愛詩tel by shig

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風がささやく 6

2009年04月21日 07時38分46秒 | 小説

風がささやく 6

   谷田茂

Chiheisen

6時30分。僕らは地平線の見える大牧場のパーキングにいた。コンビニで買ったパンと牛乳を車内で食べたあと、なだらかな坂道を登っていった。すぐに、木造りの展望台が見えてきた。階段を昇る。

いつ来ても、一種特別な気持ちにさせられる。見渡す限り、360度の地平線。瞳はゆっくりと、何度も立つ位置を変えながら、東西南北の地平線を見ていた。やがて、展望台の手すりに体を預けながらつぶやいた。

「本当に日本なの?人工のものは何も見えないわ。信じられない」

風が吹いてきた。目をファインダーから外し、僕は言った。

「風は見えない。だから写真には写らない。でも、感じることはできる。

僕は風が何らかのメッセージを伝えてくると信じている。

自然の中で撮影していると、何かが聞こえるような気がするんだ。

下のレストハウスに行ってみよう。

レストハウスのレジの横には、CDが重ねて置いてある。隣には、

「『地平線の彼方に』大牧場ゆかりの方の作成したCDです。ご自由にお持ちください」とある。

「貰っていいのかしら?」

「もちろん」

「聞いてみたいわ」

「OK。車のオーディオで聞こう」

アストラに搭載したBOSEのパワーアンプとスピーカーから、優しく語りかけるような歌声が流れてきた。

もしかして 幸せに 出会えるかと
はるばると この丘を
目指して旅してきた
なのに今 地平線の見える丘に立ち
なくしてしまった もの達を想い出す
求めるものは そんな遠くに
あるんじゃないと 声がする
ほら そこ
君の足下を 見つめてごらん
風が 囁く 雲が 微笑む
丘が優しく包む

後悔なんか していない したくない
だからただ この丘を
目指して旅してきた
そして今 地平線の見える丘に立ち
別れてしまった あのひとを想い出す

求めるものは そんな遠くに
あるんじゃないと声がする
ほら そこ
君の目の前を 見つめてごらん
風が 囁く 雲が 微笑む
丘が優しく包む

ごらん今 陽が沈む
地平線の彼方に

ごらん今 陽が昇る
地平線の彼方に

瞳はCDを聞いているうちに、ハンカチを取り出し、目と鼻にあてた。

「どうしてなの?涙が止まらない。ねえ、もう一度展望台に行っていい?」

再び展望台に立った瞳は地平線を見つめ、足元を見つめ、そして僕を見た。

「大切なものって、失って初めて気づくっていうけど、本当にそうなのね。

私って、幻想を追っていたんだわ。だから、目の前の幸せに気付かなかった。

もう、過去には戻れない。失ったもの、自分から捨てたあの人・・」

瞳はまた大粒の涙を落した。今度は拭おうともしない。

「別れたご主人に連絡してみたら?」

「できないわ。再婚して、子供もいるのよ。それに、私はもっと素晴らしい人を見付けた」

「え?そうなんだ」

「あなたよ」

「・・・まさか」

「風がささやいたの。目の前を見つめてごらんって。そしたら、あなたがいた。

優しくて、この丘のように私を包んでくれる。私に真の幸せとは何かを教えてくれた。

今、確信してるの。卜部さん、私、あなたを愛しています」

僕は思わず瞳を抱きしめた。

360度、見渡す限りの広大な空間に、僕と瞳だけが一つになって存在している。

二人を丘が優しく包み、雲がほほ笑んでいた。

7につづく

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