大変お待たせしてしまいましたが,パロディ小説『僕は依頼者が少ない』の第3話(前編)をお送りします。
「やっぱりゲームだと思うのだ」
唐突に京香が言った。
ちなみに,聖菜が加入してきた隣人部(京香の言うには,東京弁護士会の未公認会派という位置づけらしい。永遠に公認されるとは思えないが)設立集会の翌日のことである。
この日は,弁護士会館の部屋を予約できなかったということで,世田谷クレセント法律事務所の会議室(要するに京香の自宅リビング)に,僕と京香,聖菜の三人が揃っている。京香の自宅を訪問したのは今回が初めてだが,リビングは広さ8畳くらいの小綺麗な洋室で,丸テーブルやソファー,スチールラックなどが置かれている。スチールラックには,僕も読んだことのないような法律関係の専門書や書式集などが並んでおり,何となく法律事務所らしい体裁は整っている。
それは良いのだが,問題は京香の発言内容だ。
「はあ? ゲーム?」
紅茶をすすっていた聖菜が,露骨に不機嫌そうな声を挙げた。ちなみに聖菜は,図々しくも自前のティーセットを持ち込んでいる。何が何でも事務所に居座る気満々らしい。
聖菜の外観は文句の付けようがない金髪碧眼の美人だし,京香も長い黒髪が印象的な美人だが,昨日の設立集会で僕は二人の本性を嫌と言うほど見せつけられてしまった。明らかに不機嫌オーラを漂わせている二人に囲まれている僕の気分は,朝鮮半島の北緯38度線に立たされている気分に等しい,と言えば少しは理解してもらえるだろうか。
「・・・・・・京香,たしか今は弁護士としての活動の話をしているんだよね?」
核ミサイルを暴発させないよう慎重に言葉を選びながら,僕は京香に尋ねた。
「弁護士活動とゲームに何の関係があるの?」
当然の指摘をしたつもりだったが,京香は僕を小馬鹿にしたような顔をした。
「甘いな,太郎。今どきのゲームの主流は,スーパーファルコンやオメガドライブなどの家でやるタイプではないのだ」
「・・・・・・何それ」
「知っている据え置き型ゲーム機の名前を適当に挙げただけだ。『スーパー』だの『オメガ』だの付くんだからきっと凄いんだろうな」
「確かに名前は凄そうだね」
「って,そんなことはどうでもいい!」
京香はばんと机を叩き,その衝撃で聖菜の前に置かれたティーカップから中身が跳ねて聖菜の手にかかった。
「あつっ! 何すんのよキツネ女!」
「ちっ。倒れなかったか・・・・・・」
「わざとやったの!? 最悪ねあんた!」
「ん? 何のことだ? それよりゲームの話だ」
涙目になって抗議する聖菜をさらりとスルーし,京香がスチールラックから何かを取り出した。
「これが,最近のゲームの主流らしい」
京香が取り出したのは,携帯ゲーム機だった。
たしか機種名は,プレイングステイツバイタ,略称『PSVITA』だ。うちの妹も持っていたと思う。
最近は携帯電話やスマホでプレイできるソーシャルゲームなども流行しているので,携帯ゲーム機が主流とまで言えるかは議論の余地があるけど,子どもの間でこの種のゲーム機が人気を博していることは間違いない。
「昨日一人でファミレスに行ったら後ろの席が騒がしくてとても不愉快だったのだが,見ると四人の高校生が楽しそうにこれをやっていた」
そう言えば一人でファミレスって入ったこと無いな・・・・・・・と僕は関係ないことを思った。
「どうやら今どきの若者の間では,ファミレスなどで携帯ゲーム機を持って通信プレイをするのがはやっているらしい」
「だからなによ? 弁護士と何の関係があるの?」
聖菜がどうでも良さそうに聞くと,京香はゲーム機の電源を入れた。
スリープモードだったらしく,すぐにゲーム画面が表示される。
「タイトルは・・・・・・『大逆転裁判7』?」
