はぐれ遍路のひとりごと

観ながら歩く年寄りのグダグダ紀行

沼津アルプス-2

2012-01-21 12:10:53 | 低山歩き
富士山眺望低山歩き 沼津アルプス―2                    歩行月日2011/12/17


 小鷲頭山山頂の手前に立札があり「本三位中将 平重衡 終焉切腹乃場」とあった。
たったそれだけだったので興味も湧かなかったが、今度はその中将 平重衡が隠れていた大岩があった。

  

そこには「平重衡(清盛の5男)は一の谷の戦いで源氏に捕えられ伊豆の狩野で幽閉されていた。
ところがその罪は重いと処断される事になったが、その事をいち早く知った重衡は狩野を逃げ出して鷲頭山の洞窟に逃げ込んだ。
しかし追っ手に見つかり小鷲頭山で切腹自害して果てた」
そうです。

さらに案内板にはこんなことも書いてあったので案内板の通り紹介します。
「此処を「中将切腹の場」と言う。又、重衡が隠れ住んでいた洞窟を「中将さん」と言って、浜の人々が、その霊を慰めるため祭ってきたが、
この中将岩は大平分なので -<中略>- 阿弥陀如来の石像を造り、此処の岩窟に納め、毎年祭りを行ってきた」
とある。
これでは小鷲頭山で「終焉切腹の場」の立札を見ていなければ、ここで切腹したと思ってしまうし、重衡が隠れ住んだ洞窟と
阿弥陀如来を祭った岩窟は別の場所と勘違いしてしまいそうだ。
 案内板の本意は、重衡が源氏に追われてこの岩窟に隠れたが、また見つかったため逃げ出し小鷲頭山で切腹をした。
そしてその後、隠れていたこの岩窟を中将さんと呼んで阿弥陀如来を祭るようになったのだろう。

 それにしてもここの地元の大平の人は優しい人たちだ。縁も所縁もない、ただ逃げ込んできただけで、
しかもここは源氏の故郷とも言える伊豆なのに敵方の平家の武将を祀るとは大したものだ。
前回歩いた箱根で、駿河の国に深良用水を開通させ地元を潤わせた友野与衛門が、どこにも祀られていなのに比べてずいぶんの違いだと思った

 先ほど会った地元のハイカーの人が「この沼津アルプスは五山七峠と言って途中で逃げる場所が何カ所もある」と言っていた。
五山の名前を聞いたのだが大平山、鷲頭山、徳倉山、香貫山と後一つが志下山なのか横山なのか分からなくなってしまった。
ただこの山以外にも小鷲頭山もあったので実際には七山あるようだ。
そしてその山と山の間には峠があったので(鷲頭山と小鷲頭山の間にはない)途中で疲れたら逃げ出すことができるので気は楽だ。

 そしてその五山なのか分からなくなった志下山に到着。
後ろを振り返れば今歩いてきた鷲頭山と小鷲頭山の二つのピークが見える。海側には大瀬崎に連なる山並みも見えている。
今日はおかげで風も無く雲も無い絶好の山歩き日和で、のんびり海を眺めることができるが、これが風の強い日ならどうだろう?
きっと寒くて震え上がり海を眺めるより歩いた方のがよいと感じるのではないだろうか。それほど海がよく見える。

  

 志下山には「さざなみ展望台」の標識が立っていて、途中にも「き★らら展望台」もあった。これらも海を表現しているのだろうが
何故か安っぽく感じるのは私だけだろうか。
そうそう他にも「大とかげ場」の札が木の枝にブル下がっていた広場もあったが、これは何を意味するのだろう?昔大きな蜥蜴でも出現したのだろうか?

