尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

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私なりの答え────「ウジ虫の本分」再論

2014-10-05 16:55:53 | 

 改めて福沢諭吉の勤勉思想をまとめてみれば、こうなります。高い次元からみれば人間はウジ虫みたいなもの。それゆえその本分を尽くすべきだ。その本分とは人生(浮世)を戯れと見て、戯れそのものを勤勉(積極的・真面目)に生きてゆくこと。だから渡世上の心掛けをいうのなら、浮世(世俗)の事物に過剰に熱心になることなく、軽く視てゆくことが大事であって、これが人生を活発にしてゆく。こう説いているわけですが、人間をウジ虫と見なし、俗世を軽く視るべきという主張に、すでに自らの勤勉思想に「歯止め(タガ)」を掛けていることに気付かされます。このことは「ウジ虫の本分」を最初に説いた第七話「人間の安心」の末尾に、「唯戯と知りつゝ戯るれば心安くして戯れの極端に走ることなきのみか、時に俗界百戯の中に雑居して独り戯れざるも可なり。人間の安心法は凡そ此辺に存て大なる過なかる可し」と結ばれていることからも分かります。

 「歯止め」の問題は、明治三十年代以降、日本人の勤勉思想が変質し「働きすぎ」が社会問題化してゆくという礫川氏が指摘する第六章以降を読んでゆく際に、幾ばくかの手がかりになるのではないかと思えるのです。このような視点で改めて福沢の「ウジ虫の本分」における宗教観に注目していくと、ここにも「歯止め」が位置づけられていることに気付きます。

 福沢諭吉の宗教観はどのようなものでしょうか。それを知るには第八話「善悪の標準は人の好悪に由て定まる」が分かりやすいと思います。福沢は、善悪の区別は泥棒でも知っており、世の中の人間全部がそうだ、と言うと、凡夫はこの話の奇妙さに驚くばかりで、なぜそう言えるのかを考え窮めようともしない。こう言います。どういうことか。世俗では善悪をどう区別しているかをふりかえってみると、「己の欲せざる所を人に施す勿れ」というコトワザにあるように、自分がイヤだと思うことは他人にもしないこと、これが善であって、自分がイヤだと思うことを他人にはやってしまう、これが悪だと言います。泥棒にしても自分の大切なものを盗まれたらイヤだと思うはずです。こう考えたら泥棒だって善悪の区別は知っているのです。ましてや世間の人間なら尚更です。

 ですが、凡人はここでとどまってしまい、それ以上考えようとはしない。このまま放っておいては、正しい善悪の基準が普及する上での妨げにさえなるかも知れない。そのためには「善を善とし悪を悪とする」(道理をもって善悪に処する)徳が必要であって、これに寄与すべきなのが宗教であると述べています。宗教が凡人の徳を高めるのに役に立つというわけです。すなわち、「我輩が自ら今の所謂宗教を信ぜずしてその利益を説くも、その微意は唯この辺に在て存するのみ」と、エッ?と拍子抜けするような知識的かつ手段的な宗教観をもっていたことがわかります。「今の所謂宗教を信ぜずしてその利益を説く」とは、既成宗教を信じてはいないが、独自の宗教的存在を示唆しているとも読めます。ただ既成宗教は手段的にこれを利用したいと述べていることは確かです。

 また第十四話「至善を想像して之に達せんことを勉む」でも、宗教を「知識的かつ手段的」に見てこう述べています。道理をもって善悪に処することは人々に見られるけれど、その人の賢さ・愚かさによって、善悪の想像には深い浅いがあるのは避けられない。凡人は眼前の分かりやすい事例だけで直ぐに善悪を判断し、小善を善とみなし小悪を悪として善悪の範囲を狭めてしまう傾向がある。場合によってはその判断を誤るかも知れない。だからこそ心に「至善」を求めて努力して行くことが必要だというのです。「至善」とは、善悪を判断する普遍的基準=人間生活の最高理想のことです。福沢は孔子の「七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず」の心境をその一例に挙げています。

