パロディ小説『僕は依頼者が少ない』の第4回です。
第1話(1)http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/e/28f70d976fc13c6b33d4945f26898f45
第1話(2)http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/e/53a59ce7a7cc5e49dd04f21bc90c456c
第1話(3)http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/e/3decfd1ee39e9fc5174e61da3c4b7c04
次の日。コンビニのアルバイトを済ませた僕は,弁護士会館5階のロビーに向かった。
昨日と同じくソファーに腰掛けていた三日月さんは,いつもどおりの不機嫌な表情だった。
「遅かったな,太郎。とりあえず手続きは終わったぞ」
「手続き?」
「新しい部活の創部手続きだ」
「・・・・・・どんな部活を作ったの?」
恐る恐る尋ねる僕に,三日月さんはやたら自信ありげに告げた。
「『隣人部』だ」
「りんじんぶ?」
三日月さんは頷いた。
「社会生活上の医師として,市民の良き隣人たる法律家となり友誼を深めるべく,誠心誠意,臨機応変に切磋琢磨する部活動だ」
「・・・・・・何か,ものすごく胡散臭いんだけど?」
何をする部活なのか全く分からない。
あと,「良き隣人たる法律家」ってフレーズ,どこかの法科大学院で使われてそうな気がする。
「というか,そんなので創部の申請が通るものなの?」
「そこは弁護士会だからな。社会的正義とか人権とか司法改革の理念とか,それっぽい名目を適当にでっち上げておけば,大抵のことはごまかせる。弁護士業界なんてちょろいもんだ」
真面目に人権活動をやっている弁護士さんが聞いたら激怒しそうなことを言う三日月さんだった。
「それにしても,昨日の今日でそんな手続きを終えるなんて,すごい行動力だね」
僕は呆れ混じりに言った。てっきり,今日はどんな部活を作るかの話し合いをするものと思っていたら,もう部が出来ているとは。そんな行動力があるなら,普通に委員会でも会派でも入ればいいのに。
「私はこういう事務手続きとかレポートとか,終わればそれっきりの無味乾燥な作業なら得意なのだ」
「さいですか」
「うん。ネットショッピングだって得意だぞ」
ネットショッピングに得意不得意ってあるのだろうか。
「それで,その隣人部だっけ,それって結局何をする部なの?」
仮にも弁護士の部活だから,何か法律の研究でもするのだろうか。
僕が尋ねると,三日月さんはこともなげに,
「依頼者探しに決まっているだろう」
「・・・・・・その発想はなかった」
僕は頭を抱えた。
「もっとも,私はどうしても依頼者が欲しいというわけじゃない。依頼者が来ないのがイヤなわけではなく,同業者から『あいつは依頼の取れない駄目な弁護士だ』と蔑むような目線で見られるのがイヤなだけだ」
「・・・・・・いや,依頼者が来ないのも十分問題だと思うよ。依頼が取れなかったら収入も入らないし・・・・・・」
僕の突っ込みをスルーして,三日月さんはさらに話を続ける。
「そこで,この部活なら周囲から『依頼者の取れない寂しい奴』という蔑みの視線を回避しつつ,同じ悩みを持つ他の弁護士と知恵を出し合って,依頼者を探すための取り組みをすることが可能となるわけだ」
私って頭いいだろう? と言わんばかりに,得意げな三日月さんだった。
「なお,隣人部の活動は弁護士会館で行うのが望ましいが,毎回会議室や面談室の予約が取れるとは限らないので,世田谷クレセント法律事務所を当面の活動拠点とする」
僕は嘆息した。なお,忘れている人がいると困るので補足しておくが,世田谷クレセント法律事務所というのは,要するに三日月さんの自宅である。昨日から決意はしていたが,さすがにこんな児戯に付き合ってはいられない。
「・・・・・・まあいいけど,せいぜい頑張ってね」
すると三日月さんはきょとんとして,
「なにを他人事みたいに言っている? 部員なのに」
「は!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった僕に,三日月さんは平然と言葉を続ける。
