創作小説屋

創作小説連載中。BL・R18あるのでご注意を。

窓越しの恋(10/10)

2009年01月11日 10時56分35秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
 私達が働いていたファミリーレストランは、確かに以前と同じ場所にあった。でも隣の店が変わっているので、少し違和感がある。
 窓際にシュウの姿があった。食後のコーヒーを飲んでいるようだ。コーヒーももう不釣り合いではない。十年前のあどけないシュウはもういない。二十八歳のシュウ。もうすぐ他の女性のものになるシュウ。涙が出そうだ。
 シュウがこちらに気がついた。ビックリした顔をしている。そして、慌てたようにカバンからペンを取り出すと、備え付けの紙ナフキンに何か書き、こちらに広げてみせた。
『窓越しのキスしよ!』
「……バカ」
 十年前よりも、字が大人っぽくなった。シュウは照れたように笑いながら、「ウー」の口に指を当てている。十年前よりも少したくましくなった腕。
 窓ガラスに手を触れる。冷たい。そこにシュウが手を合わせてくれる。少し温かくなった気がする。
 窓越しの手。電話越しのセックス。私達、もう、直接触れあうことはできないんだ。
 すっと顔を寄せると、シュウが窓ガラスに口づけた。二十八歳の唇。そこにそっと唇を重ねる。愛しさが伝わってくる。窓越しのキス。
 分かってしまった。もう、触れてはいけない人だということを。
 涙でシュウの姿が滲んで見える。愛しい愛しい愛しい人。
「バイバイ」
 一歩下がり、両手で手を振ると、シュウが慌てて伝票を持って立ち上がろうとした。それに首を振り、もう一度手を振る。
「バイバイ。大好きだよ」
 直接触れることはできない、大切な人。
「バイバイ。また十年後ね」
 十年後、シュウに再会したときに、恥ずかしくない自分でいよう。素敵な四十八歳になろう。
「バイバイ」
 くるり、と背を向ける。振り返らずに駅まで歩こう。綺麗に歩こう。綺麗に生きよう。幸せになろう。十年後のために。


***

 翌朝の朝食の席で、アヤカが突然言った。
「ママの誕生日の日に会ったお兄ちゃんって、ママのモトカレ?」
 ブッと牛乳を吹き出してしまった。
「な、なにをいきなり……」
「ミオちゃんが言ってたんだよ。お友達じゃなかったらモトカレじゃないの?って。ねえ、ママ、モトカレってなあに?」
 ミオちゃんは中学生のお姉さんがいるせいか、色々な言葉を知っている……。
 夫が笑いながらアヤカに言った。
「モトカレっていうのは、昔の恋人っていう意味だよ。でもあの人は違うだろ。ママよりうんと年下だったし。なあ、ママ?」
「うんとって失礼ね。十歳だけよ」
「十歳違えば『うんと』だろ。一緒に働いてたっていったよな? ってことは……」
「はいはい。彼が高校生。私が二十八歳。ありえないって言いたいんでしょ?」
「ありえないっていうか、犯罪だろ」
「……犯罪」
 悪かったわね……。
「お友達でもなくて、モトカレでもなかったら、なんなの? シンセキ?」
 まだアヤカが食い下がってくる。
「仕事仲間ってところかな? な、ママ」
「はいはい。早く食べないと遅刻するよ」
 立ち上がり、コーヒーを入れるためキッチンにまわる。カウンター越しに見える、いつもの朝の風景。平凡な生活の一コマ。
「コーヒーちょうだい」
 カウンターの向こうから手を出され、はっとした。思わず、伸ばされた夫の手にそっと触れてみる。柔らかい手の感触。冷たい窓ガラスの感触ではない、人のぬくもり。
「どうした?」
 不思議そうに言う夫に首を振り、コーヒーカップを手渡す。窓越しではなく、直接触れることのできる人が、ここにいる。
「はい! あと三分で食べ終わって!」
 出そうになった涙を押し込めて、夫とアヤカにはっぱをかけ、ユイを起こしにいく。いつも通りの日々。現実は、ここにある。窓越しの恋は窓の向こう。触れることのできない窓の向こう。幸せは、こちらにある。
 十年後の私も、きっと幸せだ。

―完―





------------

最後までお付き合いくださりありがとうございました!
納得のいくラストでしたでしょうか?