「そうだ。『大逆転裁判』シリーズの最新作で,最近すごく流行っているらしい」
大逆転裁判シリーズ。
僕は名前くらいしか聞いたことがないけど,たしか刑事事件の弁護人になって,無罪判決を勝ち取るという内容のゲームではなかったかと思う。
「ああ,それはあたしも聞いたことあるわね」
「・・・・・・僕も聞いたことはあるけど,まさかそれを使って弁護実務の練習をするなんて言い出さないよね?」
言うまでもないけど,裁判ゲームと現実の弁護士業務をごっちゃにしてはいけない。
「ふっ。太郎に言われるまでもなく,裁判ゲームと現実の裁判実務に大きな隔たりがあることは事実だ」
何か得意げな顔で語り始める京香。
「しかし,多くの一般市民における裁判のイメージが,このようなゲームに影響されていることもまた事実だ。言い換えれば,このようなゲームには,現実の裁判はこうあってほしいという一般市民の願望が投影されていると考えても誤りではない」
「まあ,そう言える余地もないとまでは言えないけど」
「そこで,我々はこのゲームを通じて,一般市民の考える理想の弁護活動を研究し,もって我々の弁護技術の向上に役立てるのだ。上手く行けば,既存のリア充弁護士どもとは比較にならない,一般市民の拍手喝采するような弁護活動を繰り広げることが出来るだろう」
何となくもっともらしいことを言っているけど,実際にはちょっと興味を持ったからやってみようという程度の動機ではないだろうか。まあ,弁護士業務と全く無関係とまでは言い切れないし,国選弁護人の名簿に登録しても事件が回ってくるのは良くて年に数回程度って言われたし,何より京香のやることには抵抗しても無駄なので,とりあえず黙っておくことにした。
「ふん,たかが裁判ゲームくらい,この美人過ぎる天才弁護士,刈羽崎聖菜様の手にかかればイチコロだわ」
「ふっ。下品な乳牛の分際で,そう思うならやってみるがいい」
暴言を吐きながらも,意外にあっさりと譲った京香。こうしてまずは聖菜がプレイすることになった。
タイトルメニューで『はじめから』を選択すると,ハネた髪型が特徴の,弁護士バッジを付けたずいぶん元気そうな青年が画面に現れた。どうやら彼がこの作品の主人公らしい。
「何コイツ・・・・・・? 初法廷に備えて朝5時から発声練習してるなんて,弁護士の仕事を何だと思っているの・・・・・・?」
「巷では,弁護士は法廷で『異議あり』と大声で叫ぶものだ,などという奇妙な都市伝説が飛び交っているらしいが,100%コイツの責任だろうな」
聖菜と京香は,主人公に早くもドン引き気味である。僕も弁護士業務に発声練習なんか必要ないとは思うけど。
「・・・・・・まあ,たかがゲームの世界だから,そこまで目くじらを立てなくてもいいんじゃない?」
「それもそうね。こうなったらさっさとクリアして終わらせるわよ!」
そう宣言すると,聖菜はボタンを連打して,テキストもろくに読まずにゲームを進めようとする。
「ふふん,こういうゲームはね,選択肢が出てきたときだけセーブして総当たりしていけばいいんだから,楽勝よ」
自信満々の聖菜が何を根拠にしているのか分からないが,京香は冷笑しながら不気味な沈黙を守っている。僕は何となく不安になってきた。
「そうだとしても,もう少しテキストは読んだ方がいいんじゃない? もう法廷の話になってるし」
「大丈夫よ。あたしに任せなさい!」
そんなことを言う聖菜だったが,証人尋問で被告人が被害者の首を絞めたとか,あからさまに不利な証言が出てくると,聖菜の手が止まった。さすがの聖菜も不安になってきたようだ。
「この不利な証言,『異議あり』とかできないの?」
「だからこういう場面で,『異議あり』とか叫ぶんじゃない? なんかマイク機能も付いてるし」