「太郎の入部届は,私が代わりに書いておいた。それと部活動の便宜上,太郎の所属事務所も世田谷クレセント法律事務所に変更してやったぞ。感謝しろ」
「するか!」
「ちなみに,弁護士会の事務局に太郎の登録事項変更届を出したら,ものすごく喜ばれたぞ。ジュリナビでは新人弁護士が一人で事務所を開いているのを『即独』と定義しているから,太郎が私の事務所に移籍することで,統計上は即独弁護士が二人減ることになるそうだ」
「最低だな弁護士会!」
「というわけで今日の部活動を始めるぞ,太郎部員」
そう言うと,三日月さんは鞄の中から,ごそごそと何やら紙の束を取りだした。どうしよう,なんかもう突っ込みが追いつかなくなってくる・・・・・・。
「それ何?」
「部員募集のポスターだ」
「わずか一日で,ポスターまで作ったの・・・・・・?」
行動が早いと評すべきか,それとも単にヒマなのか。
「我ながらよくできたと思う」
三日月さんはそう言って,一枚のポスターを僕に差し出した。
僕はポスターに目をやり,・・・・・・そして絶句した。
媒体の関係でポスターの実物をお見せできないのが残念だが,何というかその,・・・・・・アレだった。
「・・・・・・なんだこれ」
「だから隣人部のポスターだ。今からこれを弁護士会館の掲示板に貼るぞ」
「えー・・・・・・」
精一杯イヤそうな顔をして見せた僕に,三日月さんは不快そうに顔をしかめた。
「・・・・・・何だ。何か問題でもあるのか?」
「問題だらけだと思うんだけど。何をやる部なのか全く分かんないし,これじゃ誰も集まらないと思うよ」
「ふん,甘いな太郎」
「なぜか小馬鹿にするように言う三日月さん。
「ポスターの文章を斜めに読んでみろ」
「斜め・・・・・・?」
訝りつつも,ポスターの文章を読んでみる。ちなみに文章は以下のとおり。
「隣人部
いつまでも,何時何時までも
きっと貴方の側にいる
わたしにとって頼れる隣人
だいじょうぶ,私にお任せください
なにものにも代えがたい法律家
依存し,依存される関係
信頼し,信頼される関係
よい者も,悪い者も救われる
何事も探求心を忘れることなく
旅立ちのその日まで
そんなりそうの法律家になろう」
何となく宗教勧誘のポスターみたいで,言っていることがさっぱり分からないのだが・・・・・・?
「あ」
「分かったか?」
三日月さんが薄く笑う。
「まあ,分かったといえば分かったけど」
ちなみに,文字を左上から右下に向かって読んでいくとこうなる。
いつまでも,何時何時までも
きっと貴方の側にいる
わたしにとって頼れる隣人
だいじょうぶ,私にお任せください
なにものにも代えがたい法律家
依存し,依存される関係
信頼し,信頼される関係
よい者も,悪い者も救われる
何事も探求心を忘れることなく
旅立ちのその日まで
そんなりそうの法律家になろう」
・・・・・・というわけで,このポスターには「いっしょに依頼者探そう」と書いてあります。
「ずいぶん地味なネタを仕込んだね・・・・・・」
「ネタじゃないぞ」
何故か心外そうに言う三日月さん。
「普段から依頼者探しに困っている者なら,このポスターに隠された『一緒に依頼者探そう』というメッセージに目ざとく気付くはずだ。逆に,依頼者探しに困っていない者にとっては,ただの漠然とした文章と認識されて終わり。つまり,一緒に依頼者を探したいなんて恥ずかしい目的をおおっぴらに出すことなく,目的を同じくする部員を集めることが可能なのだ!」
「・・・・・・」
自信満々で言う三日月さんだったが,僕には意味不明な理屈だった。
というか,三日月さんにも恥ずかしい目的って自覚あったんだね・・・・・・。
「まあ百歩譲って,三日月さん,いや京香の理論が正しいと思うことにするとしても・・・・・・」
「なぜ百歩譲る必要がある?」
心底疑問に思っている顔の三日月さんをスルーして,
「文面はまだいいとして,下の絵は何なの?」
文字的に表現すると,敢えて言えばみんなで何かを食べている絵のようにも見えるが,何しろ絵のレベルが幼稚園児のお絵かき程度の域を出ていないので,何が描かれているか厳密には判別し難い。
「見れば分かるだろう」
「分からないから聞いているんだけど」
「ふん」
