黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

司法試験と「違憲性審査基準」

2012-01-22 17:05:06 | 法曹養成関係(H25.1まで)
 1月6日,平成23年度司法試験の『採点雑感等に関する意見』が法務省のホームページで公開されました。
 この『採点雑感等に関する意見』は,新司法試験時代に導入されたものであり,司法試験の論文式試験について答案にどのような傾向があったか,問題のある答案にはどのようなものがあったか,法科大学院の教育に対しどのようなものを求めるかといった事項について,考査委員達による率直な意見が述べられています。
 過去の『採点雑感等に関する意見』については,このブログでも何度か取り上げたことがありますが,今回の意見は実際にどの程度の答案が優秀評価(成績上位者を狙えるくらいの答案),良好評価(問題なく合格を狙えるくらいの答案),「一応の水準」の評価(一応法律の勉強をしてきたと認められるが,合格とするにはやや問題があるくらいの答案),「不良」の評価(問題がありすぎて,とても合格させるわけにはいかない答案)となるかの目安が多くの設問毎に示されていて,今時の受験生がどのようなレベルであるか具体的に実感できる内容になっています。法科大学院関係者や司法試験の受験指導に携わっている方であれば必読の資料ですが,それ以外でも法曹関係者で興味のある方には是非ご一読頂きたいと思います。
 本来,今日の記事は『採点雑感等に関する意見』の中から,特に問題のある解答例を一般市民の方にも意味が分かるような形で晒し,司法試験に合格できない受験生のレベルがどのようなものなのか,法科大学院教育がいかに無益なことしかやっていないのか明らかにしようという趣旨で書くつもりでしたが,この『採点雑感等に対する意見』を読んだ一部受験生が,答案の書き方が分からないと言いだして混乱したため,司法試験の大手予備校である辰巳法律研究所が,この採点雑感に対する見解を急遽発表するという事態になっているようです。
 上記意見について,受験生がそれほど混乱する重大な内容であれば,法科大学院関係者がなぜこれに対する見解等を発表しないのか理解に苦しむところですが,以下問題となる部分について,黒猫流の解釈と答案構成の在り方について考察してみたいと思います。

 問題となっているのは,平成23年度論文式試験のうち公法系科目の第1問です。
 試験問題の全文については,法務省のホームページに公開されているので,ここではいちいち引用したりリンクを貼ったりはしませんが,なるべく簡単に要約して説明すると,(現在ではまだ行われていないが近未来に想定される技術として)インターネットで地図を提供している会社が,そのサービス内容をさらに進めて,地図上の任意の地点をクリックすると,公道から撮影されたその場所に関する実際のパノラマ映像(Z機能画像)を観ることができるサービスを提供するようになりました(と仮定しています)。
 Z画像では,地図を見ただけでは分かりにくい実際の風景なども確認できるため,ユーザーの利便性が大幅に向上するほか,不動産に関する広告が誇大広告であるか否かを実際の映像で確認でき詐欺被害を防止できるなどの機能もあるとされていますが,実際の映像では人の顔や車のナンバープレート,さらには家の中の様子までも映し出されてしまうためプライバシー保護の観点から問題があり,犯罪目的に使用されるおそれがあるなどの弊害も懸念されました。
 そこで,国は「特定特定地図検索システムによる情報の提供に伴う国民の被害の防止及び回復に関する法律」という新しい法律を制定し(もちろん架空の法律です),その法律ではZ機能画像を提供する業者に対するA大臣への届出制,システム提供者の遵守事項,被害を受けた者の申立てによる提供の中止その他の被害回復措置といった内容が定められましたが,X社はその法律に基づくA大臣からの改善勧告に対し,勧告の内容が法で具体的に規制されているものではないなどとしてそれらの修正を行わず,ついにX社は提供中止命令を受けるに至った,という事案です。
 設問1は,解答者がX社から依頼を受けた弁護士であるとして,(国に対し)どのような訴訟を提起するか,またどのような憲法上の主張を行うかを問うものであり,設問2は,前問でした憲法上の主張に対する解答者自身の見解を問うものになっています。

