守田です。(20111023 23:00)
放射能除染・回復プロジェクトに参加して、20日早朝より福島入りし、
22日まで3日間の除染活動を担って、今朝、京都に戻ってきました。
往復ともに夜行バスを使った強行軍でしたが、ホテルの部屋にパソコン
を借りて持ち込み、発信態勢を整えたものの、キーボードの前で考えあ
ぐねてしまい、発信できませんでした。もちろん連日の展開がかなり
ハードだったためもあります。
京都に戻り、この3日間を振り返って。何回かにわけて報告を書きたい
と思いますが、全体としての率直な感想は、「放射能はあまりに手ごわ
い」「除染はかなり厳しい」というものでした。また参加した目的の
一つに、行政主導の高圧洗浄方式の誤りを正したい思いがあり、それ
をリアルにつかむことができましたが、同時に、公的に除染すべきと
ころはあまりに膨大で、ほとんどぜんぜん進んでいないといわざるを
えないことも分かりました。
まず僕が驚いたのは、市内のある小学校の現状です。20日早朝に除染
プロジェクトを精力的に担っている市内のFさんが福島駅についた僕
を車で迎えに来て下さり、市内の御山地区に向かい、いくつか汚染の
激しいところに案内してくださりました。御山地区は、福島駅のすぐ
北側にある信夫山をトンネルで抜けたところにあります。ここは全体
として汚染レベルが高い。
ちょうど近くにある御山小学校が登校時間にあたっていたので、その
様子をみることができました。車から見ていると学校に向かう子ども
たちのうち、マスクをしている子どもはざっと2割から3割ぐらい。し
かし一方で、多くの親御さんたちが、子どもを車で学校まで連れてき
ています。夕方には正門前に、迎えの車で列ができるそうです。放射
能への対応が、マスクもつけさせない、マスクをつけて登校させる、
車で送り迎えすると大きく3つに分かれている。
この小学校の敷地に隣接してJR東北本線が走っており、通学路の一
部が線路がある土手の脇道に当たるのですが、その斜面にたくさんの
雑草が多い茂っています。「ここは線量が高いですよ」というFさんの
言葉に基づいて、車を降りて、僕が持参したガイガーカウンターRADEX
RD1503と他の方のTERRAで計測してみましたが、すぐに5μS/h(毎時5
マイクロシーベルト)を越えてしまう。0.5ではなく5です。
このとき使ったTERRAは、RADEXより常に少し高めに計測値が出る傾向が
あったのですが、こちらではより高いところでは8μS/hを越える値が
出ました。両方とも、アラーム音がなりっぱなしになり、すぐにアラー
ムの設定値を高く修正せざるをえなくなりました。ちなみにそれぞれ
茂っている草の上で観測したので、地上から10㎝ぐらいだったり、
もっと高い地点で測りました。
僕がすぐに思いだしたのは、世田谷の「ラジウム騒動」です。このとき
最初に報告された値は2.8μS/hでした。それで周囲は立ち入り禁止措置が
取られ、新聞沙汰にもなった。僕も「明日に向けて」で取り上げました
が、ここではそれを倍する以上の値が計測されるのに、話題にもならな
い。ショッキングなことにその横をマスクもしないで多くの子どもたち
が通学しているのです。頭がクラクラする気がしました。
「これはJRの土地なんです。ここの除染は第一にJRに責任がありま
す。もちろんここの値が高いことは連絡済みです。でもこんな状態で、
手がつけられてないのです。福島市にはこんなところがたくさんありま
す。除染なんかぜんぜん進んでないのです」とFさんが説明してくれま
した。
続いて、やはり学校から数百メートルの距離にある山田電機テックラ
ンド福島店の駐車場に行きました。ここは6月に側溝から150μS/hとい
う信じがたい値が計測された場所です。このときは放射能除染・回復
プロジェクトの面々が、すぐに周囲の雑草を刈り取って対応し、劇的
に線量が下がったのですが、そこに再び雑草が生えだしていました。
その中で水の流れが集まりそうなところを計測してみると、どんどん
数値が上がり、RADEXは検出限界の9.99μS/hに達してしまいました。
TERRAはさらに数値があがっていき、12.06μS/hという数値を計測し
ました。それも一か所だけではない。例えば駐車場から周りの草地な
どにわずかな傾斜で水が流れるようなところで測ると、すぐに10μS/h
