つらつら思うに、まともな精神状態というのは微妙な脳内バランスで成り立っているのだと思えてなりません。毎日通院しているアルコール依存症専門クリニックで、先日患者と医師によるQ&Aの集いがありました。そのときの医師の説明を聞いて、バランスを崩しやすい脳の仕組みの繊細さを強く考えさせられました。
アルコールはアヘン・モルヒネと同じ抑制系の依存性薬物だそうですが、当然ながら大脳新皮質の代表である前頭葉にも、旧皮質の大脳辺縁系にも共通して抑制的に作用するといいます。新皮質の前頭葉は人類に固有な理性を司り、旧皮質の大脳辺縁系は動物に共通する本能的な情動(性欲、食欲、睡眠欲)を司るといいます。
アルコールを飲むと、より精巧(虚弱)に出来ている前頭葉の方がより強く抑制を受け、結果的に大脳辺縁系の影響力の方が優位になってしまうそうです。理性を司る前頭葉の方がより強く抑制されるのですから、相当量のアルコールが入ると軛(くびき)が解かれたように妙に浮かれたり、本能丸出しになったりするのでしょう。
しかも困ったことに、断酒してアルコールを断ってもアルコールの脳への影響は長く続き、大脳辺縁系優位の状態も思いのほか長く続くのだそうです。前頭葉が酔い潰れた状態のままで中々醒めてくれない、とでも言えばいいのでしょうか。
私は断酒前の相当以前から、脳を薄物で被われているようなモヤモヤした感覚に悩まされていました。さらに、定年退職前後から連続飲酒状態となって以来、得体の知れない憑き物に囚われるようにもなりました。
それは物の怪に取り憑かれたという表現がピッタリくる病的状態で、性欲を刺激し続けるような “妄想” でした。
肉体的にはED状態に近かったのですが、精神的には性的欲望の塊みたいな状態でした。断酒を始めてもこの状態が鎮まることはなく、一人になると決まってAV動画(もちろん無修正かつ無料)に引き込まれる事態が続いていました。精神的にのみ性的に興奮している状態は拷問のように酷いものです。飲酒欲求はなかったものの、ほとほと困り果てていました。今から思えば、あれこそがアルコールの遺した置き土産だったのだと納得しています。
そんなある日、ヤケクソからAV動画を文章で描写することを始めてみました。動画再生開始から時間経過を追って、あたかも脚本を再現するかのように女優と男優の形態や、動作と声を記述しました。
初めは簡略なものでしたが、次第に部分的に詳細になり、最後の方の作品では全編にわたり緻密な記述になっていきました。今数えてみると、その数たるや22作品以上になっています。最初は半端な気持ちでしたが、そのうち本気になり夢中でやっていました。
いかにして “観客” の劣情や妄想を掻き立てようと演出(?演技の順番など)で工夫したのか、あるいはそれが失敗に終わったのか、この記述作業によって遂には製作側の意図が全て透けて見えるまでになりました。醒めた眼で画像を見続け、PCのキー・ボードを叩き続けました。さすがに最後の方の作品ではシラケが先立ってしまいましたが・・・。
おかげで断酒10ヵ月後には、ポルノを目にすると決まって感じていた後ろめたさや、気恥ずかしさもなしに醒めたまま眺めていられ、何よりもポルノ一般への性的興味が完全に薄れてしまいました。得体の知れない憑き物がいつの間にかすぅ~っと消えていたのです。同時にその後は、何かとアルコールに囚われていた強迫感も消えてしまいました。
PCを前にしてエロ画像を凝視しながらキー・ボードを夢中に叩いている老人の姿を想像してみてください。夢中になって取り組んでいるのがエロ文書の作成だけに、真剣な姿を見て気味悪がるか、滑稽で笑ってしまうかです。知的作業を装う変態エロ・ジジイにちがいありませんが・・・。
しかし、悩ましい対象から眼を逸らさずに問題を直視すること、それを言語化という論理的な世界に引き摺り出すこと、さらに物語として綴り客観化すること、これらを実践することによって前頭葉の機能が確実に回復するものだと実感しました。脚本(?)の復元作業が情念優位の精神世界から論理優位の精神世界へと、秩序ある平穏な脳に戻してくれたのだと考えています。
ここに至るまでには伏線が二つあります。一つは、過去の酒害体験を物語風に叙述したことです。これは断酒3ヵ月後から始めました。
