hiroべの気まま部屋

日ごろの出来事を気ままに綴っています

京王線沿線散歩・仙川駅(3):武者小路実篤記念館

2021-02-28 09:28:40 | 首都圏散歩

(武者小路実篤記念館   2月16日撮影)






 『今朝の天気』


(7:15頃)

 今朝の温度(6:00) 室温 リビング:18.7、 洗面所:20.5、 湿度(リビング):26%、
 (昨日の外気温 東京、最高気温: 9.6、最低気温: 4.0
  本日の予想気温 最高気温:12、最低気温: 1)


 今日は、三日ぶりの晴れの朝で迎えました。湿度も低くかなり冷え込んだようです。明日から3月、太陽もだいぶ東寄りに顔を出すようになりました。
 今日は日曜日ですが、2月の温度統計のまとめは明日以降にご報告いたします。

 【2月22日~27日の朝の天気】

 



 さて、京王線沿線散歩、仙川駅の続き、そして最終回です。今日は実篤公園の後に寄った「武者小路実篤記念館」のご紹介です。
 武者小路実篤(むしゃこうじさねあつ1885-1976)は、実篤公園の邸宅で晩年の20年を過ごしました。没後、家族より調布市に作品や資料1700点が寄贈され、それらをもとに1985年(昭和60年)にこの記念館が開館したということです。(収蔵品は、開館後記念館独自で実篤関連の資料収集し、現在6万点をこえるとのこと)
 実篤のことは皆さんどの程度ご存知でしょうか?正直私は、本も読んだことはなく、名前を聞いたことがあるという程度でしょうか。どちらかというと、絵手紙のような書画の方が一般的にも有名なのかと思います。


(記念館のパンフより転載)


 旧貴族の末っ子として生まれ、学習院時代に志賀直哉とともに雑誌「白樺」を創刊、文壇にデビューします。代表作は「友情」「愛と死」「真理先生」などの小説と「人生論」などがあるということです。大正期には理想社会をめざして「新しい村」を創設、その後執筆活動とともに絵画などを楽しむようになったということです。



(小説「愛と死」の冒頭原稿 記念館の絵はがきより転載)

 記念館では、収蔵品を順次入れ替えてテーマごとに展示しています。私が訪れた時は「実篤の手紙」がテーマの展示がされ、友人であった志賀直哉初め、多くの著名人との書簡が展示されていました。


 記念館は閑静な住宅街にあります。仙川駅から桐朋学園・実篤公園を巡って記念館を訪れましたが、帰りは「つつじヶ丘駅」より帰りました。記念館は仙川駅、つつじヶ丘駅よりほぼ等距離で徒歩10分程度です。
 帰りは、準豪邸を見ながらちょっとセレブな気分の散歩となりました。







(つつじヶ丘駅前)


 つつじヶ丘駅は予告編です。いつかはご紹介したいと思います。




(武者小路実篤記念館の中庭)



 仙川駅周辺の散歩、今回は商店街・桐朋学園・実篤公園・武者小路実篤記念館・つつじヶ丘駅のコースとなりました。
 商店街の東寄りに、安藤忠雄の建築が集中した「仙川安藤ストリート」もあります。駅の北側も残っています。仙川駅での次回はそのあたりを散歩したいと思います。









実篤公園のツバキとサザンカ

2021-02-27 08:14:04 | 

(実篤公園の侘助椿    2月16日撮影)





 『今朝の天気』


(6:45頃)

 今朝の温度(5:30) 室温 リビング:19.0、 洗面所:20.5、 湿度(リビング):25%、
 (昨日の外気温 東京、最高気温:11.8、最低気温: 5.6
  本日の予想気温 最高気温: 9、最低気温: 5)



 実篤公園は武蔵野の雑木林をそのまま生かした庭園ということで、花の樹は多くありません。この時はツバキとサザンカが咲いていました。

    
     (侘助椿)




(サザンカ)





(侘助椿)






 (本日コメント欄お休みをいただいております。)






京王線沿線散歩・仙川駅(2):実篤公園

2021-02-26 09:52:41 | 首都圏散歩

(実篤公園・旧邸宅   2月16日撮影)





 『今朝の天気』


(7:45頃)

