甲子園きっぷ  yama’s stadium☆彡

~球児たちの あしあと~

ただ栄冠のためでなく ~甲子園と高校野球 9つの勇気のメッセージ~より vol.Ⅱ

2012-01-17 | 読書



第二章 『震災と甲子園 ~野球の力を信じて~』  

1、歳内宏明 (聖光学院)      中里 浩章 氏

今日は阪神淡路大震災から17年。
あれから16年後、東日本大震災が起こった。

昨年のセンバツ甲子園
開催するか、中止にすべきか・・・
「賛否両論」 この言葉で片付けてしまうほど簡単なことではなかったと思う。

何が正しくて、何が間違っているのか。
それぞれの立場で感じることは違うから、答えは出ない。

17年前、自分もあの震災の被災者となり、苦しい日々を経験した分、少なからず辛さや痛みが分かる。

あの年に、センバツ甲子園を開催するかいなかの議論が持ち上がっていたこと、開催されたことすら、今思えば頭に全くなかった。
なぜなら、そんなことを考える余裕がない毎日だったから。

でも、あのそんな事態の時に開催された高校野球に対して、後になってもほんの少しも嫌な気持ちになったこともなかった。

昨年のセンバツ甲子園・・・結論は開催された。

思うことは、17年前も昨年も、その中に居た選手たち、監督さんや取り巻く人々は
色々なことを重く受け止め、苦しい気持ちにもなり、被災地、被災者に想いを寄せ行動してきたのだろう。
懸命な姿や気持ちに力をもらった人も居るということを。


そして昨年の夏の甲子園。
その出場校の中に、聖光学院 あの魔球スプリットを投げる歳内投手が居た。

歳内投手は兵庫県尼崎の出身で、17年前の震災を体験している。
その時1歳と半年。当然記憶の中に震災の記憶はないだろう。
そして16年後、まさか高校生活を送っている福島で二度目の震災に遭うとは思っていなかっただろう。

縁あって福島に来た。
二度の大震災に遭ったという事実から逃げるのではなく、正面から向き合っていきたい。

福島を背負うのは聖光学院しかないと思って野球をやっている。
「背負うのはお前なんだぞ」と、神様が言っているというか、自分の使命のような気がします。

物事をきちんと理解し、自分はどうするべきかを考え発し、行動できるところには、
同じ年頃の息子を持つ私には驚きでした。

「高校3年間で、すごい男に成長したなと思います。
 変化の振り幅で考えれば、私の歴代の教え子の中でも、歳内が一番かもしれないですね」
と、聖光学院 斎藤監督さんは言う。

今のイメージで過去を振り返るとビックリされるくらい・・・と言う歳内投手の過去は・・・

ある意味、投手に必要な”負けず嫌い”の精神を備えているとも解釈できるが、
能力に秀でた中学生投手にありがちな、いわゆる”お山の大将”的な感覚が才能を妨げる要素でもあったと言う。

「小学生時代は打たれることもあまりない、自分が一番という感覚で優越感に浸っていた」

「甲子園には全く興味はなく、とにかくプロに行きたい」

高校では、試合で打たれたら「高校生に打たれているようではダメだ」と自分に重圧をかけ、もっと、もっと・・・と考えていました」

「だからヒット一本打たれただけでも何か気にくわなくて、そこから余計に力んで投げていた」

と歳内投手は自分を分析している。

その一方、中途半端なことが嫌いな性格で、とことん理想を追い求め、
僅かな隙から一気に崩れ、試合をぶち壊してしまうこともしばしばだった。

「自分はこれくらいの投球は出来るはず」と、プライドが先行し
自分の実力や調子を冷静に見極めることができず
思い通りに行かなくなったときの対処方法を持っていなかった。

・・・ここまでの歳内投手を見て、ふと私の頭に一人の少年が頭に浮かんだ。

・・・同じだ。

そんな歳内投手が「すごい男に成長」していった過程の中には、中学時代に所属していたチームに、
(あの楽天の田中投手も所属していた宝塚ボーイズ)
自分はそんなにすごい選手ではないと思う、すごい選手が周りに現れたことも一つだったようだ。

・・・頭を打ったということだろうか。

その後、宝塚ボーイズの先輩が進学し、奥村監督さんの目指すチームと似ていたことで聖光学院に進むこととなった。

聖光学院 斎藤監督さんは、野球うんぬんよりも人間教育を重んじた指導を追求されておられる。

・・・「ただ栄冠だけでなく」だと思った。

プレーするのは人間である子供たちですから、彼らが人間として成長し、感性豊かになれば
それがグラウンドで発揮できるはずでしょう。

どんなにすごいホームランでも、素晴らしい守備でも、感動のないプレーだってある。
でも人間としての心をしっかり鍛え上げようと思っている選手がプレーすると、
凛々しくて潔いプレーが生まれるんです。

