■『ライ麦畑でつかまえて』(白水社)
J.D.サリンジャー/著 野崎孝/訳
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
これまでのサリンジャー作品をひと通り読み終えたので、最初にかえって代表作をもう一度読み返してみた。
私はどんなに気に入ったことでも、リピートすることは少ないのだけれど、
10代の頃に読んだ記憶のままで、メモも少なかったから、新鮮な気持ちで読めた。
時々、可笑しくて吹き出しながら、こんなに楽しく本を読んだのは久しぶり。
昔読んだ時のメモの1行1行が出てくるたびに、パズルのピースがはまるようで、それも楽しかった。
でも、その後のD.B.(兄)、ホールデンの人生を知っただけに、
こうして今、イキイキと喋っている若者の命をカンタンに奪ってしまう戦争に対する
なんともいえない思いが片隅にずっとあった
今回は、図書館にある中でも敢えて古い発行年のほうを選んでみたが、
誰もが知っている名作で、しかもサリンジャーの書く当時の独自の若者の言い回しを
どう日本語に訳すかは難しい作業だったろう。
その時代の若者の繊細な心情を反映させつつ、小説としては永久の名作なのだから。
10代後半のホールデンの口ぐせの「インチキ」なものは、
今でも相変わらず“立派に”インチキなまま。これは普遍的であっては困るんだけどなぁ。
自分の10代の頃の日記を読んでいるような感覚になる。
あの頃は、ほぼ毎日“気の滅入る”ことばかり書いていた。
ホールデンの口ぐせの「インチキ」は、私の語彙の中でゆったら「いかにも」みたいなものだな。
私はコレをあまりいい意味で使わない。
とにかく、本書を読むと、しばらくはみんな彼の口調が伝染ってしまうのは仕方がない
【内容抜粋メモ】
君はデビッドカッパーフィールド(ディケンズの長編小説)式のくだらないことから聞きたがるかもしれないけど、僕はそんなことは喋りたくないんだ。p7
ただ、去年のクリスマスの頃にへばっちゃって、それでこんな西部の町なんかに来て静養しなきゃならなくなったんだけど
D.B.(兄)はうちにいた時分には、まともな作家だったんだ(今はハリウッドで脚本を書いている p8
僕がペンシー高校をやめた日のことから話すとしよう。
(どれだけイカレタ学校か話す。クリスマス休暇前に、フットボールの試合をしていて、みんな観戦に出ているが、
ホールデンは、フェンシングの試合に行き、地下鉄に道具などを全部忘れてしまって試合にならなかったため、
歴史のスペンサー先生にお別れを言いに行く
言うのを忘れてたけど、僕は退学になったんだよ。5課目中、4課目落としちゃって。(英語だけはできた p10
僕はじきに息が切れちまう。1つには、すごい煙草のみだからね。p12
先生は古くなって擦り切れたナバホの毛布を見せてくれた。
奥さんといっしょに、昔、イエローストーン公園でインディアンから買ったんだって。p14
「人生は競技だとも、坊や。たしかに人生は、誰しもがルールに従ってってやらなければならない競技なんだ」p17
「僕の入った今度がだいたい4つ目の学校です」
僕は6フィート2インチ半もあって、頭の片方は白髪がいっぱい生えてんだ。(これを利用してバーに出入りしては疑われている p18
大人ってのは、なんにも気がつかないんだからな。
「立派」か! これこそ僕の嫌いな言葉なんだ。インチキだよ。聞くたびにヘドが出そうになる。
これをやられると、僕は、頭に来ちゃうんだ。こっちが最初にそうだと言っているのに、
その上におっかぶせて、2度言うんだからな。p20(これはイヤだね
(フートン・スクール、エルクトン・ヒルズもやめたことを引き合いに出される。
エルクトン・ヒルズをやめた最大の理由の1つは、あすこの学校がインチキ野郎だらけだからなんだ。p24
(先生の「力になりたい」という気持ちはよく分かっているH。
ただ、僕たちはあんまり西と東に離れ過ぎてんだな、そこが問題なんだ。p26
「大丈夫ですよ、僕は。今、1つの時期を通り抜けようとしてるだけなんです」p27
僕みたいにひどい嘘つきには、君も生まれてから会ったことがないだろう。p28
「ロコモティヴ」て、機関車みたいに、はじめゆっくり、それからだんだん早くしてゆく拍手があるだろう。
(ライヴのアンコールでやってるやつ?驚
『アフリカの日々』はとてもいい本だよ。p30
僕の一番好きな本は、せめて、所々でこっちを笑わしてくれるような本だ。p31
(サリー・ヘイズの写真が出てくる。ホールデンが戦死した時、想い入れたっぷりに泣いてくれた子だけど、
ホールデンのほうではそうでもなかったんだな。とても美人。
(部屋に荷物を取りに戻ると、苦手なアクリー(隣りの部屋の生徒)と鉢合う。
その後、男前が自慢で、女の子にすぐ手を出すストラドレーターも入ってくる。
奴はいつだって大慌てなんだ。なんでも一大事なんだな。p40
(学校をやめるHに、自分はデートに行くから「作文を書いてくれ」と頼むS
デートの相手が、昔仲の良かったジェーン・ギャラハーと知ってすっかりうろたえるH。
そして、その後ずっと、Sの手癖の悪さでジェーンがどうにかならなかったか気になって頭から離れなくなる
大人ってのは絶対人を信用しないものなんだ。p56
(Hは妙な赤いハンチングを子どもみたいに後ろ前にかぶってみせる
「抽象的ならなんでもいい」というから、白血病で幼くして亡くなった弟のアリー(2つ下)の野球のミットのことを作文に書く。
