黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

『僕は依頼者が少ない』第1話(3)

2013-04-07 19:14:32 | パロディ小説『僕は依頼者が少ない』
 パロディ小説『僕は友達が少ない』の第3回です。

第1話(1)http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/e/28f70d976fc13c6b33d4945f26898f45
第1話(2)http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/c/a3e77eb9167f12e28619687d9ac1a5ae

「うん」
 三日月さんは,自信ありげに頷いた。
 依頼者が来ないから実務経験が積めない,実務経験がないから依頼者が来ないという負の連鎖を断ち切る方法が思いついたのだろうか。三日月さんの堂々とした態度に,僕は期待感を抱いた。
お金を払って依頼者になってもらうというのはどうだ?」
「寂しすぎるよそれは!」
「法律相談をさせてくれたら1日千円とか,昼食代をおごるとか・・・・・・」
「愛人契約ならぬ,依頼者契約ってこと?」
「上手いことを言うな。大爆笑。そう,まさに契約だ」
 微塵も面白くなさそうな顔で三日月さんは言った。
「法科大学院も,下位校はもはや授業料を全額免除するどころか,特別奨学金なんて名目で現金を餌に学生を釣る時代になっているらしい。我々も,依頼者がお金を払って事件を依頼してくれるという既成概念は捨てた方が良いのかも知れないぞ」
 僕は頭を抱えた。一瞬抱いた期待感を返してほしい。
「・・・・・・仮にそうだとしても,僕,依頼者にお金を払う余裕なんてないんだけど。もう借金だらけだし・・・・・」
「私も借金ならあるぞ。ざっと500万円くらいだがな」
 胸を張る三日月さんだが,威張って言う事じゃないと思う。
「どっちにしろ,お金を払うから自分に相談してくれなんて,なんかの悪徳商法だとしか思われないし,そもそもお金もないんだから,その案は諦めた方がいいよ」
「・・・・・・それもそうか」
 三日月さんは残念そうな顔をした。
「太郎は何かあるのか?」
 そう話を振られて,僕はとっさに思い付いたことをふと口にした。
「部活・・・・・・いや,委員会に入ってみるのはどう?」
「委員会?」
「同じ委員会に所属すれば,ほかの弁護士さんとも接点が出来るし,仕事の仕方とかもアドバイスしてくれるかもしれないし」
 現実的で良い案だと思ったのだが,三日月さんは不機嫌そうに「却下」とつぶやいた。
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「・・・・・・おい」
「考えてもみろ。弁護士登録したは良いが,即独でどうやって仕事をして良いかも分からない,依頼者をどうやって探したらよいかも分からないなんて,就職した同期から見たら可哀想な奴にしか見られない。恥ずかしいにもほどがあるだろう」
「それはまあ,僕もそうは思うけど」
「だろう!?」
 三日月さんは,なぜか微妙に嬉しそうな顔をした。
「でもそこは,何とか乗り越えないと前に進めないと思うよ。こういうご時世だから,きっと似たような立場の人も結構いると思うし」
 僕が言うと,
「太郎は何か得意なこと,例えば同期の人間にも絶対負けないほど得意なことはあるのか?」
 三日月さんは唐突に尋ねてきた。
「・・・・・・ない」
 僕は渋々ながらそう答えた。ここだけの話,僕の司法試験の成績は2,063人中の2,063位,つまり合格者中の最下位だった。他の同期に向かって誇れるものなどあるはずがない。三日月さんが何位かは知らないけど。
「早くから就職をあきらめて即独しようと考えている人間は,社会人時代の経験やコネを活かしたり,自らの得意分野を活かしたりして,修習生の頃から共同で事務所を立ち上げようと動いていたりする。今からそんな人間の輪の中に,我々のような社会人経験なし,実力もさほど無しといった人間が入ろうとしても,チームワークを乱すだけだ。そんなのを誰が歓迎する?」
「う・・・・・・」
 僕は呻いた。
 そこまで悲観的にならなくてもと一瞬思ったが,考えてみたら反論できる余地もない。100以上の事務所に応募しても面接すらさせてもらえず,はっきり言って自分が社会に必要とされている自信はない。コミュニケ-ション能力にも自信はなく,仮に同期の輪の中に入っても,人間関係を乱すだけではないかという不安は僕にもあった。
 と思っていたら,三日月さんが何か小声で呟いていた。
「待てよ,部活・・・・・・か,・・・・・・部活・・・・・・」
 真面目な顔で何やら思案中の三日月さん。何やら,僕が言いかけた「部活」という言葉に引っかかっているらしい。
「そうか,部活だ!」
 急に目を見開いて大声を上げた。
 戸惑う僕に,三日月さんは二カッと自信ありげな笑みを浮かべた。やっぱり笑うと可愛いんだけどね,この人・・・・・・。