 この問題は,表面的な知識や暗記だけで解けるものではなく,真の意味で受験生の法的センスと応用力を試すことの出来る面白い問題だと思いますが,前述した『採点雑感等に関する意見』を読むと,この問題に関する受験生の出来は壊滅的と言ってもよいものだったらしく,設問と無関係なことを長々と論じたり,設問の問いに全く答えていなかったり,一応問いには答えていても機械的な違憲審査基準の議論に終始し,実質的な考慮が全く感じられなかったりする答案が大多数であったようです。
 上記『意見』では,違憲審査基準という言葉が悪いものとして多用されているのですが,これを読んだ一部の受験生が「これでは違憲審査基準を書くこと自体が誤りであるかのように読める,憲法の答案の書き方が分からない」といった混乱の声があがり,これに対して辰巳法律研究所は,憲法学者への意見聴取や講師陣の会議,及び平成23年度試験における成績上位者再現答案の精査を踏まえて,違憲審査基準を書くこと自体が駄目というわけではなく,実際に上位者再現答案のほとんどが違憲審査基準に言及している,要は書き方に問題があるというような見解を発表しています。
 この「違憲審査基準」とは,法律又はそれに基づく処分が憲法違反になるか否かをどのような基準で判断すべきかという議論であり,例えば表現の自由に対する規制は政府による言論統制等のおそれが高いので厳格な審査基準によるべきであり,これに対して経済的自由権に対する規制は立法府による裁量を尊重する必要があるので,「合理性の基準」など緩やかな審査基準によるべきである,などという議論がなされています。
 もっとも,違憲審査基準という議論は,憲法学者がやっているだけで判例が全面的に採用しているわけではなく,学者の議論もあらゆる場面をカバーしているわけではありません。特に,従来の学者による議論は,「国家権力が私人の行為をどのような場合に規制できるか」という方向に偏っており,表現の自由とプライバシーをどのように調整するかといった問題について,学説及び判例上確立した理論が存在するというわけではありません。
 少なくとも,この問題の設問1では,X社の代理人として訴訟を起こす場合に,「A大臣の提供中止命令が憲法違反である」という主張として考えられるものを書けと言っているのですから,X社の主張できる憲法上の利益としての問題提起を書けば十分でしょう。
 その主張に対し,結論として憲法違反になるか否かの判断は次の設問(2)で論じるべきであり,違憲審査基準について触れるとしてもこの部分で触れるべきでしょう。少なくとも設問(1)で違憲審査基準に言及するのは誤りというしかありません。
 また,このような問題に解答するにあたっては,適用される違憲審査基準をどうするかという議論よりは,インターネットで提供されるZ機能画像という新しいシステムは憲法上どのような価値を持ち,憲法上どのような他者の権利を侵害するおそれがあり,どのような観点で両者を調整すべきかという問題について(出来れば判例などを踏まえて)自分なりの考え方を示した上で,問題文で示された大臣の改善勧告が法律の規定に適合したものであるかなどの個別論点について判断を加えることの方が重要でしょう。違憲審査基準については,議論の流れ次第では特に書かなくても構いません。

 まあ,問題文を素直に読んで問いに答えれば,古典的な違憲審査基準の議論をすることが求められているわけではないということは分かりそうなものだと思うのですが,司法試験に何年も挑戦し続けているベテラン受験生の中には,受験勉強の初期で習った典型問題についての解答パターンを唯一絶対のものと信じてしまい,なかなか応用が利かないという人が結構います。
 とある司法試験合格者の中に,司法試験は「定義」と「日本語」だ,と言った人がいます。法律の問題である以上,用語の定義といった最低限のものは覚えてそのとおり書く必要があるけれど,後は自分の考えを日本語でしっかり書くことができるかどうかの試験に過ぎない,という意味です。黒猫も全くそのとおりだと思います。
 これは,旧司法試験でも現在の司法試験でも本質的に変わるところではなく,また旧試験の一行問題のように特定の論点に関する学説の状況をひととおり暗記しておかなければ解けないような問題が新試験で出題されることはありませんので,新試験では暗記の比重が下がり,その代わり長文の問題文を短時間で読み解き,問題文の記述が解答との関係でどのような意味を持っているかを理解してそれを答案に表現する能力が必要になっていることから,「定義」より「日本語」の比重が高くなっているといえます。
 勉強の仕方についても,法科大学院や予備校から与えられる膨大な情報のうち,絶対覚えるべきもの,大体内容を把握しておけばいいもの,覚える必要すらないものがあることを早期に理解し,司法試験には暗記だけでなく適切な表現の練習が必要であることを踏まえて適切な勉強が出来る人は早く合格できますが,これらを全部暗記しなければいけないなどと思い込む人は,いくら勉強しても合格するのは難しいと思います。
 新司法試験の答案構成については,古典的な審査基準→当てはめといったパターンを用いるべきではなく,何を書くべきかは問題文で具体的に明示されているのですから,問題文の該当部分にマークでも付けた上で,必要な問いに答えられるよう5分くらいで大まかな文章構成を考え,それから答案を書き始めるといった作業が必要になるでしょう。
 関連論点を思い付いた場合でも,答案の分量に照らし書けない場合や問題との関連性が低い場合はばっさりと切り捨てる判断が必要です。必要な論点のすべてを網羅していなくても,全体について説得力のある論述であれば高い評価を与えているということは,採点雑感等に関する意見でも繰り返し強調されています。
 もっとも,そういった作業ができるかはその人の日本語感覚の問題であり,子どもの頃から本を読むのが嫌いで文章を読むのも書くのも下手という人が短期間で司法試験に合格するのは至難の業です。合格者数3000人なんて,日本人全体の語学水準が大幅に上がらない限り無理だということは,お偉い大学教授さんなら容易に理解できそうなものですが,自分達の利権が絡むと本来見えるものも見ようとしないんですかね・・・?

1 コメント

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Unknown (元受験生)
2012-01-23 21:15:06
原告の主張で、憲法上の利益のみを指摘する書き方は、以前の採点雑感で好ましくないと言われていますし(20年度)、設問1でのXの主張の立て方が答案の出来を左右するとも言われてますので(21年度)、どうかと思いますが。

まあそうするのが20年の雑感以前の主流ではあったと思うのですがね。
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