TENZANBOKKA78

アウトドアライフを中心に近況や、時には「天山歩荷」の頃の懐かしい思い出を、写真とともに気ままに綴っています。

大崩の恐ろしさ

2020年11月29日 | 山(県外)


この前の大崩遠征で滑落の瞬間を目撃しました。
異変に気づき、大声で「危ない!」と叫びましたが、どうすることもできませんでした。
私たちの少し後ろを歩いていた単独行の人ですが、後ろ向き、斜め30度に傾いて速度を増しながら急斜面を落ちていったのです。7~8m落ちたところに、2本の細い木が45㎝の間隔で生えていて、ちょうどその間にザックごと後ろ向きのまま挟まりました。木は大きくしなり、折れることなくその人を受け止めてくれたのです。その間2秒くらいの出来事でしたが、滑落の映像が今も脳裏に焼き付いています。

幸いその人に怪我はありませんでした。奇跡です。もしあの木がなかったら、もしあの木が折れていたら、かなり下まで後ろ向きで転げ落ちていったと思います。プロレスのバックドロップみたいに後頭部を強打して、脳震盪を起こしたり頸椎を傷めたかも知れません。
そうなった場合、私たち3人は即座に救助に入り、応急処置(場合によっては救命措置)をしたり、携帯の電波の届く所まで急いで駆け上がり救助要請をしたと思います。もう登山の段ではなかったはずです。

場所ですが、わく塚コースの登りで、中わく塚から上わく塚へ3分の2程行ったところです。地図では等高線が密で緩やかな谷を示している所です。中わく・上わくを結ぶ尾根の北側にある道で、日中もほとんど日が当たらない所です。道には直径50㎝から1m位の石がゴロゴロしていて、場所によってはその石の上を歩いて行くのですが、この石が滑るのです。私も滑りましたが、左手で近くの木の枝を握っていたので転びませんでした。「ここ滑りますよ」と、声をあげ後ろを歩いていたOさんに注意を促していました。実は、8年前、初めて大崩に登ったときも私はその場所で滑りました。

大崩山は、とりわけ坊主尾根コースは難コースとして知られています。象岩のトラバースや、連続する梯子やロープ、切り立った岩場などがその理由です。確かにそれらは一つ間違うと滑落する危険な場所ですが、見るからに危険オーラーが出ているの所ですからそこを通る人は誰もが注意を払います。
ところが、今回の滑落現場は、中わく塚の岩場を過ぎ、ふつうのどこにでもあるような山道でした。そこは日が当たらない道で、石が湿っているのでしょうか、そこの石は滑り易いのです。苔でも生えていれば用心するのですが、苔も生えてなかったと思います。私もそうでしたが、中わく塚の岩場を過ぎ、気が緩んでいたわけではないのですが全く無警戒でした。木の枝を握ってなければ、滑落したのが私だったかも知れません。

大崩に登ったのが今日でちょうど2週間前になります。楽しい山行だったので、余韻に浸りながら連続ものの大崩遠征記をアップしましたが、その間も時おり今回の滑落のことを思い出しました。

以前、本ブログで「大崩の危険箇所」というテーマを取り上げたことがありましたが、そこには見るからに危険な所しかあげてなく不十分でした。隠れた危険箇所があるということ、これは大崩に限ったことではありませんが、山にはどこにでも危険が潜んでいることをあらためて痛感させられました。
学生時代には先輩から「山をなめるなよ。山は死のうと思えばどこでも死ねるんぞ」という言葉で戒められていたことを思いだしました。

注:冒頭の写真は今回の滑落現場ではありません。写真がありませんでしたので、雰囲気が似た感じのものを掲載しました。現場は、どこにでもある普通の山道でした。
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今年最後の遠征 大崩へ⑦ 登山の翌日

2020年11月25日 | 山(県外)
大崩登山の後、祝子川温泉美人の湯で汗を流す。

美人の湯は、コロナ感染対策のため6時に閉館、食堂も利用できないので、入浴後「道の駅宇目」に移動した。
下祝子から上赤に抜ける道は全て舗装がなされ走りやすくなっていた。ただ、行きには小猿の群れに、帰りは鹿の群れに3回出くわした。夜道でいきなり黒い塊に遭遇し、慌ててブレーキを踏むと、暗い中に大きな動物の目がキラリと光った。鹿の親子だった。鹿たちは慌てることなくやおら林の中に入って行くのだった。