だから、いかに人間として凛々しく、毅然と謙虚に成長するか・・・という「野球道」を目指しています。

そして、自分のためだけではなく「誰かのために」・・・

同じ話しを、ある監督さんから私も聞いたことがある。

人は自分のためだと思うと責任感がいまひとつで、死に物狂いにはなれない。
本気になれるのは、誰かのために何かをしようと思ったときだけ。
それが”背負う”ということ。
本当に大事な場面では強さが生まれる。

「背負うのは自分の使命」 

斎藤監督さんの教えが、歳内投手にきちんと伝わっている言葉だと思いました。

誰かのために・・・そう簡単にできることではない。
でもそれができた時、自分が少し大きくなれるような気がする。

この歳内投手や、斎藤監督さんの言葉を、その少年に伝えたいと思いました。

「今、変わらなければ・・・今だから変わらなければいけない」
「お前一人で野球をやっているんじゃない」

何故そう言われるか、そんな言葉の深い意味も理解しあぐねている少年と、それについて話したことがある。

「負けたのは自分がストライクを決めれないから」
「負けたのは自分が打てなかったから」・・・と、その少年は言いました。

それは違うという事、歳内投手のように、考え行動、成長できるか・・・は分からない。
でも、そうなれる少しのきっかけになればと思い文章を送った。

「人の喜びを自分の喜びにできるような人間でいたいと思います」と歳内投手は言った。

そんな人間に成長して欲しいの気持ちを込めて。


第二章 『震災と甲子園 ~野球の力を信じて~』 には

2、若生 正広監督 (九州国際大付)   沢井 史 氏
3、橋本 寛  監督 (水城)          大利 実 氏


第三章 『震災の真実 復興の意味 ~神港学園 16年目のエール~』・・・続く


ただ栄冠のためでなく ~甲子園と高校野球 9つの勇気のメッセージ~より vol.Ⅰ

2012-01-17 | 読書



先週末、久しぶりに本屋へ立ち寄った。
本屋へ行くと、『スポーツの本』がズラッと並んだコーナーに必ず足を止める。

今回・・・何か新しく出た『野球の本』はないかな~と、ふと目に止ったのがこの本。

矢崎氏の『ただ栄冠のためでなく・・・』


矢崎氏が監修されておられる『白球と宿命』 『甲子園の奇跡』 『夢を力に』・・・などなど
数々の高校野球を舞台にした著書の中で、やはり1番お気に入りは『終わらない夏』
大事にしている一冊である。

矢崎氏の新刊・・・ただ栄冠のためでなく。
時間があったので、ちょっとだけ立ち読みして帰ろうかな。
そう思って表紙を開けると・・・

特別寄稿 『真実の絆 ~日大三高 頂点に立った夏』 と見た瞬間 
”日大三高” ”昨年の夏の甲子園” がクローズアップされ、じっくり読みたい衝動に駆られてしまった


今、昨年末に購入した、川井 龍介氏 著書の 『0対122 けっぱれ!深浦高校野球部』を読んでいる最中で
あ~これを買うとまた読みかけの本が増えてしまう・・・ そう思ったのですが、
でも、私の三高病が発症してしまい 『0対122 けっぱれ!深浦高校野球部』 は、しばらくお休みすることにしました

この調子だから読みかけが何冊かあるんです
『0対122 けっぱれ!深浦高校野球部』 は、また読み終えたら感想を書こうと思います。
その先の『122対0の青春』も読まれる時を静かに待っています


