hiroべの気まま部屋

日ごろの出来事を気ままに綴っています

父からの手紙:第25回-最終回(不明分3(1993年7月か?)

2014-06-19 08:53:51 | 父からの手紙
 父からの手紙25回目をお届けします。

 前回に続き、年月がはっきりしない手紙の3回目です。

 父の字は自己流の崩し字で読めない字が各所にあります。次のように一部加工しましたので
ご承知置きください。

 ①句読点もない文章のため、句読点は適当に補いました。
 ②誤字、脱字はそのままとしました。旧漢字も可能な限りそのままとしました。
 ③略字、当て字は「カタカナ」表記としました。
 ④個人名は、関係者しかわかりませんが、一応仮名(イニシャル)としました。
 ⑤一部私の説明を追記しましたが、追記部分は‘  ’で囲みました。

 不明分3(1993年7月か?) 

 “お中元に添付された手紙?”

 御無沙汰致し居ります。

 其の後、皆様御変り御座いませんか。当方、御蔭で変り無く過し居ります。

 此の処、梅雨期とは申志ながらやゝ雨が多い様に想ひます。当地も一時は
節水の広報車が出た程でしたが、此の処満水の様子です。

 其れにやゝ不幸続きで、MO君(稲熊の義弟)が胃ガンで四十日程の入院で五月上旬逝く、
亦、KS君“母の弟”の奥さんKEさんも当時入院中で有り(二ヶ月程の入院で先月退院されました)
不幸も時には続くものと暗然と致し居ります。

 私も此の頃、特に目の疲れが早くなり讀書も続かず、婆さん共々風々と無為に日が暮れて、
晩方からの角力でも楽しみに致し居ります。

 不順な天候で有り、当地も二十日頃が梅雨開けとの予報ですが、炎暑の盛夏も間近と想はれます。

 折角御自愛下さいます様、其れのみ願って居ります。

 乱筆ながら右近況まで
 御体大切にして下さい
                                     SK“父”
 皆々様

 (KK“長兄の長女”、五年生に成り、先日友達と名古屋の築港の水族館に遊びに行って来ました。
大変立派なものが出来た様です。体も私より大きく成りました。)


 「父からの手紙」25通のご紹介がこれで最後となりました。
根気よくお付き合いいただきました皆さまには、厚く御礼申し上げます。
 
 本日は父の祥月命日に当たります。昨年は久しぶりに墓参りをしてきましたが、今日は自宅で合掌!です。
今年の墓参は母の命日の秋に、と思っています。

 父からの手紙、皆さまにも紹介し読んでいただいて、少しは父の供養になったのかな、と思っています。

 なお、過去記事を読まれたいという方は、カテゴリー「父からの手紙」にてお願いいたします。

 長らく、お付き合いいただきありがとうございました。


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父からの手紙:第24回(不明分2:1990年から92年?7月?)

2014-03-27 08:22:25 | 父からの手紙
 父からの手紙24回目をお届けします。

 前回に続き、年月がはっきりしない手紙の2回目です。そして、残りは1通となりました。

 父の字は自己流の崩し字で読めない字が各所にあります。次のように一部加工しましたので
ご承知置きください。

 ①句読点もない文章のため、句読点は適当に補いました。
 ②誤字、脱字はそのままとしました。旧漢字も可能な限りそのままとしました。
 ③略字、当て字は「カタカナ」表記としました。
 ④個人名は、関係者しかわかりませんが、一応仮名(イニシャル)としました。
 ⑤一部私の説明を追記しましたが、追記部分は‘  ’で囲みました。


 年月不明分2(1990年から92年?) 

 “お中元?に添付された手紙と思われます”

 拝啓

 久しく御無沙汰のみに打過ぎ居り申訳御座いません。
 梅雨も終りに近づいた様ですが、此の処曇り勝な日々が続いて居ります。
 其の後皆様には如何お過しでしうか。当方変り無くして居ります。

 一昨日、KS‘母の弟’さん御夫婦久し振りに立寄って下さいました。MO‘母の弟’君、IO‘従兄’君達も
元気な様子です。

 此の処目の疲れが早く、読書余り進まず、特に、私はもの忘れがひどく成り、何とかぼけ老人にならぬ様にと
心配し、自戒しながらも平々凡々と暮して居ります。(過ぎて逝くだけです)婆さん共々です。

