尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

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認識発展論という角度からのアプローチ

2017-09-20 23:25:59 | 

 前回(昨日)で、本書の第Ⅲ部第3章「授業にみるふたこまの様相」を読み終えました。そこでは、庄司がコトワザ教育によって自前の言語教育構想の大部分を達成できると確言したことの意義について考えました。この確言(言い切り)は、庄司がコトワザ教育の可能性に対して大きな期待と自信をもったことの証しであり、かつて自分が研究し学んだことは捨てないという庄司的研究法の発露でもありました。一方で、庄司が「方言の授業」から「コトワザの授業」への渦中に投ぜられた三浦つとむからの助言と激励があります。この方面と「教育的な実験」から得られたコトワザ教育論はこの時点でどのような影響関係にあったのか。これをつきとめてみなければ、庄司のコトワザ研究の「原初のかたち」のシッポは見えて来ません。そのためには、二つを同じ土俵にのせてしまうことが必要です。この土俵こそ認識発展論という角度なのではないか。今回はそこを考えてみたいと思います。

 おさらいすると、三浦の助言の核心は、「諺・金言」的な問題解決に関してであったこと、それは「前論理学的」性格をもっていること、「経験」と「弁証法・科学・普遍性」のあいだの中間的「段階」に位置すること、最後にそのような論理は「表象」的性格をもっているという四点(「諺・金言」的な問題解決という前提条件を省略して、三点と呼ぶ場合もあります)でした。庄司はこの助言の後に、三浦から「コトワザ論をやってみたら」という激励を受けます。これ契機に熟考の末、コトワザ研究を通じて自前の認識理論を創造する道へ進むことを決意します。と、以上はこれまで調べてきたことです。

 したがって庄司が「コトワザの授業」に際しては、自前の「認識理論の創造」という志向は当然念頭にあったことでしょうし、それゆえこのような実践を「教育的な実験」だと位置づけたものと思われます。そして教育現場から認識理論を創造するのだとしたら、当然まず子供たちの認識発展論という視角を外すことはありえません。ですから自前の認識理論の創造とは、まず子供たちの認識発展の問題を解き明かすことを意味していたのです。とすれば、コトワザ教育によって言語教育構想の大部分を達成できると言い切った庄司の中では、認識発展論という視角で「コトワザ教育」の体系化・構造化を図っていくべきこともまた必然の課題だったと思えます。

 そのためには、前回読んだようにコトワザとは何かその定義にとどまっているわけにはいきません。研究の行方は三浦からの学びの「核心」をどのように展開してゆくかで決まります。もともと三浦の助言は、コトワザを「前論理学」・「段階」・「表象」として位置づけること自体、すでに人間の認識実践における発展論的アプローチを意味していました。庄司はコトワザの本質観をどう把握しようとしていたのか。前にも紹介しましたが再度確認しておきましょう。

 

(三浦つとむは)すなわち、コトワザというものは、一方では経験とつながっているからとらえやすいし、他方では論理としてすぐに使えるだけに抽象されていることになる、という。要するに、中間位にある表象、過渡的な段階の表象、そしてそれをこのようなかたちでとらえられている論理だという。実に示唆に富む、わたしの図式化への、逆転的で激烈な指針を導入してくれたというわけなのである。≫(「認識理論の創造への出発」1965.11.17 本書第Ⅰ部第1章)

 

 つまり、コトワザを「表象的な論理」として受けとめることでした。ここで「表象」とは、感性的であると同時に概念的でもある内的な画像のことです。影絵のシルエットを思い出していただければ分かりやすいと思います。表象は、哲学・思想・心理学の用語としても、また最近ではメディア用語としても使われていますが、ここでは、人間の認識実践の発展を媒介する内的画像としての使い方に限定しています。庄司は以上のようにコトワザを把握しておいて上で、その基礎固めともいうべき(と、書いたもののこの論文の位置づけはまだハッキリできない)、「表象としてのコトワザのもつ論理」(1965.11.1 本書第Ⅰ部第2章)を書いていきます。まさに「コトワザの授業」で六年生が「小さなことわざ辞典」でコトワザ調べをやっていく中から、カードを作り「コトワザあってこ遊び」に熱中していた頃だと思います。その第Ⅰ節「認識発展論の角度からアプローチ」の冒頭を次のように書きだしています。

 

今、わたしの手元には、柳田国男氏のコトワザ関係本をはじめとして、近頃妙に流行しだしたと思われる新刊のコトワザ辞典や研究書等が二十数冊ある。が、そのほとんどは、人生の道しるべないし人生の指針という姿勢のもとに解説・解明されたものばかりである。その中でも、一定の立場と目的のもとにたちむかってコトワザのもつ意味・役割に言及して特異な位置を占めているのは、何といっても柳田国男氏を中心とする日本民俗学関係の著作だけである、といってよい。したがって、柳田国男氏のコトワザ観については、いずれおりをみてとりあげてみたいものだと思っている。この分野においても氏をぬきにしたコトワザ論はありえないといってよいものだからである。通常人の中に生きてはたらく諸相を充実した内容でもって究明せられているからである。/しかし、いずれの著作においても、認識発展論の角度からのアプローチした解説・研究は皆無である、といってよいようである。人生の道しるべ・指針という姿勢、そのこと自体を別にどうこうする必要もなさそうであるがそこには“コトワザはなぜ人生の指針となるのであるか”・“いかにして道しるべとなりうるのであるか”についての深い掘りさげはないのである。この問いにこそ、重大な役割があるのだ。/わたしの読書してみたせまい経験範囲からいって、コトワザのもつ論理、とくにその弁証法的側面から明らかにしているのは、三浦つとむ氏をのぞいてほかにはないようである。(中略)/ともかく、コトワザ関係本の中には、無意識的に吐露された認識論の芽ばえともいうべきものを、そちこちに見出すことができる。それらをまずすくいあげてみたい。それと一緒に突きつめてみなければならないものを“問題点”として提出していきたいと思う。≫(本書 一〇頁)

 

 三浦の名前は当然として、柳田国男の名前が出てきました。柳田のコトワザ論もいずれとりあげてみたいと書いていますがこの時点では認識発展論の角度からのアプローチした解説・研究とはいえないとされていることに注目しておきたい。この論文では、一冊のコトワザ辞典の解説文から「無意識的に吐露された認識論の芽ばえ」をとりあげ、そこに潜在する問題点を提出したいと書いています。私は、ここを読み取りながら、「三浦つとむからの助言と激励」の流れと、「「教育的な実験」から得られたコトワザ教育論」の流れの影響関係を探ってみたい。

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