思い付くまますべての事象や症状ごとに叙述しました。その際にこだわったことは5W1H、特にWhy(なぜ)でした。さらに、誤魔化したり取り繕ったりしないで、的確な言葉が出て来て納得できるまで徹底的に表現にこだわりました。そうすることによって、ことが起きた当時の感情の起伏やその原因となった状況の分析ができるようになったと思います。おかげで心の奥底に澱んでいた蟠(わだかま)りが大分解消できました。
想起障害というのだそうですが、的確な言葉がなかなか出て来なくてもどかしい思いも随分味わいました。意識してさえいれば意図する言葉は必ず思い出せるものです。目指す言葉は時や場所を選ばず不意に浮かんできますから、いつでもメモできるように備えておくことをお勧めします。こうして記憶の中に埋もれていたものを言語化し、それを論理的に叙述することによって客観化したのです。
自助会AA(Alcoholic Anonymous)には回復へのプログラムというものがあります。その中のステップ4にこういう記述があります。
「恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行い、それを表に作った。Made a searching and fearless moral inventory of ourselves.」
棚卸の原語inventoryとは明細目録のことだそうですが、私が実行した酒害体験の物語風叙述は、まさにステップ4そのものでした。
12ステップからなる回復へのプログラムはプロトコル(protocol:実験計画書)とその実体験記の両者を兼ねているもの、と私は考えています。(因みに12ステップは全て過去形で書かれています。)AAはアルコール依存症からの回復者を、信仰の有無に関わらず、多く生み出した実績を持ちます。
回復へのプログラムはそのAAが勧める実証的な方法論であり、ステップ4はその根幹だと思っています。AAの回復プログラムは、再現性が担保された実証的な自然科学そのものです。
もう一つの伏線はもちろんAAのミーティングへの出席です。断酒6ヵ月目から週1回、8ヵ月目からは週2回の頻度で参加し始めました。
静かに黙想しながら聴き手に徹していると、胸の奥に隠れていた記憶がチクチク刺激され蘇ってきます。話し手となって自らの体験を物語れば、全く予期していなかった本音のことまで思わず口をついて出てきます。これらも前頭葉のリハビリになっているに違いありません。
AAのミーティングに参加すると、このようにほぼ毎回カタルシスを手土産に家路へ帰ることになります。頭の中だけで考えているとどうしても堂々巡りになりがちですが、そんなことでは決して得られない心境です。
以上の三つの知的作業体験が前頭葉の機能を鍛え直し、まともな状態の脳に戻してくれたのでしょう。飲まないでいることが普通で、少々のストレスにも動揺しない平常心が得られつつあります。
平衡を保っている天秤の一方の重りがほんのわずかに偏っただけで、天秤のバランスは決定的に崩れるという結末となります。
アルコールによる前頭葉と大脳辺縁系とのバランスの崩れも、恐らく始めはわずかな偏りからなのでしょう。それぞれの神経細胞のシナプスから放出される神経伝達物質群(ドパミン、脳内セロトニン、GABA、内因性オピオイドなど)のわずかな偏りがその原因なのかもしれません。
天秤のバランスの崩れは重りを補正すればよいのですが、脳内のバランスの崩れは前頭葉の機能回復でしか補正できないようなのです。少なくとも補正してくれる薬はありません。補正には前頭葉を目一杯働かせ活性化させるしか手がなさそうです。
前頭葉をアルコールから醒めさせるには、前頭葉の得意な作業をさせることが一番効果的と考えています。悩みを言語化することと、それを論理的に叙述して客観化すること、これは前頭葉が得意とする作業です。AAのいう “心の落ち着き(serenity)”=平常心が得られること請け合いますよ。
本ブログ内の『心の落ち着きが分かる?(言語化入門)』、『“空白の時間(とき)”と折り合う』も併せてご参照ください。