 この有名な言葉は、「七十のこの歳、自分のこころの求めるままに行動をしても、規定・規範からはずれるというようなことがなくなった」(加地伸行 全訳注『論語増補版』講談社学術文庫 2009)という解釈でしょう。とはいえ、凡人には至善を想像することさえ困難だから、「古聖善智識の想像し又実行したる徳教を聴き、黙して之に従ふの一法あるのみ。是れ則ち世に宗教の必要なる所以なり」と結んでいるわけです。「徳教」とは善道に導く聖人等の教えです。ここでのポイントは福沢自身も「我輩が修身の要として今日まで守る所のもの」というように、容易に到達できない境地だということです。とすれば、自分が「善」と考え世俗で為し得る行為には自ずと限界が刻印されていることが分かります。これを福沢の「ウジ虫の思想」(勤勉思想)と重ねてみると、「我一身を始め万事万物を軽く視て熱心に過ぐることある可らず」という心掛けの意義をよく合点することができるのではないでしょうか。

 やっとこさ、礫川氏の「一応の」結論について、私の意見を述べてみるところまで来たようです。まず福沢諭吉における「勤勉のエートス」を支えるメンタリティは、幕末を生きた吉田松陰におけるそれと同様に宗教的なものです。松陰の、抽象的であるが故に一面では剣呑さを残す「宗教的熱誠」に比べ、福沢の「ウジ虫の本分」は具体的で歯止めを装備した宗教性です。人間を聖なる次元(宇宙)に位置づけ「ウジ虫」とみなしたこと、さらに「ウジ虫の本分」としての実践的努力(儀礼的行為の反復)を、「我一身を始め万事万物を軽く視て熱心に過ぐることある可らず」と設定したことは、これまで見てきた通りです。しかし、これを多分に浄土真宗の影響を受けた思想だということは容易でも、福沢における「勤勉のエートス」を支えた宗教は浄土真宗であったと断定するのは難しいと考えます。

 なぜならば、浄土真宗の根本思想を「絶対他力」信仰だと考えれば、福沢が人間存在を宇宙における「ウジ虫」と位置づけたことは、必ずしも、他力にすがるしかない存在とは言えないのです。ウジ虫が浄土に行けるかどうか分かりませんが、とにかく自力で生きられる生き物であることが含意されているからです。であればこそ、ウジ虫的な人間が世俗で果たすべき役割が見えてくるのです。それは礫川氏がニッセサマの説教と比較・抽象した「ウジ虫だからこそ真面目に勤めなければならない」という論理とは少しく異なります。どこが異なるかと言えば、ただ単に勤勉に生きていけばいいと考えるのではなく、人生を軽く視て熱心に過ぎぬ生き方が勧められているからです。これがどのような生き方をイメージしていたかは前述しました。

 このように見てくると、福沢諭吉は、浄土真宗の「絶対他力」信仰の激しすぎる一面を修正したとも思えてきます。「絶対他力」は自力救済を否定し一切の「計らい」を拒否しますが、聖と俗の関係を「絶対他力」VS「自力救済」などと構えて逆説的過ぎる物言いせずとも、「ウジ虫」人間だからこそ「絶対他力」に反すると思われない生き方ができるのではないか。それが「人生を軽く視て熱心に過ぎぬ生き方」ではないか。こんなニュアンスでしょうか。それを私なりに受けとめると、「囚われを棄てよ」となるわけです。

 さて、読者をして考えさせる良書・好著・力作である礫川全次著『日本人はいつから働きすぎになったのか』(2014 平凡社新書)への書評(感想)は、まだ半分ほど残っていますが、私の疑問(礫川氏の問題提起)にそれなりの解決を与えることができ(デキ不デキは別)、キリの良いところなので、これで一旦オシマイにさせていただきます。この本の後半部に対する批評の大筋はおおよそ固まっていますが、今一つ自信がないのでここでお休みしようというわけです。廻り道をしようと思います。浮世は読書の秋ですから(いや紅葉のシーズン、何だかソワソワ)。今回の長たらしいブログには著者の礫川全次氏からいくつも、友人「のざのざ」君から唯一のコメントが寄せられ、大きなハゲミになりました。ありがとうございました。

コメント

これまでの思考を整理する(続)

