goo blog サービス終了のお知らせ 

ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーPの物語ー疼き

2021-07-16 21:52:58 | 大人の童話
 サキシアは生まれつき、顔にアザがあった。
 ひんやりと薄青い、滑らかなアザだ。
 額から左目を囲むように、清らかにくすんでいた。
 サキシアはそれを、あまり気にすることなく、幼少期を過ごした。
 移動用の馬を持つものさえ少ない、ひなびた村だ。
隣近所だけの小さな世界では、最初からそれが、当たり前だったからだ。
 父は腕の良い家具職人だったが、あまり裕福ではなかった。
 それでもサキシアの将来を思い、学校に通わせることにした。
 初等部五年、中等部三年を優秀な成績で終え、教育部に進めれば、二年で教師になることが出来る。
 一人で生きていくには、確実な手だてだった。

学校は隣町にしかなかった。
子供の足ではゆうに一時間以上かかる距離を、サキシアは父と歩いた。
明日からはこの道を、一人で通わなければならない。
サキシアの村から学校に通うのは『お金持ち仲間』の男の子ばかりだったからだ。
隣町は大きかった。
高い建物が並んでいて、道が広い。
一際大きな家に見とれたり、たまに通る馬車を目で追ったりしているうちに、学校に着いた。
「おっきいね、お父さん。こんなにおっきい木の建物があるんだね」
 興奮気味のサキシアに、父が言った。
「お前はここで、頑張って勉強するんだよ。そして教師になるんだ。一人で生きていけるように」
「一人で?私は結婚しないの?」
 サキシアが驚いて見上げると、父親は少し困った様子で、
「するともしないとも限らないさ」
と、言った。

「おはよう」
 と言いながらサキシアが教室に入っていくと、中の子供達が一斉にそちらを見た。
 皆一様に驚いた顔をして、互いにひそひそ話し合う。
 返事をしたのは三人だった。
 大きな赤いリボンを二つ、髪に着けている女の子が、サキシアの前に来た。
「ねえ、その顔、どうしたの?」
「顔?」
「目の回り、青いじゃない」
「ああこれ。生まれつきなの」
「へえ」
 その女の子は、勝ち誇るように、言った。
「かわいそうねえ」
 サキシアが戸惑っていると、前の扉から、女が入ってきた。
 目も体も細い。
 教壇に立ち、生徒達に着席を促す。
「初めまして。私はカドワといいます。これから一年、貴方達に色々教えていきます。皆さん仲良く一緒に学んで下さい。特に見た目や貧しさで、差別することがないように」
 血の気が引くような思いで、サキシアは覚った。
 父が言っていたのは、このことだったのだ。

 サキシアは背筋を伸ばし、授業を受けた。
 学んだことを思い出しながら帰り、家に着いたら確認する。
 同級生にからかわれても放っておいた。
 『貧しい』家でも『無理して』学校に通っているのは、『顔にアザがある』からなのだ。
 それは教師になる為で、同級生と遊ぶ為ではない。
 サキシアは、そう自分に言い聞かせていた。
 そのまま三ヶ月耐えていると、面と向かって馬鹿にされることはなくなった。
 そしてある日、生徒達に厚紙が配られた。
「今日はお友達の顔を描いてみましょう。好きな子と、二人一組になって」
 サキシアは困った。
 このクラスは女子五人、男子十五人なのだ。
 一人余ったサキシアに、ギャンが言った。
「俺が組んでやるよ」
「ありがとう」
 サキシアは訝りながらもほっとした。
嬉しかった。
 けれど仕上がった絵には、サキシアの左目と、アザだけが描いてあり、題名が入っていた。
『青のサキシア』
 教師はギャンに両手を出させ、棒で叩いた。

 その日からサキシアは、『青のサキシア』と影口を叩かれるようになった。
 一部の教師でさえ、そう呼んでいることを知った時、サキシアは全てを割り切ってしまうことにした。
毅然とさえしていれば、負ける気がしなかった。
サキシアは孤独なまま、成績優秀者に与えられる青い花のバッチの全てを、手にしていった。
やがて『青のサキシア』の『青』は、『よくも悪くも際立っている』という意味に、変わっていった。

サキシアが十五歳になり、中等科を卒業する年に、父親が亡くなった。
 母は看病疲れで風邪をこじらせ、治った後も、息を深く吸えなくなった。
 収入も母親が刺繍の内職で得る、細々としたものだけになった。
サキシアは進学を諦め、成績次第で職に就けるという、王宮の試験を受けることにした。