僕がそう言うと,聖菜は少し考えてから,
「じゃああんた,このマイクに『異議あり!』って叫んでみて」
「なんで僕が」
「・・・・・・何でって,何もかもパーフェクトなあたしが,そんな下品なことできるわけないじゃない。こういう役目は底辺太郎がお似合いよ」
「誰が底辺太郎だ!」
そうは言えど,なんか僕がやらないと話が進まない雰囲気になってきたので,仕方なく僕は,聖菜から手渡されたゲーム機に向かって,大きく息を吸ってから「異議あり!」と叫んでみた。
「怖っ! なんでそんな大声出すのよ,底辺太郎のくせに!」
「お前がやれって言ったんだろうが! ほら,なんか証拠品だせとか言ってるぞ」
僕の声はゲーム上でも認識されたらしく,証拠品を選ぶ画面に切り替わった。どうやら『異議あり』を使うときは,関連する証拠品を示さなければならないらしい。
「き,急にそんなこと言われても・・・・・・。こうなったら適当に選ぶわ」
そう言って聖菜が選んだ証拠品は,よりによって『弁護士バッジ』だった。いくら何でも,それは間違いだと分かりそうなものなのに・・・・・・。
画面右上に表示されているゲージがみるみる下がっていき,裁判長(どう見ても定年を過ぎていそうな髭面ハゲの老人である)から「弁護人,次はどうなるか分かりませんぞ!」と警告された。どうやらペナルティを受けたらしい。
「・・・・・・あのゲージって,ゼロになるとどうなるの?」
「分からないけど,たぶん有罪判決になってゲームオーバーとかじゃない?」
「・・・・・・まさか,弁護人がミスしたから有罪なんて裁判あり得ないわよ。底辺太郎じゃあるまいし」
「失礼な! 僕だってそんなでたらめな裁判やるもんか!」
そんな事を言っているうちに,その後もミスを連発した聖菜によりゲージはみるみる下がり,ついにゼロになった。
「弁護人の反証は,検察官の立証を覆す力を持っていない!」
審理の途中にもかかわらず,裁判長が無罪推定の原則を完全に無視するような暴言を吐いて,被告人に有罪を宣告した。
ゲームオーバー。
「これで分かっただろう。どうやらこのゲームの攻略は,一筋縄ではいかないようだ」
呆然自失する僕と聖菜に対し,それまで沈黙を守っていた京香が,厳かにそう告げた。
「このゲームでは,明らかに通常の法律や裁判の常識は通用しない。使えない肉牛の総当たり作戦も通用しない。しかし,弁護士ともあろうものが,たかが裁判ゲームすらクリアできないようでは,一般市民に鼎の軽重を問われることになりかねない」
「うう・・・・・・」
京香の暴言に,肉牛呼ばわりされた聖菜が呻く。と,僕はあることに気が付いた。
「ひょっとして京香も,自分でやって苦戦したの?」
「・・・・・・そんなことはどうでもいい」
あ。誤魔化した。
「というわけで,隣人部最初の活動内容は,この『大逆転裁判7』の攻略とする。来週の月曜日,各自『PSVITA』と『大逆転裁判7』を持ってくること。また,弁護士の威信に賭けて,各自攻略方法を研究してくること。以上だ」
こうして,この日の隣人部活動は終わった。
裁判ゲームで負けたショックで何となく逆らえない気分になっちゃったけど,僕だって家事とか司法試験の勉強とかコンビニのアルバイトとかあるし,そんなに暇なわけじゃない。あと,借金暮らしの僕に,新しいゲームを自費で買えというのは結構つらいものがある。
でも,こうなったらとりあえずやるしかないか・・・・・・。
(続く)
※ この物語はフィクションであり,作中に登場する『大逆転裁判7』というゲームは,実在のゲームとは一切関係ありません。なお,実在のゲームである『逆転裁判』シリーズは任天堂DS用のゲームであり,PSVITAではプレイできません。
