。
このブログでなぜゲームかといいますと、私の個人的な見解ですが知能の
発達に大きく関わるだろうと思われるからです。

まず、私はテレビゲーム肯定派です。
度を過ぎるほどやりこまなければ生活にも学習にも支障はでません。
視力も全くとはいいませんが経験的にほとんど影響ないと思われます。
私は超のつくほどゲームっ子でしたが、ずっと視力検査はAです。
しかし、最近のゲーム事情には残念ながら肯定的ではありません。
子ども達に良い影響がでないと思うからです。
それは倫理的にとかそういうものではありません。確かに昨今のゲームは
暴力的な、残虐な表現は多いとお考えの方はおられるでしょうが、
少し昔を思い出してください。現在よりもすごい表現はありました。
ウルトラマンで首を切ったり『八つ裂き』とか言ってみたり・・・
現在はそういった表現に目が行く・・というか残酷な少年犯罪の原因の
一つとして槍玉にあげられているのでしょう。
私の考える影響とは、そういったものではなく知能に対しての影響です。
現在のゲームは易しすぎるのです。
最近、小学校低学年のとき楽しんでいた某RPGをやってみたところ
メニュー画面が全部英語、アイテムも全部英語なのです。
当然子どもにはわかりませんが、

楽しいからやる⇒想像しながら記憶する⇒ゲームを進めながら仮定を確信に

という、これこそ学習という状況が生まれていたことは想像に難くありません。

製作者にはゲームを芸術として誇りを持っている方も居られるでしょうが、
メーカー(会社)としては売り上げを追求するでしょう。
その追求の(競争の)中で万人ウケを狙い難易度や表現のレベルの低下が
起こっていったのでしょう。
さらに技術の向上によって様々な状況がわれわれ人間によって『楽』に
なりました。かつてコンピュータからの文書情報は『読む』しかなかったのに
『聞く』で事足りるようになりましたし、入力もユーザーインターフェイスの
進歩により、かつて『入力』や『操作』と言われていたことが最近では
手を振るだけで出来たりします。
枚挙に暇がありません(例をあげればキリがない)がそれらの『楽』が
我々から、我々の子ども達から『工夫』や『想像力』ひいては『学習力』を
奪っていくのではないでしょうか。
苦労は買ってでも・・・と言われたりしましたが苦労と言わないまでも
多少難しいものでもやってみることは良いことでしょう。
便利すぎることは人間の質の低下を招くのだろうと思う塾長でした。

全部のゲームがそうではありませんし、皆がそうでもありません。
ゲームに限ったことではありません。行政や制度はわかりやすくしても
良い、というかしてくれないと困りますが娯楽までわかりやすくしないで
頂きたい、というのが教育者の端くれとしての意見です。

色々書きましたが言いたいことは
  「楽しんで頭も良くなったらいいよね」です。
私もそのように努めております。他業界の方も教育を少し意識してくれたら
世界がちょっとずつ変わって行くのかな・・・と思うのでした。


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