1月9日のmixiニュースで興味深い記事がありました。

『失った愛は永遠に……女性の2割弱、今の彼より「元カレ」が好き!』

って題名。ちょっとかいつまんで引用させてもらいます。

**


別れた恋人と今の恋人(配偶者)どちらの方が好きかと聞いたところ、

「今の配偶者・恋人」が全体の69.1%と多数派で、
「元カノ・元カレ」が15.9%、
「今の配偶者・恋人以外に異性と付き合ったことはない」が15.0%。

男女別に見ると、
男性は「今の配偶者・恋人」が73.0%で女性を約9ポイント上回るが、
女性は「元カノ・元カレ」が18.7%と2割近く存在するという結果となった。

また、元カノ・元カレに対し、正直な話、未練はあるかとの問いでは、
男性は「ある」12.9%、「ちょっとある」42.1%と、
あわせて55.0%が「未練あり」とした。
一方、女性は「まったくない」が66.4%と3分の2を占め、
「ある」「ちょっとある」を合わせても「未練あり」は3分の1程度。

**


えーと?
女性は「元カレの方が好き・18%強」。でも、「元カレに未練なし・66%」
男性は「今の配偶者・恋人の方が好き・73%」。でも「元カノに未練あり・55%」

男女の意識差って面白い・・・。

偶然にも。今回の主人公の女性はまさにこんな感じです。


と、いうことで。
またまたしばらくお休みします。
再開した際には是非ともよろしくお願いいたします。


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窓越しの恋(9/10)

2009年01月09日 22時15分20秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
 翌日、幼稚園の役員の仕事のため、ミオちゃんママの家に、コウ君ママと一緒にお邪魔した。ミオちゃんママの家は駅の目の前。ユイは電車の音がする度にベランダに出て手を振っていた。それで疲れたのか、少し早めの昼食の後、コテッと眠ってしまった。
「ユイちゃん、かわいい盛りだよね~」
 ミオちゃんママが目を細めて、ユイの寝顔を見てくれている。
「いいなあ。コウの一歳のころにもう一度会いたいよ。あいつ今ほんっとに生意気でさ~」
 コウ君ママが溜息をつく。
 役員の仕事は昼食前に終わった。後はお迎え時間までの約二時間、お喋りに興じるつもりだった。彼女たちとはいくら話しても話がつきない。赤ん坊であるユイを連れて行っても、少しも迷惑がらないでくれるところも有り難かった。ユイも二人に懐いている。
「アヤカちゃんママ、電話だよん」
 着信音が聞こえてきて、コウ君ママがカバンごと渡してくれた。ディスプレイに、シュウの電話番号が記されている。
「ごめん、ちょっと出させて」
 急いでベランダに出てから、電話を取る。
「あ、サエコさん?」
 昨日聞いたばかりなのに、切ないほど懐かしいと思える、シュウの声。
「ごめんね、今大丈夫?」
「少しなら大丈夫」
 電車が通る音はするが、会話に支障はない。
 しばらくの無言の後、シュウは言った。
「オレ、今日の夕方の飛行機で札幌に帰る」
「そう……」
 札幌。遠いところ。今後会わないつもりだが、実際会えない距離だ。
「今、オレ達がバイトしてたファミレスで飯食うとこなんだ」
「まだあそこの店、つぶれてなかったんだ?」
「うん。変わってないよ」
「そう……」
 懐かしい。窓越しのキス。夏の帰り道。
「でね、オレ、どうしても言いたいことできちゃって」
「何?」
 ドキリとする。
「三十八歳って、重い?」
 窓の中のミオちゃんママとコウ君ママ。二人ともパワフルで毎日楽しそう。私も楽しい。三十八歳も四十歳も悪くない。
「重くないよ。別に」
「そう。それじゃ、さ」
 一呼吸置いてから、シュウが宣言した。
「三十八歳が重いか重くないか、十年後のサエコさんの誕生日に答えるよ」
「……十年後」
 長いようで短い年月。私は四十八歳になる。
「分かった。じゃ、十年後に」
「うん。十年後に」
 電話を切った。電車が駅に入ってくる。部屋に戻り、ユイの寝顔を見る。一歳のユイ。十年後には十一歳になる。一歳のユイとは今しか会えない。……二十八歳のシュウにも、今しか会えない。一昨日の邂逅はあまりにも一瞬すぎて、ほとんど覚えていない。腕はあいかわらず白かった? それとも?
「どうした? 何か急ぎの用事?」
「ん……こっちに出てきてた友達が、今日北海道に帰るらしくて」
 言うと、コウ君ママは、あらま、と言って、
「今近くにいるの? 会いたいって言われたんじゃないの? 行ってくれば?」
「でも」
「ユイちゃんせっかく寝てるから置いていっていいよ。アヤカちゃんのお迎えもしておくよ?」
「でも」
「北海道じゃ、なかなか会えないでしょ。せっかくだから行っておいで」
「でも」
「でもじゃなくて。後悔するよ?」
 後悔……したくない。
「行きな。行きたいって顔に書いてあるぞ」
 持つべきものは強引な友達。二人に背中を押され、コクリと肯いた。
「ごめん。お言葉に甘える。ありがと!」
 駅は目の前。電車に飛び乗る。シュウに、二十八歳のシュウに、今すぐ会いたい。