三日月さんは,またも僕を小馬鹿にするように笑い,理解力のないお馬鹿さんに易しく教えてやろうとでも言うような口ぶりで話を続けた。
「リア充弁護士が,家族と一緒に富士山へ登っておにぎりを食べているシーンを描いてみたのだ。我ながらよく描けている」
「・・・・・・さいですか」
「万一斜め読みに気付かない者がいても,この絵を見ればこの部の目的に気付いてもらえるという寸法だ」
「・・・・・・まあ,一万歩を譲って京香の言うとおりだとしよう」
「なぜさっきより歩数が増えているのだ?」
三日月さんの問いはまたしてもスルーし,
「この絵の人たちが食べてるおにぎり・・・・・・・? 的な食べ物・・・・・・? に,目とか手足が付いてるのはどうして?」
「その方が可愛いと思って」
「かじったら暴れそうで超イヤなんだけど。というか,擬人化した食べ物を食べるのは・・・・・・」
「太郎は,あの国民的ヒーローを否定するつもりか?」
「国民的ヒーロー?」
「子どもに自分の頭を食べさせるナイスガイ」
「ああ,アソパソマソか・・・・・・」
たしか,あの頭って時々交換してるんだよね。
「自己犠牲の精神など虫酸が走るが,愛と勇気だけが友達だという点は彼に共感を覚えるな」
「共感される方も良い迷惑だと思うけどね」
と,不意に三日月さんはムスッとした顔になった。
「・・・・・・というか太郎,斜め読みもこの絵も理解できないなんて,本気で依頼者を探す意欲があるのか?」
「このポスターを理解できる残念な感性の持ち主に,事件を依頼しようと思う人はあんまりいないと思うけど・・・・・・」
「ふん,自分の感覚が絶対だと思うなど,太郎はセカイ系だな」
「君に言われたくないよ」
ちなみにセカイ系とは,日本のサブカルチャー分野における物語の一類型であり,『新世紀ェヴァンゲリヲン』などがその代表作とされるが,その定義は必ずしも明確でない。分からない人は,要するに「自意識過剰だ」という意味だと理解してもらえば十分だろう。
「まあ,そんな議論をしても仕方がない。早速このポスターを貼りに行くぞ。太郎も手伝え」
いつの間にか議論をすり替えられた上に,なんかとんでもないことを命令された!
「ちょ,ちょっと待て京香! こんなのを本当に貼るつもりか!?」
「だから,貼ると言っているだろう。何か問題が?」
「いや,だから・・・・・・。そうだ,あの貼ってあるポスター,掲示許可のハンコが押してあるだろう。弁護士会館にポスターを掲示するには,たぶん事務局あたりの掲示許可が必要なんじゃないか?」
「そうか。ならば掲示許可をもらってくる。太郎はここで待っていろ」
三日月さんは事もなげにそう言うと,ポスターを鞄に入れて,さっさと歩いて行ってしまった。
まさか,あんなポスターの掲示を許可するはずないよね・・・・・・。
たぶん,あんなポスターの掲示は許可されないよね・・・・・・。
頼むから,あんなポスターの掲示は許可しないでください・・・・・・!
そんな僕の思いも虚しく,やがて三日月さんは得意げな顔で戻ってきた。
「掲示許可をもらってきた。早速貼りに行くぞ,太郎」
つくづく最低だな弁護士会!
心の中でそう叫びつつも,もはや逃げ場のなくなった僕は,しぶしぶポスターを貼る作業を手伝った。
通りすがりにこちらを見つめる弁護士さんたちの視線が超痛かった。
「これで掲示完了だ。明日はポスターにも書いてあるとおり,弁護士会館の談話室で設立集会を行うから,太郎も遅れずに来るように」
精神的に疲弊しきった状態で三日月さんにそう宣告されて,僕は何も反論できないまま三日月さんと別れ,家路についた。
しかし,悲劇はこれだけでは終わらなかった。
帰宅後,東京弁護士会の事務局から家電にTEL。
「もしもし,甲野先生ですか?」
「はい,そうですけど」
「ええと,先生について,本日付けで登録事務所を変更する旨の届出を頂いたんですけど・・・・・・」
「ああ,あれですね・・・・・・」
たぶん,三日月さんが勝手に出したやつである。
「はい,その件についてなんですけど,登録事項の変更に必要な手数料5,000円をお支払い頂いておりませんので,至急お支払いください」
こうして,ただでさえ借金で火の車になっている僕は,さらに5,000円を無駄に費やすことになった。
ほんっとうに最低だな弁護士会!
