太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

寝言

2015-02-26 22:15:02 | 日記
我が家の庭に、夜毎、野生のクジャクがやってくる。

庭の樹の枝で眠り、朝になると出勤(?)していく。

最近は4羽か5羽だけれど、

一時期は、枝に10羽余りのクジャクが鈴なりだったという。



ここのところ、クジャク達が夜中に奇声を発する。

まだ私達が日本に住んでいて、ハワイに遊びに来た時、夜中にクジャクの声で

叩き起こされることがあったが、ハワイに移住してからは

クジャク達は案外静かに過ごしていた。


クジャクの声は、なんとも形容し難い。

鳥というより、恐竜に近い。あの、羽のある怪鳥。


グエエーーッ


と、これがまた甲高く、めったやたらと大きい。

家を建て増したあと、私達の寝室は2階になって、

クジャク達が寝ている枝に近くなった上に

窓は夜はあけたままだから、その声の近さといったらない。

特に寝入り鼻のところを襲われると、心臓が キュ、 とする。

1羽が鳴くと、つられるようにして他のクジャクも鳴く。

グエエーーッ クワーーーッ ギョワーーッ

まとめて鳴いて、ピタリと静かになる。

あれはアレか?寝言なのか?

他の家にも木はあるのに、なんで我が家なんだ。

クジャクが悪い夢をみないように祈りながら眠りにつく毎日である。




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小鳥

2015-02-24 22:17:21 | 日記
家の外の花壇に水を撒こうとしたら、

マグノリアの木の下で小鳥が死んでいるのを見つけた。

まただ。

ここで見つけるのは2回目。

マグノリアの木のある外壁には、2階部分に三角形の、明かり取りの大きなガラスがある。

気持ちよく飛んでいたであろう小鳥は、ガラスがあることに気付かず

ぶつかってしまったのだろうか。

明かり取りの大きな窓からは、夜は星が見えるし

昼間はさんさんと光が入って気持ちがいいけれど、

鳥にとっては危険なものを作ってしまったことに心が痛む。

なにしろハワイには本当にたくさんの鳥がいるのだ。



以前ここで見つけたのはメジロに似た鳥で、プルメリアの苗の元に埋めた。

今日の鳥は、カーディナルという種類の鳥で、

全体が黒とグレイで、お尻のあたりが、花が咲いたようなキレイな赤。

スズメよりも少し大きい。

アガパンサスの花の元に、穴を掘ってカーディナルをそっと入れた。

黒い羽はまだ艶があって、胸元には白に近いグレイの柔らかそうな羽があり、

まるでタンポポの綿毛のようだ。

目を少し開けたままのカーディナルの、息を止めたものは何だろう。

また私は同じ疑問に突き当たる。

カーディナルを生かしていたものは何だろう。

健康な人で、息を吸って、吐いて、と意識している人はいない。

血液を作ろう、髪を伸ばそうと頑張っている人もいない。

それなのに私たちは、呼吸をし、血液は巡り、髪は伸びる。

そうさせている力は、いったい何だろう。

その動きを止める力は、何だろう。

小さな種のどこに、大木になる力があるのだろう。

自分は黄色いハイビスカスであることを忘れない、その記憶はどこにあるのだろう。

なにかとてつもないミラクルの中に命はある。



カーディナルのお墓の上に、小さい薔薇を植えた。

プルメリアが咲いたら、あの小鳥を思い出すように。

薔薇が咲いたら、カーディナルを思い出すように。





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チーズケーキ三昧

2015-02-23 22:14:06 | 日記




愛すべき、ぶたっ鼻















冷蔵庫の上も、チェストの上も、もはや物を置いて安全な場所は我が家にはない。

おかげで家の中はすっきり。

でも飾って眺めたいものはあるわけで、ガラスがついた飾り棚を探しているところ。

ただいま6ヶ月。

抱き上げて、毛皮に鼻を埋めると少し香ばしいようないい匂いがする。

率先して新しい冒険を考えつくのはボーイの方で

ガールはそれを真似る。

二匹ででんぐり返しをし、追いかけっこをし、舐め合って、寄り添って眠る。

きっとこの猫たちは天使だ。(正真正銘ネコバカなんで許して)




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ハイキング

2015-02-21 22:36:21 | ハワイの自然
ひさびさ、続けてハイキングに行った。

夫の甥がシアトルから来ていたときに、義父が所属しているハイキンググループに参加したのが先月。

ノースショアの、カフクゴルフコースから、タートルベイまで海岸に沿って歩くもので、

舐めてかかっていた私はエライめにあった。

炎天下の、日陰なし。

しかも足元はほとんど砂浜の砂で歩きにくい。

潮だまりは、浅いところを選んでも足首まで水に浸かり、何十年ぶりに

靴の中で クッチャ クッチャ と水が踊るのを体験した。

それはそれで楽しかったけど。

2時間半歩き詰めて、靴も乾き、メンバーの一人の家で食べた食事のおいしかったこと。

私と甥は列の先頭のほうにいて、夫の両親(夫は仕事で来なかった)はのんびり後ろのほうで歩いていて、

あとでわかったことなんだけれど、先頭のグループだけが過酷なコースを歩いて、

うしろの人たちは靴も濡れず、砂の上もそれほど歩かず、適度に日陰があったらしい。





今度はちょっと軽めに、ということで行ったのが、タンタラスの丘。



ここは景色がきれいなので有名で、ツアーの車がたくさんいるところなのだが、

実は上のほうに行くと、たくさんトレッキングコースがある。

コースによっては2時間ぐらいかかるものもあるらしい。

私たちが行くのは、鼻歌混じりで歩けるコースのみ。





山の中はこんなバニヤンツリーがたくさん茂っている。



今にも動きだしそうにみえるんだけど??



