はぐれ遍路のひとりごと

観ながら歩く年寄りのグダグダ紀行

興津川遊歩道

2015-05-24 11:08:57 | ウォーキング
歩行記録                                                          H27-5-17(日)
歩行時間:7時間35分   休憩時間:1時間05分   延時間:8時間40分
出発時刻:7時00分     到着時刻:15時40分
歩  数: 40、328歩(推定距離36.3km)    GPS距離35.1km
行程表
 興津駅 0:50> 薩埵峠 2:15> 送電線展望所 0:45> 浜石岳 0:25> 下町屋分岐 0:25> 陣場山(狼煙台) 0:40>
 番古農道出合 0:25> 下町屋バス停 0:30> 立花吊橋 0:35> 承元寺緑地 0:45> 興津駅

                                 興津川遊歩道観歩記
  
        身延路                  小河内南部自治会館              下町屋バス停
         下町屋バス停の場所
 旧52号を300m程下り現在の国道52号線に合流する所に 「身延路」 の標識が建っていた。
身延街道は一度歩いてみたいと思っているが、中々決行できないでいる。理由はここのように旧道と国道が別れている所は
良いが、多くの場所は国道を歩かなければならない。しかも国道と云っても歩道が完備している所は少なく、トンネルも多いと
きている。その上この道はダンプ街道の異名もあり、道はの割に交通量も多い事で有名だ。
そんな言分けを考え、このまま歩かないで終わってしまうだろう。

 国道の合流部には 「小河内南部自治会館」 もあり、その前には下町屋のバス停もある。ここから長い舗装路歩きが嫌な人は
バスで帰るのも手だろう。このバス停は1時間に1本程度しか走っていないが、この次の 「但沼バス停」 からは本数が多いので
待ち時間があるようなら但沼まで歩くもいい。
 ところで阿津羅沢コースの案内板に何度も出てきた 「番古」 の地名だが、この辺りには全然見当たらない。仕方なく家で調べ
るとバス停の名前に番古はあった。場所は下町屋バス停の次(身延側)が番古バス停だったが、下町屋も含めて、この辺りの
地名は小河内なので、番古も下町屋も字名なのだろう。

        
                        身延街道の面影か

 国道52号線、旧身延街道も、この辺りにはその面影は残っていなく、わずかに見つけたのはお地蔵さんと、昭和初期の頃を
思い出せる木造の建物だけだった。


                              薩埵峠から浜石岳の稜線

 道が興津川に接する所で、今日歩いた浜石の稜線が見えた。左端にある浜石山頂は低く見えるが、この中では一番高く
標高707mある。その浜石の横にある丸い単独峰は、地図上では陣場山に見えるが、登った感じはあのような上り下りは
無かったと思うので自信はない。だが狼煙台があったのだから目立つ山だとは思うが。

 52号線但沼交差点の左からの道は、尾根にあった但沼分岐を下って来ると出る道です。この但沼分岐の道を阿津羅沢
コースの道と比べると、距離も短いので利用する人は多そうです。 

  
                                   立花の吊橋
              立花吊橋の場所
 立花入口交差点に着いた。立花と云えばここも尾根に2ヶ所分岐があったがまだ歩いた事が無い。この際登山口を確認して
おこうと信号を左折して興津川に向かう。
 前方に橋が見えてきた所に 「吊橋」 の案内板が目に入ったので、物は試と早速その道に。
一度に5人が歩ける吊橋だが、歩く度に結構揺れる。まだ持っていたストックを持ちかえるやら、写真を写すのに恐々している
格好は、人に見られたくないな。年寄りが何をぐずぐずしているのだ、と思われてしまうから。

          
                   立花の吊橋と立花橋                          立花コース入口?
            立花橋の場所         立花コース入口?の場所
 興津川が蛇行していて立花橋と吊橋が一目で眺められる場所があった。そこから見ると橋の入口は一緒だったのに出口が
随分離れてしまっている事がよく分かる。

 立花自治会館の前に阿久津沢コースで見かけたのと同じ形式の標識に 「立花コース」 と書かれていた。どうやらここが
立花コースの入口のようだ。タイミングよく40代頃と見える男性がいたので 「ここが浜石の登山口ですか」 と標識を指さし
ながら聞くと
「いやこの標識は万葉歌碑へのウォーキングの標識で、浜石は但沼の方で、ここは歩く人は余りいない」 との事でした。
若干腑に落ちない点もあるが、ここで追及しても仕方ないので、お礼を言って歩き出した。

 
                    立花地区案内マップ                             承元寺橋 
                承元寺橋の場所
 立花橋の入口に 「立花マップ」 が建っていた。それを見れば自治会館前の道を行けば浜石ハイキングコースに通じるように
なっていた。矢張りあの標識はハイキングコースの案内のようだ。
しかしマップは立花池への道だけで、あと一つあった分岐の道は書かれてなかった。矢張り最初は下からでなく、上から分岐を
下った方が分かりやすそうだ。