に近い値が計測させる。Fさんは経験から、あそことあそこと・・・と
指さすのですが、それらはいずれも値が高い。
そんな私たちの横を、高校生の女の子が、やはりマスクもせずに自転車
で走り抜けていきます。小学生の子どもたちの通る時間は過ぎていまし
たが、ここもまた多くの子ども・中学、高校生が通る場所です。もちろ
んこれらのことも山田電機に伝えてあるし、一度は、プロジェクトが
除染も行っている。しかしそれでも再びこのような高い値の出る状態が
生み出されてしまっているのです。
これは厳しい、相当に厳しいという思いを感じつつ、今回の除染活動に
入っていきました。
続く・・・次回は、今回のメインの一つだった屋根にあがっての瓦の
除染について報告します。
放射能除染・回復プロジェクトに参加して、20日早朝より福島入りし、
22日まで3日間の除染活動を担って、今朝、京都に戻ってきました。
往復ともに夜行バスを使った強行軍でしたが、ホテルの部屋にパソコン
を借りて持ち込み、発信態勢を整えたものの、キーボードの前で考えあ
ぐねてしまい、発信できませんでした。もちろん連日の展開がかなり
ハードだったためもあります。
京都に戻り、この3日間を振り返って。何回かにわけて報告を書きたい
と思いますが、全体としての率直な感想は、「放射能はあまりに手ごわ
い」「除染はかなり厳しい」というものでした。また参加した目的の
一つに、行政主導の高圧洗浄方式の誤りを正したい思いがあり、それ
をリアルにつかむことができましたが、同時に、公的に除染すべきと
ころはあまりに膨大で、ほとんどぜんぜん進んでいないといわざるを
えないことも分かりました。
まず僕が驚いたのは、市内のある小学校の現状です。20日早朝に除染
プロジェクトを精力的に担っている市内のFさんが福島駅についた僕
を車で迎えに来て下さり、市内の御山地区に向かい、いくつか汚染の
激しいところに案内してくださりました。御山地区は、福島駅のすぐ
北側にある信夫山をトンネルで抜けたところにあります。ここは全体
として汚染レベルが高い。
ちょうど近くにある御山小学校が登校時間にあたっていたので、その
様子をみることができました。車から見ていると学校に向かう子ども
たちのうち、マスクをしている子どもはざっと2割から3割ぐらい。し
かし一方で、多くの親御さんたちが、子どもを車で学校まで連れてき
ています。夕方には正門前に、迎えの車で列ができるそうです。放射
能への対応が、マスクもつけさせない、マスクをつけて登校させる、
車で送り迎えすると大きく3つに分かれている。
この小学校の敷地に隣接してJR東北本線が走っており、通学路の一
部が線路がある土手の脇道に当たるのですが、その斜面にたくさんの
雑草が多い茂っています。「ここは線量が高いですよ」というFさんの
言葉に基づいて、車を降りて、僕が持参したガイガーカウンターRADEX
RD1503と他の方のTERRAで計測してみましたが、すぐに5μS/h(毎時5
マイクロシーベルト)を越えてしまう。0.5ではなく5です。
このとき使ったTERRAは、RADEXより常に少し高めに計測値が出る傾向が
あったのですが、こちらではより高いところでは8μS/hを越える値が
出ました。両方とも、アラーム音がなりっぱなしになり、すぐにアラー
ムの設定値を高く修正せざるをえなくなりました。ちなみにそれぞれ
茂っている草の上で観測したので、地上から10㎝ぐらいだったり、
もっと高い地点で測りました。
僕がすぐに思いだしたのは、世田谷の「ラジウム騒動」です。このとき
最初に報告された値は2.8μS/hでした。それで周囲は立ち入り禁止措置が
取られ、新聞沙汰にもなった。僕も「明日に向けて」で取り上げました
が、ここではそれを倍する以上の値が計測されるのに、話題にもならな
い。ショッキングなことにその横をマスクもしないで多くの子どもたち
が通学しているのです。頭がクラクラする気がしました。
「これはJRの土地なんです。ここの除染は第一にJRに責任がありま
す。もちろんここの値が高いことは連絡済みです。でもこんな状態で、
手がつけられてないのです。福島市にはこんなところがたくさんありま
す。除染なんかぜんぜん進んでないのです」とFさんが説明してくれま
した。
続いて、やはり学校から数百メートルの距離にある山田電機テックラ
ンド福島店の駐車場に行きました。ここは6月に側溝から150μS/hとい
