尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

朝鮮通信使・崔天宗殺害事件(一七六四)

2016-08-29 16:33:32 | 

 今週からまた曜日ごとのテーマに戻って書いていきます。8/15のブログで予告したように、今回から池内敏『「唐人殺し」の世界──近世民衆の朝鮮認識』(臨川書店 一九九九)を読んでいきます。これは一七六四年に、朝鮮通信使・崔天宗が日本側通詞中官鈴木伝蔵によって殺害されるという事件とその世間への影響を通じて、近世民衆の朝鮮認識を論じた一冊です。「崔天宗」はとりあえず「さいてんそう」と日本語読みで受けとっておきます。私は「序」を一読して、この小さな本が、明快な仮説と方法意識に導かれた叙述であることを直観しました。とくに、双方の相互不信感に注目し、<事実「歪曲」の現れ方>のなかに近世民衆の朝鮮意識を見つけていこうという方法に、たいへん興味・関心を覚えました。歪曲にかぎかっこがついているように、著者はここ善悪を持ち込もうという意識ははじめから排除されていると思われます。つまり「方法としての事実歪曲」を意図しているのです。引用は「序」からです。

 

 徳川家治の一〇代将軍襲職を祝う朝鮮通信使が江戸城での儀礼を終えて帰国途中、宝暦一四(一七六四)年四月、大坂で崔天宗殺害事件が発生した。対馬藩通詞鈴木伝蔵と朝鮮通信使中官崔天宗が悶着を生じ、四月七日の早朝に伝蔵が崔天宗を殺害して逃走する。同一八日に捕縛された伝蔵が五月二日に処刑されてこの事件にとりあえずの決着がつけられるまで、ほぼ一ヶ月、朝鮮通信使は大坂に留まるのである。

 右の一件は時間的にも空間的にも広範な関心を呼び起した。何らの河口をも加えず事実そのものと筆者の感想を伝えたものから、実録小説や歌舞伎・浄瑠璃など脚色を施したものまで、実にさまざまなものが書かれ、流布し、上演された。この一件に題材をとった歌舞伎・浄瑠璃は、明和四(一七六七)年以降、元治元(一八六四)年まで繰り返し上演された。

 また一方で、この事件をめぐる日本側の・朝鮮側双方の言い分には、大きな隔たりがある。その背景には、日本・朝鮮のそれぞれが相手を一段目下にみるような意識構造が当時存在したことが指摘でき、それは両者の相互不信感につながるものであった。

 そうした相互不信感は何も一八世紀後半だけに限って特徴的なものでなく、それ以前からの不信感の積み重ねの中で培われてきたものと思われる。本書はそうした不信感の淵源がどこまで遡るのかを究明しようとするものではない。また近世日本人の朝鮮蔑視観や不信感の由来を、あらかじめ古代以来に朝鮮蔑視観に求めるものでもない。むしろ日常的は接触の中での行き違いや誤解等々の積み重ねがまずあって不信感が生じ、ある時期にそういった不信感に「神話」が与えられ、朝鮮蔑視観の「伝統」が作られていくのではあるまいか。

 それではいったい近世という時期には、日本と朝鮮との間にどのような具体的な誤解や行き違い存在し、相互不信感が醸成されたのだろうか。また解消しなかったのだろうか。本書では、崔天宗殺害事件にかかわった局面に限定し、相互不信感の具体的な有様を明らかにしたい。

 また、近世日本の民衆がこの事件に大きな関心を寄せたことは、この事件に題材を採った文芸作品がいくつも登場したことからも明らかである。それらの文芸作品が、実際の事件をどのように伝えたか、一つ一つの文芸作品に立ち入って検討してみたい。文芸作品における事実「歪曲」の現れ方に、当時の人々の意識が反映されていると考えるからである。そうした作業を通じて見えてくる近世民衆の朝鮮認識について言及できればと考える。

 そのため、第一章では、対馬藩政史料など歴史学の文献にもとづいて崔天宗殺害事件の経過を具体的に述べ、第二章では、事件に直接関わった人々の日記・記録類にもよりながら、置かれた立場の違いによって異なる姿を見せる事件像のズレを描くように努めた。第三章では、崔天宗殺害事件を取扱った記録・伝聞類や文芸作品について検討した。とりわけ文芸作品については、少々煩雑ながらひとつひとつの作品に分け入ってみるよう努めた。第四章は、崔天宗殺害事件を脚色した「唐人殺し」を含む異国・異国人を素材にした江戸時代の文芸作品を素材に、近世日本民衆の朝鮮認識の特徴を整理した。補論は、朝鮮通信使がたびたび来訪したことで知られる清見寺(静岡県清水市)が所蔵する通信使関係資料について、その特徴を整理したものである。現在清見寺に伝わる通信使関連資料の多くが、明和通信使を契機にして再構成され・整備され、そののち「観光資源化」されてきた点が注目される。まだ十分煮詰まった議論にまで至ってはいないが、近世民衆の朝鮮認識を考える素材ともなろうかと思い、補論として収めた。(前掲書 一~三頁)

 

 この事件が広がってゆくとき、そこに「自分化」の機制が働いていることを予想できます。またこれを「うわさ」論として考えてゆくこともできそうですが、まずは事実「歪曲」の事実をしっかり読んでゆきたい。


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