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BL小説・風のゆくえには~閉じた翼 5(浩介視点)

2017年06月07日 19時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  閉じた翼


 慶はおれのことが好き。そんなことは知ってる。

 好きと言葉でいってくれることは滅多にない。でも、おれを見つめる瞳が、名前を呼んでくれる声が、おれの腕の中で切なく喘いで、ぎゅっとしがみついてくれる指の強さが、「好き」と伝えてくれる。

 訳あって、最近慶の勤め先の病院に出入りしているのだけれども、そこでチラリと会えた時も、すごく嬉しそうに笑ってくれる。おれがいるだけで「テンション上がる」のだそうだ。

(ほら、おれは慶に愛されてる……)

 そう思うのに。思おうとするのに……

(でも、慶は、おれなんかいなくても大丈夫……)

 その黒い気持ちが体中を埋め尽くす。
 昨年よりは幾分マシになったとはいえ、慶はやはりいつも忙しい。思う存分一緒にいられることなんてほとんどない。

(行かないで)
 最近、会うといつもいつも思ってしまう。

(行かないで。そばにいて。ずっとずっとそばにいて)
 閉じ込めて、どこにも行かせたくない。離したくない。

(でも……)
 病院で働く慶は、頼りがいがあって、優しくて、みんなに慕われていて……
 そんな慶の姿を見ると、どうしても思ってしまう。

(おれが邪魔者だ)

 おれなんか、慶の隣にふさわしくない。

 そんなことも、ずっと前から知ってる。


***


 大学生の時、日本語ボランティア教室のサークルに所属したことにたいした理由はなかった。

 必修科目で隣の席だった奴に「ボランティア活動してると、教員採用試験の面接で有利になるっていうから一緒に入ろう」と誘われて、言われるまま入っただけなのだ。

 その上、おれが大学生になった時、慶は浪人生になってしまったので、慶に会えない寂しさを紛らせらたい、という不純な気持ちすらあった。

 でも、参加していくうちに、子供たちの存在に癒されることが増えていった。サークル内では日本語以外の言語を使う機会が多いせいか、いつもの自分とは違う自分になれる気がする。卑屈で後ろ向きで親と上手くいっていない自分ではなく、子供達から頼られる「浩介先生」。彼を演じることは、思いの外心地良かった。

 だから、大学卒業後、そのサークルが加盟している国際ボランティア団体の直のメンバーになったのは、自分自身の精神安定のためという邪な理由からであり、『受験対策重視』の今の学校に対する息抜きの場にするためでもあった。使命感とかそんなものは一カケラもなかったように思う。


 大学のサークル時代から数えると、参加しはじめてもうすぐ10年。
 入会当時は『雲の上』の存在だった日本支部の事務局長も、今ではすっかり『仕事仲間』のような感じだ。

 その日、10年前からずっと変わらない若々しい甲高い声の彼女に、電話で呼び出され、事務局に顔を出したところ、

「浩介先生、ケニアに行く気はない?」

 唐突にいわれた。

「ケニアって……」
「ライト君のお父さんの母国」

 ライトというのは、昔この日本語ボランティア教室に来ていた子で、今は父親のいるアメリカで暮らしている18歳の男の子だ。

「ライト君のお父さん経由で、ケニアの親戚に話がいったらしくてね。その人が今、学校を作ろうとしてて、その事業にうちに協力してもらえないかって要請があって」
「開校の手伝いってことですか?」

 夏休みなら1週間くらい休みはとれますが……

 そう答えると、事務局長は「違う違う」と手を振った。

「むこうで先生として働くってこと」
「え?」

 はい?
 予想外の言葉に耳を疑う。働く……?

「浩介先生、英語もスワヒリ語もペラペラだからちょうどいいと思って。どうかな」
「………………え」

 どうかなって………

「えええええ?!」

 飛び上がってしまう。ケニアで、働く? おれが?
 確かにおれは、学生時代、ライトと話すためにスワヒリ語を覚えたので、今でも喋れる。けど……でも……

「え……と」
「浩介先生」

 おれが何か言う前に、事務局長が、ふっと表情をあらためた。

「……はい」
 その真剣さにドキリとする。事務局長はこちらを見たまま、スパッと言った。

「今働いてる学校で本当に満足してるの?」
「え………」

 何を……

「ここ数年、ずっと思い悩んでる感じじゃない?」
「………」
「先生の学校の子でボランティアに来てくれてる子に聞いたけど、浩介先生って学校では全然雰囲気違うんですってね? 淡々と、淡々と、ひたすら受験対策用の授業をし続けてるって聞いたわよ?」
「それは……」
「それが君の本当にやりたかったこと? そういう先生になりたかったの?」
「……………」

 何も……言えない。

 今の学校は、大学の教授に紹介していただいた。
 就職して慶に会えなくなることだけは絶対に避けたかったおれは、転勤の可能性のある都の教師になることは考えていなかった。教授の紹介してくれた私立高校は、今のアパートから徒歩でも行ける場所にあり、こんなに恵まれた条件の学校はないと思って二つ返事で話を受けたのだ。そこがどんな学校であろうとも、自分なりの先生像を追い求められればいい、と思っていた。