(第1話終わり。第2話に続く)
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第1話(3)http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/e/3decfd1ee39e9fc5174e61da3c4b7c04
次の日。コンビニのアルバイトを済ませた僕は,弁護士会館5階のロビーに向かった。
昨日と同じくソファーに腰掛けていた三日月さんは,いつもどおりの不機嫌な表情だった。
「遅かったな,太郎。とりあえず手続きは終わったぞ」
「手続き?」
「新しい部活の創部手続きだ」
「・・・・・・どんな部活を作ったの?」
恐る恐る尋ねる僕に,三日月さんはやたら自信ありげに告げた。
「『隣人部』だ」
「りんじんぶ?」
三日月さんは頷いた。
「社会生活上の医師として,市民の良き隣人たる法律家となり友誼を深めるべく,誠心誠意,臨機応変に切磋琢磨する部活動だ」
「・・・・・・何か,ものすごく胡散臭いんだけど?」
何をする部活なのか全く分からない。
あと,「良き隣人たる法律家」ってフレーズ,どこかの法科大学院で使われてそうな気がする。
「というか,そんなので創部の申請が通るものなの?」
「そこは弁護士会だからな。社会的正義とか人権とか司法改革の理念とか,それっぽい名目を適当にでっち上げておけば,大抵のことはごまかせる。弁護士業界なんてちょろいもんだ」
真面目に人権活動をやっている弁護士さんが聞いたら激怒しそうなことを言う三日月さんだった。
「それにしても,昨日の今日でそんな手続きを終えるなんて,すごい行動力だね」
僕は呆れ混じりに言った。てっきり,今日はどんな部活を作るかの話し合いをするものと思っていたら,もう部が出来ているとは。そんな行動力があるなら,普通に委員会でも会派でも入ればいいのに。
「私はこういう事務手続きとかレポートとか,終わればそれっきりの無味乾燥な作業なら得意なのだ」
「さいですか」
「うん。ネットショッピングだって得意だぞ」
ネットショッピングに得意不得意ってあるのだろうか。
「それで,その隣人部だっけ,それって結局何をする部なの?」
仮にも弁護士の部活だから,何か法律の研究でもするのだろうか。
僕が尋ねると,三日月さんはこともなげに,
「依頼者探しに決まっているだろう」
「・・・・・・その発想はなかった」
僕は頭を抱えた。
「もっとも,私はどうしても依頼者が欲しいというわけじゃない。依頼者が来ないのがイヤなわけではなく,同業者から『あいつは依頼の取れない駄目な弁護士だ』と蔑むような目線で見られるのがイヤなだけだ」
「・・・・・・いや,依頼者が来ないのも十分問題だと思うよ。依頼が取れなかったら収入も入らないし・・・・・・」
僕の突っ込みをスルーして,三日月さんはさらに話を続ける。
「そこで,この部活なら周囲から『依頼者の取れない寂しい奴』という蔑みの視線を回避しつつ,同じ悩みを持つ他の弁護士と知恵を出し合って,依頼者を探すための取り組みをすることが可能となるわけだ」
私って頭いいだろう? と言わんばかりに,得意げな三日月さんだった。
「なお,隣人部の活動は弁護士会館で行うのが望ましいが,毎回会議室や面談室の予約が取れるとは限らないので,世田谷クレセント法律事務所を当面の活動拠点とする」
僕は嘆息した。なお,忘れている人がいると困るので補足しておくが,世田谷クレセント法律事務所というのは,要するに三日月さんの自宅である。昨日から決意はしていたが,さすがにこんな児戯に付き合ってはいられない。
「・・・・・・まあいいけど,せいぜい頑張ってね」
すると三日月さんはきょとんとして,
「なにを他人事みたいに言っている? 部員なのに」
「は!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった僕に,三日月さんは平然と言葉を続ける。
「太郎の入部届は,私が代わりに書いておいた。それと部活動の便宜上,太郎の所属事務所も世田谷クレセント法律事務所に変更してやったぞ。感謝しろ」
「するか!」
「ちなみに,弁護士会の事務局に太郎の登録事項変更届を出したら,ものすごく喜ばれたぞ。ジュリナビでは新人弁護士が一人で事務所を開いているのを『即独』と定義しているから,太郎が私の事務所に移籍することで,統計上は即独弁護士が二人減ることになるそうだ」