 今朝の温度(6:00) 室温 リビング:19.6、 洗面所:21.0、 湿度(リビング):30%、
 (昨日の外気温 東京、最高気温:11.3、最低気温: 1.5
  本日の予想気温 最高気温:12、最低気温: 6)




 

 京王線仙川駅散歩の続きです。駅から徒歩5分の桐朋学園からさらに5分ほどで、案内標識にしたがって歩くと実篤公園に到着します。公園ということで、広場のイメージをしますが、狭い入口にちょっと戸惑います。受付がありますが、公園内は無料です。
 中に入ると、すぐに下り坂になります。しばらく下ると、武者小路実篤が晩年の20年(1955~76)を過ごした邸宅があります。





(左上:正面玄関 左下:書斎辺り)

 邸宅は平屋ですが、かなりの大きさです。建坪は30坪ほど、敷地全体は斜面なっていて、敷地面積は1,500坪ほどとのことです。公園とありますが、邸宅の裏、書斎側は全体が庭園となっています。庭園は2段になってそれぞれ池が造られています。











 実篤公園のある傾斜地は、太古の時代旧多摩川が削って造った河岸段丘の跡で、「国分寺崖線」の一部にあたります。公園内に植えられた樹も自然の樹木がいかされており、武蔵野台地の昔を残す貴重な自然遺産ということです。なお、国分寺崖線は現在の野川にほぼ沿って形成されています。調布では深大寺辺りもこの崖線が通っています。

 公園を下りきって、地下トンネルを抜けると「武者小路実篤記念館」があります。次回ご紹介します。

 そうそう、公園の入口の高台から富士山を見ることが出来ました。東京で富士を見るのは久しぶりでちょっと興奮しました。
 写真は?というとこれが難しかったです。露出を絞って、輝度上げてやっとこの程度でした。

 




 (本日コメント欄お休みをいただいております。)










3/4

2021-02-25 09:10:30 | 日記

(野川にて・ムクドリ    2月6日撮影)



 『今朝の天気』


(6:45頃)

 今朝の温度(6:00) 室温 リビング:19.0、 洗面所:21.0、 湿度(リビング):25%
 (昨日の外気温 東京、最高気温:11.9、最低気温: 3.2
  本日の予想気温 最高気温:11、最低気温: 3)



 今日は、どうでもいいような、たわいもないお話をしたいと思います。
 昨日は、妻と一緒に市内の眼科医院に検診に出かけました。都心の大きな眼科病院に通っていたのですが、コロナのこともあって、私は昨年から、妻は昨日がはじめてでしたが転院したのです。
 予約時刻11時の5分ほど前に着いたのですが、医院の前には7.8人の行列が出来ていました。まるで、人気ラーメン店の開店待ちの様でした。
 町のお医者さんで、もともと待合室は10人ほどの広さなのですが、密を避けるためと人数制限をしていて、5,6人しか入れなくて、オーバーしたら外で待つことになります。確かに入口のドアにもそんな掲示もしてあります。
 どうやら、並んでいたのは予約なしの人が多かったようですが、それでも、寒い外で15分ほど待つことになりました。




 
 そして、呼ばれて中に。中には、若い男性と、小学生の男の子を連れた母子、の3人がいました。やがて、若い女性が入ってきて、我々を入れて待合室は6人になりなりました。入ってすぐに「Tさん」と妻が呼ばれ、初診なので視力検査室に。やがて、「Tフクタロウさん」と小学生が呼ばれ、お母さんと一緒に診察室に、『え!Tさん、一緒の苗字だ!』と頭の中で私。次に私が「Tさん」と呼ばれ、診察室に。眼圧の検査だけですから、すぐ終わって、まだ視力検査が終わっていない妻を待合室で待ちます。私の次は若い男性が呼ばれ、続いて若い女性が呼ばれました。「Tアカネさん」。『え!またTさん、おんなじじゃん!』

 ということで、6人が一緒にいた時間はせいぜい15分程度だったと思いますが、6人中5人、グループ単位では4組中3組が「T]という同じ苗字の人で揃ったという事が起こりました。もともと、そんなに珍しい苗字ではありませんが、多い方でもないという苗字ですからやはりそうそう起こらいことかとは思います。さすがに看護師さんは分かっていたのでしょうね。全員フルネームで呼んでいました。