アリーが亡くなった時、ガレージの窓を全部壊して、拳が握れなくなり、Hは13歳の時、精神分析を受けさせられそうになった。
アクリーはほとんどなんでも揃ってやがんだよ。鼻孔障害、ニキビ、汚い歯(磨いたことがない)、口臭、垢のたまった爪。p59
(Sはデートから戻り、Hが書いた作文が気に入らないと言ったから、Hはそれをズタズタに引き裂いてしまう。
ジェーンのことでケンカになり、殴りかかるがからぶりして、逆に馬乗りされ、血だらけになってしまう
低脳はみんな、人から低脳って言われると怒るものなんだ。p66
僕はたった2度ばかししかケンカしたことがないけど、2度とも負けちゃった。あんまり強くない。平和主義者なんだ、実を言うと。p68
(Hは水曜日に実家に帰る予定を繰り上げることを決める。
僕は人から贈り物をもらうと、しまいには、たいてい悲しい思いをさせられることになる。p77
「がっぽり眠れ、この低脳野郎」と怒鳴って、寮を出る。
(汽車に乗ると、トレントンできれいな女性が乗ってくる。
女には弱いんだよ、僕は。p79
(彼女がペンシーのゲス野郎の母親と分かり、Hは偽名を名乗って、手術をするから早めに帰ると言い、
息子さんがどれほど素晴らしくて、人気があるかをとくとくと語って聞かせるw
人の子の母親ってものは、全部、ちょっとばかし狂ってるものなんだ。p82
母親ってものは、自分の息子がどんなに優秀な人物かということこそ聞きたいものなんだよ。p83
(ペンシルヴェニア・ステーションに着き、妹のフィービー(10歳)に電話しようと思うが、
夜遅いため、親が出たらまずいと思い直し、エドモント・ホテルに泊まることにする。
その部屋の窓からは、隣りの棟の変人たちが丸見えだった。
パンツ1枚で何してたと思う? 女の服を着たんだよ。p90
(Hはあるパーティで1度会っただけのプリンストンに通う男が教えてくれた、半分娼婦の女性に電話して飲みに誘うが、時間が遅いと断られる
仕方なく「ラヴェンダー・ルーム」という名のバーでしこたま飲む。♪恋も数ある中で が演奏されてる
地方から来た3人の野暮な女性と踊るが、彼女たちはいつハリウッドスターが現れないか気がかりでならない
中にはからかっちゃいけない人間もいるんだよ、それがたとえ、からかわれたって仕方のない人間でもだ。p107
(ジェーンとの出会いは、実家の隣りに住んでいて、飼っているドーベルマンが始終、うちの庭で排泄するから、母が怒ったことから。
ジェーンの母の再婚相手は飲んだくれで、彼女はいろいろ苦労している
彼女とSのことを頭から離そうとして、アーニーの店に行く。グリニッチ・ヴィレジにあるナイトクラブ
Hは、子どもの頃からよく遊んだ湖にいるアヒルの親子が、湖が凍る冬にどこに行くのか気になって仕方ないが、
そんな質問をするたび、タクシーの運転手から「からかってんのか?」と怒られる
「もし、あんたが魚だったら、母なる自然が面倒をみてくれるはずじゃねえか? そうだろう?」p119
拍手ってものは、いつでも的外れなものに送られるんだ。p120
「アイヴィリーグ」(ハーバード、エール、プリンストンなど、アメリカ東北部の一流大学)の連中ってのは、
みんな同じような格好をしてるからな。p122
(その店で、昔のD.B.のGF、リリアンと会う。
これがいつも僕には参るんだな。会って嬉しくもない人に「お目にかかれて嬉しかった」て言うんだから。p125
僕は、なくして気になるような物なんて持ったためしがない気がする。p128
人間、すっかり気が滅入ってる時には、考えることさえできない。p130
(Hはエレベータボーイから娼婦をすすめられる。1回なら5ドル、オールナイトは15ドルだと言ったが、
後で1回は10ドルだと言って、言い合いとなり、突然泣き出してしまうH。みぞおちにパンチを食らう
声を出して、アリーと話を始めた。ひどく気が滅入った時に、僕はときどき、それをやるんだよ。p140
(昔、自転車で出かける時、彼も行きたいってゆったのを承知しなかったから。
「いいよ、うちへ行って、自転車をとってきて、ボビーの家の前へおいで。急ぐんだよ」て言うわけだ。p141
(フートンスクールにいたクエーカーのアーサーのことを思い出す
僕が彼と意見の合わないのは、僕はイエスは絶対にユダを地獄になんか送らない、
あの使徒たちだったら、どの人も、送ったろうと思う。
うちの子どもたちは、みんな無神論者なんだ。p142
映画ってのは人をだめにする。決して嘘じゃないよ。p148
(サリー・ヘイズに電話して芝居を観るデートの約束をする。時間までグランド・セントラル・ステーションへ行き、荷物を預ける
僕は「ステキ」って言葉ぐらい嫌いなもんはないんだ。p150
オヤジはなかなかの金持ちなんだ。p152
普段ならオレンジジュースを少し飲むだけさ。僕はとても少食なんだ。
(2人の謙虚な尼さんに会って、少し気分が治る
カトリック教徒は、いつも相手がカトリック教徒かどうかを確かめようとする。
1つには僕の姓がアイルランド系で、アイルランド系はたいていカトリックだからなんだ。p159
(途中でフィービーの大好きな曲のレコードを見つけて買う。「リトル・シャーリー・ビーンズ」
エステル・フレッチャーて黒人の女が20年ぐらい前につくった、とても古い、すごいレコードだった。
彼女の歌い方はディキシーランドみたいで、淫売屋の雰囲気があるけど、ちっとも不潔じゃないんだ。p162
(子どもが歩道を歩きながら♪ライ麦畑でつかまえて(本当の名前は違う)を歌っているのを見て、気分がラクになる
そっか、この本のタイトルは曲名を勘違いしたものなんだ!