「やっぱりゲームだと思うのだ」
唐突に京香が言った。
ちなみに,聖菜が加入してきた隣人部(京香の言うには,東京弁護士会の未公認会派という位置づけらしい。永遠に公認されるとは思えないが)設立集会の翌日のことである。
この日は,弁護士会館の部屋を予約できなかったということで,世田谷クレセント法律事務所の会議室(要するに京香の自宅リビング)に,僕と京香,聖菜の三人が揃っている。京香の自宅を訪問したのは今回が初めてだが,リビングは広さ8畳くらいの小綺麗な洋室で,丸テーブルやソファー,スチールラックなどが置かれている。スチールラックには,僕も読んだことのないような法律関係の専門書や書式集などが並んでおり,何となく法律事務所らしい体裁は整っている。
それは良いのだが,問題は京香の発言内容だ。
「はあ? ゲーム?」
紅茶をすすっていた聖菜が,露骨に不機嫌そうな声を挙げた。ちなみに聖菜は,図々しくも自前のティーセットを持ち込んでいる。何が何でも事務所に居座る気満々らしい。
聖菜の外観は文句の付けようがない金髪碧眼の美人だし,京香も長い黒髪が印象的な美人だが,昨日の設立集会で僕は二人の本性を嫌と言うほど見せつけられてしまった。明らかに不機嫌オーラを漂わせている二人に囲まれている僕の気分は,朝鮮半島の北緯38度線に立たされている気分に等しい,と言えば少しは理解してもらえるだろうか。
「・・・・・・京香,たしか今は弁護士としての活動の話をしているんだよね?」
核ミサイルを暴発させないよう慎重に言葉を選びながら,僕は京香に尋ねた。
「弁護士活動とゲームに何の関係があるの?」
当然の指摘をしたつもりだったが,京香は僕を小馬鹿にしたような顔をした。
「甘いな,太郎。今どきのゲームの主流は,スーパーファルコンやオメガドライブなどの家でやるタイプではないのだ」
「・・・・・・何それ」
「知っている据え置き型ゲーム機の名前を適当に挙げただけだ。『スーパー』だの『オメガ』だの付くんだからきっと凄いんだろうな」
「確かに名前は凄そうだね」
「って,そんなことはどうでもいい!」
京香はばんと机を叩き,その衝撃で聖菜の前に置かれたティーカップから中身が跳ねて聖菜の手にかかった。
「あつっ! 何すんのよキツネ女!」
「ちっ。倒れなかったか・・・・・・」
「わざとやったの!? 最悪ねあんた!」
「ん? 何のことだ? それよりゲームの話だ」
涙目になって抗議する聖菜をさらりとスルーし,京香がスチールラックから何かを取り出した。
「これが,最近のゲームの主流らしい」
京香が取り出したのは,携帯ゲーム機だった。
たしか機種名は,プレイングステイツバイタ,略称『PSVITA』だ。うちの妹も持っていたと思う。
最近は携帯電話やスマホでプレイできるソーシャルゲームなども流行しているので,携帯ゲーム機が主流とまで言えるかは議論の余地があるけど,子どもの間でこの種のゲーム機が人気を博していることは間違いない。
「昨日一人でファミレスに行ったら後ろの席が騒がしくてとても不愉快だったのだが,見ると四人の高校生が楽しそうにこれをやっていた」
そう言えば一人でファミレスって入ったこと無いな・・・・・・・と僕は関係ないことを思った。
「どうやら今どきの若者の間では,ファミレスなどで携帯ゲーム機を持って通信プレイをするのがはやっているらしい」
「だからなによ? 弁護士と何の関係があるの?」
聖菜がどうでも良さそうに聞くと,京香はゲーム機の電源を入れた。
スリープモードだったらしく,すぐにゲーム画面が表示される。
「タイトルは・・・・・・『大逆転裁判7』?」
「そうだ。『大逆転裁判』シリーズの最新作で,最近すごく流行っているらしい」