道の駅宇目に到着


初日にもここに立ち寄ったが、北川ダムと「唄けんか大橋」の入り口に位置し、観光名所にもなっている。
しかし、夜はガランとしている。この日のお泊まり(車中泊)は2台だけだった。



道の駅だとトイレ、洗面所、自販機があるので便利だ。昨晩と同じように車中で夕食を済ませ早々に眠りにつく。
この辺は、夜間の交通量が少なく静かなのがいい。

翌朝気づいたが、昨夜のうちに先輩から大崩登山の写真が届いていた。写真はいっぱい撮るが、自分の活動中の写真はほとんどないので有り難かった。また、その日のうちに写真が送れるラインの便利さに驚いた。

この日は、せっかく遠くまで来ているのだから、帰り道にある根子岳に登ろうとも考えていたがやめることにした。大崩登山で、美味しいものを腹一杯食べたような満ち足りた気分になっていたので、そのまま帰ろうという気になったのだ。


昼には家に着き、遠征の後片付けをはじめた。

1 ゴミの処理と道具の後始末


上段→カン・瓶類の水洗い、ゴミの始末(2泊3日分)
下段→炊事道具、靴、ザックの日干し


2 シュラフ干しと洗濯



3 車の掃除




頑張ってくれたストリームに感謝。掃除機を掛けきれいにした。

早めに帰ったことと遠征が充実していたことで、後始末も楽しかった。

今年最後の遠征が終わった。
遠征したのはこの一月の間のことだが、鬱憤を晴らすかのようにこの1ヶ月は登りまくった。これは退職の年にしたかったことの半分にも満たないが、日常とは違うことをしたことと、山で心を解放したことで、やっと第二の人生が始まったんだと感じることができた気がした。

 ー 終わり ー

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今年最後の遠征 大崩へ⑥ 坊主尾根を下る

2020年11月24日 | 山(県外)
ー 大崩登山の後編 ー

昼食後、山頂を後に坊主尾根に向かう。


この辺も以前はスズタケが生い茂っていたと思うが、今は冬枯れの様相を呈していた。

寂しそうな山頂方面 絵本に出てくる山のようだ。


向こうに傾山がクッキリと見えている。


今回ご一緒したFさんは、学生時代の冬合宿で大崩山から傾山への縦走を計画されていたという。天候悪化のため途中で残念されたそうだが、「えっ、あそこまで」と思ったので、下山後地図を広げてみた。なるほど、鹿納山、五葉岳、夏木山、新百姓山、杉ヶ越を経由して傾山まで行けそうだ。壮大な計画を立てられたものだと感心する。

さて、急斜面をどんどん下っていく。


リンドウの丘分岐を過ぎると、午前中登ったわく塚のパノラマが広がる。





反対側から見るのもいいものだ。


少し雲が出てきたが、これはこれで趣がある。


パオー! 象岩が見えた。誰かが渡っているのが見える。


小積ダキの展望所









絶景を楽しんだ後は、先ほど見えていた象岩のトラーバースだが…
あっ! 先輩達はカラビナを取り出された。(いいよな…)


ワイヤーにセルフビレイしているので、余裕のトラバースだ。


象岩を過ぎても安心できないのがこの坊主尾根
次から次に、イヤというほど梯子やロープが続く。

















坊主岩を前に


まだまだ続く 梯子を下り


またまた梯子を下り


やっと林道(エスケープルート)との分岐に到着
今回は天気もよく、時間的にも余裕があったのでそのまま下る


平地に出たと思ったのもつかの間、また始まった急斜面を木につかまりながら下りていく。


下ること45分。やっと見えた!


坊主尾根を下りきった!


慎重に川を渡る


大崩山荘を経てさらに歩くこと30分、遂にゴール!