サリーの好きな俳優が出る芝居『なつかしの恋人』をチケットを買ったと話すと大喜びする。
僕は俳優ってものが大嫌いなんだ。俳優ってけして本当の人間らしくやりはしない。本人がやってると思っているだけさ。
本当に優秀な俳優だと、自分で優秀だって承知してるのが分かって、それが艶消しなんだな。p165
(フィービーに会いに行こうと自然科学博物館に行く。
いつもコロンブスのアメリカ発見の映画をやってたな。p169
20人ばかしのインディアンが乗り込んで、櫂をこいでいるのもいれば、、、p170
この博物館で、一番よかったのは、すべての物がいつも同じとこに置いてあったことだ。
仮に10万回行っても、エスキモーはやっぱし2匹の魚を釣ったままだし、鳥は南に向かって飛んでるし、、、
(私も地元の博物館のジオラマは大好き。いつも変わらずそこにあって
ものによっては、いつまでも今のまんまにしておきたいものがあるよ。
そういうものは、あの大きなガラスケースにでも入れて、そっとしておける風であって然るべきじゃないか。p172
(恋人を待つ大勢の女の子を眺めるH
やがてはこの子たちは、高校や大学を出て、たいていはトンマな男たちと結婚するんだろう。
俺の車は1ガロンで何マイル走れるなんてことばかし喋ってる男とか、
本など絶対読まない男、退屈でしょうがない男。p173
サリーを見た瞬間、この人と結婚したいな、と思った。
どうかしてんだな、好意さえろくに持ってなかったんだぜ。p174
芝居は2人の老夫婦の一生なんだけど、それが長いの長くないのって、50万年もあるみたいなんだ
彼らの演技は上手かったと認めるよ。なんでもそうだけど、あんまり上手くなると、よっぽど気をつけないと、
すぐこれ見よがしになっちまうんだ。p177
(サリーはどこに行っても知り合いを見つける。
まるで子どもの時分、いっしょに風呂に入った同士とでもいった格好さ。筒井筒とかいったな。虫唾が出るよ。
その2人、どっかのパーティでたった一度しか会ったことがないらしいんだから笑わせるじゃないか。p178
(サリーはスケートをしに行こうと言い出す。そして、クリスマスイヴの飾りつけを手伝ってほしいと何度も確認する
「君は何もかももうたくさんだっていう気持ちになったことあるかい?」
「大抵の人が車に夢中じゃないか。小さな掻き傷でもつけやしないかって。
真新しい車を手に入れれば、すぐにもっと新しいやつに買い換えることを考える」
「学校なんかインチキ野郎でいっぱいさ。
将来キャデラックが買えるような身分になるために物を覚えようとして勉強するだけなんだ。
おまけにみんながいやったらしい仲間を作ってかたまってやがんだ」p184
(Hは突然、サリーと郊外で一緒に暮らそうと言い出す
「あんたにはできっこないわよ。第一、あたしたちはどっちもまだ子どもみたいなもんよ。
最初からまるでおとぎ話じゃない。先へいってからでも時間はたくさんあるでしょ」
「いや、違うねえ。まったく様子が違っちまうよ。僕たちは、旅行カバンやらを持って、
みんなにいちいち電話をかけてさ。僕の言う意味が君にはてんで分かってないんだな。
ここを出よう。僕は、君と会ってるとケツがむずむずするんだ」p187
(サリーは激怒し、謝っても許さず、仕方なく、彼女を残して外に出る
仮に彼女が一緒に行こうと言ったにしても、おそらく僕は連れて行かなかったろうと思うんだ。p189
女の子の困ったとこは、男の子に好意を持つと、そいつがどんなに下司な野郎でも、劣等意識を持ってるって言うんだ。
逆に嫌いな子だと、どんなにいい奴でも、自惚れてると言っちまうんだ。p191
(Hは唯一知的な会話ができるカール・ルースに電話し、バーで一杯やろうと誘い、余った時間を潰すために映画館に入る
映画が嘘っぱちになるほど、隣りの女の人はますます泣くんだ
戦争映画を観ると、僕はとても堪えられないだろうと思う。
兄は4年も軍隊に入って、「ノルマンディ上陸作戦」やなんかに参加したのさ(よく無事に還ってこれたね
軍隊ってとこは、ナチスと同じくらい下司な野郎がいっぱいだったとも言ってた。
今度また戦争があったら、射撃部隊の前に立たしてもらったほうがいいね。
原子爆弾が発明されて嬉しいみたいなもんだ。
僕は原子爆弾のてっぺんに乗っかってやるよ。誓ってもいいや。p198
(カールは、遅れて来て、すぐ行かなきゃという感じ
「相変わらずのコールフィールドじゃないか、いつになったら大人になるんだ」
カールは、僕に面白さを感じさせてくれる人間の一人なんだ。p201
「今夜は、俺は、コールフィールド的質問には答えないからな」p204
「この前会った時、おまえには何が必要か言ってやったじゃないか」
「精神分析やなんかを受ける話かい?」(カールの父は精神科医 p207
(カールはさっさと帰ってしまい、Hはセントラルパークでレコードを落としてしまい粉々になる
そこで気になっていたアヒルを探すが1羽もいない。
墓地に押し込められるのだけはごめんだな。死んでから花を欲しがる奴なんているもんか。p217
(Hは、フィービーに会いに行こうと思う。部屋にはノートがあり、しばらくそれを読む。
“わが国の政府はアラスカ・エスキモーの生活を楽にするためにどんなことをしてやったか?明日しらべること!!”p225
(フィービーは目覚めがよく、Hが退学させられたことにすぐに勘付く
レコードが割れたことを告げると、「そのかけらを頂戴。あたし、しまっておくわ」と言う。
「学校を追い出されたんだわ! きっとそうよ! パパに殺されちゃうわよ」(これを何度も繰り返す
(Hは、水曜に帰らず、このままコロラドの牧場なんかで働くからお別れに来たと告げる
どうして退学になったかを説明する。
「“先輩の日”てのがあってね、アメリカ独立宣言の年にペンシーを卒業したトンマどもが全員やって来て歩き回るんだ」p236
(ある老人が、Hの部屋のトイレに昔自分が彫ったイニシアルを見つけるために四苦八苦した話をする
「兄さんは、世の中に起こることが何もかもイヤなんでしょ」
「違うよ。絶対そんなことはない」
「1つでも好きなものを言ってごらんなさい」
(Hはなかなか思いつかないが、以前、ジェームズ・キャスルという子が窓から投身自殺し、
そのきっかけとなった生徒はただ放校処分になっただけだったことを思い出す。
その時、少年に自分の上着をかけたのはアントリーニ先生だけだった。
「僕はアリーが好きだ」
「アリーは死んだのよ」
「そんなこと僕だって知ってるよ! 死んだからって好きだっていいじゃないか」p241
「君、あの歌知ってるだろう♪ライ麦畑でつかまえて」