大逆転裁判シリーズ。
僕は名前くらいしか聞いたことがないけど,たしか刑事事件の弁護人になって,無罪判決を勝ち取るという内容のゲームではなかったかと思う。
「ああ,それはあたしも聞いたことあるわね」
「・・・・・・僕も聞いたことはあるけど,まさかそれを使って弁護実務の練習をするなんて言い出さないよね?」
言うまでもないけど,裁判ゲームと現実の弁護士業務をごっちゃにしてはいけない。
「ふっ。太郎に言われるまでもなく,裁判ゲームと現実の裁判実務に大きな隔たりがあることは事実だ」
何か得意げな顔で語り始める京香。
「しかし,多くの一般市民における裁判のイメージが,このようなゲームに影響されていることもまた事実だ。言い換えれば,このようなゲームには,現実の裁判はこうあってほしいという一般市民の願望が投影されていると考えても誤りではない」
「まあ,そう言える余地もないとまでは言えないけど」
「そこで,我々はこのゲームを通じて,一般市民の考える理想の弁護活動を研究し,もって我々の弁護技術の向上に役立てるのだ。上手く行けば,既存のリア充弁護士どもとは比較にならない,一般市民の拍手喝采するような弁護活動を繰り広げることが出来るだろう」
何となくもっともらしいことを言っているけど,実際にはちょっと興味を持ったからやってみようという程度の動機ではないだろうか。まあ,弁護士業務と全く無関係とまでは言い切れないし,国選弁護人の名簿に登録しても事件が回ってくるのは良くて年に数回程度って言われたし,何より京香のやることには抵抗しても無駄なので,とりあえず黙っておくことにした。
「ふん,たかが裁判ゲームくらい,この美人過ぎる天才弁護士,刈羽崎聖菜様の手にかかればイチコロだわ」
「ふっ。下品な乳牛の分際で,そう思うならやってみるがいい」
暴言を吐きながらも,意外にあっさりと譲った京香。こうしてまずは聖菜がプレイすることになった。
タイトルメニューで『はじめから』を選択すると,ハネた髪型が特徴の,弁護士バッジを付けたずいぶん元気そうな青年が画面に現れた。どうやら彼がこの作品の主人公らしい。
「何コイツ・・・・・・? 初法廷に備えて朝5時から発声練習してるなんて,弁護士の仕事を何だと思っているの・・・・・・?」
「巷では,弁護士は法廷で『異議あり』と大声で叫ぶものだ,などという奇妙な都市伝説が飛び交っているらしいが,100%コイツの責任だろうな」
聖菜と京香は,主人公に早くもドン引き気味である。僕も弁護士業務に発声練習なんか必要ないとは思うけど。
「・・・・・・まあ,たかがゲームの世界だから,そこまで目くじらを立てなくてもいいんじゃない?」
「それもそうね。こうなったらさっさとクリアして終わらせるわよ!」
そう宣言すると,聖菜はボタンを連打して,テキストもろくに読まずにゲームを進めようとする。
「ふふん,こういうゲームはね,選択肢が出てきたときだけセーブして総当たりしていけばいいんだから,楽勝よ」
自信満々の聖菜が何を根拠にしているのか分からないが,京香は冷笑しながら不気味な沈黙を守っている。僕は何となく不安になってきた。
「そうだとしても,もう少しテキストは読んだ方がいいんじゃない? もう法廷の話になってるし」
「大丈夫よ。あたしに任せなさい!」
そんなことを言う聖菜だったが,証人尋問で被告人が被害者の首を絞めたとか,あからさまに不利な証言が出てくると,聖菜の手が止まった。さすがの聖菜も不安になってきたようだ。
「この不利な証言,『異議あり』とかできないの?」
「だからこういう場面で,『異議あり』とか叫ぶんじゃない? なんかマイク機能も付いてるし」
僕がそう言うと,聖菜は少し考えてから,
