悠翠徒然

画像中心

快挙に沸き、敗戦にため息

2021-08-07 06:31:00 | Weblog
オリンピックをテレビで観ている私は勝手な物で、日本選手の勝敗に一喜一憂しています。

ナショナリズムと言うにはとてもちっぽけな感じです(^○^)

日本人だから日本チームを応援し、東京に住んでいるからジャイアンツを応援し、そのジャイアンツが所属するセントラルを応援し、トヨタに勤めていたらトヨタのチームを応援して、トヨタの車やトヨタホームを勧めるのかもしれません。

人は一人では生きていけません。
なんらかの組織に属しています。
そしてその組織の最小単位が家族。
最大が地球と言いたいところですが、現実的には国家。
廃藩置県以前の日本のような感じ(苦笑)

では、家族対抗歌合戦とオリンピックは同じ図式なのでしょうか?

どうも違うようです。


極端な事を言えば、毎日テレビで映し出されるのは、鍛えられた人間の生々しい肉体です。
骨と筋肉と、その動き、です。
それを観ているだけで感動するのですから、スポーツって凄いですよね。

そこにナショナリズムはありません。
人間讃歌があるのみです。


南北問題や東西問題のせいでワクチンが供給が遅れコロナに感染して悪化、酸素吸入も出来ずに苦しんでいる人や亡くなっていく人が世界にどれほどいることか、、、、

オリンピック特番のために、原爆に関する特番を制作放送しなかったのはなぜ。

オリンピックを亡命の機会にせざるを得ないのはなぜ。

華やかなオリンピックの裏には、悲しい現実が何層にも積み重なっているのです。

それでも私は人間を信じているのです。

市川崑の撮った『東京オリンピック』で描かれたのは、数万年かけて進化や退化を繰り返してきた骨と筋肉の見事な躍動です。

河瀬直美監督が現在撮っている『東京オリンピック』では、骨と筋肉と躍動の果てにある喜怒哀楽だけでなく、その裏にある何層にも積み重なった数千年分の喜怒哀楽を見せてほしいです。