(でも………)

 それを実行することは難しかった。
 学校の方針である、良い大学に入る事、学力を上げる事はもちろん大切だと思う。それを手助けする努力は惜しんでいないつもりだ。でも、高校三年間、それだけではないと思うのだ。もっと生徒に寄り添って、生徒の本当にやりたいことを見つけてあげて…… 

『学校生活の充実はもちろん結構だけれども、学校側の一番の目標は学力向上だということは分かっているよね?』

 先日、校長から言われた言葉を思い出して胸のあたりが重くなる。

『余計なこと、しないでください』

 1年担任の藤井先生にそう言って睨まれたこともあり、結局、せっかくやる気になっていたバスケ部1年男子の退部を止めることもできなかった。

 おれは何もできない。何もできない使えない教師で……


「これ、写真」
「あ……」

 事務局長の声で我に返った。目の前に並べられた数枚の写真……

(うわ………)

 地べたに座っての授業風景。
 建設中の白い建物。
 キラキラした瞳の笑顔の子供達。

(空が……広い)

 おれの知らない世界……

 広い、広い、広い……なんて開放感。なんて綺麗な青……

(ああ……いいな)

 何もかも捨てて、慶と二人でこんなところで暮らせたらどんなに……

「……………」

 思いかけて、自嘲してしまう。

 そんなこと、できるわけがない。
 慶はみんなから頼りにされていて。家族も仲良くて。友達もたくさんいて。
 そんな慶をおれ一人が連れ出せるわけがない。

「ちょっと考えてみて?」
「…………」

 行けるわけない。だから首を振るべきだ。

 そう思うのに、なぜだかその場で「NO」ということはできなかった。


***


 その日、慶がマンションに帰ってきたのは、深夜2時を過ぎていた。鍵を開ける音が聞こえた時点で、ようやく携帯の電源を落とせてホッとする。

(今日は何件着信あったかな……)

 おれの携帯の着信履歴は実家の番号で埋め尽くされている。おれが出ないので、しつこくかけてくるのだ。電源を切りたいのだけれども、慶から連絡があるかもしれないと思うと、切ることもできない。

(慶、今日も遅かったな……。仕事夕方までって言ってたのに……)

 起きて待っていると、慶の精神的負担になるので、1時を過ぎたらベッドで寝たふりをすることにしている。そして、慶がベッドに入ってきた時点で、目が覚めた、という体を装うことにしているのだ。

(慶………まだかな)

 シャワーの音。ドライヤーの音。

 早く来てほしい。ぎゅうって抱きしめたい。抱きしめられたい。

 いまさらながら、ドキドキする。慶の温もり、慶の匂い……早く直接感じたい。

(慶………)

 慶が近づいてくる気配がする。早く……早く。

 …………と。

「………はい、渋谷です」

(!?)

 バチッと目を開けてしまった。暗闇の中、着信音がきこえてきて……、慶、電話してる……

「分かりました。すぐ、戻ります」
「………………え」

 思わず声が漏れる。すぐ戻るって……

「ああ、悪い。起こしたな」
「う、ううん……」

 身を起こし、首を振ると、慶はツカツカとこちらにやってきて、

「戻らないといけなくなった。たぶんそのまま勤務になる」

 バサバサとパジャマを脱ぎ捨て、新しいシャツに腕を通しはじめた。

「ごめんな、約束してたのに」
「ううん。大丈夫だよ。……あ、パジャマたたんでおくよ」
「お、サンキュー」

 チュッと額にキスをくれ、きゅっと頭をかき抱いてくれてから、慶がニッコリと言った。

「んじゃ、行ってくる」
「…………うん。行ってらっしゃい。頑張ってね」
「おー」

 そして、慶はバタバタと出ていってしまい……

(慶…………)

 その後ろ姿が消えたドアをじっと見つめる。

(………行かないで)

 心の声が漏れ出そうになり、口を押さえる。

(行かないで)

 行かないで行かないで行かないで……

(ずっとそばにいて。おれだけのものになってよ)

 でも、そんなこと言えない……

 慶は夢を叶えて……慶はみんなに頼られて……慶は……慶は。

(………………)

 携帯の電源を入れる。

 慶、落ち着いたら電話くれるかな……メールくれるかな……

 そうしてずっと待っていたけれど、電話もメールもなくて……


 朝5時半。ようやくかかってきた携帯の着信画面の表示は……

「…………は、はは」

 乾いた笑いが出てしまう。こんな早朝から実家からの電話で………

(………………慶)
 背中がジクリとする。

 おれの背中には大きなアザがあって……

(慶………)

 醜いおれは、慶の隣にいる資格はなくて……
 でも、でも……

 慶……

 おれだけのものになって……


 落ちていく中、電話の着信音だけが、暗い部屋に鳴り響いていた。
 


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次回は金曜日。よろしくければどうぞお願いいたします!

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コメント (6)
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