「最低だな弁護士会!」
「というわけで今日の部活動を始めるぞ,太郎部員」
そう言うと,三日月さんは鞄の中から,ごそごそと何やら紙の束を取りだした。どうしよう,なんかもう突っ込みが追いつかなくなってくる・・・・・・。
「それ何?」
「部員募集のポスターだ」
「わずか一日で,ポスターまで作ったの・・・・・・?」
行動が早いと評すべきか,それとも単にヒマなのか。
「我ながらよくできたと思う」
三日月さんはそう言って,一枚のポスターを僕に差し出した。
僕はポスターに目をやり,・・・・・・そして絶句した。
媒体の関係でポスターの実物をお見せできないのが残念だが,何というかその,・・・・・・アレだった。
「・・・・・・なんだこれ」
「だから隣人部のポスターだ。今からこれを弁護士会館の掲示板に貼るぞ」
「えー・・・・・・」
精一杯イヤそうな顔をして見せた僕に,三日月さんは不快そうに顔をしかめた。
「・・・・・・何だ。何か問題でもあるのか?」
「問題だらけだと思うんだけど。何をやる部なのか全く分かんないし,これじゃ誰も集まらないと思うよ」
「ふん,甘いな太郎」
「なぜか小馬鹿にするように言う三日月さん。
「ポスターの文章を斜めに読んでみろ」
「斜め・・・・・・?」
訝りつつも,ポスターの文章を読んでみる。ちなみに文章は以下のとおり。
「隣人部
いつまでも,何時何時までも
きっと貴方の側にいる
わたしにとって頼れる隣人
だいじょうぶ,私にお任せください
なにものにも代えがたい法律家
依存し,依存される関係
信頼し,信頼される関係
よい者も,悪い者も救われる
何事も探求心を忘れることなく
旅立ちのその日まで
そんなりそうの法律家になろう」
何となく宗教勧誘のポスターみたいで,言っていることがさっぱり分からないのだが・・・・・・?
「あ」
「分かったか?」
三日月さんが薄く笑う。
「まあ,分かったといえば分かったけど」
ちなみに,文字を左上から右下に向かって読んでいくとこうなる。
いつまでも,何時何時までも
きっと貴方の側にいる
わたしにとって頼れる隣人
だいじょうぶ,私にお任せください
なにものにも代えがたい法律家
依存し,依存される関係
信頼し,信頼される関係
よい者も,悪い者も救われる
何事も探求心を忘れることなく
旅立ちのその日まで
そんなりそうの法律家になろう」
・・・・・・というわけで,このポスターには「いっしょに依頼者探そう」と書いてあります。
「ずいぶん地味なネタを仕込んだね・・・・・・」
「ネタじゃないぞ」
何故か心外そうに言う三日月さん。
「普段から依頼者探しに困っている者なら,このポスターに隠された『一緒に依頼者探そう』というメッセージに目ざとく気付くはずだ。逆に,依頼者探しに困っていない者にとっては,ただの漠然とした文章と認識されて終わり。つまり,一緒に依頼者を探したいなんて恥ずかしい目的をおおっぴらに出すことなく,目的を同じくする部員を集めることが可能なのだ!」
「・・・・・・」
自信満々で言う三日月さんだったが,僕には意味不明な理屈だった。
というか,三日月さんにも恥ずかしい目的って自覚あったんだね・・・・・・。
「まあ百歩譲って,三日月さん,いや京香の理論が正しいと思うことにするとしても・・・・・・」
「なぜ百歩譲る必要がある?」
心底疑問に思っている顔の三日月さんをスルーして,
「文面はまだいいとして,下の絵は何なの?」
文字的に表現すると,敢えて言えばみんなで何かを食べている絵のようにも見えるが,何しろ絵のレベルが幼稚園児のお絵かき程度の域を出ていないので,何が描かれているか厳密には判別し難い。
「見れば分かるだろう」
「分からないから聞いているんだけど」
「ふん」
三日月さんは,またも僕を小馬鹿にするように笑い,理解力のないお馬鹿さんに易しく教えてやろうとでも言うような口ぶりで話を続けた。
「リア充弁護士が,家族と一緒に富士山へ登っておにぎりを食べているシーンを描いてみたのだ。我ながらよく描けている」
「・・・・・・さいですか」
「万一斜め読みに気付かない者がいても,この絵を見ればこの部の目的に気付いてもらえるという寸法だ」
