黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

気になる「米百俵」のお話

2012-10-19 19:12:36 | 弁護士業務
 先月開設された「日弁連会長のブログ」。基本的には当たり障りのないことばかり書かれているのですが,10月18日の更新記事にはちょっと気になることが書かれていました。

http://jfba.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-f4ce.html

 以下,記事の関連部分を引用します。
『食えないからこそ人材を育てる

 私の出身高校は、『米百俵』で知られた長岡高校です。
 知られた、と言っても、ご存じない方も多いかと思いますが、かつて、小泉純一郎元総理が所信表明演説の中で引き合いに出し、マスコミでも取り上げられたことから、それ以来、全国どこに行っても『米百俵』の高校ですね、と言ってくださる方が多くなりました。

「河井継之助を総督として、戊辰戦争で官軍と戦った結果、長岡藩は、街は焼け野原となり、藩財政は貧窮していたところ、支藩の三根山藩から、見舞いの米百俵を贈られたが、時の大参与小林虎三郎が、明日の粥にこと欠く藩士たちから強硬に米の分配を求められても、これを拒み、『食えないからこそ人材を育てるのだ。国が興るのも滅びるのも、ことごとく人にある。』と言って、その『米百俵』を元手にして学校を建設した。」という話です。』

 この話の後は,東弁で被災地の高校生に奨学金を贈ったとかいう話で,法曹養成問題に直接言及されているわけではないのですが,法曹養成制度の問題をめぐって会内が大変もめている時期に,日弁連会長がブログで敢えて「米百俵」の話を持ち出したことは,法曹養成制度に関しても何らかの暗喩が込められているように読めてしまいます。
 以下は,一応日弁連会長もそこまでは明言していないという前提で,あくまでたとえ話として書きます。

 ある会員は,日弁連会長にこんなことを訴えました。
「これまで日弁連が推し進めてきた司法改革は,もはや明らかな失敗です。法曹養成の中核的機関と位置づけられた法科大学院には学生が集まらなくなり,また法曹人口の増やしすぎで,司法試験に合格して弁護士になっても食べていけない人が急増しています。法科大学院制度を早急に廃止し,司法試験の合格者数も年間1,000人程度に減らすなど,方向性の抜本的な見直しが必要です」

 その会員に対し,会長はこう答えました。
「君は『米百俵』という言葉を知っているか? 戊辰戦争で敗れた長岡藩は,財政が窮乏し,藩士たちはその日の食にも苦慮する状態であった。このため,窮状を見かねた長岡藩の支藩三根山藩から百俵の米が贈られることとなった。
 藩士たちは,これで生活が少しでも楽になると喜んだが,藩の大参事小林虎三郎は,贈られた米を藩士に分け与えず,売却の上で学校設立の費用とすることを決定した。
 藩士たちはこの通達に驚き反発して虎三郎のもとへと押しかけ抗議するが,それに対し虎三郎は,「百俵の米も,食えばたちまちなくなるが,教育にあてれば明日の一万,百万俵となる」と諭し,自らの政策を押しきったのだ。こうして出来たのが国漢学校であり,私の出身である長岡高校の前身でもある(超得意げ)」

「・・・それで?」

「たしかに,司法改革で生活の窮乏を訴える会員は増えている。しかし,百俵の米も食えばたちまちなくなるが,教育にあてれば明日の一万,百万俵となる。食えないからこそ,今まさに法科大学院で明日の法曹を育てる必要がある。国が興るのも滅ぶのも,ことごとく人にあるのだ」