 次は承元寺コースの確認もしておこうと、そのまま興津川の左岸を下る。こちらは承元寺の入口は分かったが、標識も案内板も
また尋ねる人の姿も無かったので見当もつかなかった。ここも上から下るしか手は無さそうだ。

 承元寺橋の橋桁に中学生たちが水遊びをしていた。今日は歩いていたので暑いは暑かったが、とても川に入る気は起きない。
いや今日に限らず真夏でも外で水に入る気は起きなくなってしまった。海に近いのに海水浴に行かなくなったのは何時からだろう。
この覇気のなさも老化の一つなのか。

  
          製紙工場跡                  遊歩道                   サクランボ

 承源寺橋を渡って興津川の遊歩道に入る。車の走らない道に入ると、気分も楽になりすっかり終盤モードに入ってしまった。
そんなのんびり歩きをしていた眼に入ってきたのは、今にも倒れそうな煙突だった。よく見れば先の方は既に割れている。
これでは東海地震を待たなくても、小さな地震で倒れてしまいそうだ。元は製紙会社だったらしいが、工場をそのままにして
倒産してしまったとの事。例えそうでも若しこの煙突が倒れ人に被害が出たら誰が責任を負うのか。
今、一般家屋の空家が問題になっていて、危険な家屋は行政が強制的に取り壊す所もあるそうだ。この煙突も早急に取り壊し、
費用は地主に払わせるか、払わないなら土地を強制収容すべきだ。
どうもノンビリモードはかけ離れた話になってしまったが、この煙突を見れば、誰もが不安を感じると思う。

 遊歩道に桜の枝が覆い被さっている。サクラの云うと毛虫が、でも大丈夫!毛虫の代りに小さなサクランボがなっていた。
最近の桜はソメイヨシノが多くサクランボを見る事が少なくなったが、これだけ沢山のサクランボが成っているという事は
ここの桜はソメイヨシノではないのだろう。では何桜か? 調べたが分からなかった。
 そこで今回の受売りは、ソメイヨシノには何故実が成らないのかです。
が、早速訂正です。ソメイヨシノにも数は少ないがサクランボは出来るそうで、それを頭に入れて先に進みます。
「自家不和合性」 難しい言葉ですが、桜はこの性質があるため自分自身では受粉してくれません。つまり、ソメイヨシノの花粉が
ソメイヨシノについても受粉してくれないので実が成らないのです。
しかし近くにソメイヨシノ以外の桜があればサクランボが成るが、その数は少なく、またその実が成長しても本来のソメイヨシノでは
なくなっています。そこでソメイヨシノを増やすには、接ぎ木による方法しかないのです。
そのためワシントンに咲く桜も興津川の桜も、新宿御苑の桜も、元を辿れば一本の桜の木だと云う事です。

 オットここでまた思い出した。ワシントンの桜と云えばポトマック川沿いの桜が有名で、その時期になると日本でもニュースになり
ますよね。実はあの桜はここ興津生まれだった事を知っていますか。
あの桜は明治時代に 「憲政の神様」 尾崎幸雄がアメリカに寄贈した事で知られていますが、そこにはこんな事実もあったのです。
最初に寄贈した2000本の桜は、アメリカ到着後の検疫検査で、寄生中に汚染されている事が判明し、全て焼却されてしまう。
落胆した尾崎らは再度綿密な寄贈計画を練り、興津にあった農業試験場で害虫駆除をして苗木づくりを行った。
成長した桜はソメイヨシノ1800本をはじめ、計12品種、3020本の苗木を阿波丸に乗せアメリカに寄贈した。
ネ! ですからワシントンの桜は興津が発祥の地なのです。旧興津町の姉妹都市がどこだったかは知らないが、ワシントンで
あっても不思議はないですよね。

 真黒に色ずいたサクランボ何粒か口の中に。不味くないが決して美味しくもない。これなら桑の実の方が美味しい感じだ。
子供の頃は、この真黒なサクランボを瓶に入れ、塩?砂糖?をかけて食べたが、当時食べた物はみな美味しく感じていた。
ところが最近タニシやイナゴを食べると美味しさを感じない。食料不足だった当時は口に入れば何でも旨かったのだろう。

 興津の街の中に、桜の苗づくりをした農業試験場が、興津駅の裏にあるのは知っていたので、何か桜の事で案内でもして
ないかと寄る気になった。だがあの辺りはコンビニはおろか店屋もないので、乾杯の氷結が買えなくなる。
知的興味はたちまち萎えて、氷結を求めて賑やかな(?)通りを彷徨いました。
          興津農業試験場の場所

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2 コメント

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Unknown (松理)
2015-05-24 14:34:09
>その浜石の横にある丸い単独峰は、地図上では陣場山に見える
 陣場山に行ったのは,もう21年も前のことですが,私は,登り下りを実感したことを覚えています。陣場山に間違いありません。
松理さんへ (はぐれ)
2015-05-25 08:49:20
矢張りあの山は陣場山なのですか。
浜石から行くと下りがメインで、上りは馬場の段から少しあっただけと感じていましたので・・・・

それにしても松理さんは安倍山系だけでなく、陣場山等のマイナーな山も登られているのですね。

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