「それでどうするの? まさか,弁護士会で部活なんか作るつもり?」
「まさかも何も,作るつもりだぞ」
「・・・・・・弁護士会で部活なんか作れるの? 高校や大学じゃあるまいし」
「法律研究部はいろいろあるし,たしか『法曹レールファンクラブ』とか,見るからに法律と関係なさそうな団体まで公認されている。新しく作れないことはないだろう」
「・・・・・・たしかそんなのもあったような」
「しかも,弁護士会という組織は公私の区別が曖昧で,私的な法律研究部に過ぎないはずの倒産法研究部が,事実上弁護士会の代表として東京地裁民事第20部と交渉したりしているらしい。上手く行けば,新しい部活が弁護士会の実権を握ることすら不可能ではないぞ」
 そんな可能性は限りなくゼロに近いと思うけど,三日月さんがすごく良い顔をして一人で盛り上がっているので,突っ込むのはちょっとためらわれた。すると,
「そういうわけで太郎,明日もこの時間に集合だ。新しい部活を作るぞ」
 三日月さんが僕に向かってそう宣言する。
 何か,ものすごくろくでもないことに巻き込まれそうな予感がしたのだが,断る口実が思い浮かばない。それに,見た目はいいけど考えることは色々残念なこの三日月さんが,一体何をやるのか見てみたいという気持ちもあった。
「えーと,わ,分かりました,三日月さん・・・・・・」
 結局承諾してしまった僕に向かって,会心の笑みを浮かべる三日月さん。繰り返しになるけど,やっぱり笑うととても可愛いんですよ,三日月さんは・・・・・・。
「それと太郎,さっきから気になっていたが,そのよそよそしい呼び方をやめろ」
「え?」
 僕は口籠もってしまった。『三日月さん』が駄目なら,なんて呼べばいいんだろう。
「ええと,・・・・・・三日月先生?」
「京香」
 僕の発言を遮るように,三日月さんはぴしゃりと言った。
「呼び捨てで『京香』だ。お互い呼び捨てでいいだろう?」
「わ,わかった・・・・・き,京香」
「なぜ赤くなる? キモイやつだな」
「いやその,年頃の女性を下の名前で呼び捨てにするのはちょっと・・・・・・」
「気にすることはない。私は気にしないぞ,太郎」
 ああ,始めから異性として見ていないから,呼び捨てでも気にしないわけね。ならば,こちらも気にすべきではないだろう。
「そうか,じゃあよろしくな,京香」
 精一杯の見栄を振り絞って,そう言ってみた。

 それから,三日月さん・・・・・・いや京香は,何か準備があるからとか言って,さっさと帰ってしまった。
 僕は,未だに自分の置かれた状況を把握し切れていなかったのだが,一人で弁護士会館のロビーに残っていても仕方ないので,とりあえず家路についた。もっとも,ロビーに荷物を置き忘れていることに後から気付き,霞ヶ関駅の改札口前で慌ててUターンする破目になったのだが。


「ふう・・・・・・」
 家に帰って夕食を食べた後,僕は司法試験用の民法教材を開いた。
 え? もう司法試験に合格して弁護士になっているのに,なぜ司法試験の勉強をしているのかって?
 僕の場合,司法試験に合格したといっても最下位だし,司法修習でも特に民法の知識不足を実感させられたので,こうやって補習をしている。就職が駄目だったのも,おそらく司法試験の順位のせいだろうから,もう一回受験して高い順位を取れば,あるいは就職の途が開けるかもしれない。
 最近知ったことだが,司法試験に合格した後であっても,受験回数制限の範囲内であれば再度試験を受験することは可能であり,実際に再受験を目指して勉強する人も結構いるらしい。お金がなくて本を買うのは苦しいところだが,最近は司法試験の教材に加えて,実務向けの本もなるべく読むようにしている。既に弁護士となった以上,実務の知識もあることをアピールする必要があるからだ。
 とは言え,今日ばかりは勉強にも身が入らなかった。
 ふと目を閉じて,司法修習時代の三日月さんの記憶を思い起こしてみる。直接話したことはなかったが,三日月さんはいつ見ても不機嫌そうな表情を浮かべていて,しかも気が付いたら僕の顔をじっと睨み付けていたことさえあったので,理由は分からないが僕に敵意を抱いているのではないかとさえ思っていた。
 それが今日は一転して,よく分からないがいきなり名前で呼び合う仲になってしまった。京香という下の名前も実は覚えていなかったのに。異性として見られていないとはいえ,お互い名前で呼び合える友達はここ何年もいなかったので,名前で呼んでもらえることは正直ちょっと嬉しかったのだが,あの三日月さんの感覚は,考えれば考えるほど理解できない。
 明日どうしよう。部活を作るとか言っていたけど,このまま雰囲気に流されてしまってよいのだろうか。何しろあの三日月さんは,エア友達ならぬエア依頼者と楽しげに会話してしまうイタい人なのだ。
 すごい美人なのに・・・・・・残念すぎる。
 ・・・・・・でも,エア依頼者か,・・・・・・・あのときの三日月さん,楽しそうだったな・・・・・・。
 三日月さんのエア依頼者はイリちゃんって言ってたな・・・・・・。僕はなんて名前にしようかな・・・・・・。
 ばちんっ!
 いつの間にか,真剣にエア依頼者の導入を検討してしまい,名前まで考えようとしている自分に気付き,僕はあわてて自分の頬を叩いた。
「だ,駄目だ! そんなのに頼るようになったら本気で終わりだ!」
 就職問題を含めて,真剣に現状をどうにかする方法を考えなければならず,来年の司法試験も視野に入れた勉強も続けなければならないのに。
 もう,三日月さんのことばかり考えるようになって勉強にならないので,今日はもうお風呂に入って寝よう。
 あと,明日は約束してしまったから弁護士会館には行くけど,新しい部活を作るという話は何とか遠回しに断り,自分は参加しないことにしよう。
 そう決意した僕だった。

