伝えたんく

日々の何気ないできごとに感じた幸せ

旅の楽しみ303…東京

2017-03-15 23:37:19 | 

いわゆる窓観光だな。

それも偶然の産物。

 

ねらった訳ではなくて、一瞬の間にカメラのシャッターボタンを押す指が反射的に動いただけ。


 

 


アサヒビルタワーに墨田区役所の建物が綺麗に入っている。


 建物のど真ん中に入っていて、高速道路脇の金網も邪魔しない構図。

ゆきたんくの腕で狙ってできるものではない。

観光バスに乗っていた(自分の運転ではない)こと。

座席位置が高いこと。

この写真を撮影する前に、他の景色を撮っていてカメラも気持ちもスタンバイ(普段と比べてシャッターをいつでも押せる)状態だったこと。

こんなこともあるんだね。

 

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宿題その5

2017-03-14 23:18:22 | 言いたんく

さて、今回の写真はこれ。
写真の中を縦に走るのがブオタマ川。下に伸びて最後はレナ川に合流する。→ Map
途中横に走る川の名前は確認できていない。


 レナ川は川幅が最大で3㎞以上になる。

メコンデルタを流れる川よりも平均の川幅はある訳だ。

ちなみにブオタマ川は50mが最大かな。

この辺りもアースの写真がなくて、実際見える景色の確認ができない。

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宿題その4

2017-03-13 23:17:46 | 言いたんく

場所はオクレミンスキー・ウルス。

隣町に来たというよりは、隣山にきたのだろうか。

先日の写真よりは17㎞ばかり北北西に移動している。

というか、サハ共和国の中ということは変わりがない。

山かどうかは正確にはグーグルアース上に写真データがないのでなんとも言えない。

ゆきたんくの撮った窓観光写真は、申請しても公開されない状態のものだろう。



赤丸が写真の位置だ。


どう見ても山と谷か → Map


 ここからしばらく飛ぶとブオタマ川の上空である。

川の辺りは写真が貼られている。

 

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宿題その3

2017-03-12 23:34:40 | 言いたんく

さて、宿題はこんな風にやっている。

1 初期作業。

  (1) グーグルアース上で成田国際空港からロンドン・ヒースロー空港までを定規で線を引き保存する。

  (2) 飛行時間から時速を割り出す。

  (3) 写真の時刻情報で、離陸後の飛行距離を求める。

  (4) (1)で引いた線の付近を、写真に近い地形がないか探す。

2 探索作業。

  (1) 1(4)で場所が見つかった写真に近い時間帯で撮った写真との距離を算出する。

  (2) 1(1)で引いた線の近くで探す。

歌手のさだまさし氏が「天文学者になればよかった」の歌詞の中で書いておられた

 「地図にない町をさがしたきゃ 最初に地図が必要だってこと」

                            がよーく分かる作業である。

もっともこの曲をさだ氏が書かれた時は、1978年のこと。

グーグルアースやグーグルマップのサービスはおろか、インターネットの存在も一般人には知られていなかった。

そして作業のまとめは、グーグルマップ上で調べた地点を確認することである。

さて、今日はここ。


 


川の分岐点が凍っているように見える。 → Map


 ここもアルダンスキー・ウルスというサハ共和国である。

グーグルアースには星の数ほどの写真が貼られているが、残念ながらこの辺りの写真はない。

探索した3枚の写真全体像を見ると、山中であり溝は谷かもしれないのだ。



グーグルアース。三か所に飛行機のブックマークがある。
一番右のブックマークが今回の写真の場所。


赤線で囲まれた所がサハ共和国。右上の黄色い点が星が3つある所。
左下に北海道があるので大体の位置が分かると思う。


 さて、次の地点であるが、同じサハ共和国でオクレミンスキー・ウルスという場所である。

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忘れてはいけない日。

2017-03-11 23:35:59 | 言いたんく

また、忘れてはいけない日がやってきた。

あの日から6年。

亡くなられた方、いまだ行方知れずの方。

生かされていることが当たり前のように過ごしている自分にとって反省すべき日でもある。

あの揺れで

「ついに来たか。」

と思ったゆきたんく。

関東近県の地震だとばかり思っていた。

揺れ始めて時計を見るが、1分が過ぎても揺れが収まらない。

だんだん焦り始めるが、仕事の最中なので人員の安全に気を配るこどか最優先事項だった。

時間が収まって1時間10分が過ぎ、人員の安全が確認できてから空の状態がおかしいことに気づいた。


 
ここから左側は随分と長い距離が真っ黒だった空・・・ 2011.03.11 15時57分 千葉県流山市


「 あの大きな揺れとこの空。いったいなんだったのだろうか。」

とのんびり考えていたゆきたんくである。

この時、東北地方を中心に巨大津波の被害に遭った方々もいた。

地震後津波は何度かやってきたが、30分ほど経った時に巨大津波がやってきたからだ。

wikiによれば、警察庁発表で2017年(平成29年)3月10日現在、者は15,893人、重軽傷者は6,152人、警察に届出があった行方不明者は2,553人である。