 と、つまらないお話にお付き合いありがとうございます。
 もういいよ!という事かと思いますが、このお話続きがあります。舞台は薬局に移ります。
 診察が終わって、目薬をもらうために、妻と隣の薬局に。処方箋を出して、待っていると、やがてTアカネさんも、薬局に。結局3人で薬を待っていると、「Tさん、3人さん、薬が出来ました。」と。下の名前が呼ばれなくて、しばらく沈黙、すると「T○○さん」と私の名前が呼ばれました。薬を取りに窓口に、薬剤師さんが一言「会計は3人一緒でいいですか?」、私「3人ではなく、2人です。一人は違うTさんです。」 アカネさんの様子をちょっと見ると、下を向いて恥ずかしそうにしていました。
 同じ苗字の3人、親子、いや!おじいさん夫婦と孫かな?、そう見えても不思議はないですね。 

 薬局でもTフクタロウ君母子も揃ったら、もっと面白くなったでしょうが、さすがにそうはなりませんでした。と、以上、くだらんお話でした。ちゃん、ちゃん!


 もしかしたら、こんなエピソードもあります、とコメントしたい方あるかとも思います。今日はコメント欄開けておきます。





 

仏教思想:中国華厳思想概要(その6)

2021-02-24 07:45:34 | 仏教思想
 『今朝の天気』


(6:45頃)

 今朝の温度(6:00) 室温 リビング:19.5、 洗面所:21.0、 湿度(リビング):25%
 (昨日の外気温 東京、最高気温:15.5、最低気温:10.9
  本日の予想気温 最高気温:11、最低気温: 4)




 中国華厳思想概要の6回目です。3回目までの序に続いて、4回目から本論に入り、まずは『華厳経』について、その意味と構成・主要な章(品名)を取り上げました。そして、前回は主要な三つの品名のうち「十地品」についてみてみました。(過去記事はカテゴリー「仏教思想」から遡及できます。)
 今回は、「十地品」に関連して「三界唯心」について、そして引き続き主要三品名のうち「入法界品」を取り上げます。


2.3.4.三界唯心とは
 三界唯心は十地の第六地(現前地)を特徴づける思想となっていますが、「三界は虚妄にして、但是の心の作なり」という一句に尽くされています。
 そこで、「三界」と「心」について、仏教ではどう解釈されてきたのかをみてみます。
①三界と五趣
 インド仏教においては、あらゆる生きものは、その生存期間中に積み重ねられた行為(業ごう)の如何によって価値の異なる生存様式のあいだを上昇したり下降したりしながら生死をくりかえす(「輪廻転生」)と考えられました。
 三界は、それぞれの生存様式を異にするさまざまな生きものの生存の場(生存領域)の総括した名称であり、それぞれの生きものの生存様式を「五趣」と呼びます。
 小乗仏教・部派仏教の理論学者ヴァスバンドゥ(世親*)の『倶舎論』では、以下(図3)のように説明しています。
 
*世親:部派仏教有部の代表的な理論家であるが、その後兄とともに、「唯識」思想を唱え、「空」思想を体系化した龍樹(ナーガールジュナ)とともに、大乗仏教の代表的な理論家の一人となった。

②「心」:五位と五蘊
『倶舎論』によれば、「心」(意識)は五位や五蘊に分類されています。(下図4参照)
 ・五位:全存在(一切法)の基本的な分類原理
 ・五蘊:五位のうち有為法のみにかんする分類原理 
 

③「三界唯心」のまとめ
 以上をまとめると、以下のように整理できます。
 ・三界に輪廻転生する生きもののあり方は心の所産である
 ・その心は貪欲から生じたまよいの心である
 ・輪廻転生のすがたはまよいの心の所産であるから、まよいの心をなくしさえすれば輪廻から脱却できる
 これらは、アーガマ(原始仏教)、アビダルマ(『倶舎論』)に説かれた仏教の基本テーゼであり、華厳思想の特徴とはいえません。ポイントは、これらのテーゼの『華厳経』における位置づけということになり、それは十地の第六地(現前地)で説かれているということになります。(前回・その6参照)