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アルコールはアヘン・モルヒネと同じ抑制系の依存性薬物だそうですが、当然ながら大脳新皮質の代表である前頭葉にも、旧皮質の大脳辺縁系にも共通して抑制的に作用するといいます。新皮質の前頭葉は人類に固有な理性を司り、旧皮質の大脳辺縁系は動物に共通する本能的な情動(性欲、食欲、睡眠欲)を司るといいます。
アルコールを飲むと、より精巧(虚弱)に出来ている前頭葉の方がより強く抑制を受け、結果的に大脳辺縁系の影響力の方が優位になってしまうそうです。理性を司る前頭葉の方がより強く抑制されるのですから、相当量のアルコールが入ると軛(くびき)が解かれたように妙に浮かれたり、本能丸出しになったりするのでしょう。
しかも困ったことに、断酒してアルコールを断ってもアルコールの脳への影響は長く続き、大脳辺縁系優位の状態も思いのほか長く続くのだそうです。前頭葉が酔い潰れた状態のままで中々醒めてくれない、とでも言えばいいのでしょうか。
私は断酒前の相当以前から、脳を薄物で被われているようなモヤモヤした感覚に悩まされていました。さらに、定年退職前後から連続飲酒状態となって以来、得体の知れない憑き物に囚われるようにもなりました。
それは物の怪に取り憑かれたという表現がピッタリくる病的状態で、性欲を刺激し続けるような “妄想” でした。
肉体的にはED状態に近かったのですが、精神的には性的欲望の塊みたいな状態でした。断酒を始めてもこの状態が鎮まることはなく、一人になると決まってAV動画(もちろん無修正かつ無料)に引き込まれる事態が続いていました。精神的にのみ性的に興奮している状態は拷問のように酷いものです。飲酒欲求はなかったものの、ほとほと困り果てていました。今から思えば、あれこそがアルコールの遺した置き土産だったのだと納得しています。
そんなある日、ヤケクソからAV動画を文章で描写することを始めてみました。動画再生開始から時間経過を追って、あたかも脚本を再現するかのように女優と男優の形態や、動作と声を記述しました。
初めは簡略なものでしたが、次第に部分的に詳細になり、最後の方の作品では全編にわたり緻密な記述になっていきました。今数えてみると、その数たるや22作品以上になっています。最初は半端な気持ちでしたが、そのうち本気になり夢中でやっていました。
いかにして “観客” の劣情や妄想を掻き立てようと演出(?演技の順番など)で工夫したのか、あるいはそれが失敗に終わったのか、この記述作業によって遂には製作側の意図が全て透けて見えるまでになりました。醒めた眼で画像を見続け、PCのキー・ボードを叩き続けました。さすがに最後の方の作品ではシラケが先立ってしまいましたが・・・。
おかげで断酒10ヵ月後には、ポルノを目にすると決まって感じていた後ろめたさや、気恥ずかしさもなしに醒めたまま眺めていられ、何よりもポルノ一般への性的興味が完全に薄れてしまいました。得体の知れない憑き物がいつの間にかすぅ~っと消えていたのです。同時にその後は、何かとアルコールに囚われていた強迫感も消えてしまいました。
PCを前にしてエロ画像を凝視しながらキー・ボードを夢中に叩いている老人の姿を想像してみてください。夢中になって取り組んでいるのがエロ文書の作成だけに、真剣な姿を見て気味悪がるか、滑稽で笑ってしまうかです。知的作業を装う変態エロ・ジジイにちがいありませんが・・・。
しかし、悩ましい対象から眼を逸らさずに問題を直視すること、それを言語化という論理的な世界に引き摺り出すこと、さらに物語として綴り客観化すること、これらを実践することによって前頭葉の機能が確実に回復するものだと実感しました。脚本(?)の復元作業が情念優位の精神世界から論理優位の精神世界へと、秩序ある平穏な脳に戻してくれたのだと考えています。
ここに至るまでには伏線が二つあります。一つは、過去の酒害体験を物語風に叙述したことです。これは断酒3ヵ月後から始めました。