この方たちのことを考えると、生きているというだけで感謝しなくてはならないことに気づく。

この日は忘れてはいけない日であるのだ。

 

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宿題その2

2017-03-10 23:16:32 | 言いたんく

今回も、ロシアのサハ共和国アルダンスキー・ウルスの窓観光写真。

昨日投稿した場所より、3㎞北西の位置である。 → Map

地図リンクをクリックして見ていただける分かるが、風光明媚な自然たっぷりの町である。


 


空からの景色は氷の世界のように見える。12月だから仕方ないのか。


 まぁ、こうしてみるとかつてロシアが北海道に興味を持っていたことがよく分かるのだ。

 

 

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宿題その1

2017-03-09 23:24:24 | 言いたんく

3月7日に、2011年のヨーロッパ旅行での窓観光写真について検証するようなことを書いた。

えらいことを書いてしまったと思った。

が、やるぞ。

見つかった順に載せるしかないので、

1 写真

2 地図のブックマーク

この2点がポイントだな。

コメントについては、情報が無ければ無理だ。

その時の状況次第だな。

さて、写真はこれ。

最初に言っておく。

ただの自己満足である。


 


凍った川かな。(日本時間 2011‎年‎12‎月‎25‎日、‏‎15:23:42)


 特徴は写真中央辺りにある丸いやつ。

この辺りはロシアのサハ共和国アルダンスキー・ウルスという所だ。

→ Map

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のりたんの誕生日

2017-03-08 23:13:44 | 言いたんく

何回目だろうか。

なんて、本当は知っているけれどね。

今日はのりたんの誕生日だ。

個人情報公開だな。

いつもは4人で祝った誕生日。

家族4人がいつもいた。

今日は二人きり。


 


のりたんとゆきたんく。(12時間フライトの後で疲れている・・・アブダビ国際空港にて)


ゆきたんくがケーキを買ってきて、のりたんがご馳走を作って・・・

長男は一人暮らしを始めて家にいない。仕事も夜勤で来れない。

次男は戻っていない。

夕食を食べながら話が弾む。

最初は子どももいなくて、二人で始まったのだからね。

気が付いたらゆきたんくは寝落ち。

夜のお昼を過ぎていた。

次男が帰宅していた。

初めて3人で祝うのりたんの誕生日。

ケーキはゆきたんくが起きてから食べるつもりだったようだ。

のりたん、いつもありがとうね。

(アップロードは寝落ち前の時刻に下書き登録してあります。)

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宿題があった。

2017-03-07 23:59:22 | 言いたんく

ゆきたんくが作っている拙サイトの幸たんく。

旅カテゴリーのイギリス2011で、行きの飛行機の窓から見えた景色の検証をしていないのである。

機内から撮った写真は734枚。

その全部ではないが、写りの良いものを記事に使っている。

場所が確定できているものと、そうでないものがある。

場所の分からないのは気持ちが悪い。

2011年よりもグーグルマップが更に詳しい表示ができるところもある。

この際、2016年夏の山陰・中国と冬の長崎で訪れた明治の産業遺産のページと平行して進めても良いかと思っている。



ロシア上空で場所が判明して嬉しかった「レナ川流域のサハ・エロフカ」 → Map 


グーグルアースとグーグルマップを使って調べるのである。

 

 

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お別れ

2017-03-06 23:52:32 | 言いたんく

義父の乗った車のあとをついて行く。

「〇〇家2号車」の札を貼り付けたゆきたんく号だ。

乗っているのは、ゆきたんく一家である。

告別しを終え、斎場へ。

荼毘に付された義父と菩提寺に行く。

初七日法要を行うためだ。

義父の車、ゆきたんく号、バスの順で菩提寺に向かう。



空も悲しんでくれている。


 