2014-10-03 19:25:05 | 

 やはり福沢諭吉も、礫川氏が指摘したように、ニッセサマの説教と酷似していました。福沢は、人間という生き物は天道(宇宙の道理)からみればウジ虫のようなものと位置づけたうえで、その人生は「戯れ」にすぎないと言いきりました。ここまでは聖なる次元です。次いで世俗の次元で「ウジ虫」はどう渡世したらいいのかを語り始めます。ここまでだったら、「どうせウジ虫なんだから、汚いものを食って出すしかないだろう」と考えるのがいわゆる常識でしょう。あるいは「人生はどうせ戯れ(無常)に過ぎないのだから、そのまま流されて生きるしかなかろう」と受けとめるのもまた常識の範囲です。ところが福沢はこれらの常識を反転して、「戯れを戯れとせず、戯れそのものを積極的に真面目に生きよ」、こう言うのです。積極的・真面目とは、つまり「勤勉」のことですね。勤勉に戯れを生きるとは、浮世(世俗)において自ずと湧いてくる意思・感情・理性を肯定し全力で生きていってよい、と言うことでしょう。ただし、人生は戯れであり、そこに生きる人間存在はウジ虫ほどのものなのだという一点だけは忘れてはならない。福沢先生に曰く、「我一身を始め万事万物を軽く視て熱心に過ぐることある可らず」、と。

 人生を軽く視ることの良さ(意義)とは何でしょうか。福沢は事例を挙げて説いています。一つは、碁や将棋のハレの勝負において、ハレの勝負をハレとも思わず、これしきの勝負で負けたとてどうってことないと覚悟して戦った方が、速やかに決断し、掛け引きも活発に行えると述べています。つまり人生を軽く視るとは「無心」になることですね。反対に「どうしても勝たなければ」と熱心に過ぎると、結局相手の「無心」に敗北するよ、というわけです。また軍人の事例ではこうです。出陣する時に軍人は家を忘れ、妻子を忘れ、敵に向かって自身のこと(例えば病気)さえも忘れることがあります。ここには「浮世を軽く視る」趣意があります。ふだんは軍人といえども、我が家を思い、妻子を愛して止まず、まして自分の身を大切にするのは当たり前のことです。ですが、いざ戦場へ、となると一切を忘れて戦いに臨んだ方が勇気が湧いてよく戦えるものだ、というのです。すなわち先生曰く、「浮世を棄るは即ち浮世を活発に渡るの根本」なのです。この思想は、どこかニッセサマの、「農作業そのものを楽しめ」という物言いと繋がっている気がします。

 ひるがえって、「熱心に過ぎる」とはどういうことでしょうか。原文そのままの方が迫力に富んでいます。───「事物の一方に凝り固まりて念々忘るゝこと能はず、遂には其事柄の軽重を視るの明を失ふて、唯一筋に我重んずる所を重んじ、果して意の如くならざれば即ち人を怨み世を憤り、怨恨憤怒の気、内に熟して顔色に現はれ言行に発し、大事に臨んで方向を誤る者多し。独り本人の為めのみならず、天下の為めに不幸なりと云う可し」。いや、これは現代の私たちのことを述べているごとく思われますが、福沢は明治三十年の日本人のありさまを念頭に置いていたことを忘れてはいけません。いずれにせよ、明治後半以降の日本人は、人生(浮世)を重く見過ぎ・熱心に過ぎたのかも知れません。

 このように、「人生を軽く視て生きよ、でも熱心に過ぎてはいけない」という物言いも、レトリックとしての逆説であることは見えやすいことです。「人生を軽く視る」という聖なる次元における指摘が、世俗次元における「勤勉」で活発な生き方と対立的に提示されています。人生は戯れだからそれを軽く視て、かつ戯れそのものを積極的に生きよと言われれば、聞く方はとまどい・モヤモヤしながらもその逆説に釘付けになってしまいます。釘付けになりつつ、この落差(ギャップ)を越えよと命じられているわけです。・・・その結果、二つの次元の間を「のぼりおり」(俗➡聖➡俗➡聖➡・・・)するための「梯子」が私たちの内部に浮かび上がってきます。私の受け止めは「囚われを棄てよ」でしたが、これは各人各様であることが「ウジ虫の本分」あるいは「戯れの人生」という逆説的に見える勤勉思想が普及・定着していく上で重要なことは先に述べました。

 しかしもう一点、前々回では洩らしましたが、福沢諭吉の勤勉思想には重要だと思える指摘が含まれているのです。それは福沢の宗教観から導かれるところの、自らの勤勉思想への「歯止め」といって良い指摘です。これは次回に。(続く)