「それは♪ライ麦畑で会うならば っていうのよ! あれは詩なのよ。ロバート・バーンズの」p242
「とにかく、僕には、広いライ麦畑で、何千人もの子どもたちがゲームをしてるのが見えるんだ。
僕は危ない崖のふちに立って、誰か落ちそうになったら、その子をつかまえる。
ほんとうになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてるとは知ってるけどさ」
(Hは、アントリーニ先生に電話すると、深夜にも関わらずいつでも来いとゆってくれる
アントリーニ先生は、これまで僕が接した中で一番いい先生だったろうと思う。p245
(両親がパーティから突然帰ってきて、Hは隠れる。
すぐに家を出ようとし、仕方なくフィービーのクリスマスのおこづかいまでもらってしまい、突然、号泣してしまう
どういうわけか、入る時より家を出る時のほうが平気だった。
つかまえるなら、つかまってやるよ。ある意味じゃ、つかまえてもらいたいみたいな気持ちもあった。p253
(アントリーニ先生の家に行くと快く迎えてくれるが、先生は随分酔っていた。Hに大事なことを話そうと真剣。
“弁論表現法”の単位を落とした理由は、生徒がちょっとでも本題と無関係なことを言うと、
ヴィンスン先生や生徒ができるだけ早く「脱線!」と怒鳴ることになってるんです。これがどうも頭にきちゃってFでした。p257
「多少しかつめらしい、教師根性丸出しの質問をするけどね、すべてのものには時と場合があるとは思わないか?」
「その先生も、あのクラスの奴らも、しょっちゅう統一しろ、簡潔にしろって、そればかり言うんです」
「僕の感じでは、君は今、恐ろしい堕落の淵に向かって進んでいるような気がするけどね」
「それは本当に先生の誤解です。そんなに多くの人間を嫌ってるわけじゃありません」p262
「特殊な堕落。恐ろしい堕落だと思うんだ。墜ちていく人間には、底というものがない。
世の中には、ある時期に、自分の置かれている環境が到底与えることのできないものを捜し求めようとした人々がいる。
いやむしろ、到底手に入らないと思って、捜すことを諦めちゃった。実際捜しもしないで」p263
「君がきわめて愚劣なことのために、高貴な死に方をしようとしていることがハッキリと見えるんだ。
もし僕が君に何かを書いたら、丁寧に読んでくれるか? しまっておいてくれるか?」
「ウィルヘルム・シュテーケルという精神分析学者が書いたんだ。
“未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。
これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある。”」
(Hは実際このメモを今でも持っている
「今に君も自分の行きたい道を見つけ出さずにはいないと思う。
まず君のやるべきことは学校に入るということだ。君は知識と恋仲にある身なんだ。
ヴィンスン先生のたぐいを通り抜けてしまえば、
君の胸にずっとぴったりくるような知識にどんどん近づいていくことになる。
君は、人間の行為に困惑し、驚愕し、激しい嫌悪さえ感じたのは、君が最初ではないと知るだろう。
その点で君はけっして孤独じゃない。
その中の何人かが、自分の悩みの記録を残してくれた。君はそこから学ぶことができる。
単に溌剌たる才智と創造的能力だけの人間より、はかり知れぬほどの価値をもった記録を後に残しやすい。
その上、これが一番大事な点だが、そういう人のほうが、学識のない思想家よりも謙虚なものだ。
学校教育を続けていけば、自分の頭のサイズはいくつかが分かりかけてくる。何が合うか、合わないかもたぶんね。
どんな種類の思想をかぶったらいいかも分かってくる。
だから、自分にふさわしくない思想をいちいち試すという膨大な時間の浪費を節約できる」
(Hは眠くて仕方なく、あくびをしてしまい、先生は話をやめて寝床を作るが、
ちょっと眠って目を覚ますと、酔った先生が自分の頭を撫でていて、仰天する。
学校やなんかで僕は、誰よりも多く変態野郎を知ってるつもりだけど、
そいつらがまた、僕のいる時にかぎって変な真似をしやがるんだ。
あんなようなことは、僕には、子どもの頃から20回ほどもあったんだ。とても我慢できないんだよ。p272
(Hは慌てて口実をつくって先生宅を出て、地下鉄あたりのベンチで横になるがよく眠れない。
突然、気味の悪いことが起こりだした。自分が下へ下へ沈んで、二度と誰にも見えなくなりそうな気がするんだ。
そこで僕は「アリー、僕の身体を消さないでくれよ」と言ったんだ。
(Hはフィービーにお金を返してから、西部へヒッチハイクしようと決める。
目も口もきけないフリをしていれば、みんな放っておいてくれるだろう
フィービーが学校から出てくる前に博物館に行くと、同じ下ネタがあらゆるところに書いてあってまた気が滅入る。
落ち着いて、静かな、気持ちのいいとこなんて、絶対に見つかりっこないんだから。p286
(郊外の小屋に住んだら、“インチキなことをすることまかりならん”という規則を作ろうと思う。
フィービーは重いカバンを持ってきて、自分も一緒に行くといってきかない。
そこで2人で動物園に行く。フィービーは回転木馬が大好きだから、切符を買って乗せてあげる。
回転木馬で流れる曲が♪煙が目にしみる って渋い/驚
お金を返すと「あたしの代わりにしまっといて、お願い」
これは気が滅入るんだよね、人から「お願い」て言われるとさ。p295
急に雨が降り出す
フィービーが回りつづけてるのを見て、突然、とても幸福な気持ちになったんだ。
(Hは病院に静養のため入院し、精神分析などを受ける。
D.B.は、僕が今まで長々と君に話したことを、どう思ってるか聞いた。
実は自分でも分かんない。
分かってるのは、話に出てきた連中がここにいないのが寂しいということだけ。
誰にもなんにも話さないほうがいいぜ。
話せば、話に出てきた連中が現に身辺にいないのが、物足りなくなってくるんだから。
*
ホールデンには、フィービーみたいな細やかな愛情、イノセントを持つ家族や、
アントリーニ先生みたいな知識をもち、親身になってくれる第三者の大人がいてくれたから
この揺れ動く時期をどうにかこうにか踏みとどまれたんだな。
アントリーニ先生宅で急に眠くなったのは、やっと、そのままの自分を受け入れ、尊重してくれ、安心できる居場所を見つけたからだ。
『フラニー』で、最後、フラニーが睡魔に任せたように。
でも、アントリーニ先生宅すら逃げ出さなきゃならなくなる。