 侍従長は困っていた。
 配属先を決める面接の場に、アザがある者がいたのだ。
 目の前に歩み寄り、見直した。
 サキシアは圧し殺していた不安が、一気に膨れ上がり、鼓動が強くなる。
「お前の名は?」
「サキシアと申します」
「そのアザはどうした」
「生まれつきでございます」
 侍従長が渋い顔をして、書類と照らし合わせる。
 サキシアの憤りを、諦めが包み込んだ。
「どうしました。何か問題があるのですか」
 上座から張りのある声が響いた。
 王妃のダリアだった。
「この者は極めて優秀な成績で試験を通過しております。けれど」
「身辺はどうなのですか?」
「地方の建具屋の娘です。その父親も亡くなって、体の弱い母親と二人暮らしです」
「そうですか。ならば問題はないでしょう。顔で仕事をするわけではありません。いや、かえって良いかもしれない。なに不自由なく育った娘より、様々な気持ちが分かるであろうから」
 サキシアはダリアを見た。
 この人に尽くそうと思った。

 サキシアは王妃の下働きになった。
 掃除から始めるのが習わしだった。
サキシアは埃一つ残さぬよう、羽箒と起毛した布を使って、壁を彩る装飾の窪みの一つ一つまで、丁寧に拭き取った。
 くすんでいた金属の壺も、必要に応じて液体に浸し、全てピカピカに磨き上げた。
王妃の棟は、薄いベールを剥いだように、明るさを増し、他の棟の女官も、その手法を見習うようになった。
 サキシアは人一倍よく動いたので、制服がそじるのも早かった。
 サキシアは糸を織り込むように繕い、回りはその見事な仕上がりに驚いた。
 やがて繕い物や刺繍を頼まれるようになり、サキシアは快く引き受けた。
 全て丁寧に仕上げたが、 それが王妃の品の時は、更に心を込めて針を刺した。
 サキシアはある日、王妃が読み終えた本を処分するように言われた。
 サキシアは処分する本を頂いてよいか、侍女長を通じて伺いをたて、了承を得た。
 本は時折処分され、サキシアの部屋には、本が貯まっていった。
 サキシアはそれを、学校や図書館に寄付することを思い付いた。王妃の評判が上がると思ったのだ。
 侍女長は再び王妃に伺いをたてた。
「処分するものは、みんな彼女の好きにさせていいわ」
 王妃は面倒くさそうに答えた。
 そして。
「昇進の時期が来ても、あの娘は下働きのままにしておいて。あのアザを目にすると、ぎょっとするのよ」
 そう、付け加えた。

それから八年、第二王子のバシューが十五歳になった。
 王は年と共に穏やかになり、王妃と子供達を慈しんだ。
王と睦まじく過ごしていると、王妃はデュエールとのことを夢だったように感じることが出来た。
 それはとても魅力的な感覚だった。
そうなるとデュエールからの手紙が邪魔だった。
なのでそれを本に挟んで、処分するよう、侍女に渡した。
紙と革なので、焼却場に回されると思ったのだ。
処分品をサキシアの自由にさせていることなど、とうに忘れていた。

サキシアは勤務終わりに本を渡された。
あてがわれている部屋に戻って、いつもの様に本を開けると、二枚の紙が落ちた。
何気なく拾い上げ、読み進めるうちに、サキシアの手が震えだした。
そしてきっちり紙に包んで、箪笥の奥に仕舞い込んだ。

サキシアはずっと、掃除係のままだった。
サキシアは特に不満にも思わず、受け入れた。
他の係に回ったり、階級が上がったりすれば、外部と接することも増えてしまう。
それを嫌うのは、やむを得ないことに思えたのだ。
そして同時期に入った者や後輩の階級が上がり、もしくは嫁いで辞めていく中、サキシアは『掃除神の遣い』と呼ばれる二十八歳になった。

その年、母親が病に倒れた。
大きな病院に移せば、なおる見込みもあったが、お金が足りなかった。
給金の殆どを送金していたので、貯えがあまり無かったのだ。
思い悩んだ末、サキシアは前借りを申し込んだが『規律が乱れるから』と、断られた。
三ヶ月後、母親は亡くなった。
葬儀を済ませ、宮殿に戻った暫く後、サキシアは知らない男に呼び止められた。
何か秘密を教えて欲しいというのだ。
サキシアは言下に断った。