コメント

これまでの思考を整理する

2014-10-02 17:13:35 | 

 前回は書き急いだせいか、迷路に踏み込んだ気分です。私自身がレトリックに「囚われ」ていたのかもしれません。出発点から考えてきたことを整理してみます。第五章における福沢諭吉に関する礫川氏の疑問は、宗教に深い関心を抱いていた福沢諭吉の勤勉思想にはどんな宗教が影響していたのか、という問題でした。氏はこう考えてゆきます。まず、福沢の「人間の安心」という文章から、「ウジ虫だからこそ真面目に勤めなければならない」という、「絶対他力と自力救済(努力・勤勉)」という相矛盾する論理を抽出してきます。次いでこれと、江戸後期の、当時加賀藩の真宗門徒衆に絶大な人望があったニッセサマの説教とを比較し、そこに福沢と酷似した論理(「何のよりどころもない人生だからこそ仕事に励め」)を見つけだします。そして礫川氏は、福沢諭吉の勤勉思想には浄土真宗の影響があり、彼の言う「勤勉」の徳目を支えていたのは、真宗門徒における「絶対他力」と「努力・勤勉」を結びつけてきた論理であった、と一応の結論を出したのです。「一応」と付けたのは、礫川氏が「絶対他力」と「努力・勤勉」を結びつけてきた論理に説明不足を感じていると思ったからです。

 私はこれを読んで、「自力救済」を否定しているはずの浄土真宗、その「絶対他力」信仰において、なにゆえ門徒衆が勤勉にふるまい「勤勉のエートス」を形成しているのか、不思議でなりませんでした。そこで礫川氏と同様にニッセサマの『農民鑑』と福沢諭吉の「ウジ虫の本分」関係資料を自分で読んでみようと思ったのです。読んで「絶対他力」と「努力・勤勉」の結びつきを調べようと思ったのです。その結果分かったことは、少なくともニッセサマの『農民鑑』では、「努力・勤勉」が超越(聖別)された「天道」等において意義づけられるばかりで、称名念仏以外の計らいを否定する「絶対他力」思想とはさっぱりクロスするところがないことでした。これには唖然としましたが、「努力・勤勉」の勧めについては、農作業自体を愉しむことが「分」を知ることに繋がるという物言いが、ギャップを理解するうえで何らかのヒントになるのではないかという予感を得ました。

 このギャップ(断絶)についてつらつら考えているうちに、「絶対他力」と「努力・勤勉(自力救済)」は、無心・一心・勤勉という一線で繋がっていることに気付きました。ならば、なぜ対立を印象づけるような論理になるのか。もちろんニッセサマにも中興の祖 蓮如(『図説 蓮如』河出書房新社 1997)にもそのような言葉を見つけることはできなかったし、まして親鸞にはありえません。ただニッセサマの物言いに、「何のよりどころもない人生だからこそ仕事に励め」という論理が抽出できるだけです。そう考えたとき、この論理はレトリックではないのかと閃いたのです。そこで「逆説」という修辞法を知ることになりました(前掲 中村圭志『宗教のレトリック』)。「逆説」とは、そもそも別次元の二つの事柄を言葉で対立的に表現することです。この表現を耳にする側からいいますと、こちらの次元からあちらの次元に視点をずらされることによって、私たちを「対立」に釘付けにすること、もう一つは次元を越えること(超越)を心に命ずるようになります。これが「逆説」の効果です。これによって自然(じねん)に次元を超越することが容易になるわけです。

 ですから、逆説の効果をより高めるには「絶対他力」という教え(聖)と、「努力・勤勉」の勧め(世俗)とは、全く別々の次元のものとして説いておく必要があります。それだけでなく、世俗次元の「努力・勤勉」を「絶対他力」の教えと同じような次元に位置づけておけば超越はもっと容易になるはずです。この場合、「天道➡絶対他力」は超越というよりは単なる移行でしょう。ニッセサマにおいて「努力・勤勉」が天道などに位置づけられるのはそのためです。ところが、逆説(表現上の対立)に釘付けになりつつ、称名念仏をくり返し、毎日農業に勤勉に励んでいるうちに、そのような百姓には、逆説の効果を突破して、この二つに繋がりのようなものを感じるようになります。喩えてみれば次元の落差に掛ける梯子のようなものです。私の場合は「無心・一心・勤勉」という一線でしたが、それは、各自に固有な行為から多様に浮上してくるものだと思われます。この事態は、言ってみれば「信仰の受けとめ方」の多様性の出現です。