「まったく君は変わった子だな」
そんなせっかく生の世界に残ったホールデンも、戦争の前には、無力に散らなければならなかった。
ほかの大勢の若者と一緒に。
【訳者解説 内容抜粋メモ】
本書が出たのは1951年、朝鮮戦争の最中だった。
最初持ち込んだ出版社からは、「主人公がクレイジーだ」と突き返され、
リトル・ブラウン社で出版された途端に評判になり、『ナイン・ストーリーズ』などを発表。
サリンジャーは一時、アメリカ文学界の人気作家となった。
だが、以後、長い沈黙。
突如襲来した好奇の目の執拗さに堪えかねて、1953年、ニューハンプシャー州に移り、
屋敷の周囲に高い柵を巡らせて隠遁者にも似た生活を送っているという風評が伝わってくるのがせいぜいで完全に姿を消した。
1980年、雑誌記者が探訪し、隠し撮りした2枚の写真を見た。
ジョン・レノンを撃ったチャップマンの上着のポケットに本書が入っていたという記事を読んだ。
『エクスクァイア』は、この小説が今なお出版当初と同じ売れ行きを続けていると伝えた。
この主人公の姿には、人種や、社会制度、歴史の相違を越えて、共感を呼ぶ普遍的なものが造形されているということだ。
ホールデンの言動が誇張にみちて、偽悪的なまでにどぎついのは、
大人が善とし、美とする「因襲道徳」や「公序良俗」なものの偽瞞性をなんとかして暴こうとする激情の所産だ。
そういう観点から本書を「禁書目録」にのせた学校もあったし、逆に、心理学などの教材に使用している教師も少なくないと聞く。
彼は子どもの世界にいながら、大人の世界に片足を突っ込んだ不安定な姿勢で立っているともいえるし、
彼という1個の人間の中に、子どもの夢と、大人の現実が混在しているとも言えるだろう。
大人ならコンヴェンション(慣習)に従って上手にすりぬけてゆくところを、彼は独自の方法で対処するか、
方法も見つからぬまま体ごとぶつかるしかない。
「見慣れた場面を、常とは変わった、興味をひく視点から写し出すこと」がピカレスク小説の特徴の1つなら、
本書は現代のピカレスク小説ということもできる。
J.D.サリンジャー/著 野崎孝/訳
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
これまでのサリンジャー作品をひと通り読み終えたので、最初にかえって代表作をもう一度読み返してみた。
私はどんなに気に入ったことでも、リピートすることは少ないのだけれど、
10代の頃に読んだ記憶のままで、メモも少なかったから、新鮮な気持ちで読めた。
時々、可笑しくて吹き出しながら、こんなに楽しく本を読んだのは久しぶり。
昔読んだ時のメモの1行1行が出てくるたびに、パズルのピースがはまるようで、それも楽しかった。
でも、その後のD.B.(兄)、ホールデンの人生を知っただけに、
こうして今、イキイキと喋っている若者の命をカンタンに奪ってしまう戦争に対する
なんともいえない思いが片隅にずっとあった
今回は、図書館にある中でも敢えて古い発行年のほうを選んでみたが、
誰もが知っている名作で、しかもサリンジャーの書く当時の独自の若者の言い回しを
どう日本語に訳すかは難しい作業だったろう。
その時代の若者の繊細な心情を反映させつつ、小説としては永久の名作なのだから。
10代後半のホールデンの口ぐせの「インチキ」なものは、
今でも相変わらず“立派に”インチキなまま。これは普遍的であっては困るんだけどなぁ。
自分の10代の頃の日記を読んでいるような感覚になる。
あの頃は、ほぼ毎日“気の滅入る”ことばかり書いていた。
ホールデンの口ぐせの「インチキ」は、私の語彙の中でゆったら「いかにも」みたいなものだな。
私はコレをあまりいい意味で使わない。
とにかく、本書を読むと、しばらくはみんな彼の口調が伝染ってしまうのは仕方がない
【内容抜粋メモ】
君はデビッドカッパーフィールド(ディケンズの長編小説)式のくだらないことから聞きたがるかもしれないけど、僕はそんなことは喋りたくないんだ。p7
ただ、去年のクリスマスの頃にへばっちゃって、それでこんな西部の町なんかに来て静養しなきゃならなくなったんだけど
D.B.(兄)はうちにいた時分には、まともな作家だったんだ(今はハリウッドで脚本を書いている p8
僕がペンシー高校をやめた日のことから話すとしよう。
(どれだけイカレタ学校か話す。クリスマス休暇前に、フットボールの試合をしていて、みんな観戦に出ているが、
ホールデンは、フェンシングの試合に行き、地下鉄に道具などを全部忘れてしまって試合にならなかったため、
歴史のスペンサー先生にお別れを言いに行く
言うのを忘れてたけど、僕は退学になったんだよ。5課目中、4課目落としちゃって。(英語だけはできた p10
僕はじきに息が切れちまう。1つには、すごい煙草のみだからね。p12
先生は古くなって擦り切れたナバホの毛布を見せてくれた。
奥さんといっしょに、昔、イエローストーン公園でインディアンから買ったんだって。p14
「人生は競技だとも、坊や。たしかに人生は、誰しもがルールに従ってってやらなければならない競技なんだ」p17
「僕の入った今度がだいたい4つ目の学校です」
僕は6フィート2インチ半もあって、頭の片方は白髪がいっぱい生えてんだ。(これを利用してバーに出入りしては疑われている p18
大人ってのは、なんにも気がつかないんだからな。
「立派」か! これこそ僕の嫌いな言葉なんだ。インチキだよ。聞くたびにヘドが出そうになる。
これをやられると、僕は、頭に来ちゃうんだ。こっちが最初にそうだと言っているのに、
その上におっかぶせて、2度言うんだからな。p20(これはイヤだね
(フートン・スクール、エルクトン・ヒルズもやめたことを引き合いに出される。
エルクトン・ヒルズをやめた最大の理由の1つは、あすこの学校がインチキ野郎だらけだからなんだ。p24
(先生の「力になりたい」という気持ちはよく分かっているH。
ただ、僕たちはあんまり西と東に離れ過ぎてんだな、そこが問題なんだ。p26
「大丈夫ですよ、僕は。今、1つの時期を通り抜けようとしてるだけなんです」p27
僕みたいにひどい嘘つきには、君も生まれてから会ったことがないだろう。p28
「ロコモティヴ」て、機関車みたいに、はじめゆっくり、それからだんだん早くしてゆく拍手があるだろう。
(ライヴのアンコールでやってるやつ?驚
『アフリカの日々』はとてもいい本だよ。p30
僕の一番好きな本は、せめて、所々でこっちを笑わしてくれるような本だ。p31