 野球はパは西武が強すぎるし、セは地元の中日が駄目、但し、巨人の一気にトップまでかけ上がったのには
驚きでした。今は、相撲が毎日の楽しみです。

 明日は、高令者教室が有り楽しみで出掛ける予定で居ります。

 当地は、盆施餓鬼は月遅れの八月十三日からが一般の風習に成って居り、春先の便りの時に八王子の弟が
墓参を兼ねて遊びに来る由の便りが有り、久振りなので楽しみに致し居ります。

 梅雨開け多少本年は遅れる様な話ですが、炎暑も間近と想はれます。

 皆様の御健康御自愛下さいます様、切に御願ひ御祈り申上ます。
 (素品で恐縮ですが、御納め賜り度)

 I‘義母’
 御二人様                             SK‘父’



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父からの手紙:第23回(不明分1:1986年?87年?9月))

2014-02-27 09:34:03 | 父からの手紙
 父からの手紙23回目をお届けします。

 先回最後の手紙をご紹介しましたが、そこでお話ししたように、年月が不明分が3通ありますので
それを紹介して、この「父からの手紙」を終えたいと思います。今回は、その不明分の1です。

 父の字は自己流の崩し字で読めない字が各所にあります。次のように一部加工しましたので
ご承知置きください。

 ①句読点もない文章のため、句読点は適当に補いました。
 ②誤字、脱字はそのままとしました。旧漢字も可能な限りそのままとしました。
 ③略字、当て字は「カタカナ」表記としました。
 ④個人名は、関係者しかわかりませんが、一応仮名(イニシャル)としました。
 ⑤一部私の説明を追記しましたが、追記部分は‘  ’で囲みました。


 不明分1(1986年?87年?9月) 

 拝啓
 九月も早や中旬、朝夕の涼に初秋を感じる季と成りました。
 皆様御変り御座いませんか。

 御地も御同様と想われますが、今年は不順な天候で夏らしい暑い日が少なく秋を迎える様に想われます。

 七月はKA‘母方の伯父’の壱周忌が有り、亦HE‘母方の叔父の妻’の御父様が亡くなられ(豊田市)引續き
私の兄(戦死)の法事などで割に家を外に致しましたが、八月は七尾の御母様の七回忌で丁度夏休みでも
有り、KO‘長兄’達が一週間程不在でしたので留守番でした。

 尚、私も体の頂子が一寸想わしくなく墓参(八月十五日)取止めましたが、此の頃やゝよいので、
一度遊びながら大塚‘父の実家:蒲郡市’にとも想って居ります。

 十五日は学区の敬老会が梅園小学校で催されK子‘長兄の長女’達が(幼稚園年長組)唄と踊りを見せて
くれるとの事です。

 尚、例年の事ですが、天満天神の御祭も来ます。二十三~二十五日迄、今でわ煙火も上げる場所も無く
淋しい想ひがしますが、綿菓子や金魚掬ひなどごたごたした店が多くさん並ぶのは昔のまゝで、子供達の
夢多い日で有ると想ひます。

 尚、市会議員の選挙が近づいて居り(来月二日)新い人の出馬も噂されて居り、暫くの間うるさい日々の
様に想われます。

 SI‘三男’達が、先日瀬戸大橋参観の旅行が有ったとかで御土産くれましたが、此の事はKO‘長兄’達には
話して居りませんが、其の後一度遊びに行った時、友人と新しく仕事を始める(会社を造る)との事で書類など
見せてくれましたが、老婆心かも知れませんが私と致しまして現在の会社で割に重く用いられている様に想われます
ので、今のまゝで居てくれたらと一寸心配致して居ります。

 御母様には、御父様なき後随分御心配労が多い事と拝察申上ますが、出来るだけ御力添え下さる様、御拝意の程
宜敷しく御願ひ申上ます。

 何も出来ず申訳有りませんが、皆様の御健康切に御祈り致し居ります。

 想付くまゝ、近況右まで
                                   SK‘父’
 HM‘私’
 ME‘妻’

 九月十二日


                                              敬具
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父からの手紙:第22回(1994年3月31日)-父からの最後の手紙-