う信じがたい値が計測された場所です。このときは放射能除染・回復
プロジェクトの面々が、すぐに周囲の雑草を刈り取って対応し、劇的
に線量が下がったのですが、そこに再び雑草が生えだしていました。
その中で水の流れが集まりそうなところを計測してみると、どんどん
数値が上がり、RADEXは検出限界の9.99μS/hに達してしまいました。
TERRAはさらに数値があがっていき、12.06μS/hという数値を計測し
ました。それも一か所だけではない。例えば駐車場から周りの草地な
どにわずかな傾斜で水が流れるようなところで測ると、すぐに10μS/h
に近い値が計測させる。Fさんは経験から、あそことあそこと・・・と
指さすのですが、それらはいずれも値が高い。
そんな私たちの横を、高校生の女の子が、やはりマスクもせずに自転車
で走り抜けていきます。小学生の子どもたちの通る時間は過ぎていまし
たが、ここもまた多くの子ども・中学、高校生が通る場所です。もちろ
んこれらのことも山田電機に伝えてあるし、一度は、プロジェクトが
除染も行っている。しかしそれでも再びこのような高い値の出る状態が
生み出されてしまっているのです。
これは厳しい、相当に厳しいという思いを感じつつ、今回の除染活動に
入っていきました。
続く・・・次回は、今回のメインの一つだった屋根にあがっての瓦の
除染について報告します。
あの付近の線量の高さに衝撃を受けました。
防御対策も無しで日常を送っているとのことですが あきらめ、あるいは馴化が進行しているのではないかと危惧しています。
言い換えれば、無理に正常性バイアスを持たなければ生活出来ない、といったところでしょうか。
心が痛みます。
高島市による計測結果。県のデータへのリンクもあります。
http://www.city.takashima.shiga.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1318578718760&SiteID=0000000000000
京都新聞記事(ひとさまのツイピックより)
http://twitpic.com/73hrsp
高島で6月に活動し始めたグループのブログ(ぼくも個人として関わってます)
http://nonuke-takashima.blogspot.com/
ご相談をいただきありがとうございます。
僕は高島への移住を強くお勧めします。
理由はしいさんがすでに書いておられます。「確かに隣県に原発が多くあるのは気になりましたが、未だに出続けている福島寄りにいるよりはマシだろうとの判断です。」・・・僕もまったくそう思います。
またこれからは食糧を通じた内部被曝のリスクが日々高まります。やはり西に移った方が、より西の食材を手に入れやすい利点があります。
その上で、お気づきかと思いますが、本当に安全なところは実は日本中どこにもないこともお話しておかなくてはなりません。高島は若狭の原発群にあまりに近い。ただし僕が住む京都もどの原発からも80キロ圏内に入ります。アメリカがつい最近まで、アメリカ国民に立ち入り禁止を命じていた福島原発からの距離内に入るのです。それらを考えた時に、日本中の原発をとめて、逃げなくてもいい世の中を作ることの大切さを感じるばかりです。
なお高島だけでなく、滋賀県は他にもいろいろと素晴らしい面がありますよ。文化施設も充実してます。とくに図書館は、間違いなく日本でダントツに高い水準で、他県をまったくよせつけない充実ぶりです。
琵琶湖博物館、県立美術館なども相当にレベルが高い。その上に実は京都を上回る古い歴史遺産がたくさんあるのです。こうした点でもお勧めです。
若狭湾の原発群に対して、中島さんや、周りの方たちが声をあげはじめています。ぜひしいさんが高島に来られて、そんな方たちとお友達になっていただけるとよいなと思うのです。
自分のコメントをみて、いい面だけを書きすぎているようにも思えました。原発が近い地域はやはり大きな事故にならずとも、放射能漏れの被害のリスクを受けやすいです。それでも福島原発事故が収束してない現段階では千葉よりよいと確信しますが、もう少しお伝えしたいことがあります。
ただなかなか公開では書きにくいこともあります。もしよければメールをいただけないでしょうか。morita_sccrc@yahoo.co.jpがアドレスです。どうか気軽にどうぞ!