(サリー・ヘイズの写真が出てくる。ホールデンが戦死した時、想い入れたっぷりに泣いてくれた子だけど、
ホールデンのほうではそうでもなかったんだな。とても美人。
(部屋に荷物を取りに戻ると、苦手なアクリー(隣りの部屋の生徒)と鉢合う。
その後、男前が自慢で、女の子にすぐ手を出すストラドレーターも入ってくる。
奴はいつだって大慌てなんだ。なんでも一大事なんだな。p40
(学校をやめるHに、自分はデートに行くから「作文を書いてくれ」と頼むS
デートの相手が、昔仲の良かったジェーン・ギャラハーと知ってすっかりうろたえるH。
そして、その後ずっと、Sの手癖の悪さでジェーンがどうにかならなかったか気になって頭から離れなくなる
大人ってのは絶対人を信用しないものなんだ。p56
(Hは妙な赤いハンチングを子どもみたいに後ろ前にかぶってみせる
「抽象的ならなんでもいい」というから、白血病で幼くして亡くなった弟のアリー(2つ下)の野球のミットのことを作文に書く。
アリーが亡くなった時、ガレージの窓を全部壊して、拳が握れなくなり、Hは13歳の時、精神分析を受けさせられそうになった。
アクリーはほとんどなんでも揃ってやがんだよ。鼻孔障害、ニキビ、汚い歯(磨いたことがない)、口臭、垢のたまった爪。p59
(Sはデートから戻り、Hが書いた作文が気に入らないと言ったから、Hはそれをズタズタに引き裂いてしまう。
ジェーンのことでケンカになり、殴りかかるがからぶりして、逆に馬乗りされ、血だらけになってしまう
低脳はみんな、人から低脳って言われると怒るものなんだ。p66
僕はたった2度ばかししかケンカしたことがないけど、2度とも負けちゃった。あんまり強くない。平和主義者なんだ、実を言うと。p68
(Hは水曜日に実家に帰る予定を繰り上げることを決める。
僕は人から贈り物をもらうと、しまいには、たいてい悲しい思いをさせられることになる。p77
「がっぽり眠れ、この低脳野郎」と怒鳴って、寮を出る。
(汽車に乗ると、トレントンできれいな女性が乗ってくる。
女には弱いんだよ、僕は。p79
(彼女がペンシーのゲス野郎の母親と分かり、Hは偽名を名乗って、手術をするから早めに帰ると言い、
息子さんがどれほど素晴らしくて、人気があるかをとくとくと語って聞かせるw
人の子の母親ってものは、全部、ちょっとばかし狂ってるものなんだ。p82
母親ってものは、自分の息子がどんなに優秀な人物かということこそ聞きたいものなんだよ。p83
(ペンシルヴェニア・ステーションに着き、妹のフィービー(10歳)に電話しようと思うが、
夜遅いため、親が出たらまずいと思い直し、エドモント・ホテルに泊まることにする。
その部屋の窓からは、隣りの棟の変人たちが丸見えだった。
パンツ1枚で何してたと思う? 女の服を着たんだよ。p90
(Hはあるパーティで1度会っただけのプリンストンに通う男が教えてくれた、半分娼婦の女性に電話して飲みに誘うが、時間が遅いと断られる
仕方なく「ラヴェンダー・ルーム」という名のバーでしこたま飲む。♪恋も数ある中で が演奏されてる
地方から来た3人の野暮な女性と踊るが、彼女たちはいつハリウッドスターが現れないか気がかりでならない
中にはからかっちゃいけない人間もいるんだよ、それがたとえ、からかわれたって仕方のない人間でもだ。p107
(ジェーンとの出会いは、実家の隣りに住んでいて、飼っているドーベルマンが始終、うちの庭で排泄するから、母が怒ったことから。
ジェーンの母の再婚相手は飲んだくれで、彼女はいろいろ苦労している
彼女とSのことを頭から離そうとして、アーニーの店に行く。グリニッチ・ヴィレジにあるナイトクラブ
Hは、子どもの頃からよく遊んだ湖にいるアヒルの親子が、湖が凍る冬にどこに行くのか気になって仕方ないが、
そんな質問をするたび、タクシーの運転手から「からかってんのか?」と怒られる
「もし、あんたが魚だったら、母なる自然が面倒をみてくれるはずじゃねえか? そうだろう?」p119
拍手ってものは、いつでも的外れなものに送られるんだ。p120
「アイヴィリーグ」(ハーバード、エール、プリンストンなど、アメリカ東北部の一流大学)の連中ってのは、
みんな同じような格好をしてるからな。p122
(その店で、昔のD.B.のGF、リリアンと会う。
これがいつも僕には参るんだな。会って嬉しくもない人に「お目にかかれて嬉しかった」て言うんだから。p125
僕は、なくして気になるような物なんて持ったためしがない気がする。p128
人間、すっかり気が滅入ってる時には、考えることさえできない。p130
(Hはエレベータボーイから娼婦をすすめられる。1回なら5ドル、オールナイトは15ドルだと言ったが、
後で1回は10ドルだと言って、言い合いとなり、突然泣き出してしまうH。みぞおちにパンチを食らう
声を出して、アリーと話を始めた。ひどく気が滅入った時に、僕はときどき、それをやるんだよ。p140
(昔、自転車で出かける時、彼も行きたいってゆったのを承知しなかったから。
「いいよ、うちへ行って、自転車をとってきて、ボビーの家の前へおいで。急ぐんだよ」て言うわけだ。p141
(フートンスクールにいたクエーカーのアーサーのことを思い出す
僕が彼と意見の合わないのは、僕はイエスは絶対にユダを地獄になんか送らない、
あの使徒たちだったら、どの人も、送ったろうと思う。
うちの子どもたちは、みんな無神論者なんだ。p142
映画ってのは人をだめにする。決して嘘じゃないよ。p148
(サリー・ヘイズに電話して芝居を観るデートの約束をする。時間までグランド・セントラル・ステーションへ行き、荷物を預ける
僕は「ステキ」って言葉ぐらい嫌いなもんはないんだ。p150
オヤジはなかなかの金持ちなんだ。p152
普段ならオレンジジュースを少し飲むだけさ。僕はとても少食なんだ。
(2人の謙虚な尼さんに会って、少し気分が治る
カトリック教徒は、いつも相手がカトリック教徒かどうかを確かめようとする。
1つには僕の姓がアイルランド系で、アイルランド系はたいていカトリックだからなんだ。p159
(途中でフィービーの大好きな曲のレコードを見つけて買う。「リトル・シャーリー・ビーンズ」
エステル・フレッチャーて黒人の女が20年ぐらい前につくった、とても古い、すごいレコードだった。
彼女の歌い方はディキシーランドみたいで、淫売屋の雰囲気があるけど、ちっとも不潔じゃないんだ。p162
(子どもが歩道を歩きながら♪ライ麦畑でつかまえて(本当の名前は違う)を歌っているのを見て、気分がラクになる
そっか、この本のタイトルは曲名を勘違いしたものなんだ!
