マハサラカムだより

マハサラカムでの生活、地域の様子の紹介

マッサージに関わる2題  

2012-03-29 00:20:25 | 日記

  マハサラカムを去る日、2年間のJICA任期中に宿泊したラジャパットのホテルにも挨拶をしておこうと、バスターミナルに行くため迎えに来てくれる40分前になっていたので急いで行った。門を入ったとたん、何か雰囲気が違う、今まで空いたままになっていたタイマッサージのスペースのオーナーが決まり、僧侶に来てもらって繁盛するように祈願しているところだった。

 開店は29日の朝9時らしい、タイでは9は縁起のよい数字、たぶん意識して決めたのではないかと思う、「お店に来て欲しい」と言われたので「今日、日本に帰る、部屋も片付けた」と話すと、「休みの日に旅行に来てマーサージを」と言われ。もう時間はないと言ったけど、誘われてお昼をみんなと一緒にいただくことになった。隣に座られた男性は60歳で、茨城県の土浦で11年働いていたという方で流暢な日本語であった、もっと早く知り合っておればよかったと悔やむ。

 マッサージのできる部屋はたくさんあるがマッサージ師は4人らしい、最初は客も多いかも知れないがだんだんと減っていくかもしれない、マハサラカムにいた間に知っているマッサージ店3店が閉店した、一店は開店して清潔な店だったが2年もたなかった。ラジャパットのホテルも街中ではないので、経営は厳しいかも知れない、もっと早く開店していたらたぶん良い顧客になったと思う。

「やっと決まった」とほっとしている支配人、「洗濯機も買ったのか、」と聞いたらそれはまだ予定にない、約束から3年経つねと笑っていた。

 よく施術してもらっていたマッサージ師が閉店に伴って、子どもを実家に預けてクルンテープの店に日本帰国中に移っていた、予約しようと電話した時にそのことがわかり、クルンテープに来たら来て欲しいと言われたが、クルンテープの中心ではなくかなり離れていて、スワンナプーム空港に比較的近い、

 以前、ちょうどクルンテープ滞在中にJICAの福祉等の関係者の現役とOBの昼食会があり、スワンナプーム空港近くから来たOBにマッサージ店の場所を質問すると、近くだし、車で来ているということで送ってくださった。この日、初めて会ったのだが、彼もマハサラカムで活動していたとの話を聞いた。 今回の帰国にあたって、スワンナプーム空港に夕方につけばよいので、昼にトンローのホテルを出て、マッサージをしてもらって空港に向かった、相性の良いマッサージ師だとすぐに眠ってしまい、腰の違和感も解消するのがありがたい。日本でも安価で気楽に行けるマッサージ店が欲しいとつくずく思う。


緊急の帰国

2012-03-27 04:00:24 | 日記

 今回の訪タイで当初は10日間、片付けを中心にマハサラカムに滞在する予定だった。しかし、日本で急用ができて5日間の滞在で帰国することになった。

 5日間早く帰国することで、予定はキャンセルするしかなく、何人もの人の好意を無駄にした、申し訳ない限りである、

 1泊2日でウボンラーチャターニーのナリヌクン校へ行く予定、校内の部屋が空いたのでホテルではなくJICA赴任前に宿泊していた部屋を清掃しておくので泊まるように言われた、そして、マハサラカムに戻った日の夜は知人の日本人と食事する予定だった。(写真:クルンテープに向かう途中、コラートのバスターミナル)

 また、同じく1泊2日でビェンチャンに行き、教官の配偶者の実家があるので泊めてもらうことになっていた、以前から言われていたが、JICAのタイ出国日数の関係で実現しなかった、せっかく準備してもらっているのに申し訳ない、また、ビェンチャンから戻った日の夜はセンターの有志で送別会を開いてくれるということだった。(写真:バスターミナルから同期の住んでいたアパートを撮る)

 残された一日は遊びに行くということで、希望を聞かれて、カラシンの恐竜博物館とウドンタニのバーンチャン遺跡へ教官の車で行くことになっていた。

 そして、帰国前日はスワンナプーム空港まで送って行くと言われ、遠慮するとクルンテープに行く用事もあるのでと、もともとの予定の日を一日早めて乗せてもらうことになった。(写真:再開後、初めて行ったクルンテープのZEN)

  帰国前の5日間は2年半のマハサラカム滞在で最も忙しい5日間になる予定だった。そのため、マハサラカムに着いてから本来の用件であったアパートとセンターの部屋の片付けをすぐに始めた。そのことが結果として、予定外の早い帰国であったが、片付けも無事に終えてマハサラカムを後にすることができた。(写真:マッサージ店)

 それにしてもマハサラカムのタイ人は親切でありがたかった。キャンセルで迷惑をかけたことを申し訳なく思うとともに、心から感謝している。


アパートの部屋

2012-03-26 03:47:13 | 日記

 現在、3000バーツで借りている部屋をずっと確保してタイに来たときの基地にすること、タイに関わる資料や服類を置いておくことを真剣に考えたこともある、ラオスにも近くノーンカイまで4時間、ウボンラーチャターニーまで3時間半、首都ビェンチャンや南ラオスのパクセーに行くのも比較的便利である。日本では新幹線で東京まで行ける時間だが、タイでは普通の所要時間である、難点はクルンテープまで遠いこと、7時間かかる。

  しかし、部屋があるからといって、いつまでもラジャパットにいる訳ではない、今年度の終了が区切りと以前から決めている、いつかはマハサラカムを去るのなら、やはりラジャパットを辞める時に引き上げるのが最適と考えた。

