本が好き 悪口言うのもちょっと好き

読書日記です。っていうほど読書量が多いわけではないけれど。。。

ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由  ジョシュア フォア

2011-11-01 | ノンフィクション

 私たちは、記憶によって形成された習慣の集合体にすぎない。そして記憶は、生活の中で、習慣を徐々に変えていくことによって作られる。言ってみれば、私たちの実態は、記憶のネットワークなのである。どんなジョークも、発明も、洞察も、少なくとも今の時点では、外部記憶によって作られたものではない。面白いことを見つける、複数の概念を結びつける、新しいアイデアを生み出す、文化を伝える-そういった行為の基盤には、必ず記憶の力がある。特に現代社会では、記憶の役割がかつてないペースで衰退している。

ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由
ジョシュア フォア著  梶浦真美訳
エクスナレッジ

 こういうタイトルは、あざといかもしれないと一抹の不安を覚えながらも、最近、記憶力の低下に悩む私にとっては抗いがたい魅力があり、つい購入してしまいました・・・。

 そして・・・良い意味で期待外れ!

 安易なノウハウ本ではなく、まじめな”ノンフィクション”でした。

 シャッフルした1組のトランプの並びやランダムに並んだ数字を5分で覚えられる人は、脳の性質を活用した覚え方をしているに過ぎない。

 それは数字も言葉も、人の顔と名前も、イメージに変換して覚えるということのようですが、ただし、これは並大抵の努力で手に入れられる技術ではないのです。

 だから、”ミルミルできるようになる”とか、”誰でも一日10分で”とかいうような魔法を期待していた怠け者の私には、ちょっとがっかりだったのですが、決して記憶法のノウハウをこと細かく説明する類の本ではなく、冒頭に引用したように、”記憶”というものと真摯に向き合った著者の渾身の作で、なかなか読みごたえがありました。

 「本」は一種の外部記憶装置だったのだと気づかされてショックを受けましたが、その延長線上に、インターネットがあり、そこにある情報へのアクセス方法は、他人が(ビジネス=金儲け目的で)作ったプログラムでしかないという状況にある自分たちの内部記憶装置である脳のことを考えると、危機感すら感じます。

 コンピュータも電子望遠鏡もなかった時代の人々がどれほど天文学に詳しかったかなど常々不思議に思っていたけれど、当時の人々の脳以外の外部記憶を持っていなかったため、「様々な人のアイデア」を知る機会が少なく、自分の頭を使ってとことん考えていたのだろうし、得られた少ない情報は徹底的に頭に叩き込んでいたのですよね。

 私がこうやって自分の読んだ本のことをブログに書いているのも、読んだ本のことをどこかに書き残しておかないと、情けないほど忘れてしまうからなのですが、本当は、読み終わった後、印象に残ったことを自分の中で「記憶」し、「消化」する努力をしておくのが、正しい本の読み方なのだと、改めて強く思いました。

 とはいえ、そんな努力をするには怠け者すぎる私なのでいくつか、印象に残った部分を書き留めておきたいと思います。

 プラトンの『ファエドルス』からの引用

 「これは一つの学問です・・・国民の記憶力を向上させることができるでしょう・・・私の発見した方法なら、記憶力も知恵も育てることができます」と、(文字を発明した)テウトがエジプト王タモスに告げたところ、タモスはその贈り物をなかなか受け取ろうとしなかった。「それを知ってしまったら、魂の中に『忘れてもいいという考え』が埋め込まれるでしょう。自分の記憶力を働かせるのをやめて忘れやすくなってしまいます。書かれたものに頼り、自分の内部からではなく、外部の目印を手段として物事を思い出すようになるでしょう。あなたが発見したのは」記憶力を身に着ける方法ではなく、想起する方法です。あなたが使徒に授けているのは真の叡智ではなく、それに似た偽物です。話を聞かせるだけで、何も教えていない。一見、彼らは豊富な知識を身に着けたように見えるでしょう。ですが、聞いたことのほとんどはわかっていない。人間は英知ではなく、英知をもっているといううぬぼれで満たされ、同胞の荷物になってしまいます。」

 紀元前の英知のある王の危惧は、現代に至っていよいよ現実のものとなってきていますよね。著者は、「記憶の終焉」という章の中で、こう述べています。

 次に目指すのは、ブレイン・コンピュータ-・インターフェイスを利用して、脳がデジタルのメモリーバンクと直接やり取りできるようにすることだ。すでに、何人かの研究者がこのプロジェクトに取りかかっている。今後10年以内には、主要な研究分野になるに違いない。

 

 オー・・・いよいよマトリックスの世界か。

 本書を読んで、自分の記憶力の衰えの原因ははっきりわかったけれど、安くて大容量の外部記憶装置を前に、自分の記憶力を鍛えるために、私は努力できるのだろうかと考えた時に、答えは限りなく悲観的。何か、このままでは地球がダメになってしまうとわかっていても便利な生活を捨てられない人間の業と相通じるものがあるなと、感じてしまいました。

 読み終わって、10日以上たってこのブログを書いているのだけれど、これを機会に、もう一度消化する努力をしてみよう!

 

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