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小説…松田元の本心

2010年11月01日 08時50分20秒 | カープ


松田はショックを受けた。

今まで支援してくれ、応援してくれているものだと思った橋本から、「オーナーを退陣しろ…」と言われたことに…おまけに、「全権を放棄し、球団から去れ…」とも言われた。

いままで誰一人として、自分に刃を向けることはなかった。

橋本が、「後日回答を求める」と言い残し、球団事務所を去ったあと、自室で呆然としていた。

(今は誰とも会いたくない…なんでオレがあの様な屈辱を受けなければならないんだ…)松田は自問自答した。

数日後に控えたドラフト会議に向け、編成関係者は別室で激論を交わしていた。

しかし松田には、ドラフトのことまで余裕を持てる気分ではなくなった。



今年のドラフトは、過去にないほど豊作である。

数時間前まで、松田は夢と希望に満ち溢れていた。

斎藤・大石・福井の早大トリオや沢村、大野の剛腕トリオ。

その中から一人は確実に獲得したいと、強気のドラフト戦略をカープは立てている。

松田は、「今年は、何がなんでも大物指名を強行しよう。うちに来てくれる可能性が数%でもあるなら、絶対にあきらめず指名しよう。契約金は1億5000万円まで保証する。」

編成部長の川端は、この発言に驚いた。(オーナーが具体的な金額を口にするのは、過去にないこと。今年は期するものがあるのだろう…)

編成会議は、例年にない活気があった。

昨年までは、スカウトが各選手の報告をしても、最終的にオーナーの鶴の一声で獲得選手が決められていた。

スカウトの一人・・・山本は思った。

(これではワシらが活動する意味はない。実際に生の目で見て、リポートを上げても、いつもオーナーがビデオで判断する。会議も形骸化され、意見も出ない。全てはオーナーの独断で決まり、現場やスカウトの意見は完全に無視される)

しかし、今年は違った。

表事情は、新球場2年目を迎え、観客動員も好調でグッズ販売も良い。選手獲得の資金も整いはじめたと、マスコミにアナウンスした。

しかし裏事情は・・・ファンから寄せられる苦情の数々であった。

今シーズン開幕から、連日寄せられるファンの声は怒りを通り越していた。

電話、手紙、FAX、メールの動きが止まらない毎日に、球団職員の大半が悲鳴をあげていた。

職員の坂田は、ファンの要望を受け付ける係の主任であったが、あまりの多さにストレスが溜まり、1ヶ月の入院生活を余儀なくされた。

ファンの声(不満)は、日増しにエスカレートしていた。

野村監督の采配を疑問視する声が、シーズン序盤は多かったのだが、順位が決定付けられてからは、松田オーナー批判がヒートアップし、終いには球団事務所に押しかけるファンも現れた。

坂田は溜まりかね、本部長の鈴木に相談した。

鈴木は坂田の苦労を知っている。

それだけに、坂田が悲鳴に近い思いを話すのを黙って聞いた。

鈴木は、「話はよくわかった。ファンの声は、ワシも直接耳にするからよく理解できる。オーナーには時期をみて話す。」と答えた。



松田は、その日の会議へ姿を現すことはなかった。

学生時代から懇意にし、30年以上の付き合いになる小料理屋に顔を出した。

そこの80歳に手の届く女将は、松田の人となりを全てお見通しの人物であった。

店に入るなり、女将はいつものように松田を迎えた。

「あら・・・どうしたん。元ちゃん。珍しいじゃないの、こんな早くから・・・」

時計の針は、17時前をさしていた。

松田は・・・「うむ。ドラフトも近くなり迷いがあってね。それにしても今年は豊作じゃ・・・」

女将は松田のグラスにビールを注いだ。

「元ちゃん。オーナーも大変でしょう。」と切り出した。

松田はうなずき、無言であった。

女将は続けた。 

「あなたのお爺ちゃん・・・何十年前かね、やはりオーナーで苦労されてね。いつも来るたび、何で強くならんのかの~と言われていたのよ。
その時、たまたま居合わせた野球好きのお客さんが、せっかく若手の素材にいいのがおるのに、指導者がしっかりしたのがおらん。
広岡や関根のような、厳しさを打ち出す、選手と汗だくになる人材を集めてみんさいや・・・と言ってね。そしたらお爺ちゃん、その人に・・・素人に何がわかるんじゃ・・・と怒って帰ったのよ。
でも、その数日後よ・・・根本さんたちがカープにやって来たのは・・・」

