自分ではわからないけれど、
大地の奥でマグマが動き始めるように、人生の奥で何かが始まっていることがある。
そのとき私は39歳で、職場の健康診断で背骨が湾曲しているといわれた。
15年以上もデスクワークしてたら、背骨も歪みもするだろうが、
まあ整体にでも行ってみるかと思い、
ネットでみつけた、職場の比較的近いところにある整体院の門を叩いた。
整体は初めてで、いったいどんなことになるのかと思いつつ、待合室に座っていた。
パーテーションを隔てただけの向こう側から、ぼそぼそと話声が聞こえてくる。
「その後、どうですか」
「はい、おかげさまで姑と穏やかに話せるようになりまして」
「それはよかった」
「先生が言ってた、しこりはやっぱり私の心にあったんですね」
私の頭には「?」がいっぱい。
ここは整体院のはず。
間違ったところに来てしまったのでは・・・・・・・
私の番になり、おそるおそる台に乗ると、
にこにことした小太りの先生が、私の背中を押してくれた。
「これはすごい。人間というより机を押しているみたいですね」
そのあと、何かの液体が入った瓶を私の右手に握らせ、先生が押さえている左手を曲げてみよ、と言う。
右手に握るものを次々と変えながら、左手を曲げてみる。
曲がるときもあれば、曲がらないときもあった。
私の頭はますます「?」でいっぱいになる。
最初の治療はそれでおしまい。
「あのぅ、私の背骨は・・・・」
「ああ、背骨ね。大人になったら、もう背骨は元には戻らないんだヨ」
「はぁ、そうですか」
私は背骨を治しに来たのに、その背骨は戻らないと言われているのに、
なぜか私は回数券を買った。どうしてかはわからない。
行くたびに、背中を押す。
全身を温風に包んでくれる機械に入る(気持ちがよくて寝てしまう)。
何かを右手に握らせて、左手を曲げる。
無口な先生はただにこにことしており、私は何をしているのかさっぱりわからないまま、通っていた。
何回目だったろう。
右手に液体の瓶を握り、左手の肘を曲げる、ということをしていたときに、先生が言った。
「頭の中で、あなたが嫌いな人をひとりずつ思い浮かべてみて」
私は職場の、苦手な事務員をまっさきに思い浮かべ、めんどくさい社員を思い浮かべた。
そのほかには思い浮かばなかった。
すると、穏やかに先生が言った。
「だんなさんは苦手ですか」
先生は何を言っているのかわからなかった。
家庭の話を先生にしたことはなかったし、私は当時の夫を思い浮かべてはいなかった。
相手のことを苦手だとか思ったことは・・・・・なかった。
と、思う・・・・・・??
その質問は、私の平らにならした心の表面に、決定的な杭を打った。
私は幸せにやっている、はず。
相手に対する不満も、人並ぐらいにあるだけ、のはず。
杭のその下から、11年かけて埋めて埋めて埋め続けた本音が、じわじわとあふれてきた。
結婚した日から、日に日に私は相手を恐ろしく思うようになり、その時には大っ嫌いだった。
恵まれていて幸せだと思うべきだと思っていて、1度だって幸せではなかった。
でもそのことを直視するのが怖くて、埋め続けていた。
本音は止めようもなく心に満ちて、私は目をそらすこともできなくなり、
数か月後に、私はとうとう噴火をして家を出た。
その次に整体院に行ったとき、
「先生、私、夫と別居したんですよ」と言うと
「おやおや、まあまあ」
先生は小さな目をしばしばとさせながら言った。
そのとき、右手に液体を持って、左手の肘を曲げる、というのが
キネシオロジーというものだと知ったのは、つい最近だ(遅すぎ)
液体は、トマトであるとかコーヒーであるとかのエネルギーが入っていたのだろう。
嫌いな人を思い浮かべたときに、
思い浮かべてもいない当時の夫のことを、どうして先生が指摘したのかはわからない。
けれども、なにかが私を強い力で導き、あの整体院に行かせ、
その同じ力が、私をここまで連れてきたと信じているのである。