陋巷にさまよう (野を拓く 第2部)

プアなわが道とこの世を嗤笑するブログ

国慶節

2009-09-28 08:56:01 | Weblog
10月1日は、中華人民共和国樹立60周年。
中国各地で祝賀の催しが行われるらしい。
また、そのために、警備がすごいことになっているらしい。

60年の内、前半30年と後半30年では大違い。
貧しくても平等な時代と、豊かにはなったが腐敗と格差の時代と、どちらがいいんでしょうなあ。
厳重というか、過剰な警備がその疑問を象徴している様に思える。
そうしなきゃあならん状況があるんでしょうなあ。

ワタシゃ、前から中国政府&中国共産党に聞きたいことがあるんだけどね。

●国内秩序維持の大義名分と、かっての「造反有理」をどう考えればよろしいのか?
●社会主義の理念と、腐敗と格差の現実をどう考えればよろしいのか?

この二つ。

国家主席の胡錦濤は、チベット弾圧の功績で党内をのしあがってきたというが、
その胡錦濤に答えてもらいたいですなあ。

しかし、中国人の特性を考えれば、何も矛盾はないのかもしれない。
社会主義なり何なりの理念は、権力闘争の単なる道具。
大義名分と現実は別だと。

ムカシは中国に期待したこともあったけど、
今は、もうそんな期待なんぞ何もないから、せめて次だけは何とかなりませんかのう?
●黄砂など、汚い空気が飛んでくるのを何とかして欲しいもの
●海流に乗って、ゴミが流れてくるのを何とかして欲しいもの

今、車に乗る者が急増しているため、
黄砂に加え、廃ガス+汚染物質が混じった汚い空気が偏西風に乗ってどんどん東へ飛んでくる。
ジブンの国を汚すのは勝手だけど、
他国にまで撒き散らすのはやめて欲しいもの。

いや、それが中国の国家戦略なのでは? と最近思う様になった。
世界中に、ゴミや有害物質を撒き散らすことでジブンの存在感を示し、
世界に冠たる国になること。
その手段が、核を含む軍事力であり、ゴミや有害物質であり、更には「人間」であると。
人間?
そう。
中国人を世界中に撒き散らすことで、その存在感はより確たるものになりますからなあ。

一言断っておきますが、
ワタシは、中国(人)を毛嫌いしているのではありませんぞ。
毎夜、寝床で読む本は、古代中国、特に春秋・戦国時代に関するものでござりますよ。
コメント
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