松田は、女将が言いたいことを、その時・・・理解できなかった。


すると、店に客が入って来た。

松田は驚いた。

本部長の鈴木である。

「どうしたんや・・・お前がこの店に来るのは珍しいのぉ・・・」と、松田は声を掛けた。

鈴木は、「恐らくここにおられるのでは・・・と思ったものですから。」と言い、松田のもとに歩み寄った。

女将は状況を察知し、席を外した。


松田は鈴木のグラスにビールをつぎ乾杯をした。

二人の乾杯は、共に複雑な心境でおこなった乾杯であった。

しかし、両名とも互いの心の中まで理解していなかった。

松田は鈴木が、胸元に辞表を持参し、談判に来ているとは夢にも思っていないし、鈴木は松田が、オーナー職を辞めろと言われていることなど知るはずもなかった。


両者には沈黙が続いた。


松田は、鈴木には話すべきか迷っていた。

鈴木も話しの切り出し方を迷っていた。


松田が重い口を開いた。

「鈴木・・・実は・・・東銀の橋本さんから引導を渡されたんじゃ・・・」

鈴木は驚いた。

「いん・・・引導ですか・・・」

「そうじゃ・・・引導じゃ。」

鈴木は混乱した。

まさかの…松田の言葉であった。



松田はしみじみと語った。

「オーナーになってこれまで、色々考えてきたよ・・・前の球場のとき、観客は入らんから資金は乏しく、選手の年俸も抑えてきた。江藤や川口のFAは仕方ないが、金本のFAは今でも後悔しとるよ。
金本自身、今でも挨拶にきてくれる。アイツの顔を見るたび、申し訳なくてのォ・・・再契約金100万円でいいからFA権を認めてくださいというのを、認めてやらなかった・・・考えてみれば、バカだったよ…」

続けて、松田は

「独立採算は、正直怖かった。いつカープがつぶれるか・・・夢でうなされたことは何度もある。あれをしたい・・・これをしたい・・・でも勇気がなかった。
外野の人間は色々言ってきた。OB以外の監督招聘やトレードやドラフトにFA・・・しかしカープは自前でやる方針を貫きたかったんよ・・・」

鈴木は答えた。

「オーナーの考えは、よくわかります。しかし、何の世界も結果が全てです。いまのお考えも、結果ありきです。当たり前のことですが、結果は現れなかった。その責任はオーナー含め我々フロント、監督を含めた全てにあると私は思います。」

そして鈴木は・・・本題に入った。

「オーナー・・・私はこれまでの自分自身も反省し、今から今後のカープのあり方を、自分なりの言葉で話させていただきます。耳の痛い話もあろうかと思いますが、お許しください」

その様に断りを入れて、鈴木は決意の胸中を話し始めた。

「私は、来期の野村監督には反対しません。 しかしながら、彼が今年の指導を反省し、自分のエゴを完全に消し去ってくれるならば・・・です。オーナーは野村可愛さを出しすぎです。
ここは是々非々で、至急監督やコーチに改革を話すべきです。

それは・・・開幕し、今年と同じ様な采配で混迷を深めた場合、途中解任も辞さないと、お話ください。お願いします。

次に現時点、二軍のコーチが決定していません。

二軍の強化や育成は、一軍よりも重要です。OBだけに的を絞った招聘策では限界に達しています。もっと思いきった勇気を持ち、スペシャリストの指導者が必要です。
オーナーには大変申し上げにくいことですが、例えば…高橋慶彦です。
彼のように、カープへ情熱を持った人材抜きにして、改革はできません。
ここはオーナーに、大局的な物事を捉える視線をもっていただきたい」


鈴木は、他にも言いたいことがあったのだが、高橋慶彦の名前を出した瞬間・・・言葉を控えた。


松田は沈黙した。

高橋慶彦の名前を出されたら、いつもであれば激怒していたのだが、今日の松田は、不思議なほど穏やかであった。

「ヨシヒコか・・・あいつとは色々あったよ・・・うちの親父も本当に可愛がった。
ヨシヒコがうちの息子なら・・・と、いつも言いよった。ワシは面白うなかったんよ・・・
アイツの全てが気にいらんかった・・・トレードで追い出したとき、せいせいした・・・西武が獲得に必死じゃったが、あの当時の西武より、閑古鳥が鳴いて人気のないロッテにあえて決めたのもワシじゃ・・・」

鈴木は初めて聞かされた。

松田は続けて意外なことを語り始めた。

「でも、指導者のヨシヒコには…正直凄いと思っている。」

鈴木は、今日の松田であれば、とことん話してみようと決心した。