「・・・・・・まあ,一万歩を譲って京香の言うとおりだとしよう」
「なぜさっきより歩数が増えているのだ?」
三日月さんの問いはまたしてもスルーし,
「この絵の人たちが食べてるおにぎり・・・・・・・? 的な食べ物・・・・・・? に,目とか手足が付いてるのはどうして?」
「その方が可愛いと思って」
「かじったら暴れそうで超イヤなんだけど。というか,擬人化した食べ物を食べるのは・・・・・・」
「太郎は,あの国民的ヒーローを否定するつもりか?」
「国民的ヒーロー?」
「子どもに自分の頭を食べさせるナイスガイ」
「ああ,アソパソマソか・・・・・・」
たしか,あの頭って時々交換してるんだよね。
「自己犠牲の精神など虫酸が走るが,愛と勇気だけが友達だという点は彼に共感を覚えるな」
「共感される方も良い迷惑だと思うけどね」
と,不意に三日月さんはムスッとした顔になった。
「・・・・・・というか太郎,斜め読みもこの絵も理解できないなんて,本気で依頼者を探す意欲があるのか?」
「このポスターを理解できる残念な感性の持ち主に,事件を依頼しようと思う人はあんまりいないと思うけど・・・・・・」
「ふん,自分の感覚が絶対だと思うなど,太郎はセカイ系だな」
「君に言われたくないよ」
ちなみにセカイ系とは,日本のサブカルチャー分野における物語の一類型であり,『新世紀ェヴァンゲリヲン』などがその代表作とされるが,その定義は必ずしも明確でない。分からない人は,要するに「自意識過剰だ」という意味だと理解してもらえば十分だろう。
「まあ,そんな議論をしても仕方がない。早速このポスターを貼りに行くぞ。太郎も手伝え」
いつの間にか議論をすり替えられた上に,なんかとんでもないことを命令された!
「ちょ,ちょっと待て京香! こんなのを本当に貼るつもりか!?」
「だから,貼ると言っているだろう。何か問題が?」
「いや,だから・・・・・・。そうだ,あの貼ってあるポスター,掲示許可のハンコが押してあるだろう。弁護士会館にポスターを掲示するには,たぶん事務局あたりの掲示許可が必要なんじゃないか?」
「そうか。ならば掲示許可をもらってくる。太郎はここで待っていろ」
三日月さんは事もなげにそう言うと,ポスターを鞄に入れて,さっさと歩いて行ってしまった。
まさか,あんなポスターの掲示を許可するはずないよね・・・・・・。
たぶん,あんなポスターの掲示は許可されないよね・・・・・・。
頼むから,あんなポスターの掲示は許可しないでください・・・・・・!
そんな僕の思いも虚しく,やがて三日月さんは得意げな顔で戻ってきた。
「掲示許可をもらってきた。早速貼りに行くぞ,太郎」
つくづく最低だな弁護士会!
心の中でそう叫びつつも,もはや逃げ場のなくなった僕は,しぶしぶポスターを貼る作業を手伝った。
通りすがりにこちらを見つめる弁護士さんたちの視線が超痛かった。
「これで掲示完了だ。明日はポスターにも書いてあるとおり,弁護士会館の談話室で設立集会を行うから,太郎も遅れずに来るように」
精神的に疲弊しきった状態で三日月さんにそう宣告されて,僕は何も反論できないまま三日月さんと別れ,家路についた。
しかし,悲劇はこれだけでは終わらなかった。
帰宅後,東京弁護士会の事務局から家電にTEL。
「もしもし,甲野先生ですか?」
「はい,そうですけど」
「ええと,先生について,本日付けで登録事務所を変更する旨の届出を頂いたんですけど・・・・・・」
「ああ,あれですね・・・・・・」
たぶん,三日月さんが勝手に出したやつである。
「はい,その件についてなんですけど,登録事項の変更に必要な手数料5,000円をお支払い頂いておりませんので,至急お支払いください」
こうして,ただでさえ借金で火の車になっている僕は,さらに5,000円を無駄に費やすことになった。
ほんっとうに最低だな弁護士会!
(第1話終わり。第2話に続く)
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羨ましすぎるぞ太郎!
三日月さんがこれだけかまってくれるんだったら借金まみれになっても依頼者いなくてもいいわい!
今回も現実離れした展開の中に、
「即独者が形式上でだけ減ったのを喜ぶ弁護士会」・「登録変更だけでも金取る弁護士会」という
リアルな皮肉が込められてるのがいいですね。