 「絶対他力」思想の各自各様な受けとめの出現は、この信仰の普及・定着にとって大変重要です。一つの思想一つの信仰が人々の間に広まっていくには、各自各様の受け止めが幾重にもつながり重なってゆかなくては不可能です。だったら逆説(レトリック)など弄さないで、直接教団側に都合の良い「繋がり」を提示していけばいいのではないか、と反論されるかもしれません。しかしそれは先の普及・定着の原則(私の仮説)からいって不可能なのです。たとえ、「絶対他力」は「無心・一心・勤勉」の一線によって、世俗の「努力・勤勉」の勧めと矛盾しないと説いても、これを聴きこれを実践する側では「無心・一心・勤勉」をも各自各様に受けとめていくからです。これでは堂々巡りです。もしかしたら、「絶対他力」信仰まで歪められ、あるいは壊されてしまうかもしれません。だったら「絶対他力」と「努力・勤勉」とを鋭く矛盾するように提示するだけでいいのです。だいたいこんな風に考えて、福沢諭吉の「ウジ虫の本分」を読んでみたわけです。(続く)

コメント

「囚われ」を棄てよ───福沢諭吉の「ウジ虫の本分」

2014-10-01 23:57:30 | 

 実は「ウジ虫の本分」という福沢諭吉の文章は存在しません(たぶん)。『福翁百話』(明治三〇 福沢諭吉全集第6巻)に収録されている第七話「人間の安心」に述べられている思想を、世の中でそう呼ばれているのではないかと、私が勝手に思って使っているだけです。『福翁百話』には他にも「ウジ虫」に関連した話が収録されていますので、必要に応じて言及・引用したいと思います。第七話「人間の安心」で、福沢がどう述べているか。わかりやすいので礫川氏の概述をそのまま引用します。そして説明の便宜上この話を三つに分けて(引用中①②③)おきます。

 ≪①宇宙のなかに地球が存在するのは、大海に一粒のケシが浮かんでいるようなものだ。私たちが人間と名づけている生物は、このケシ粒の上に生まれて、死んでゆく。生まれてくる理由もわからず、死んでゆく理由もわからない。宇宙無辺の視点からすれば、人間という存在は、無知無力、ウジ虫のようなものだ。②しかし一度、ウジ虫としてこの世界に生まれてきた以上は、それなりの覚悟がいる。その覚悟とはなにか。③人生は本来、戯れだと知りながら、この戯れを戯れとせずに、真面目に勤め、貧苦を去って富栄を志し、同類の邪魔をせずに、みずから安楽を求め、五十、七十の寿命も長いものだと思い、父母につかえ、夫婦あい親しみ、子孫について計る。これがウジ虫の本分である。いや、これはウジ虫の話ではない。万物の霊である人間が誇るところなのである───。≫

 まず①の記述ですが、人間の存在を宇宙の道理(天道)として「聖別」します。そしてその聖なる世界から眺めた人間存在を「ウジ虫」のようだと述べています。言い換えれば無限無窮のなかの限られた極小な存在です。ここに宗教性の端緒があります。②の記述は、この天道の世界から視線をずらし、ウジ虫としてこの世界(世俗)に生まれてきた以上はそれなりの覚悟がいる、その覚悟とはなにか、と俗世に生きる人間の心構えを問題にしていきます。③の記述は、俗世における人間の生涯は、天道の世界からみれば「戯れ」に過ぎないと見なしたうえで、「戯れだと知りながら、この戯れを戯れとせずに」、真面目に勤めることが、ウジ虫たる人間の本分であり、人間が安心を得られる道だと述べているわけです。

 礫川氏は、この「ウジ虫の思想」を、端的に「ウジ虫だからこそ真面目に勤めなければならない」とまとめています。ここには、取るに足らない「ウジ虫」と、これまたウジ虫には一見相応しくない「真面目に勤めること」(勤勉さ)の二つが対立項として結びつけられ、私たちの前に提示されています。ここにレトリックとしての逆説が認められるのです。なぜならば、本来別々に存在するはずの聖俗二つの世界が、言葉によって「矛盾」するものとして作り出されているからです。このレトリックによって私たちは、「矛盾」に印象づけられ、それをくり返し味わい吟味せざるを得なくなります。福沢はこの逆説によって私たちにどんなメッセージを伝えようとしたのでしょうか。メッセージとはここでは「ウジ虫」と「勤勉さ」を繋ぐ共通性のことです。