「じゃああんた,このマイクに『異議あり!』って叫んでみて」
「なんで僕が」
「・・・・・・何でって,何もかもパーフェクトなあたしが,そんな下品なことできるわけないじゃない。こういう役目は底辺太郎がお似合いよ」
「誰が底辺太郎だ!」
そうは言えど,なんか僕がやらないと話が進まない雰囲気になってきたので,仕方なく僕は,聖菜から手渡されたゲーム機に向かって,大きく息を吸ってから「異議あり!」と叫んでみた。
「怖っ! なんでそんな大声出すのよ,底辺太郎のくせに!」
「お前がやれって言ったんだろうが! ほら,なんか証拠品だせとか言ってるぞ」
僕の声はゲーム上でも認識されたらしく,証拠品を選ぶ画面に切り替わった。どうやら『異議あり』を使うときは,関連する証拠品を示さなければならないらしい。
「き,急にそんなこと言われても・・・・・・。こうなったら適当に選ぶわ」
そう言って聖菜が選んだ証拠品は,よりによって『弁護士バッジ』だった。いくら何でも,それは間違いだと分かりそうなものなのに・・・・・・。
画面右上に表示されているゲージがみるみる下がっていき,裁判長(どう見ても定年を過ぎていそうな髭面ハゲの老人である)から「弁護人,次はどうなるか分かりませんぞ!」と警告された。どうやらペナルティを受けたらしい。
「・・・・・・あのゲージって,ゼロになるとどうなるの?」
「分からないけど,たぶん有罪判決になってゲームオーバーとかじゃない?」
「・・・・・・まさか,弁護人がミスしたから有罪なんて裁判あり得ないわよ。底辺太郎じゃあるまいし」
「失礼な! 僕だってそんなでたらめな裁判やるもんか!」
そんな事を言っているうちに,その後もミスを連発した聖菜によりゲージはみるみる下がり,ついにゼロになった。
「弁護人の反証は,検察官の立証を覆す力を持っていない!」
審理の途中にもかかわらず,裁判長が無罪推定の原則を完全に無視するような暴言を吐いて,被告人に有罪を宣告した。
ゲームオーバー。
「これで分かっただろう。どうやらこのゲームの攻略は,一筋縄ではいかないようだ」
呆然自失する僕と聖菜に対し,それまで沈黙を守っていた京香が,厳かにそう告げた。
「このゲームでは,明らかに通常の法律や裁判の常識は通用しない。使えない肉牛の総当たり作戦も通用しない。しかし,弁護士ともあろうものが,たかが裁判ゲームすらクリアできないようでは,一般市民に鼎の軽重を問われることになりかねない」
「うう・・・・・・」
京香の暴言に,肉牛呼ばわりされた聖菜が呻く。と,僕はあることに気が付いた。
「ひょっとして京香も,自分でやって苦戦したの?」
「・・・・・・そんなことはどうでもいい」
あ。誤魔化した。
「というわけで,隣人部最初の活動内容は,この『大逆転裁判7』の攻略とする。来週の月曜日,各自『PSVITA』と『大逆転裁判7』を持ってくること。また,弁護士の威信に賭けて,各自攻略方法を研究してくること。以上だ」
こうして,この日の隣人部活動は終わった。
裁判ゲームで負けたショックで何となく逆らえない気分になっちゃったけど,僕だって家事とか司法試験の勉強とかコンビニのアルバイトとかあるし,そんなに暇なわけじゃない。あと,借金暮らしの僕に,新しいゲームを自費で買えというのは結構つらいものがある。
でも,こうなったらとりあえずやるしかないか・・・・・・。
(続く)
※ この物語はフィクションであり,作中に登場する『大逆転裁判7』というゲームは,実在のゲームとは一切関係ありません。なお,実在のゲームである『逆転裁判』シリーズは任天堂DS用のゲームであり,PSVITAではプレイできません。
引き続き楽しみにしております。