思い付くまますべての事象や症状ごとに叙述しました。その際にこだわったことは5W1H、特にWhy(なぜ)でした。さらに、誤魔化したり取り繕ったりしないで、的確な言葉が出て来て納得できるまで徹底的に表現にこだわりました。そうすることによって、ことが起きた当時の感情の起伏やその原因となった状況の分析ができるようになったと思います。おかげで心の奥底に澱んでいた蟠(わだかま)りが大分解消できました。
想起障害というのだそうですが、的確な言葉がなかなか出て来なくてもどかしい思いも随分味わいました。意識してさえいれば意図する言葉は必ず思い出せるものです。目指す言葉は時や場所を選ばず不意に浮かんできますから、いつでもメモできるように備えておくことをお勧めします。こうして記憶の中に埋もれていたものを言語化し、それを論理的に叙述することによって客観化したのです。
自助会AA(Alcoholic Anonymous)には回復へのプログラムというものがあります。その中のステップ4にこういう記述があります。
「恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行い、それを表に作った。Made a searching and fearless moral inventory of ourselves.」
棚卸の原語inventoryとは明細目録のことだそうですが、私が実行した酒害体験の物語風叙述は、まさにステップ4そのものでした。
12ステップからなる回復へのプログラムはプロトコル(protocol:実験計画書)とその実体験記の両者を兼ねているもの、と私は考えています。(因みに12ステップは全て過去形で書かれています。)AAはアルコール依存症からの回復者を、信仰の有無に関わらず、多く生み出した実績を持ちます。
回復へのプログラムはそのAAが勧める実証的な方法論であり、ステップ4はその根幹だと思っています。AAの回復プログラムは、再現性が担保された実証的な自然科学そのものです。
もう一つの伏線はもちろんAAのミーティングへの出席です。断酒6ヵ月目から週1回、8ヵ月目からは週2回の頻度で参加し始めました。
静かに黙想しながら聴き手に徹していると、胸の奥に隠れていた記憶がチクチク刺激され蘇ってきます。話し手となって自らの体験を物語れば、全く予期していなかった本音のことまで思わず口をついて出てきます。これらも前頭葉のリハビリになっているに違いありません。
AAのミーティングに参加すると、このようにほぼ毎回カタルシスを手土産に家路へ帰ることになります。頭の中だけで考えているとどうしても堂々巡りになりがちですが、そんなことでは決して得られない心境です。
以上の三つの知的作業体験が前頭葉の機能を鍛え直し、まともな状態の脳に戻してくれたのでしょう。飲まないでいることが普通で、少々のストレスにも動揺しない平常心が得られつつあります。
平衡を保っている天秤の一方の重りがほんのわずかに偏っただけで、天秤のバランスは決定的に崩れるという結末となります。
アルコールによる前頭葉と大脳辺縁系とのバランスの崩れも、恐らく始めはわずかな偏りからなのでしょう。それぞれの神経細胞のシナプスから放出される神経伝達物質群(ドパミン、脳内セロトニン、GABA、内因性オピオイドなど)のわずかな偏りがその原因なのかもしれません。
天秤のバランスの崩れは重りを補正すればよいのですが、脳内のバランスの崩れは前頭葉の機能回復でしか補正できないようなのです。少なくとも補正してくれる薬はありません。補正には前頭葉を目一杯働かせ活性化させるしか手がなさそうです。
前頭葉をアルコールから醒めさせるには、前頭葉の得意な作業をさせることが一番効果的と考えています。悩みを言語化することと、それを論理的に叙述して客観化すること、これは前頭葉が得意とする作業です。AAのいう “心の落ち着き(serenity)”=平常心が得られること請け合いますよ。
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絶えず飲酒するのではないかと怯えたり、一過性の情動不安定など、それらの原因は皆、振り返ってみて性的「憑き物」と同根だったのだろうと考えています。心の落ち着きがなかった状態からの脱却方法を多くの方々に共有してもらいたいと綴りました。
ありがとうございました。