記憶鮮明、文章不明

福祉は権利。平和こそ最大の福祉。保育なめんな、子どもなめんな、保育士なめんなです。

友ありき、憧れの人ありき

2005-01-28 | Weblog
おりがみが初めて入院したのは高2の秋でした。消化器系の病気でお腹をざっくりやりました。あの時のいたさを考えれば、たいていの痛みは我慢できそうな感じです。
オペの前日、演劇少女と卓球少女(荒ぶる吹雪とホチキスの話に出てきます)がお見舞いに来てくれました。ラグビーの練習を見に某チームの合宿所へいってきたとか。「治ったら一緒にいこうね」「うん」そんな会話をして盛り上がってました。
彼女達が帰ってしばらくして、「お電話ですよ」と呼び出されました。


「こんにちわ、Sです。はじめまして。お友達から伺いました。手術されるそうですね、頑張って下さいね。」

おりがみが憧れていたラガーマン、Sさんでした。「たいへんだけど、負けるないで、大丈夫。」もう、頭が真っ白になりました。「なおったら、試合みにいきます。ありがとうございました。」というのが精一杯でした。

手術後の最大の苦しみは「ガス」。おならです。安心しておならのできる生活はしあわせだなあと心の底からおもいます。傷が引き連れるような痛みにおびえつつ、おならをします。我慢してると逆にお腹が張ってこれまたいたたたたた。眠れないほどの痛さならモルヒネという手もあったのですが「傷の治りが遅くなる」と聞くと意地でも使うもんかと。今なら笑って話せますが、痛くて声も出ない体験は初めてでした。
おりがみは「Sさんに約束したんだ、元気になって試合見に行くんだ」とこらえてました。

抜糸して退院の目途が立った頃、再び卓球少女たちがきてくれました。
「Sさんにわたしのこと知らせてくれてありがとう」とお礼を言うと、「すぐ電話くれたんだ。いいひとだねえ」」と一緒に喜んでくれました。「だめもとだと思って話してみたんだ。もう、ドキドキだったよー」
勇気を出して、話しかけたんだろうなあ。


30年近くたっても、傷は大きく残っていますが、これでいいんです。かえって、想い出があせないような気がします。



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