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窓越しの恋(8/10)

2009年01月08日 23時39分53秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
 おもむろにシュウが言った。
「サエコさんって家にいるときいつもスカートだったよね? 今もそう?」
「うん」
「じゃ、右手の中指の爪立てて、右足の膝小僧の上クルクル丸かいて」
「何それ?」
「いいからいいから。おまじないみたいなもんだよ。膝伸ばして座ってね」
 何のおまじないだ? 訳もわからず、ソファから下りて、言われた通りにしてみる。
「したよ?」
「そしたら、その指を太股の内側をすべるように伝ってきて」
「え」
「いいからいいから。そうしたら下着の横から指を中に入れてみて」
「それって」
 それって。
「いいから。してみて。ね?」
 シュウの甘えた声。めまいがする。
「……入れたよ」
 溜息とともに言葉を吐き出す。思っている以上に、繁みの中が湿っている。
「濡れてる?」
「……ん」
 息が苦しい。
「んー。このままだとしにくいから、下着脱いじゃおうか。でも、全部脱いじゃダメだよ。腿の途中まで下ろすだけだよ。その方が感じるんだよね? ね? サエコさん?」
「……バカ」
 そんなことまで覚えてるんだ。十年も前のことなのに。
 そう。私は全裸で抱き合うよりも、服を着たままのセックスに快感を覚える。恥ずかしくて他の男性に言ったことはないのだが、シュウはなぜかそれをすぐに見抜き、ストッキングをはいたまま、その箇所だけ破って下着の横から挿入する、とか、ブラジャーのホックを外さず、無理矢理乳首の上まで引き上げた状態で愛撫する、とか、私の快楽のツボをおさえたセックスを色々してくれた。
 シュウの優しい声が続く。
「濡れてるところで指を湿らせてから、上のクリクリしたところ、ゆっくり丸をかくように触って」
「……あ」
 電流が体に走り、思わず声が出てしまう。
「うわ、その声。本物だ。ぞくぞくする。オレも出しちゃお」
 たぶん、シュウも全部は脱いでいない。彼も服をすべて脱ぐことは少なかった。
「覚えてるよ。シュウの形。割れ目のところ、指でグリグリってすると、すぐ透明の液が出てくるの」
「ん……出てきた」
 シュウの溜息まじりの声。
「覚えてるよ。爪を立てると、ビクビクってなる」
「オレだって覚えてるよ。人差し指でクリトリスを強く押しながら、中指を中に入れて、中で指を曲げると……」
「あ」
 ダメだ。声が抑えられない。
「もっと強く……」
 思い出す、シュウの愛おしい形。
「ぎゅって強くつかんで……」
「指でかき回して……」
「もっと早く……」
 寄せ来る快楽。頭がおかしくなりそうだ。
「ねえ、サエコさん。入れてもいい?」
「……いいよ」
 ああ、と天井を仰ぐ。目をつむる。
「あ……入っ……た」
「あああっ」
 確かに、シュウを感じた。息が洩れる。中が熱い。熱い。
「動かすよ?」
「ん……」
 ゆっくりと腰を動かす。動かすたびに、ちょうど『あたる』。快楽の波にのまれる。
「あ、あ、あ、あ」
 言葉にならない。呼吸が苦しい。
「いきそう……サエコさん……は?」
「ん……い……く」
 携帯電話を掴む手から汗が流れてくる。電話越しにシュウの快感に溺れる息使いが聞こえる。オレ達、溶け合っている……。
「………あっ」
 頂上についた。そして急降下。
 声にならない声が出る。大きな溜息。
「うわっ」
 同時にシュウの驚いたような声。なんだ?
「ど、どうしたの?」
「いや、ちり紙スタンバってたんだけど、勢い強すぎて、全部受け止められなかった」
「……バカ」
 笑いがこみあげてきた。
「早く拭かないと臭くなるよ?」
 シュウがあわてて拭いている様子が目に浮かんで、笑いが止まらない。
「うわ~このズボン明日も履こうと思ってたのに汚れちゃったよ。コインランドリー行って来ようかな」
「まだやってるの?」
「うん。十二時までやってるはず」
 時計を見ると、もうすぐ十時だった。……夫が帰ってくる時間だ。現実に戻らなければ。
「シュウ君、電話ありがとうね」
「いや、こちらこそ、その……ありがとう。久しぶりに何て言うか……気持ちよかった」
「……うん。私も」
 あんな頂点に達したのは本当に久しぶりだ。
 恥ずかしい。私達、電話越しに何をしてるんだか……。
 でも、今、確信したこと。これだけは伝えたかった。
「シュウ君、私、本当に君のことが大好きだったよ。……たぶん、今も」
「サエコさん……」
 電話の向こうのガサガサいう音が収まった。汚れを拭いていた手を止めたらしい。シュウの真剣な声が聞こえてきた。
「サエコさん、オレもね、サエコさんのこと大好きだよ。今、すごいそう思ったの」
「うん」
「でも」
「うん」
 でも、の先は言わなくても分かっている。お互い、今いるパートナーの方が大事なのだ。
「お幸せに。シュウ君」
「幸せになってね。サエコさん」
「幸せだから大丈夫」
「はは。ごちそうさま。オレも幸せになるよ」
「はいはい。さっさと結婚しなさいな」
 あはは、と笑って、「じゃ、ばいばーい」で電話を切った。
「……シュウ」
 切ない。でも……嬉しい。シュウが私を特別に思っていてくれた。ずっと忘れずにいてくれた。それがどんなに嬉しいことか。
 でも、もう二度と会うことはないだろう。
 もうすぐ夫が帰ってくる。シチューを温め直そう。子供達の布団をかけ直しにいこう。それが私の今の現実の幸せ。たぶん、これ以上はない幸せ。
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窓越しの恋(7/10)