  部屋にあるもの、特段、日本に送付する必要のないものはセンターの職員にもらってもらった、タンス、書類入れケース、本棚、シュレッダー、電気スタンド、ハンガ、もろもろの日用品、あっという間に整理ができる、

 日本に送るものは最初に段ボール3箱を郵便局に運ぶ、最大20キロまでとは知らず、一箱は20キロオーバー、郵便局の係員が2箱に分けてくれる、センターから体重計を借りてきて2度目はオーバーしないように計って持って行く、スーツケースと段ボール箱の2つである、2日間で結局6箱、SAL便で日本の自宅に向けて発送した、料金は20,300バーツであった。

 それにしても郵便局の人たちは親切である、20キロオーバーもこちらは何一つやらなくてもきちんとていねいに対応してくれた、新しい段ボール箱は無償で提供してくれるし、初日はコーヒーカップ、2日目はカバンを一緒に付いてきてくれたセンター職員の分までいただいた、せっかくだが、こちらは少しでも荷物を減らしたいのでセンターに戻った時に他の職員にプレゼントした、気楽に車をだしてくれ、運搬を手伝ってくれた職員や教官にも感謝である。片付いた部屋を見ると、マハサラカムを去ることの寂しさがわいてきた。


ロイエットからムクダハン

2012-03-25 03:10:10 | 日記

 親しくしている大学の教官からロイエット県で以前にファラン(西洋人)にも案内したことのある寺院に行かないかと誘われた、片付けもだいたい目途がついてきていたので、連れて行ってもらうことにした。ロイエットでもムクダハンに近いと言われたので、時間があればメコン川を見たいということもお願いした。

 出発は朝9時過ぎ、メンバーは教官とその家族、全部で4人である、ロイエットに入って空港近くの古い寺院をまず訪問、遺跡が有名ということだったが残念ながら工事中、その後、チー川で放牧の牛を見ながらしばし休憩、そして、目的地ワット・チェディチャイヤモーコンに向かう、 ここは山の上に塔がそびえている、下から見ていても格式がありそう、寺院の手前、数百メートルの所の駐車場に到着、所要3時間で到着、ここから上までは歩くしかない、勿論、猛暑である、水分を補給しながら寺院に着く、美しい庭、壁の絵やモザイクが凝っている。お参りした後、階段を上がる、3階と5階がフロア、仏像がある、これで終わりと思ったららせん状の階段がある、チェディの上まで上がれる、さすがに暑さもあいまってしんどかったが最頂部にたどり着く、多くの人が参拝している、駐車場までは往路と異なる参拝路を下る、なかなか景色もよく風情のある道である。

 その後、ムクダハンに向かう。運転する教官に申し訳ないが眠ってしまう、起こされた場所はラオスと結ぶ橋、交通量はそんなに多くない、ゆったりした国境である。メコン川は橋の手前からは見えないので、景色の良いところを探して移動する。ゆったりとした流れのメコン川が見えてくる、何ともいえない癒される大河の流れ、しかし、そんな感想を遮る直射日光が厳しい、対岸はラオス、住宅が見える、赤い屋根の家、ノーンカイ、ナコンパノン、ウボンラーチャターニーの今まで見た対岸の中ではもっともしゃれた感じのラオス側である。しばらくウボン側に向かって車を走らせてくれる。(写真:国境ゲイトとメコン川)

 時刻はすでに4時近くになって、帰路につく、今度はカラシン経由でマハサラカムに戻ることに、宿舎には8時前に着いた、これまで知らなかったが、今回、ロイエットとカラシンのラジャパットの横を通過した、隣の2県にラジャパットがあることを知った。


暑すぎる

2012-03-24 03:28:41 | 日記

  日本を発って1週間が経過した。出発前から今年は「暑い」という連絡を受けていたが、本当に暑い、何をしていても暑いものだから、汗がしたたり落ちる。昨年の今頃は比較的涼しくて、もうすぐソンクランなのにどうなるだろうかと思っていた、3月でも長袖の日が結構あった記憶がある。

 朝に少し雨が降って、少しは涼しくなるだろうかと思う日もあったがほとんど影響はない、日中の日なたは本当にきびしい、センターに行くために歩いていると、ほとんどいない学生だが、どこからかバイクに乗せようとしたり、荷物を持ちますと声をかけてくれる、やさしい学生たちである。

アパートの多くの部屋でクーラーを使うものだから、ブレーカーが落ちるから消して欲しいという依頼があった、何とかその時は扇風機でしのいだが、毎日、そんなことを言われたらたまらないだろう。

 センターも子どもたちは休みに入って登校していない、職員から4月以降もまだセンターにいると思われて「今年のソンクランはどこかに旅行するのか」と聞かれた、帰国していると言うと、「今年は面白いから遊びに来たら」と誘われた、タイでソンクランといえばお正月の長期休暇になるが、日本では関係ない、普通の日という話をした、こんなに暑かったら水掛けもさぞかし盛り上がるのではないだろうか。(写真:懐かしいセンターと使用した部屋)

 ソンクランのすぐ後、21日がサコンナコンで行われる今年の卒業式と聞いた、そのため、今年の卒業生は16日から18日まで大学でリハーサルが行われるとのこと、昨年と同じである、新入生は入学していないし、在校生も長期休暇中でまた寂しい卒業式になるのだろうか、それにプラスしてこの暑さである、卒業式用の服を着て、人で満員の式場で過ごすのはさぞかし大変だろうと想像する。(写真:昼間でも学生のいないラジャパット)

 もうすぐこの暑さとも別れると思うと、寂しい気持ちになる。