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コズミック・マインド/最高の知性が持つセンチメンタリズム

2017年05月14日 | 読書とか

実はこの小説を読もうと思ったのは、著者の西垣通氏への関心からだった。西垣氏は、日本のコンピューターサイエンスの黎明期から第一線で活躍されている方だ。東京大学の教授等を経て現職は東京経済大学の教授。現在も、AIなど最新のテクノロジーについての鋭く、そして思索に富んだ論を発表されている。氏のシンギュラリティについての懐疑的な視点などに疑問を呈する見解もあるが、科学だけではなく哲学的な視点(フランスへの留学もされている)を併せ持ったその知性は、間違いなく日本の高みに立つひとりと言っていいはずだ。

主人公の朽木庸三は優秀なエンジニアで、出向先の地銀でシステム構築のプロジェクトリーダーとして活躍していたが、その大手銀行との合併によるシステム見直しのあおりを受け、別の小さな事業所に配置転換された。実質、左遷に近い待遇だ。そしてその理由は、文脈上社内政治的なものであると言えるだろう。

ちょっと地味に驚いたのだが、主人公の寂しげな日常の描写は、切々としていてリアルだ。子供は独立し、妻に先立たれた定年間際の男が、夕食にいつも近所のコンビニ弁当を食べる姿など、著者自身の華々しいキャリアとの落差が大きい。もちろん作家として筆をとる、あるいはキーボードに向かう以上、そこは驚くポイントではないのだが。全体を通じ、タッチとしては硬質だが、同時に必要な情感を併せ持った氏の文章は、著者の背景を必要としない自立した「文学」にほかならない。

ちなみに氏のご尊父は俳人で明治大学教授でもあった西垣脩氏で、どこかで通氏本人も書かれていたと思うが、「文系の家系の出身」でもある。

ストーリー自体は、このシステム見直しに関する不可解な出来事を軸とする、ある種のミステリー構造。「技術者の覚悟と矜持」という言葉が心に残った。著者は、ややもすると技術の進展が忘れがちな、人間性という価値を問うているのではないか。


コズミック・マインド
西垣通
岩波書店