ただ幸いに濃縮が見られるあたりは大抵湿っていて、埃が舞う事は無い。下手にかき回して粉塵を出す方が怖いですよね。
浴びる放射線の影響より、吸込む放射性物質を心配すべきでしょう。福島原発で使われたジャイアント・バッグ(超大型真空掃除機)は産業界で30年以上の実績のある除染機です。これを福島に10台程度寄贈すれば、通学路周辺はかなりきれいに出来ます。コンクリートに付着したものも、サンドブラストと組み合わせれば、除染可能です。
京都から参加されたそうですが、交通費、宿泊費等で5万円ほどの負担だったと思います。超大型掃除車は5千万円程だったと思いますので、千人のボランティア費用で買えるのです。
ボランティア行為は美しいですが、それはやる方の立場の事で、福島の人は実際に線量を下げる事を望んでいるのです。
だからこそ、世界中の全ての核関連施設が必ず多重構造の放射能封じ込め容器と建造物を作らねばならないわけです。
今回はその密閉容器も厳重建造物も全てが飴をねじる様に損壊してしまっているのです。
本当に恐ろしいことは福島第一原発は今現在も放射能を大量に発散し続け、事故が進行中であるということです。
止むにやまれず除染で急場をしのがなければならない方々のことを考えると胸が痛み、言葉もありませんが、本当はもう基本的に汚染地域から人間の方が一日も早く避難するしかないのがこの事故(放射能拡散犯罪!)へのたった一つの対処方法なのだと思います。
(その避難実行のための全責任が東京電力と日本政府にあることは言うまでもありません。)
除染はしておりません。雨どいのしたの土を袋につめたところ持ち上げられませんでした。人を頼んでと思っても忙しくて断られてしまってます。植木屋さんがやっと木を2本始末してくれましたが後はきてくれません。除染業者に頼んでもすぐまた除染しなくてはと思うと決心がつきません。
ogawa様、コメントやリンク、ありがとうございます。
「このままここに住めるのでしょうか」という問いにお答えします。非常に心苦しいですが、毎時30マイクロシーベルトの値が雨どいからでるところにそのまま住むのはあまりに危険です。しかもおっしゃるように、除染はなかなか進みません。また一度行ってもまたしばらくするとやらねばならなくなります。除染はそれほど効果が得られないです。どうか困難な除染を進めるよりも避難をお考えください。
ogawa様にとってのよき道が開かれることを心からお祈りしています。
マスクもしないで、夏には半そで半ズボンで過ごしていました。
県や市の説明会では今現在は3月の爆発時とは違い放射性物質が大気中に舞っていることは無いので、マスクの必要もない聞いていました。
それが、秋になった頃、学校で配られた小児科医を呼んでの説明会の案内の片隅には、
『外出から戻ったら衣服を脱ぎシャワーを浴びましょう』との文字が・・・
こういった事の繰り返しで、あれから8ヶ月もすごしました・・
今更ですが、やっぱり変ですよね。