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通夜

2017-03-05 23:43:08 | 言いたんく

義父の菩提寺が混んでいたことで、近くのお寺で通夜が執り行われた。

ご導師様は菩提寺の住職である。

お経を聞きながら、義父とのことを思い出す。

一番最初に出会った時、そうのりたんに実家に連れられて行った時である。

こがらな義父はゆきたんくを見上げてびっくりされていた。

当時一人暮らしだったゆきたんくを、よく食事に招いてくれた。

義父はビールが好きだったが、ゆきたんくが下戸で付き合えなくて申し訳なかった。

通夜が終わり、近くのホテルにいる時にもいろいろと思い出す。



一応、少し仕事モードで・・・申し訳ない。


 明日はお別れである。

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思い出2

2017-03-04 23:59:50 | 言いたんく

この「思い出」はまたいずれ気が向いたら・・・

明日は義父の通夜で明後日は告別式だから。

2006年、義父が73の時のことである。

ゆきたんく一家と義父母で北京へ行った。

万里の長城がコースの1つにあった。

発達嶺長城に行った。

ここは女坂と男坂と2つのコースに分かれている。

女坂に行こうとしていたゆきたんくに

のりたん「あなたはあちらね。」

と一言。

そう険しい方の男坂に行かされてしまったのである。

当然長男のおーちゃんは男坂、次男のつっくんは女坂となる。

義父はこちらに来た。

ものすごく険しい場所に来た。



ここまできて「戻るわ」と義父。手前で座っているのは長男のおーちゃん。


 この後、がけを登っているのではないかというような状況になる。

 義父は足が悪かったので、帰りのことを考えてあの場所で断念したのだろう。

 この後もう少し行ってから引き返した。

 その時の風景がこちら。



階段が階段に隠れるような急坂である。


 これを見ても義父が健脚であったことはご理解いただけるであろう。

ところがその一年後のことである。

「あれっ」

義父は足がそんなに利かなかっただろうか。

結構傾斜はあるが、あの長城の時よりは緩やかだろうと思ったボロブドゥール。

義父「疲れるから俺はいいや。」

と言って登らなかったのである。



義父・ゆきたんく・義母・おーちゃん


 あらら、少しずつ弱ってきているのかな。

ずっと元気でいてほしいと思ったゆきたんくである。

そして、一つだけ。

亡くなるまで耳は遠くなかった。

普通に聴こえていたのだ。

最近自動車運転免許の返納もしたばかりで、そんなに急激に衰えていた訳ではなかったが・・・

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思い出。

2017-03-03 23:36:23 | 言いたんく

義父のことで思い出されることはいくつもある。

その中でいくつか鮮明に、そう言った時の表情まで覚えているものがある。

 

ゆきたんくの父親は茨城県出身である。

奥方ののりたんの両親も茨城県出身だ。

義父はテーラーを営んでいた。

ゆきたんくの父親はクリーニング業だ。

義父「茨城県の人は、服屋か洗濯屋かおまわりがほとんどだ(笑)」

 

のりたんとの結婚が決まった時のこと。

いつもにこやかな義父が真剣な顔で

義父「よろしく、お願いしますよ。」

 

今となっては謎なのだが・・・

ゆきたんくの親父が亡くなった時に駆けつけてくれて

義父「〇〇さん(ゆきたんくの本名)、ご免なさい。」

ゆきたんくも動揺していたので、聞き返すことができないままになってしまった。

 

 

いつもにこやか。

社交的な楽しい人だった。



義父と乗ったベチャ。下手くそな自撮り(笑) 2007.12.29
 インドネシア・ジョグジャカルタ・マリオボロ通り この写真を撮ったのはこの辺りで → Map


乗っていたのはこれ。ベチャという。


 ゆきたんくと義父の乗ったベチャがどんどん別のベチャに追い越されていく。

何だろうと思ったら、ゆきたんくが重たくてこぐのが大変だったらしい(笑)

まぁ、この当時は体重が100㎏以上あったからね。

最終的に、ベチャのおじさんはベチャをおりて歩いて押していたね。

義父と後で大笑いをしたのを覚えている。

 

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行けなかった。

2017-03-02 23:29:21 | 言いたんく

仕事をしていた。

次男よりメールが入る。

「14:35に、おじいちゃん、亡くなりました。」

どうしても外せない仕事があった。

今日も行くつもりだった。

間に合わなかった。

せめて一目あいたい。

義父が安置されている寺に向かった。



入れなかった。(この写真は3/5の通夜の日に撮影)


 なんと渋滞にひっかかり・・・

近くに義兄のマンションがあるのでそこに向かった。

間に合わなかったことを義兄夫婦に詫びた・・・

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2020

2017-03-02 23:21:16 | 言いたんく

急いだ。

 昨日は話もできて落ち着いていた義父の心臓が止まったという。

緊急手術だ。



病院に着いた。20時20分。お任せするしかない。


 手術が終わり容態が落ち着いたので、いったん家に戻ることにした。

義母と義兄が残ることになった。

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