 これを探るために、「人生は戯れだと知りながら、この戯れを戯れとせずに」とはどういうことなのか調べてみます。福沢諭吉は世に「啓蒙思想家」と呼ばれる人物です。それゆえ第七話「人間の安心」以外にも「ウジ虫の本分」について補説しています。第十話「人間の心は広大無辺なり」がその一つです。冒頭から引用します。

 ≪人生は見る影もなき蛆虫(うじむし)に等しく、朝の露の乾く間もなき五十年か七十年の間を戯れて過ぎ逝くまでのことなれば、我一身を始め万事万物を軽く視て熱心に過ぐることある可()からず。生まるゝは即ち死するのを約束にして、死も亦(また)驚くに足らず。況(いわ)んや浮き世の貧富苦楽に於いてをや。其(それ)浮沈常ならざるのみか、貧者必ずしも苦痛のみにあらず、富者必ずしも安楽のみにあらず、唯(ただ)是(こ)れ一時の戯れにして、其(その)時を過ぐれば消えて痕(あと)なきものと知る可()し。之(これ)を根本の安心法として深く胸の中に蔵(おさ)め置き、・・・≫

 ここで「戯れ」とは、軽い気持ちでする一時の遊びといった意味です。「人生を戯れだと知る」とは、人生を固定したもの・変らないものとみることを止めるということです。人生は無常なりと心得ることです。言い換えれば、自分を含めて万事万物を軽くみること、つまり過剰に熱心に取り組まないことです。そしてこのような心構えを「根本の安心法」として胸深くおさめておいたうえで、渡世法としては「この戯れを戯れとせずに」生きてみよ、というのです、たとえば福沢の挙げた事例をいくつか整理してみます。

 ・「人生は戯れだと知る」➡「戯れを戯れとせず」

 ・「生まるゝは即ち死するのを約束にして、死も亦(また)驚くに足らず。況(いわ)んや浮き世の貧富苦楽に於いてをや。」➡「生を愛し死を悪み、貧富苦楽を喜憂して浮世の務を務め、苦しみては楽しみ、楽しみては苦しみ、苦楽平均して楽のおおからんことを願ふ」

 ・「木を以て造りたる家の内に火を取り扱えば、時として家の焼けるは当然のことにして、その無事なること不思議なれ。」➡「火事のときは辛苦狼狽して之を防ぎ・・・」

 ・「神ならぬ身の人間は、知らずして不養生を犯す者あり、または知りながら犯す者多し。何れも病の原因たるのみか、仮令(たと)ひ養生しても老枯は終に免かる可からず」➡「病気のときは辛苦心配して医薬を求む」

 上に列記した左項と右項とを比べながら眺めてみると、「戯れだと知りながら、戯れを戯れとせず」とはどういうことか朧気ながら見えてきます。それを福沢は、「人生を戯れと認めながら其戯れを本気に勤めて倦()まず」と記しています。つまり、人生が戯れだと知ったなら、その戯れそのものを本気で真面目の生きてみよ、こういうのです。

 このように見てくると、人生は戯れだと知ること、すなわち「我一身を始め万事万物を軽く視て熱心に過ぐることある可からず」とは、「軽く」とあっても、いささか冷たく重苦しく感じるかも知れませんが、第十三話「事物を軽く視て始めて活発なるを得べし」では、人生を戯れと視てゆくと、世俗での生き方に活気が生まれる事例を紹介しています。こんな例はどうでしょうか。

 ≪例へば碁将棋の晴れの勝負に是非とも勝たんとする者は却(かえっ)て敗北して敗北して、相手の無心なるもの者に勝利の帰すること多し。其然る所以は勝負を軽く視ると重く視るとの相違にして、本来無心、晴れの勝負を晴れと思はず、是式(これしき)の争いに負けても苦しからずと覚悟するが故に、自ら決断を速にして掛引の活発を得ることなり。≫

 ここに至って、私は福沢が「ウジ虫だからこそ真面目に勤めなければならない」とか「戯れだと知りながら、この戯れを戯れとせずに」という逆説で伝えたかったメッセージを推定することができます。「無心」という言葉が導きの糸です。それは「囚われ」を棄てよ、こうではないでしょうか。一つに文明国になったと言いながら、いつまでも身分という衣を脱ぎたがらない日本人。これと対照的に若い福沢諭吉の多彩なメンタリティが醸し出す「愉快」が思い出されます。(続く)

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