年が変わり、サキシアは新入りのマヌアが前借り出来たと、人伝に聞いた。
兄が店を出す助けをするのだという。
サキシアは耳を疑って、侍女長を捜しに行った。
 廊下を渡っていると、王妃の声が聞こえて来たので、サキシアは端に寄り、畏まった。
「本当に煩わしいったら。この痒み、なんとかならないのかしら」
 王妃は侍女にこぼしながら、サキシアを認めるた。
「ここで何をしているの?」
「侍女長を捜しておりました」
「用件は?」
「前借りは規律の為に認めない、と、聞いておりましたので、マヌアの件を」
「辞められては困るからです」
 王妃が苛々と遮った。
「あの娘は器量が良いしまだ若い。嫁ぎ先も働く場もいくらでもあるでしょう。お前とは違うのです。その顔で全く図々しい」

 晴れ上がった空の下、真新しい墓標がよく映える。
 手紙を売ったお金で買った、立派な墓石だった。
 昨日据えたばかりだ。
 母親の好んだ、小さな花弁の青紫の花を供え、サキシアの祈りは長い。
 蹄の音に祈りを止め、サキシアは振り向いた。
いつものように背筋を伸ばし、さばさばと墓地を出ようとすると、フレイアが馬から下りるのが見えた。
 フレイアは馬の背から花を下ろし、サキシアを認めると黙礼した。
「サキシアさん。母の代りに謝らせて頂けませんか?」
 サキシアは無表情で見返した。
「何をですか?」
「前借りを許可しなかったせいで、お母上がお亡くなりになってしまった」
「王女様の責ではありませんし、もう、何か変わるものでもありません」
 サキシアの口元が僅かに歪む。
 フレイアはその笑みに、彼女が手紙を渡したことを、確信した。
「手紙をダコタ殿下に渡しましたね?」
 サキシアはくすりと笑い、視線を逸らした。
「王女様がそう決めてらっしゃる以上、私の答えに意味はありません」
「貴女を裁くことも出来るのですよ」
「何の罪ででしょうか?下げ渡された不用品は私の物。文書では頂いておりませんが、周知の事実です。それをねじ曲げてまで、私を裁くおつもりですか?」
 サキシアが再び、フレイアを見返す。
「そもそもあの手紙にある事実を、隠しておくことことこそ、民への裏切りではないのですか?」
 サキシアは一礼して、フレイアの横を通り過ぎた。
 二通のうち一通は、王への懺悔と懇願の手紙だった。 
 細かいことはぼかしてあって、王妃への手紙と合わせなければ、決定的な証拠にはならない。 
 サキシアは王への手紙だけをダコタに売ったのだ。
もしも王妃が、謝罪か墓参りに来てくれれば、もう一通の手紙は渡すつもりでいた。
 王女を相手にしても、思った程心は晴れなかった。
 仮に王妃が来たとしても、あまり変わらなかったかもしれない。
 王妃を信じ、懸命に仕えた十四年。
 残ったものは、白い墓石だけだ。 
 けれど、もういい。
 全ては終わったのだ。
 サキシアは家に戻って、残した手紙を燃やした。

 翌日、サキシアは隣町にいた。
 八年間通った、学校がある町だ。
 村からの道は、昔より整備されてはいたが、それでもかなり荒かった。
 子供の足で、毎日よく歩いたものだと思う。
 母校を見に来たわけではない。
母親が、仕事を請け負っていた仕立て屋に、お礼と挨拶に来たのだ。
 自分の腕も、売り込むつもりだった。
 店にいたのは店主の妻のアルムで、心のこもったお悔やみの言葉をくれた。
 涙が滲むのを止めるように、サキシアが差し出したショールを見て、アルムが目を輝かせた。
「凄いね!お母さんも上手かったけど、これは本当に凄い!ああ、息子にも見せたいよ!」
「ご子息がいらっしゃるのですか?」
「そうなんだ。綺麗なものを見極める目だけはあってね。養子に貰ったんだけど。いい年をして、嫁もとらずに、高望みばっかりして」
「伯母さん、外まで聞こえるよ!」
 仕立て屋の扉が勢いよく開けられた。
「俺は、綺麗で頭がよくて、気が強い女を探しているだけなんだ」
 サキシアが顔を向けた。
 見るからに陽気な男だ。
 おどけた顔が、板に付いている。
「ほらっ・・・いた」
 沸き上がる喜びが、男の全身を震わせた。
「サキシアっ!!俺だよっ、ギャンだよっ。やっと会えた!!でも絶対会えると思ってたっ!!」
 面食らいながらも、ガキ大将の面影を探すサキシアを、ギャンが見つめる。
「あの時は上手く言えなかったけど、キリッとした顔に、青い仮面を着けたみたいで、本当に凄く綺麗だと思ったんだ」