サリーの好きな俳優が出る芝居『なつかしの恋人』をチケットを買ったと話すと大喜びする。
僕は俳優ってものが大嫌いなんだ。俳優ってけして本当の人間らしくやりはしない。本人がやってると思っているだけさ。
本当に優秀な俳優だと、自分で優秀だって承知してるのが分かって、それが艶消しなんだな。p165
(フィービーに会いに行こうと自然科学博物館に行く。
いつもコロンブスのアメリカ発見の映画をやってたな。p169
20人ばかしのインディアンが乗り込んで、櫂をこいでいるのもいれば、、、p170
この博物館で、一番よかったのは、すべての物がいつも同じとこに置いてあったことだ。
仮に10万回行っても、エスキモーはやっぱし2匹の魚を釣ったままだし、鳥は南に向かって飛んでるし、、、
(私も地元の博物館のジオラマは大好き。いつも変わらずそこにあって
ものによっては、いつまでも今のまんまにしておきたいものがあるよ。
そういうものは、あの大きなガラスケースにでも入れて、そっとしておける風であって然るべきじゃないか。p172
(恋人を待つ大勢の女の子を眺めるH
やがてはこの子たちは、高校や大学を出て、たいていはトンマな男たちと結婚するんだろう。
俺の車は1ガロンで何マイル走れるなんてことばかし喋ってる男とか、
本など絶対読まない男、退屈でしょうがない男。p173
サリーを見た瞬間、この人と結婚したいな、と思った。
どうかしてんだな、好意さえろくに持ってなかったんだぜ。p174
芝居は2人の老夫婦の一生なんだけど、それが長いの長くないのって、50万年もあるみたいなんだ
彼らの演技は上手かったと認めるよ。なんでもそうだけど、あんまり上手くなると、よっぽど気をつけないと、
すぐこれ見よがしになっちまうんだ。p177
(サリーはどこに行っても知り合いを見つける。
まるで子どもの時分、いっしょに風呂に入った同士とでもいった格好さ。筒井筒とかいったな。虫唾が出るよ。
その2人、どっかのパーティでたった一度しか会ったことがないらしいんだから笑わせるじゃないか。p178
(サリーはスケートをしに行こうと言い出す。そして、クリスマスイヴの飾りつけを手伝ってほしいと何度も確認する
「君は何もかももうたくさんだっていう気持ちになったことあるかい?」
「大抵の人が車に夢中じゃないか。小さな掻き傷でもつけやしないかって。
真新しい車を手に入れれば、すぐにもっと新しいやつに買い換えることを考える」
「学校なんかインチキ野郎でいっぱいさ。
将来キャデラックが買えるような身分になるために物を覚えようとして勉強するだけなんだ。
おまけにみんながいやったらしい仲間を作ってかたまってやがんだ」p184
(Hは突然、サリーと郊外で一緒に暮らそうと言い出す
「あんたにはできっこないわよ。第一、あたしたちはどっちもまだ子どもみたいなもんよ。
最初からまるでおとぎ話じゃない。先へいってからでも時間はたくさんあるでしょ」
「いや、違うねえ。まったく様子が違っちまうよ。僕たちは、旅行カバンやらを持って、
みんなにいちいち電話をかけてさ。僕の言う意味が君にはてんで分かってないんだな。
ここを出よう。僕は、君と会ってるとケツがむずむずするんだ」p187
(サリーは激怒し、謝っても許さず、仕方なく、彼女を残して外に出る
仮に彼女が一緒に行こうと言ったにしても、おそらく僕は連れて行かなかったろうと思うんだ。p189
女の子の困ったとこは、男の子に好意を持つと、そいつがどんなに下司な野郎でも、劣等意識を持ってるって言うんだ。
逆に嫌いな子だと、どんなにいい奴でも、自惚れてると言っちまうんだ。p191
(Hは唯一知的な会話ができるカール・ルースに電話し、バーで一杯やろうと誘い、余った時間を潰すために映画館に入る
映画が嘘っぱちになるほど、隣りの女の人はますます泣くんだ
戦争映画を観ると、僕はとても堪えられないだろうと思う。
兄は4年も軍隊に入って、「ノルマンディ上陸作戦」やなんかに参加したのさ(よく無事に還ってこれたね
軍隊ってとこは、ナチスと同じくらい下司な野郎がいっぱいだったとも言ってた。
今度また戦争があったら、射撃部隊の前に立たしてもらったほうがいいね。
原子爆弾が発明されて嬉しいみたいなもんだ。
僕は原子爆弾のてっぺんに乗っかってやるよ。誓ってもいいや。p198
(カールは、遅れて来て、すぐ行かなきゃという感じ
「相変わらずのコールフィールドじゃないか、いつになったら大人になるんだ」
カールは、僕に面白さを感じさせてくれる人間の一人なんだ。p201
「今夜は、俺は、コールフィールド的質問には答えないからな」p204
「この前会った時、おまえには何が必要か言ってやったじゃないか」
「精神分析やなんかを受ける話かい?」(カールの父は精神科医 p207
(カールはさっさと帰ってしまい、Hはセントラルパークでレコードを落としてしまい粉々になる
そこで気になっていたアヒルを探すが1羽もいない。
墓地に押し込められるのだけはごめんだな。死んでから花を欲しがる奴なんているもんか。p217
(Hは、フィービーに会いに行こうと思う。部屋にはノートがあり、しばらくそれを読む。
“わが国の政府はアラスカ・エスキモーの生活を楽にするためにどんなことをしてやったか?明日しらべること!!”p225
(フィービーは目覚めがよく、Hが退学させられたことにすぐに勘付く
レコードが割れたことを告げると、「そのかけらを頂戴。あたし、しまっておくわ」と言う。
「学校を追い出されたんだわ! きっとそうよ! パパに殺されちゃうわよ」(これを何度も繰り返す
(Hは、水曜に帰らず、このままコロラドの牧場なんかで働くからお別れに来たと告げる
どうして退学になったかを説明する。
「“先輩の日”てのがあってね、アメリカ独立宣言の年にペンシーを卒業したトンマどもが全員やって来て歩き回るんだ」p236
(ある老人が、Hの部屋のトイレに昔自分が彫ったイニシアルを見つけるために四苦八苦した話をする
「兄さんは、世の中に起こることが何もかもイヤなんでしょ」
「違うよ。絶対そんなことはない」
「1つでも好きなものを言ってごらんなさい」
(Hはなかなか思いつかないが、以前、ジェームズ・キャスルという子が窓から投身自殺し、
そのきっかけとなった生徒はただ放校処分になっただけだったことを思い出す。
その時、少年に自分の上着をかけたのはアントリーニ先生だけだった。
「僕はアリーが好きだ」
「アリーは死んだのよ」
「そんなこと僕だって知ってるよ! 死んだからって好きだっていいじゃないか」p241
「君、あの歌知ってるだろう♪ライ麦畑でつかまえて」
「それは♪ライ麦畑で会うならば っていうのよ! あれは詩なのよ。ロバート・バーンズの」p242
「とにかく、僕には、広いライ麦畑で、何千人もの子どもたちがゲームをしてるのが見えるんだ。
僕は危ない崖のふちに立って、誰か落ちそうになったら、その子をつかまえる。
ほんとうになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてるとは知ってるけどさ」
(Hは、アントリーニ先生に電話すると、深夜にも関わらずいつでも来いとゆってくれる
アントリーニ先生は、これまで僕が接した中で一番いい先生だったろうと思う。p245
(両親がパーティから突然帰ってきて、Hは隠れる。
すぐに家を出ようとし、仕方なくフィービーのクリスマスのおこづかいまでもらってしまい、突然、号泣してしまう
どういうわけか、入る時より家を出る時のほうが平気だった。
つかまえるなら、つかまってやるよ。ある意味じゃ、つかまえてもらいたいみたいな気持ちもあった。p253