 志下山からの徳倉山も上り下りの連続で、途中には青竹を利用した手すりもあり、地元の人の好意に感謝だ。
ここまでの登山道はバス停から登山道までが分かりにくかったが、最初の道標が有った後は迷うような場所はない。
道標も十分有るし、登山道もしっかりしていて一目瞭然だ。今日は土曜日と言うこともあり歩いている人も多い。
すれ違う人もたまには居るが、私と同じ北方向に歩く人の方が断然多い。私を追い抜く人と私が追い越す人もいるが
金時山のように行列の後をノロノロついて歩くなどと言うことはなかった。
金時山は1213m沼アの最高峰は392mと3倍ほどの差はあるが歩く人のマナーはこちらの方が3倍は上だったような気がした。

  

 だいぶ腹が空いてきた11時40分徳倉山に到着。山頂からは富士山がばっちし見えている。そしてその下には沼津の街も。
どの山も同じような景色だが北に行くに従い沼津の街が大きくなってくる。
南を見ると今日歩いてきた大平山と鷲頭山の間に見えているのは前回登った葛城山なのだろうか。山頂にわずかにアンテナが見えている。
地図を見るとこの徳倉山あたりが今日の工程の半分くらいになりそうだ。道理で腹が減るわけだ。昼飯にしよう。
(後日歩行データで確認すると、ここまでの歩数が1万歩で歩行時間が3時間。そのどちらもほぼ半分でした)

  

 徳倉山の山頂には三角点があってその周りでは昼食を摂る人たちの姿も見える。
沼津アルプスの山頂はこのように広場になっているので休憩するにも景色を見るにも大助かりだ。
自然を大事にの気持ちは大賛成だが、このように景色が良い山頂付近の木を、少しの伐採ししてくれると嬉しいのだが。
すでに半分終わったのならゴールは3時前になってしまいそうだ。余り早くゴールするのも考えものだと思い、
のんびりした昼食タイムになった。風も無く、暖かい日差しで眠気も出てきてしまった。


  

 何か名字のようで山の名前とは思えない「横山」からは景色が見えなかった。
ただこの山頂で北に向かっていた道はグイと南側に方向を変えていた。
若しかしたらこれが横山の名前の元? 横に曲がるから横山。そんな事はないな。

 横山から急な下りを降りていくと車のエンジン音が聞こえてきた。正面にはゴミの焼却場の煙突が白い煙を吐き出している。
その真後ろに富士山が見える。富士山と煙突。面白い構図だと思い写真を撮ろうとするが、近くの木の枝が邪魔になり写すことができなかった。
坂の下に舗装道路が見えてきた。そこが最後の峠の八重坂峠だった。
ここから沼ア最後の山の香貫山への道は複雑になってくる。まずは八重坂峠から車道を左に100mほど下った所から車道の法面にある階段を登る。
その階段を上りきるとまた車道に出合い、その車道を右に登っていく。するとゴルフの練習場の所で車は通行止めになっているが、歩行者はそのまま舗装路を進む事ができた。
しばらく車道を登ると道標があった。「山道・桜台・山頂 山道→舗道」「山頂・旧車道 右に山道あり」ここは当然右の山道を選択。
今日のコースも終わりに近づいてきたことや、疲れからか気分はのらずダラダラと登っていく。後ろから登山者が登ってくるのが見えた。
それでも思ったより容易に立派な車道に合流。この道が先ほどの道標の「舗道」で新道だろうと「桜台・展望台」の上り方面に歩を進める。
次に道標は「展望台300m」「八重象山」とあるが香貫山はない。さてどうしたものか、当然展望台にも行きたいが山頂は必ず行かなければ。
それにしても八重象山の名は初めて聞いた。読み方も分からないが香貫山の別名かしら?などと迷っていると後ろを歩いていた人近寄ってきた
「香貫山の山頂はどっちですかね」と声を掛けると「サー私も初めてなので」と言いながらも
「でもそんなに幾つも山頂があるわけではないから、きっとこっちでしょうと」八重象山の方に進む。
私も後をついて行くがどうもおかしい。そこに地元の人らしき人が歩いてきた。
「香貫山はここですか?」「いや違います。もっと先です。私も行きますから一緒にどうぞ」と言ってくれる。
2人で後をついて行くと道はまた車道に出た。その車道の法面には階段が上に続いている。だが標識は見当たらなかった。
「この道は何処に行くのですか?」と尋ねると「山頂ですけど、でも何も無いし景色も見えませんよ」と言う。
どうやらこの方は私たちを展望台に案内してくれるようだ。慌てて礼を言って階段を登って行った。