先輩方とお互いの健闘(登)を讃え別れる。
きつかったけど、先輩達と一緒だったので実に楽しい山行となった。

美人の湯で汗を流し、この日のサイト地を「道の駅宇目」と決め出発する。

ー 続く ー
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今年最後の遠征 大崩へ⑤ 山頂へ

2020年11月23日 | 山(県外)
自然の懐に抱かれての車中泊、寝るのが早かったので4時頃には目を覚ました。外に出てみると相変わらず星がきれいだった。4時半頃には早くも、登山口目指して登っていく車がいて驚いた。私たちの待ち合わせは6時、その6時ちょっと前に、延岡に泊まられていた先輩二人と合流。いよいよ大崩登山が始まる。

真っ暗な登山口 登山届を投函


ヘッドライトの明かりを頼りに出発


大崩山荘到着 中を探検


窓から外の紅葉が… まるで1枚の絵のようだった。


さらに進み三里河原との分岐点を左へ。わく塚ルートに入る。
徒渉地点からは、これから向かう小積ダキが朝日を浴び輝いていた。


対岸にあったビバークできそうな岩屋


袖ダキ展望所


いかにも大崩といった景色が目の前に迫りテンションが上がる。





この岩の下は断崖絶壁。本当かな…


乳房岩?


この角度だと確かに(Oさん撮影)


下わく塚に向かう 歓迎の5連梯子

3連と思っていたらその先にさらに2連の大サービス

下わく塚到着





「あれに行くんかい…」


上わくへは尾根の北側を巻いていきます。日が当たらないせいか岩が滑りやすいので注意が必要です。実際、この日は滑落の瞬間を目撃しました。(→「大崩の恐ろしさ」)

そして上わく塚


チャレンジ!


さらに岩を超えて


上わく塚の頂 モッコリした鹿納坊主がよく見えている


鹿納との中間に見えているのが七日廻りの奇岩


いよいよ大崩の山頂へ


山頂到着 


山頂の景色が変わっていた。以前登ったときは笹とブッシュで山頂は展望がほとんど利かなかったように記憶していたが… 
笹や木が枯れている。



前回登ったときの写真を引っ張り出してみた。

(6年前と思っていたら8年前だった。)

8年前はは10月で今回は11月と一月の違いはあるがあまりにも変わっている。笹が全滅していた。ひょっとして周囲の木々も?(落葉しただけかもしれない?)

石塚に戻りランチタイム


本日の豪華ランチ

前日が車中泊だったので即席弁当。(「サトウのご飯」は朝から湯煎済み)

さあ、いよいよ坊主尾根の下りだ。行く手に何が待っているのか?


ー 続く ー

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今年最後の遠征 大崩へ④ 車中泊の実際

2020年11月21日 | 山(県外)
実際の車中泊の様子です。「いつになったら大崩山登山になるの?」と言われそうですが、私にとっては登山と同じくらい楽しいのがこの車中泊なのです。しかも今回は大自然の中のそれです。こんな旅に憧れていました。
「旅と野宿は男のロマン」








誰もいない。静かである。
遠き山に日は落ちて…



やがて、本当に「星は空を散りばめ」た。
あれを星月夜というのだろうか。月は出ていなかったが、星の光で夜空がわずかながら白ずんでいた。
時折、遠くから野生の動物の鳴き声が聞こえだけの静かな所。
天の川、ミルキーウエイとはよく言ったもので、天空に白い川が流れている。
それにしても星が煌々と輝いている。「星のランプ」とはじつに上手い表現だ。

残念ながら夜空の写真はありません。

ここでは、車中泊の様子を紹介します。急に現実の世界に戻りますが…

①寝床


さらにシュラフマットを敷くので3重のマットということに


②リヤウィンドー対策


段ボールが間に合わなかったのでバスタオルを掛けてみた。目隠しにはなるが結露対策には全くならなかった。翌朝、リヤのガラスには水滴がいっぱい…


③サイドの結露対策


これはバッチリだった。段ボールを外したら、うっすらと窓が曇る程度だった。リヤと大違いで効果が確認できた。


④間仕切り


フロントはサンバイザーで目隠し済み。運転席の両サイドは何もしていなかったが曇る程度で済んだので、この間仕切りは結露対策にもなったようだ。主は目隠しだった。


⑤晩飯




水ポリの水が大活躍。コッフェルでサトウのご飯やおかずを温める。そのお湯でカップうどんと焼酎のお湯割りをつくる。野宿では水は貴重。このメニューだと洗い物は出ない。



明日はいよいよワンゲルの先輩お二人と一緒に大崩登山だ。
6時に登山口なので、早めに休む。
寝るときには、寒くないように、さらにもう1枚シュラフを上から掛けた。




大自然に包まれ、車中泊を堪能しながら眠りについた。
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今年最後の遠征 大崩へ③ 車中泊の前準備