マカダミアナッツの実を拾って、家に戻ってからかなづちで叩き割ると、おいしいナッツが出てくる。

くるみ割り器なんかじゃ割れないぐらい、マカダミアナッツは硬い。

その硬い殻を、誰かが簡単に割って、中身を食べた残りがいっぱい転がっている。

リスはいないから、ネズミなのか、誰だろう。





ダイヤモンドヘッド





ハイキングのあと、1番上の展望所まで行ってみる。

父と息子。






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決まり

2015-02-19 20:57:18 | 日記
私の叔母が、家を二世帯住宅に建てかえて、息子夫婦と同居することになったとき

いくつも決まりを作った。

互いの家の電話が鳴ってもとらないこと、とか、

毎週土曜日は一緒に夕食を食べる、とかいったことだ。

叔父は次男だから、叔母は義理の両親と同居をしたことがない。

長男の妻である私の母は、気難しい祖父とわがままな祖母と暮らして、とても苦労した。

私はその母を見て育ってきたから、決まりなどないほうが気楽じゃないかと思ったけれど、

叔母が、これから始まる新しい生活をうまくやっていこうという意欲に燃えているのがわかるので黙っていた。



玄関だけが共有で、あとはキッチンもお風呂も別々。

楽しそうにやっているので、決まりを作ってよかったのかなと思っていたところ、叔母が言った。

「土曜日にうちのほうで夕食を食べているんだけど、○○さん(嫁)ったらいつも手ぶらでくるのよ・・」

いやぁ、それは・・・・・

またある時は

「仕事から帰ったら、洗濯物が雨で濡れていたのよね。雨が降ってきたら、家にいるんだからとりこんでくれてもいいのに」

うーむ・・

「私が家にいるのに、出かけるときも帰ってきても、黙って2階にあがっちゃうのよねえ」

さあて・・・・



私はオヨメさんの気持ちになってみる。

両親側で食事をするときに、おかずでも持っていったら、「私の作ったものが口に合わないのかしら」と思われるかもしれず、

ここは「ごちそうさまです」という気持ちでご馳走になったほうがいいかもしれない。


雨が降ってきたけれど、勝手に洗濯物を触ったことが気持ち悪い、と、とられるかもしれないし、

取り込むべきか知らぬふりをすべきか、実はものすごく迷っていたのではないか。


出掛けや帰宅時に黙っているのも、気を遣ってのことかもしれない。



確かに決まりをつくれば、何かをやることの、または何かをやらないことの理由がはっきりしていいこともある。

けれども、毎日の暮らしというものは、数え切れないほどの判断や、それに伴う感情でできあがっており、

それらすべてをすんなりクリアにしてゆくのは、ましてやよく知らない間柄同士であれば難しい。

一緒に食事するときには1品おかずを持ってくることとか、

雨が降ったら取り込むこと、とか、いちいち決まりを増やしていく手もあるけれど、それはそれで

薄ら寒い気がしないでもない。

思いやりとおせっかい、気遣いと疎外感、親切と重圧感。

それらは他人の間ではめんどくさい限りだけれど、人間らしいつながりとか温かさもまた、その部分にある。




私の従兄弟が(つまり叔母の息子が)、じょうずに間に立ってくれたらいいのに、

彼はその辺はのらりくらりとしていて、あてにもならず。



孫が生まれてからは、叔母からそういう話をあまり聞くことはなくなった。

孫の存在が、両方の境界線をあいまいにしたのか、姑と嫁の関係を気にしている暇がなくなったのか、

ただ慣れていったのか。



あれから十何年もたって、私は叔母の気持ちも、オヨメさんの気持ちもわかるようになった。

同居している母を見て育った、などとえらそうなことを言いながら、でも実は私もわかっていなかった。

4年前、夫の両親と同居を始めた頃の私は、叔母に負けないぐらい大きな理想を掲げていた。

決まりこそは作らなかったけれど、絶対にうまくいって、本当の家族のようになれると信じていた。

歩いては壁にぶち当たり、向きを変えても別の壁があり、

私が目指す本当の家族像が、おおげさに美しすぎていることに気づくのに、1年はかかった。

夫の母も、母なりに希望を持って努力していたに違いないと思いやるようになるのにも、同じぐらいかかった。

本当の家族であっても、わかりあえないこともあるし、それは自分の家族を見てもわかること。

そして私の場合は、とうとう決裂した。

決裂して、家を建て増して、すべてが別になって、落ち着いた。



こうしたら、こうしなかったら、相手はどう思うだろうか、という思考にはまると身動きがとれない。

3日寝ずに考えたところで、相手の気持ちは相手のもので、答えなど出るはずがない。

こう思ってほしいからこうする、というのも同じことで、

私はそれを何年もやった挙句、疲れ果てた。

ようやくつかんだ私の答えは、



どういう気持ちでそれをやるか(言うか)



それだけでいい、ということ。

というか、それしかできない。たぶん。



まったく気を遣わず、空気のような存在の人ばかりならいいと思うけれど、

そういう人ばかりだったらできない体験や収穫があるのも真実である。




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