  

 香貫山の山頂は中継所?らしき建物の横に道標が建っていました。
沼ア最低山の標高193m、そして最北端の香貫山に13時30分到着。
山頂の標識の中に「沼ア7山7峠」の表現があった。途中で出会った地元の人は「5山7峠」と言っていたがどちらが正しいのだろう。
いやどちらが言い慣らされているだろうとネットで検索してみると、圧倒的に5山7峠の方が多かった。
だがこの山頂にこのような標識があれば徐々に7山7峠の方が浸透していくだろうと思う。
実際歩いても大平山、鷲頭山、小鷲津山、志下山、徳倉山、横山、香貫山ならすぐ思い出せるが、ここから二つ抜くとなるともうわからない。
きっと実際歩いた他の人たちも7山なら言えるが、5山だと言えない人が多いのではないだろうか。

 後ろを振り返ると今日歩いて来た山が見えていた。
右の海に浮かぶ淡島近くを出発して、最初の大平山は右側手前の山の後ろに見えている。
吊尾根で続いている鷲頭山は一際高く三角形の山がそうだ。その手前の、写真では一番右に見えるのが徳倉山か。
そして白い建物上に聳えるのが横山なのだろう。それにしても沼アの下りは急だったが、こうしてみると急坂があるとは見えない。
若しかして自分の足が年と共に衰えてきて、他人が感じる以上に下り坂を急に感じるようになったのだろうか。

 それでは最後に香貫山の展望台に向かおう。たった193mの展望台だから期待も抱かずに。


ウワー凄い。
沼津の街が一望だ! 今日歩いてきた沼アの山々から駿河湾。そして狩野川を挟んだんだ沼津の街。


愛鷹山の後ろにはもちろん富士山も見える。


更に富士山の横には富士箱根トレイルで歩いた三国山稜や箱根外輪山も見えている。
今回の富士山眺望の低山歩きには相応しい幕切れになった。感謝!感謝!だった。

時間も早いことからゆっくりと景色を堪能する。景色を見ながら先ほど一緒になった人と話をして面白い事が分かった。
朝、沼津駅からバスに乗ったが、そのバスにこの方も乗っていたという。
スタートが一緒でゴールも一緒となると私とほぼ同じペースで歩いてきたことになるが年恰好は私より一回り以上若そうだった。
更に話をしていくと住所も同じ焼津市で隣のの人という事も分かった。更に三国山稜の方を見ながら
「明日はあの麓の富士スピードウエイでハーフマラソンを走る」と言う。驚いて「今日こんなに歩いた後で大丈夫か」と聞くと
「今日は明日の足慣らしで、まだ歩き足りないから、これから若山牧水記念館に行く」だって。
上には上がいるもんだ! 少々アホたれながら感心してしまった。

 実は私も心の中で、まだ時間も早いのでこの先はどうしようかなと思っていた。
千本浜の松林を歩いて次の駅の片浜駅まで行こうか、だがあの駅の周辺には氷結を売っているような店があるだろうか?
など考えて迷っていたが、でも止めた。とてもこの人には敵わない。

  

 展望台から沼津駅に向かいたいのだが山道が分からなかったので、北に下る車道を歩くことにした。
車道を歩いた帰り道の途中に五重塔や若山牧水の歌碑もあったので、この道でもよかったのだが、もう少し歩行者にも分かりやすい
案内板が欲しかった。更に山を下って太い道に合流したのだが、右行くべきか左に行くべきか迷ってしまった。
PCさえ故障していなければ事前に麓の道は調査するので、こんな所で迷う事はないのだが、折角沼津アルプスで有名になった
このコース、出発点とゴール地点の案内をもう少ししてくれれば申し分ないのだけど。

  

 結局合流した道を右折していくと狩野川の黒瀬橋に出た。そこを右折して狩野川の右岸を歩くと右側には
建物の間から富士山が、左手には香貫山の山頂と展望台が見えていた。
三園橋を渡り沼津駅14時50分に到着。前回と同じく駅の構内で一人乾杯をしたのでした。

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