(アントリーニ先生の家に行くと快く迎えてくれるが、先生は随分酔っていた。Hに大事なことを話そうと真剣。
“弁論表現法”の単位を落とした理由は、生徒がちょっとでも本題と無関係なことを言うと、
ヴィンスン先生や生徒ができるだけ早く「脱線!」と怒鳴ることになってるんです。これがどうも頭にきちゃってFでした。p257
「多少しかつめらしい、教師根性丸出しの質問をするけどね、すべてのものには時と場合があるとは思わないか?」
「その先生も、あのクラスの奴らも、しょっちゅう統一しろ、簡潔にしろって、そればかり言うんです」
「僕の感じでは、君は今、恐ろしい堕落の淵に向かって進んでいるような気がするけどね」
「それは本当に先生の誤解です。そんなに多くの人間を嫌ってるわけじゃありません」p262
「特殊な堕落。恐ろしい堕落だと思うんだ。墜ちていく人間には、底というものがない。
世の中には、ある時期に、自分の置かれている環境が到底与えることのできないものを捜し求めようとした人々がいる。
いやむしろ、到底手に入らないと思って、捜すことを諦めちゃった。実際捜しもしないで」p263
「君がきわめて愚劣なことのために、高貴な死に方をしようとしていることがハッキリと見えるんだ。
もし僕が君に何かを書いたら、丁寧に読んでくれるか? しまっておいてくれるか?」
「ウィルヘルム・シュテーケルという精神分析学者が書いたんだ。
“未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。
これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある。”」
(Hは実際このメモを今でも持っている
「今に君も自分の行きたい道を見つけ出さずにはいないと思う。
まず君のやるべきことは学校に入るということだ。君は知識と恋仲にある身なんだ。
ヴィンスン先生のたぐいを通り抜けてしまえば、
君の胸にずっとぴったりくるような知識にどんどん近づいていくことになる。
君は、人間の行為に困惑し、驚愕し、激しい嫌悪さえ感じたのは、君が最初ではないと知るだろう。
その点で君はけっして孤独じゃない。
その中の何人かが、自分の悩みの記録を残してくれた。君はそこから学ぶことができる。
単に溌剌たる才智と創造的能力だけの人間より、はかり知れぬほどの価値をもった記録を後に残しやすい。
その上、これが一番大事な点だが、そういう人のほうが、学識のない思想家よりも謙虚なものだ。
学校教育を続けていけば、自分の頭のサイズはいくつかが分かりかけてくる。何が合うか、合わないかもたぶんね。
どんな種類の思想をかぶったらいいかも分かってくる。
だから、自分にふさわしくない思想をいちいち試すという膨大な時間の浪費を節約できる」
(Hは眠くて仕方なく、あくびをしてしまい、先生は話をやめて寝床を作るが、
ちょっと眠って目を覚ますと、酔った先生が自分の頭を撫でていて、仰天する。
学校やなんかで僕は、誰よりも多く変態野郎を知ってるつもりだけど、
そいつらがまた、僕のいる時にかぎって変な真似をしやがるんだ。
あんなようなことは、僕には、子どもの頃から20回ほどもあったんだ。とても我慢できないんだよ。p272
(Hは慌てて口実をつくって先生宅を出て、地下鉄あたりのベンチで横になるがよく眠れない。
突然、気味の悪いことが起こりだした。自分が下へ下へ沈んで、二度と誰にも見えなくなりそうな気がするんだ。
そこで僕は「アリー、僕の身体を消さないでくれよ」と言ったんだ。
(Hはフィービーにお金を返してから、西部へヒッチハイクしようと決める。
目も口もきけないフリをしていれば、みんな放っておいてくれるだろう
フィービーが学校から出てくる前に博物館に行くと、同じ下ネタがあらゆるところに書いてあってまた気が滅入る。
落ち着いて、静かな、気持ちのいいとこなんて、絶対に見つかりっこないんだから。p286
(郊外の小屋に住んだら、“インチキなことをすることまかりならん”という規則を作ろうと思う。
フィービーは重いカバンを持ってきて、自分も一緒に行くといってきかない。
そこで2人で動物園に行く。フィービーは回転木馬が大好きだから、切符を買って乗せてあげる。
回転木馬で流れる曲が♪煙が目にしみる って渋い/驚
お金を返すと「あたしの代わりにしまっといて、お願い」
これは気が滅入るんだよね、人から「お願い」て言われるとさ。p295
急に雨が降り出す
フィービーが回りつづけてるのを見て、突然、とても幸福な気持ちになったんだ。
(Hは病院に静養のため入院し、精神分析などを受ける。
D.B.は、僕が今まで長々と君に話したことを、どう思ってるか聞いた。
実は自分でも分かんない。
分かってるのは、話に出てきた連中がここにいないのが寂しいということだけ。
誰にもなんにも話さないほうがいいぜ。
話せば、話に出てきた連中が現に身辺にいないのが、物足りなくなってくるんだから。
*
ホールデンには、フィービーみたいな細やかな愛情、イノセントを持つ家族や、
アントリーニ先生みたいな知識をもち、親身になってくれる第三者の大人がいてくれたから
この揺れ動く時期をどうにかこうにか踏みとどまれたんだな。
アントリーニ先生宅で急に眠くなったのは、やっと、そのままの自分を受け入れ、尊重してくれ、安心できる居場所を見つけたからだ。
『フラニー』で、最後、フラニーが睡魔に任せたように。
でも、アントリーニ先生宅すら逃げ出さなきゃならなくなる。
「まったく君は変わった子だな」
そんなせっかく生の世界に残ったホールデンも、戦争の前には、無力に散らなければならなかった。
ほかの大勢の若者と一緒に。
【訳者解説 内容抜粋メモ】
本書が出たのは1951年、朝鮮戦争の最中だった。
最初持ち込んだ出版社からは、「主人公がクレイジーだ」と突き返され、
リトル・ブラウン社で出版された途端に評判になり、『ナイン・ストーリーズ』などを発表。
サリンジャーは一時、アメリカ文学界の人気作家となった。
だが、以後、長い沈黙。
突如襲来した好奇の目の執拗さに堪えかねて、1953年、ニューハンプシャー州に移り、
屋敷の周囲に高い柵を巡らせて隠遁者にも似た生活を送っているという風評が伝わってくるのがせいぜいで完全に姿を消した。
1980年、雑誌記者が探訪し、隠し撮りした2枚の写真を見た。
ジョン・レノンを撃ったチャップマンの上着のポケットに本書が入っていたという記事を読んだ。
『エクスクァイア』は、この小説が今なお出版当初と同じ売れ行きを続けていると伝えた。
この主人公の姿には、人種や、社会制度、歴史の相違を越えて、共感を呼ぶ普遍的なものが造形されているということだ。
ホールデンの言動が誇張にみちて、偽悪的なまでにどぎついのは、
大人が善とし、美とする「因襲道徳」や「公序良俗」なものの偽瞞性をなんとかして暴こうとする激情の所産だ。
そういう観点から本書を「禁書目録」にのせた学校もあったし、逆に、心理学などの教材に使用している教師も少なくないと聞く。
彼は子どもの世界にいながら、大人の世界に片足を突っ込んだ不安定な姿勢で立っているともいえるし、
彼という1個の人間の中に、子どもの夢と、大人の現実が混在しているとも言えるだろう。
大人ならコンヴェンション(慣習)に従って上手にすりぬけてゆくところを、彼は独自の方法で対処するか、
方法も見つからぬまま体ごとぶつかるしかない。
「見慣れた場面を、常とは変わった、興味をひく視点から写し出すこと」がピカレスク小説の特徴の1つなら、
本書は現代のピカレスク小説ということもできる。