2020年11月21日 | 山(県外)
エスケープルートを間違えたポイントの確認ができ、6年間心に引っ掛かっていたものがとれました。あの時はいろいろな要因が重なり、パニックに陥っていたんだなとあらためて思ったところです。

さあ、次はアウトドアの楽しみの一つ、車中泊です。
予定していた美人の湯の駐車場から、道端の何もない空き地に変更になりました。全くの野宿風車中泊にかえって心が弾みます。




遠征の前日に、車中泊の前準備をしました。今回はその様子を紹介します。

① ベッドメイキング


愛車ストリームの2列目シートを倒し、さらに前にずらします。2列目と3列目の間にできた隙間にコンパネを渡します。そこにマットを2重に敷きます。1.8mのヨガマットが余裕で敷けるベッドの出来上がりです。


② 調理スペース


車の中で煮炊きをしますので、板を敷いて調理スペースを確保します。これでコンロが安定し、多少の煮こぼれも大丈夫です。「車の中でコンロ?」とよく言われますが、(学生時代の)テントの中でのコンロと同じ感覚です。換気さえ気をつけていれば問題ありません。

③ 荷物の積み込み


小型のコンテナには下段がキャンプや山の道具、上段が衣類です。コンテナは3段になるときもあります。シュラフは今回は寒いかなと思い2本用意しました。食料は大きなカゴにまとめて入れます。今回は多めに用意していたので、美人の湯の食堂が休んでいても大丈夫でした。右下の写真が全部積み込んだところです。寝るときにはベッドの上の荷物はコンテナの上や助手席に移します。


さて、ここまでは普段の車中泊の準備ですが、今回は11月の車中泊ということで寒さへの備えを急遽行いました。遠征前日のことです。

④ 窓の防寒・結露対策


車中泊の場合、窓から冷えてきます。そこで、防寒・結露対策として先代のアトレー時代からしていた段ボールでの窓覆いです。いちおう窓枠に合わせて型紙を作り、それを段ボールに当てて切り抜きます。


ジャーン! 出来上がり



後部座席の窓も同じく


段ボールを窓にはめると、外からは全く見えなくなりますのでプライバシーの保護にも役立ちます。いかがです、費用対効果抜群のお勧めのアイテムです。

実際の車中泊については次回紹介します。

ー 続く ー
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今年最後の遠征 大崩へ② 6年前の忘れ物を探しに…

2020年11月20日 | 山(県外)
泊まる場所は見つかった。温泉に入り、サイト地でゆっくり過ごしてもよかったが、6年前の忘れ物を探しに行かなければならない。
それは6年前のエスケープルートでの道間違い、消し去ることのできない苦々しい思い出だ。


(終点に車を停め、林道を歩いて行く)


6年前は雨の中、坊主尾根を下った。濡れた岩は登山靴のグリップが利かず、常に滑落の恐怖がつきまとった。やがてエスケープルートとの分岐点に到着したとき、迷わず林道へのエスケープルートを選んだ。エスケープルートと言っても甘くはなかった。すぐに沢に出くわしたが、そこはすでに増水していて膝まで浸かりながら渡らねばならなかった。そして林道、ダンプが通る車道をイメージしていたら、とんでもなかった。それは荒れ果てていた、かっては林道だったかも知れないが、およそ林道などと呼べるような道ではなかった。それでも、それまで散々苦しめられたロープや梯子が無いだけましだった。夕闇が迫る中、とにかく急いだ。やがて、谷底に見える麓の村を目にしたとき、「あと一息」と緊張の糸が緩んだ。

ところがだ、時おり木々の間から見える村が一向に近づかないのだ、行けども行けども。こともあろうに、行くほど村が小さくなるではないか。次のカーブを曲がれば下りに転ずるだろうという思いが幾度も裏切らなければ異変に気づかなかった。