(続く)

15 コメント

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「お金を払って依頼者になってもらう」方法はあります (Unknown)
2013-04-07 22:54:38
ラノベのネタ台詞をまじめに考察しても仕方ないのですが、(労力に見合うかはともかく)弁護士にもお金になる形で、「お金を払って依頼者になってもらう」方法は十分あり得ます。

法テラスの民事法律扶助は、生活保護受給者であれば、1円も支払わなくていいので、乱訴でも何でも起こせば、着手金を稼げます(勝訴してお金を回収できればそこから償還されますが)。
なので、生活保護受給者を委任者にすれば、「お金を払って依頼者になってもらう」ことで、弁護士にもお金を残せます。
あるいは、法テラスの刑事被疑者援助なども本人への償還はまずされないので(原資が日弁連会費なので、法テラスも簡単に償還免除を認める。)、これも同様の手段が使えます。

今後、本当に、小銭稼ぎのために、依頼者と、法テラスから支払われる金を分け合う弁護士が出てくるかもしれません。

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Unknown (ヒヨコ鑑定士)
2013-04-08 05:43:28
ぎゃはは(T_T)面白すぎる(T_T)
読み応えあるし、やっぱり黒猫さんは凄いですよ!!
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Unknown (Unknown)
2013-04-08 09:04:18
とりあえず三日月さんの下の名が判明しましたね。
ラノベの雰囲気の中に、「東京地裁民事第20部」とか出てくるのがいいですね。
京香と太郎はどんな部活で東京弁護士会に旋風を巻き起こすのか楽しみですね
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Unknown (Unknown)
2013-04-08 14:09:03
依頼者の側でも弁護士の探し方がわからないという面がありますね。
私は三日月さんに依頼してみたいです。金にならない事件でも誠実に仕事をしてくれそうですから。
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Unknown (Unknown)
2013-04-08 15:06:53
仕事もない上に借金苦に陥ってる三日月さんに、
「こいつだったら雀の涙程度の金で俺の要求のんでくれるだろうな」と思えるは、、、、

事実は小説よりも奇なり、ですね。
現実社会の人間はここまで×りはてることができると。
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Unknown (Unknown)
2013-04-08 23:06:27
苦境を知っている人なら、同じように苦しんでいる人に対して共感してくれるのでは?と思っただけですよ。
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Unknown (Unknown)
2013-04-09 09:10:20
小さい事件でも、まともな依頼者が正当な対価を払ってくれれば普通に弁護士は受けます。よって、弁護士が見つからない理由は
× 「事件が、金にならないから」
○ 「俺が、弁護士に正当な対価払うのイヤだから」

「弁護士は俺に共感して、俺のために損してでも仕事を誠実にしてほしい。
 俺が損するのは絶対に嫌だけどね。」
そりゃ弁護士みつからんわ。
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Unknown (Unknown)
2013-04-09 13:50:27
次の話の展開は仕事がないのに付け込まれて、弁護士はタダで仕事をして当然というこき使われるトンデモナイ依頼を受けてしまうのでしょうか。
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Unknown (Unknown)
2013-04-09 18:33:34
無理矢理善解すれば、まだ弁護士は公的使命を果たすべきと期待されてる、ということでしょうか
経営に苦しんでるコンビニ店長に対しては誰も
「俺も苦しいから共感して300円の物を100円で売ってくれ」
などとは言わないでしょうから
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Unknown (Unknown)
2013-04-10 02:58:59
弁護士報酬に対する依頼者弁護士間のギャップはなかなか埋め難いですね。依頼者からすると20-30万円は1月の給料以上かもしれないが、独立して事務所を構えていれば経費の1/3-1/2にしか過ぎない。この意識の差は同業者で経営者でないイソベンも認識ない人も少なくない。サラリーマンの裁判官から管財人報酬なんかを経費を無視してがっぽり儲けたなんて思われていたりするようだし。修習生の中には指導担当弁護士の報酬について高いというやつがいたが、聞いてみるとそうでもない。そこで、お前の経営感覚だと無収入を超えて持ち出しだと指摘したけど、まあ、自分でやって見ないとわからないよね。自分もわからなかったけど。
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