愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
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風がささやく 5

2009年04月19日 18時34分58秒 | 

Roll

風がささやく 5

   谷田茂

 

ファーム富田をあとにし、なだらかな丘陵地帯を西に向かって走っているとき、瞳が「あ、停めて」と言った。

「どうしたの?」

「ほら、左」

「ああ、富良野特有の景色だ。牧草ロールがあるね。降りるかい?」

「うん。いいかしら?」

「もちろん」

瞳が先に車から降りた。

僕はハザードボタンを押し、後方車に注意しながら降り、トランクからカメラを取りだした。

「雄大な景色ね」

「そうだね、富良野の景色の美しさは、自然と人間との共同作業と言える。

ここは昔はただの山だった。道さえ無い。

開拓民がここ富良野に来て、切り開いていったんだ。

重機のない時代、彼らは人力だけで木を倒し、根を掘り起こし、膨大にあった大きな石を運びだした。

すごいことだよね。頭が下がる思いだ。

昨日泊まったファーム・インの裏には、オーナーのおじいさんが掘り出した切り株が置いてある。

人の営みはどこかに刻み込まれる。それは、歴史と呼べるかもしれない。

君の今までの人生も何らかの形で残されているだろう。それは、誰かの心の中にあるかもしれないし、

忘れてしまっているだけで、どこかで今も君を待っている何かかもしれない。行こうか」

「はい」

 

ロングドライブが始まった。

シーズンだから交通量は少なくない。でも信号がほとんど無いので60km/h位で流れている。

単調なドライブだから、瞳が横にいてくれるお陰で眠くはならなかった。

今度は僕が自分のヒストリーを話す番だった。

僕はいじめられっ子だった子供時代から始まって、

今のフォトグラファーになるまでの40年間について、瞳に話した。

「ふうん。卜部さんも離婚経験者なんだ」

「まあ、皆それぞれの歴史を背負って生きているってことだよね。もう弟子屈(てしかが)に入った。

晩御飯はラーメンでいいかい?去年見つけたんだ」

「もちろん。そういえば北海道に来て、まだラーメンを食べていないわ」

瞳はしょうゆを、僕はみそラーメンを注文した。

「美味しいわ。さすが北海道」

「有名な店ほど美味しくない、という事実は哀しいね。

ここは店主が頑固で他に店を出さない。自分以外の人間が作れば味が落ちるって」

「そうよね。北海道の有名店が大阪にもあるけど、行くとがっかりしちゃう」

「さ、行こう。もうこんな時間。今日の泊まりはすぐ近くだ。昨日シングルを二つ予約しておいた」

 

弟子屈シティホテルは、小さいけれど、2年前にオープンした、小ぎれいなホテルだ。

フロントでルームキーを受け取って、エレベーターで4Fに上がった。

「ここが君の部屋。406号室。僕は隣の408。では、明日8時にノックする。

いよいよ、地平線の見える大牧場だ。ゆっくり休んでね。おやすみなさい」

「楽しみだわ。きっと素敵なところね。はい、おやすみなさい。」

6につづく

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