「しまった、この道は間違っている」と思ったときには、夕闇がそこまで迫っていた。


山で道を間違えたら、間違った場所まで戻るのが鉄則だ。間違えたとしたら林道の入り口か?(実は、林道の入り口は正しかった)
なぜそう考えたかというと、歩いてきた道はあまりにも一般的な「林道」からかけ離れていたからだ。入り口付近をよく探せばきっとイメージしたような「林道」があったはずだ。-この時点でパニックになっている-

来た道をひたすら戻る。急がなければ日が暮れる。行けども行けども今度は林道入り口にたどり着かない。やがて滝となって流れる大きな川に出た。

「こんなの無かったぞ」と、絶望にうちひしがれ、目の前が真っ暗になった。

不安が頂点に達したとき、見覚えのある、確かに見覚えのある我が愛車アトレーが目に飛び込んできた。
地獄で仏だった。涙が出るくらい嬉しかったが、不思議でならない。狐につままれた気分だった。

後日、地図を見て、そのからくりが分かった。分岐点を2回間違ったのだ。
間違いの間違いで、結果的には林道入り口に行くことなく登山口に達したのだ。




黄色が本来のエスケープルート(鋭角に曲がって行く)
赤の矢印が1回目の間違い
2回目は林道入り口に戻るために左折(赤の矢印の逆方向)しなければならないところを直進(緑の矢印)したので、気づかないうちに本来の道に戻っていた。


濡れ鼠のていで美人の湯を訪ねた。
そこで店主に、雨の中を命からがら下山したことと、エスケープした林道で迷い、不思議な体験をしたことを話すと、「あの林道は迷うとこはないけどな」と首をかしげられた。
ただ、下まで降りず、林道にエスケープしたことは褒めてもらったが、それ以前に「こんな天気の日には大崩には登りませんよ」と言われた。
昨日お会いしていたら「止めていました」とおっしゃるが、いかんせん、前日は木曜日で美人の湯は定休日だったのだ。


ずうっと気になっていた6年前の苦い思い出、いつかはもう一度行って確かめねばとの思いが叶えられた。
結論から言えば、やはり「間違えるような場所じゃない」だった。

どうしてあそこを間違ったのだろうか。
恐怖と焦りから冷静さを欠いていた、6年前は目印の赤テープがコース全般に少なかった、早く下山することに夢中で視野が狭くなっていたなどが考えられる。


今では、目印のテープが幾重にも巻き付けてあった。




いろんなことを思いながら、今来た道を下りていく。
午後の光を浴び黄葉混じりの雑木林が輝いていた。



6年前のことが嘘のような余裕の林道歩きだ。


あのときは違う景色に見える麓の村


ゴールに到着




この後は美人の湯で汗を流し、車中泊をして明日の大崩登山に備えた。
ー 続く ー
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今年最後の遠征 大崩へ① 車中泊禁止…

2020年11月19日 | 山(県外)
先日、今年最後(たぶん)の県外遠征に行ってきました。宮崎県の大崩山です。
大崩は3回目ということもあり、事前の情報収集を怠っていたら困る場面もありました。
それは、車中泊を予定してた祝子川温泉「美人の湯」が以前とシステムが変わっていたからです。
変わっていたのは次の3点です。

①車中泊の禁止
②営業時間の短縮
③食堂の営業中止


過去2回は、登山者向けに解放してあった第2駐車場で車中泊をさせてもらいましたが、それができなくなっていました。
これはショックです。



「車中泊禁止」


撤去されていいた水場



予定では、美人の湯の温泉に入り、ここの食堂で湯上がりの生ビールを飲みながら夕食、そしてしばらくロビーでくつろいでから車に戻り寝るという計画でしたがそれができなくなりました。食堂ではさらに翌日の朝食用におにぎりもラップしてもらう予定だったのに…

営業時間の短縮(午後8時が午後6時まで)と食堂の利用中止はコロナの感染対策だそうで仕方ありません。車中泊ができなくなったのは利用者のマナーが悪かったからだそうです。利用したのは山登りをする人だろうに、残念です。