2.3.5.「入法界品」の意義と十地・八会・三四品の関係
①「入法界品」の意義
 入法界品(にゅうほっかいぼん)は、十地品(じゅうじぼん)とともに菩薩の修行の段階を説いています。会座の第八会に位置し、各会座は複数の品名により構成されていますが、第八会は入法界品のみで構成されています。
 入法界品は、毘盧舎那仏とよばれる法界に充満する真理の場において、その真理を衆生に説き明かそうとする普賢菩薩の願望にもとづき、文殊菩薩の指導に従って、善財童子が菩薩道の師を求めて南方へ遍歴をつづけたあげく、「灌頂地に住する諸仏の長子」として彌勒菩薩にめぐりあうことによって目的を達する、という構成になっています。
 このように、讃仏文学ないし仏伝文学を手がかりとする点では、十地品と軌を一にしながら、十地品のように菩薩の修行段階を論理的に解明するのでなく、菩薩道の構造を比喩的に描き出す形になっています。
 ↓
 『華厳経』の成り立ちはまず入法界品と十地品との巨視的な対応関係が確立されたうえで、十地品の構成にしたがって、全巻の構成がつくられたのではないかと考えられます。(「③八会と華厳三十四品、十地との関係」にて詳細後述)

②「入法界品」にみられる『華厳経』の世界観
 善財童子は五三人の善知識(先生)をたずね仏法の真理を求めました。
 五三人の職業は「海師(かいし)・長者・賢者・婆羅門・外道(仏教以外の宗教を信じる人)・王・道場地神・天・夜神・仙人・比丘尼・女性 など」です。
 ここでは、あらゆる職業の人に参究しています。これは、「人間の価値は出家や在家などの外形の区分になるものではなく、ただ菩薩心の有無によるものであるという『華厳経』の思想を表わしており、思想的にはわれわれ凡人であっても、宗教的願心をもつときには、たとえ日常生活のどんなささいなことでも、社会生活のふとしたできごとであっても、宗教的向上の道に役立たないものはない。」ことを示しています。
「菩提心という立場からは」世間から忘れられ、見捨てられているよう人々の生活や態度にも、無限の精神的教訓が含まれていることを述べているわけです。
 善財童子は、最後に彌勒・文殊・普賢の三菩薩を尋ねて、菩薩行を求めるのに必要な心がまえを問うています。
 弥勒は「浄き真心と知恵がたいせつである」と答える。さらに善財童子は彌勒に求め楼観(ろうかん)の門に入ることを許されます。
→これは『華厳経』の世界観の広大無辺にして、円融相即しているのは、見仏(*)という宗教的体験によって開かれる点を述べたものです。
*見仏の体験とは:『華厳経』に現れた無辺広大の世界観は、単なる夢物語や空想の世界ではない。ほとけの境地に入る三昧である海印正覚(かいいんしょうがく=悟り)の内容を説いたものである。われわれの心が浄(きよ)らかな仏心になりきるとき、ほとけを見ることができる。浄心になりきる方法は=「自我を空ずること」

③八会と華厳三十四品、十地との関係
 六十華厳は三四品から成り立っているが、この三四品は八会(はちえ)にまとめられています。
 八会の「会」とはブッダ(毘盧舎那仏)の説法の場所を意味し、第一会と第二会はブッダが悟りを開いた場所として伝えられているマダカ国の仏蹟、第三会から六会は欲天、第七会(マダカ国)、八会(コサラ国)は再び地上となっています。
 八会と華厳三十四品、十地の果報との関係は(下表16)のとおりとなっており、第一会から六会と十地の初地から七地は軌を一にしています。
 

2.3.6. 十地品・入法界品の意義
 後述のように、『華厳経』の中心思想は「性起品」にみられるように、ほとけの生命の現れを説くが、それだけで本来衆生はほとけ、などということになると、修行はいらないことになります。
 本来ほとけであるところのわれわれ衆生が、無限向上の修行を続けていくのだ、と説いたところに十地品などの意義があるわけです。


 本日はここまでです。本日は、「十地品」の第六地「現前地」の補足説明としての「三界唯心」と六十華厳のまとめとしての第八会・第三四品「入法界品」についてみてきました。
 次回は、『華厳経』の中心思想ともいえる「性起」について取り上げます。しばらくお待ちください。





 (本日コメント欄お休みをいただいております。)