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キング・クリムゾンの来日公演 : 2000年

2018-11-03 23:17:11 | 日記
前回の1995年の来日公演から、5年後の秋にキング・クリムゾンは再来日を果たしている。この時にはまたグループの再編が行われ、6人から4人へと小規模化したような形になった。ただキング・クリムゾンは元々、アルバム発表ごとにメンバー構成が違っており、例外は1980年代の活動期だけであった為、本来の姿勢に戻ったような印象を受けたのもまた事実である。この時期に発表されたアルバム「コンストラクション・オブ・ライト」も、小粒にまとまったイメージは拭えないが統一感のある完成度の高い作品だ。

また1990年代以降の活動において、リーダーのロバート・フリップはキング・クリムゾンの現在進行形の音楽を1980年代の民族音楽に接近しながらポリリズムを追求したような独自のスタイルから、1970年代のメタリックで硬質な音を蘇らせて止揚したヌーヴォ・メタルというコンセプトで形容していた。これは大衆受けのヘヴィ・メタルとは一線を画した表現であり非常に興味深い。メンバーはギターのロバート・フリップとドラムのパット・マステロット、ベースとタッチ・ギターのトレイ・ガン、そしてヴォーカルとギターのエイドリアン・ブリューの4人。

コンサートは「ブルーム」という曲で始まった。演奏は相変わらず質の高い内容で、90年代の6人編成で演奏されていた曲も上手くアレンジされていたように思う。ただこのコンサートの最大の目玉はアンコールに演奏された「ヒーローズ」という曲だろう。これはロック史に燦然と輝くデヴィッド・ボウイの名曲であり、キング・クリムゾンの持ち歌ではない。ではなぜ演奏可能になったのかというと、ロバート・フリップがこの名曲でギターを演奏しサポートしていたからだ。そして、彼が奏でるギターはこの曲に無くてはならない存在感を生み出している。「ヒーローズ」の歌詞は20世紀の東西冷戦時代にベルリンに築かれた壁が主題である。この歌で最も印象的なのは、「……恥ずべきなのは壁の上で銃声を轟かせる人々だ……」という部分だろう。キング・クリムゾンの歌詞は、中世ヨーロッパや未来世界を舞台にすることはあっても、現代の人間社会に批判的なメッセージを含めたものが多く、だからこそそのような詩の世界に合致した音楽を創造してきた音の要素たるギターの響きが「ヒーローズ」という歌には相応しかったと云える。ただエイドリアン・ブリューの声質はデヴィッド・ボウイとは明らかに違う為に、この辺りの違和感は仕方なかっただろう。今年来日する現行の8人編成のキング・クリムゾンも「ヒーローズ」が演奏曲目に入っている。これはユーチューブの映像でも鑑賞可能だが、私は今ヴォーカルを担当しているジャッコ・ジャクスジクの歌の方が好みだ。

2000年の来日公演で私が一番感じたのは、デジタルな打楽器の演奏表現に積極的なパット・マステロットの存在である。「コンストラクション・オブ・ライト」のアルバムでも顕著なのだが、原始的な打楽器の音の良質な個性がデジタル加工されて一種独特な味わいを生み出しているのだ。そしてそれは、ライブでも明確に感じることができた。このライブツアーの後に、キング・クリムゾンは同じ4人のメンバーで「パワー・トゥー・ビリーヴ」というアルバムをリリースするが、ここではさらにパット・マステロットのこの路線が突き詰められているように思う。このメンバーでのキング・クリムゾンのライブも日本公演の全貌をユーチューブで鑑賞することができる。この模様は私が足を運んだ2000年ではなく2003年のライブなのだが、メンバーは同じ顔ぶれでも、選曲や構成がかなり変化しており、ファンには非常に楽しめる映像だ。特にコンサートの冒頭でのロバート・フリップのギターによるサウンドスケープは、文字通り音により描かれた幻想的な風景であり、山よりも高く海よりも深い広大な神秘性を感じさせる。























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