特別高度の規格の有料道路かと思っていた。
(事前の学習は皆無だったので。)
普通の高速道路で、無料で、原則速度制限ないということを知った。
はじめ、料金所も、日本でみられるPA,SAが見られないので単なる地方道路かと思い
「これがアウトバーンですか?」と質問してしまった。
設計は日本と変わらない。
日本のPA,SAのように過度の利便施設はついてない。
それも無料化できる要因で . . . 本文を読む
南ドイツに行く場合、ほとんど訪れることになる。
私もその響きから、どんな道なのか関心が強かった。
が、入った段階で説明が。
すべてロマンテイック街道にすると時間がかかるので高速道路も使う、と。
盛りだくさんの旅行会社の典型企画ではそうならざるを得ないのだろう。
ほかの方の写真を拝見してもロマンテイック街道沿いにある有名箇所の写真はたくさん、
というかほとんどだけど道自体の写真は見当 . . . 本文を読む
この画集にはローテンブルクの絵が多数載っている。
上記の題名は「ローテンブルクの門」(昭和46年)
こう書いている。
「ローテンブルクの都門を潜って、一歩、町の中に足を踏み入れた旅人は、たちまち現実
の世界から遠く切り離されてしまうことだろう。序文にもこの町のことを書いたとおり
市庁舎の広場にある泉は、若いとき、私が写生したままである。」
(魁夷は昭和8年、25歳の時に貨物 . . . 本文を読む
もしかして、と思って昔たくさんそろえた美術書を出してみた。
あった。
東山魁夷全集全十巻(講談社)。
そのうちの「ドイツ・オーストラリアの旅」にあった。
メモしてあった購入月日は1979年3月22日。
そうなんだ。日本画家であるのにドイツに留学した点でも注目されていた。
文章も書く人で、次のように記している。
「ネッカー河に臨むハイデルベルク、この名高い学都は、対岸から緑の山麓に . . . 本文を読む
南ドイツでは、中世の宝石と謳われるこの街に寄り、市庁舎、聖ヤコブ教会、マルクト
広場を散策するのが定番。
遅くつき、時間がなかった。が、明かりのともった建物の風景も悪くはなかった。
これは門内側の堀。発想は日本のお城と同じだ。
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昨日だったかプリウスを運転しながらFMのニュースを聴いていたら「?」と思うこと
が。
”今、日独交流150周年の記念の年である。
千葉県市川市はローゼンハイム市とパートナーシティになっており、ローゼンハイム市
長らを招待して記念事業を開催する予定であったが(市川ドイツデイ)、市長らは来ないこ
とになった。”
青少年ならいざ知らず、中高年の市長らが福島から200キロ以上離れた町に来るこ . . . 本文を読む
ハイデルベルク城に行ってハイデルベルクの街並みを俯瞰する。
城壁の下を見る。ずいぶん高い。
それにしても破壊されたままの保存ぶりが意外。
一部補修用の石材
こちらは王が妻を迎えるために作った門
ところで、ハイデルベルク市内の学生に関係する光景を
こちらは学生牢跡
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車窓の風景からして違った。
歴史の古さ、重厚さというか。
降りる前から虜になってしまった。
大学と混然となった街をしばし紹介。
こちらに元祖「哲学の道」がある。
3月に京都の哲学の道を歩いたので半年間隔ということになった。
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バスでリューデスハイムへ行き、そこから乗船する。
しばし時間があるというので有名なつぐみ横丁で散策することに。
狭い小道、長さは150mほどしかない。
両側にはワインや食事のお店、土産物店が並ぶ。
早朝のせいか開店はこれから。
私は客商売以外の建物に興味があるので、先をまがって進んだ。
畑も目に入る。こうやってブドウを植えているんだ。
乗船して船の旅に。
2階のデッキ先 . . . 本文を読む
必ず、広場があり、周りを由緒ある建物が取り囲む。
そばには憩いの場所が
歩行者天国もあるにぎやかで人通りの多い街でもある。
そばには川があり、対岸には大きな教会も見える。
橋を渡る。
ちょっと離れるけど駅まで行ってみた。
立派な外観、そして中はロマンチックな天井。フランクフルトの文字が印象的だ。
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