『ただ栄冠のためでなく・・・』 

高校野球、高校球児に関わる7人の監督さんと、聖光学院 歳内投手が登場するのですが、
この本の題名の意味が読み終えて分かった様な気がしました。

どの監督さんも 『野球』 と 『人』 に向き合う姿勢や気持ちは、
現役の高校球児たちよりも断然熱い情熱を持っておられる様に思いました。

ご自分の経験だけを押し付ける野球ではなく、流れている時代に沿って・・・
栄冠のためだけじゃなく『人間』を育てる野球を追求されておられる様に感じました。

『人間』を育てるために、すごく色々な事に悩み、時には仲間になり、時に母になり父になり、兄貴になり。

今は気付かなくても、素晴らしい監督さんに出逢ったと思う日がいつか必ず来るだろう。そう思いました。
こんな出逢いができた選手たちが少し羨ましくもなりました。

そして、自分自身の子育てと置き換えて読みながら 『導き・見守り・認めてやる』の大事さを改めて感じる一冊となりました。
一章づつ追ってみようと思う。


特別寄稿  『真実の絆 ~日大三高 頂点に立った夏~』  矢崎 良一 氏

一昨年の夏・・・大塚組の鶴が丘戦  今思い出すだけでも手に汗が。とても悔しかった戦いでした。
冬の合宿・・・ これを見るためだけに三高グラウンドまで行ったのに、到着するとナイター照明が消される瞬間だった。
          真っ暗なグラウンドにドラム缶の焚き火が赤かったなぁ~。
          その日の練習、選手と小倉監督さんとのやり取りが文中から見れてあの日を思い出しました。

そして畔上組の夏・・・最強のチームだった。

何故こんな強いチームが作れたのか?
「畔上です。あいつがいたからでしょう」 と小倉監督さんが言われた。
畔上選手・・・すごい選手、いや、すごい人だなと思う。
プレーだけではなく、人柄がすごい。

そして小倉監督さんが育てられた『ただ栄冠のためでなく』を感じた出来事を本文より~

ウチには僕が自慢できるような”いい子”がたくさんいる。
甲子園の大会中、毎朝、球場の周りを散歩していたんですが、誰が言い出したのか花壇のゴミを拾いながら歩いていたんです。
それを地元の方が見ていて、優勝した日に、私に花束を、畔上に手作りの表彰状を持ってきてくれました。
「野球が強いだけじゃなく、こうやってゴミ拾いをしてくれるような選手が、自分たちの住む地域の宿舎に泊まってくれて誇りに思う。」
と、書いてありました。
これは本当に、甲子園の優勝と同じくらい嬉しい出来事でしたね。
やっぱり、何事も一生懸命やるチームが強いんですよ。

やらされているのではなく、自然にこういうことができる選手たちは素晴らしい。
栄冠だけを追い求めるのではなく、こういう「人間」を育てられておられる小倉監督さんが素晴らしい。

関わった者だけにしか分からないだろう小倉監督さんと選手の絆・・・
私も間接的にしか分からない。
ただ羨ましいなと思う。
生まれ変わったら・・・
男に生まれて小倉監督さんの下で野球をやりたいと本気で思うほど尊敬できる監督さん。

畔上組、最強チームの夏。
一戦一戦素晴らしい対戦だった。
私にとって想い出深い夏になりました。
まだ短い時間しか見ていない三高の、見てきた場面が蘇る内容でした。


第一章 『本気でやれば何かが変わる!~泥臭く・・・青山学院高等部の挑戦~』 矢崎 良一 氏

挨拶もしない、ゴミを拾おうともしない・・・
そんな生徒を見てカルチャーショックを受けた。

「俺が変えなきゃいけない」

「挨拶」とは、押し合い。
90度に腰を曲げて挨拶できるアオガクの選手たち「人間」を作りあげた
安藤監督さんと選手の『ただ栄冠のためでなく』

安藤監督さんの『ただ栄冠のためでなく』を文中より~

親がする、家で出来る教育。
学校で出来る教育。
クラブ活動の、こういう現場で出来る教育。
人を育てるには、その三つがバランス良く噛み合わないと、絶対に上手く前には進まない。
やっぱりいちばん大事なのは親の考え方じゃないかなと思います。
ただそれを、僕らの立場で言うのは言い訳だし、負けになってしまう。
学校の先生は、もう諦めているように見えるんです。

それがもし自分の子供、自分の身内だったら、ほおっておけますか?
何故それを許せるの?・・・ということが多すぎる。
だからこそ我々現場の人間が頑張らなきゃいけない。

とくに野球って、世の中で起こることに本当によくにているでしょう。
一人のミスで全てが台無しにもなれば、一人のミスをみんなでカバーしたり。
だから最高の教材なんです。

教え子たちが卒業していく時に「良かった」って言うじゃないですか。
でも、本当の「良かった」は今言うことじゃない。
大学に行って、社会に出て、初めて問われるものですから。

ここで培ったものを世の中に還元できて、社会に貢献できて、初めて、
あいつらの中で活きてくるんじゃないかと思うんです。

大きな情熱を持って子供たちを育てておられるなと感じました。
アオガクの安藤監督さんは、とても熱い。


第一章まで振り返ってみた。
第二章 『震災と甲子園 ~野球の力を信じて』・・・続く