それならと近くにあるキャンプ場に行きました。


祝子川の流れが間近に聞こえ、ロケーションもいいところです。車中泊600円ということでした。
一応、宿泊候補地ということで登山口に向かいました。

この日は登山前日なのですが、もう一つしたいことがあったのです。
それは6年前に道を間違ったエスケープルートを確認に行くことでした。

登山口に向かう途中




そして、野宿できそうな空き地を発見。野宿といっても車中泊ですが


紅葉が見れて、


山も



キャンプ場は安心ですが、この空き地の方が冒険心をかきたたせてくれます。
宿泊地確保ということで、エスケープルート(二枚滝へと続くかっての車道)に向かいました。

ー 続く ー



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柳名を変えました

2020年11月13日 | その他
柳名を青春の山「天山」から、故郷の山「眉山」に変えました。

この4月より毎日新聞の「仲畑流万能川柳」に投稿をはじめました。ここでは川柳詠みが使うペンネームのことを柳名と言っています。本名で投稿してもいいのですが、私も先輩方にならって柳名で投稿することにしました。

はじめはよく考えもせず「天山歩荷」をペンネームにしていましたが、あまりにも不遜なことだと気づき、この9月より「眉山独歩」に改めました。
「天山歩荷」はSUWVで青春を過ごしたみなさんの共通の思い出であり、あの頃を瞬時に蘇らせるキーワードでもあります。それを個人が使っていいわけがありません。遅きに失しましたが、これからの自分のセカンドライフにふさわし名前として「眉山独歩」(読み方は「まんやまどっぽ」)に改めました。

11/6 「天山歩荷」での最後の掲載


  載らなくてちゃんと投函(いれ)たか妻に問い


11/10 「眉山独歩」での初掲載


  スマホよりハガキの値下げしてほしい


このときはたまたま続けて掲載されましたが、私の句はまだまだ未熟で、出せども出せども載りません。2ヶ月に1回掲載される程度です。その載らなさを自虐的に読んだのが上の句です。
また、この万能川柳はハガキでしか投句できないのでハガキ代がかさみます。そのことを読んだのが下の句です。

滅多に載らないので、あまり目にすることはない「眉山独歩」ですが、もし新聞でこの名を目にしたら、その日はいいことがあるかも…





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ガーデンキャンプと車中泊

2020年11月09日 | その他
10月23日
息子からキャンプに誘われたが、あいにくその日は鉾岳に登るようにしていたので一緒できなかった。

息子は島原の実家の庭でガーデンキャンプ、私は鹿川渓谷で車中泊となった。
息子達のキャンプの様子を写真で見せてもらった。

コロナ渦で、自宅でキャンプするのが増えているらしい。その様子である。



晩飯


朝飯




ガーデンキャンプは、屋外で料理や食事、その時間を楽しむのが目的のようだ。


一方、私の車中泊はというと

宿泊地 鹿川渓谷の今村橋バス停


水場


トイレ(水洗)


洗面所


ポリバケツは、これで洗濯や洗顔ができるので大変重宝する。
おっと、この日はシャンプーを忘れていた…

晩飯


幕の内弁当はお昼用に買っていたのだが、鉾岳で食べる時間がなかったので夕食用になった。
山登り後で、塩分をからだが欲しているのか、インスタント焼きそばが思いのはか美味かった。

焼きそばをつまみに、あっという間に本麒麟が2本空いた…


ティータイム


車の中でガスストーブを扱うので、安全のために1枚の木の板を敷き安定させている。

照明 全体としては車のルームライトだが、読み書きする時には、前席のヘッドレストに取り付けたヘッドライトが役に立つ。


朝飯


サトウのご飯とインスタント味噌汁


私が目指しているの車中泊は、ワンゲル時代のテント泊に近いスタイルだ。
シンプルな装備と簡単にできる食事。
息子達のガーデンキャンプとは比べものにならないほどお粗末な食事だが、むしろこのスタイルを楽しんでいる。
さらにいうなら私の野外活動への憧れは、中学校時代に読んだ漫画「サイクル野郎」から始まっている。
行く先々でテント泊しながら日本1周を目指す主人公丸井輪太郎のシンプルなキャンプスタイルに、いまだ憧れている。
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