2014-01-19 09:55:22 | 父からの手紙
 父からの手紙22回目をお届けします。

 父の字は自己流の崩し字で読めない字が各所にあります。次のように一部加工しましたので
ご承知置きください。

 ①句読点もない文章のため、句読点は適当に補いました。
 ②誤字、脱字はそのままとしました。旧漢字も可能な限りそのままとしました。
 ③略字、当て字は「カタカナ」表記としました。
 ④個人名は、関係者しかわかりませんが、一応仮名(イニシャル)としました。
 ⑤一部私の説明を追記しましたが、追記部分は‘  ’で囲みました。

 1994年3月31日 父81歳

 “父からの最後の手紙、妻から出した手紙の返事”

 拝復

 御便り有難く拝見致しました。もっと早く、一度御便りせねばと想ひながら申訳有りません。

 御蔭で婆さんも三月始め退院出来、段々元気付いて参り、暖春の季に入った事も幸して、
私も助かって居り、本人も出来るだけ努力して自分で動く様に仕向けて居り、TK‘義姉’
入院中大変世話に成りましたが、現在やれやれの心境です。

 御姉様には大変な病気に成られ心配ですね。

 一家の主婦が入院されると、如何にこまるかを私も実感して居り、一日も早い全快を願って居ります。
 実は、私も婆さんの弟の嫁が名古屋市立病院に現在入院して居り、今月二十七日(日曜日)見舞に行って
来ましたが、頸部の手術とかで大変ですが、其れに加えて主婦が入院して居ると、其れに変る者が現在無い為、
其の方の心配も想ひやられます。

 御母様、体の具合如何ですか。私も此の頃、特に体力が弱り疲れが早く成りました。
折角御自愛下さいます様に御願ひ申上ます。

 此の処、一寸寒い様に想はれますが、桜も後一週間もすれば例年の様に公園も花見で賑ふ事と想ひます。

 現在の不況下、HMさん“私”達も大変と拝察申上ます。先づ何よりも体を大切にされる事を願って居ります。

 御便り戴き誠に有難く、とりとめも有りませんが、早速に御返信申上ます。

 ME“妻”様                                     SK“父”

 三月三十一日


 
 この年の6月19日父は亡くなりました。81歳でした。

 石屋さんの職業病である「珪肺症」に長く苦しんでおり、同業で若くして亡くなる方が多い中では、
かなりの長生きだったと思います。

 「父からの手紙」、最後の手紙ということで、本来なら今日が最終回になるはずですが、実はまだ3通あります。
それは、いつの手紙か、年月の分からない不明分があるからです。
 おそらく、兄弟に内容を読んでもらえば、いつごろかは分かると思いますが、このまま不明分としてあと3回分
ご紹介して、「父からの手紙」を終えたいと思います。

 残り少なくなりましたが、よろしければ、引き続きお付き合いください。






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父からの手紙:第21回(1994年2月3日)

2013-12-19 09:25:36 | 父からの手紙
 父からの手紙21回目をお届けします。

 父の字は自己流の崩し字で読めない字が各所にあります。次のように一部加工しましたので
ご承知置きください。

 ①句読点もない文章のため、句読点は適当に補いました。
 ②誤字、脱字はそのままとしました。旧漢字も可能な限りそのままとしました。
 ③略字、当て字は「カタカナ」表記としました。
 ④個人名は、関係者しかわかりませんが、一応仮名(イニシャル)としました。
 ⑤一部私の説明を追記しましたが、追記部分は‘  ’で囲みました。

 1994年2月3日 父81歳

 “正月帰省したことへの返礼など”

 拝啓

 今日は珍しく近年に久しく見る事が無かった大雪と成り、只今も約十五cmにも
想われ振り漬けて居ります。

 御婆さんも大分ぼけも入って居り、KO“長兄”達が下の部屋を片付けてくれ、私が全面的に
世話をする様云われ、当然其の心算で私も居り、一月○日退院致しました。

 体が自分の想ふ様に動かぬ上に尿が非常に早く夜起る回数が多いので、私の方が
へとへとになってしまひますが、今日は節分で有り暖かく成るのも遠く有りませんので、
其れを楽しみにして居ります。

 御正月に交通事情の大変な処遠路御来岡下され、其の上御厚志まで拝受し感謝申上げて居ります。

 尚、此度は部長栄進の嬉しい悦び、御知らせを頂き心から御祝福申上ます。

 寒さ極しき折柄、皆々様の御健康を切に念じ居ります。
 御礼に併せ近報まで
                                SK“父”
 皆々様

 二月三日
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