8月15日は日本では終戦記念日とされている。ところが世界史的にはこの日を戦争が終わった日と定義している国はむしろ少ない方だ。米国は降伏した日本との降伏文書の調印式が実施された9月2日を対日戦勝記念日としているし、旧ソ連や中華人民共和国はこの翌日の9月3日を抗日戦争勝利記念日としている。またヨーロッパ諸国にとっては、ナチスドイツが降伏した翌日の5月8日がヨーロッパ戦勝記念日とされるのが一般的である。
ただこのように戦争が終わった日としての認識のズレは世界各国で違っていても、今から80年前の1945年に、第2次世界大戦という世界が地獄に遭遇した巨大な人災が終息した事実は尊い。愚行を繰り返してきた人類も捨てたものではないというところか。しかし膨大な戦死者や、戦禍の犠牲者で戦後に多大な苦難の道を歩まざるを得なかった人々、それに戦争回避と戦争終結に心血を注いだ人々のことを考えると、現代において世界戦争の規模の紛争が、この80年間は勃発しなかったとはいえ、未だに悲惨な戦禍が無くならないのは忌々しい限りである。
そして今年の8月15日、全国戦没者追悼式の式辞で、「進む道を二度と間違えない。あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まねばならない」と石破首相は述べた。これは朗報といえるであろう。第2次世界大戦に対する「反省」の語句が2012年当時の野田首相以来13年ぶりに復活したのだから。むしろ13年もの間、この「反省」が式辞に抜けていた方が不可解である。
そして歴史的にも古今東西、戦争を起こす為政者というのは、反省と感謝の気持ちに欠けている人々だ。またこれは何も国家元首のように強大な為政者に限ったことではない。私たちは有権者として選挙で政治家に投票する際にも、この反省と感謝があるかどうかで人物像を判断するのは有効だと思う。また職場や学校や地域社会といった共同体においてさえ、指導者に反省と感謝の気持ちが欠けていれば、その共同体には醜い搾取や諍いが生じてしまう可能性は高い。
先の参院選の結果、与党は過半数を割り、衆参両院で少数与党になったわけだが、今後の国政において、国会議員の方々は是非とも反省と感謝の念を肝に銘じるべきである。それを踏まえて国民を窮乏から救う具体的なアクションを起こして頂きたい。そしてかつての大日本帝国も含めた帝国主義諸国が戦争に舵を切り、他国を侵略する略奪経済で暴利を貪るような路線ではなく、徹底的に今そこにある財務を分析して精査し、富を国民に還元するべきであろう。未来の人々の為にと唱えるのならば増税ではなく、天下りを廃止するなど国民負担とは違う切り口から問題解決を図るべきではないか。仮に天下りを廃止すれば、高級官僚の天下り先であった巨大企業は政府の要請を受けて内部留保を国民の為に吐き出す方向に動くはずだ。
戦争の足跡が聞こえてくる時というのは、どの国でも政府の内政は機能不全に陥っている。そしてその元凶は国民目線ではなくなった政•官•財の中枢にこそあるはずだが、全体主義やそれに近い社会では国民は政府に洗脳されており元凶には気付けない。しかし民主主義社会でさえ、SNS等のネット空間でAIを悪用した洗脳技術が進歩してくれば、危険水域に達して戦争を積極的に肯定する気運さえ生まれてくるであろう。
この戦後80年の現在地点において、戦争で唯一核攻撃を受けた日本が、世界に対して国際平和の観点から果たすべき役割は極めて大きいといえる。これは今年に被団協がノーベル平和賞を受賞した事実がその最たるものだが、特に為政者の意志決定において、戦争という政策を選ばないようにさせる平和外交のソフトパワーこそ、日本の最高の存在価値ではないか。