 仮に,会長がこんなことを口走れば会員達の多くは激昂するでしょうが,むろんこのような論理は明らかに間違っています。
 明治維新期の長岡藩は,当然ながら教育制度も十分発達しておらず,一方で西洋の優れた文明を取り入れることは急務であり,近代化に成功するか否かに日本の生き残りがかかっているという時代でしたから,小林虎三郎も周囲の反対を押し切って,贈られたわずかな米を学校設立の費用に充てることを決断したのでしょう。
 しかし,今の日本は違います。教育制度や施設自体は他の先進諸国と比べても概ね遜色ない程度に整備されていますが,特に文系の学部については,教育や研究の内容が実社会の方を向いておらず,ろくな成果を挙げられる状況にありません。理系の学問分野では日本人からノーベル賞の受賞者も出していますが,日本の法律学者や経済学者がノーベル賞の有力候補に挙がったという話は聞いたことがなく,産学連携で新しい取り組みをしようなどという話も文系ではほとんどみられないのです。
 今の教育,特に文系の大学や大学院に投資しても,百俵の米が百万俵になるところか,おそらく自分達のことしか考えない大学教授や官僚達に食い荒らされ,投資したお金はたちまちなくなってしまうだけでしょう。国の財政難で教育分野もその煽りを受けていることは確かですが,教育に投資する以前にそのあり方を根本的に見直し,真に必要とする分野にお金が渡るような仕組みを確立しなければ,いくら教育に予算をつぎ込んでも満足な成果は期待できないのです。

 山岸会長も述べているとおり,米百俵の逸話は,かつて小泉純一郎元総理が自らの所信表明演説の中で引用したものです。法科大学院制度も小泉元総理の時代に決められたものですが,結局小泉元総理も,「米百俵」の話を単なる美談として捉えていただけで,今の日本にとって何が必要であり,そのために実行すべきことを適切に見極める必要があるという本当の意味を理解していなかったことになります。
 そして,小泉元総理の時代に創設が決まった法科大学院制度は,これまでに国費から何百億円単位ものお金がつぎ込まれてきましたが,その結果は明日の一万,百万俵になるところではなく,食うに困った法科大学院,過剰な弁護士(弁護士有資格者),そして社会のどこにも行き場がない法務博士を大量生産し,ほとんど社会のお荷物を作るだけという結果になっています。
 自身も長岡高校の出身だという山岸会長は,こういう逸話を無批判に引用した上で,わが国の教育が抱えている根本的な問題を批判することもなく,ただわが国の国際競争力が落ちているからこそ教育にもっと予算をかけろなどと主張しているわけですが,これでは「米百俵」の真の意味を理解しているとは言い難いでしょう。かの小林虎三郎も,今頃草葉の陰で呆れているのではないでしょうか。
 たかが日弁連の会長に,わが国の教育制度そのものに対する深い見識を要求しても無意味なことではありますが,少なくともそういう持論を法科大学院制度に援用し,「米百俵」の精神で法科大学院制度を守れなどと主張することだけは,くれぐれも止めて頂きたいものです。

3 コメント

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Unknown (栗ご飯)
2012-10-19 21:02:56
いつも楽しく拝見しております。
ウィキペディアを見る限りノーベル賞には、物理学、化学、医学生理学、文学、平和、経済学の六部門しかないみたいですよ。
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Unknown (東の学生)
2012-10-20 11:35:00
今、国立のローの志願者が発表されてますが、去年に比べてかなり減ってます。
京大や阪大も、去年に比べて150名くらい減少。九州も去年と比べて3分の2くらい。東北も、定員割れが酷かった去年と比べてもさらに減少。阪大は、多分創立以来初めて二段階選抜をやらないみたいです。
旧帝大でもこれなんですから、本当にロースクールを目指す人は少なくなっているのでしょう。
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Unknown (ワイルドキャット)
2012-10-24 14:08:00
 今の法科大学院及び司法試験制度は、負担が極めて重く(時間的にも経済的にも)、リスクは大きすぎる。この状況では学生が減り続けるのも当たり前です。

 特に司法試験に合格できなかった修了生は、あまりに過酷な状況に置かれています(法曹になれた者はまだ幸せだ)。現在では何一つ得られないばかりか、法務博士という資格はほとんど「無能者の証」のように扱われています。しかし、目下のところ法曹関係者は三振した法務博士の悲惨な状況をほとんど一顧だにせず、問題自体がないように扱わっている。全てを「自己責任」でかたずけるのではひどすぎます(何らかの救済策は必要です)。

 「米百俵」などと悠長なことを言っている暇はない。根本的な制度の変革が必要です。少なくとも僅か3回の受験資格を得るために法科大学院修了という要件を課すことは負担が重すぎます(「修了は簡単にできる」などと考えている人も少なくないようだが、無茶苦茶に大変なのです)。
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