2009年01月06日 11時42分38秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
「………」
 大好き「だった」。当たり前だけど、過去形だ。それはそうだ。今、シュウには結婚間近の彼女がいて、私には夫と子供がいる。
「……私も、君のこと本当に大好きだったよ。だから、一緒にいるのが辛くなったんだよ」
「それはオレが高校生だったから?」
「そうね……それが一番の理由かな。一緒にいる自信がなかったんだよ。だから」
「だから、逃げたんだ?」
 逃げた。まさしくそうだ。
「そう。逃げたの」
「そっかあ……」
 パタンと倒れるような音がした。たぶん、ベッドに寝そべったのだろう。
「オレね、大学生になってから何人かの女の子とつきあったんだけどさ。やっぱりサエコさんのこと忘れられなくて、就職が決まってすぐに、サエコさんの居場所探したんだよ」
「え」
 驚いた。信じられない。
「でも、もう仕事辞めた後だった。しかも結婚退職って聞かされて……。ねえ、旦那さんと知り合ったのって、サエコさん何歳の時?」
「三十……二、かな」
「オレ二十二か。あーダメだ。オレ、留学したり大学入り直したりしたから、二十二の時はまだ大学二年生やってたや。そのころ会いに行ってても、勝ち目ないよね」
「シュウ君……」
「で、一人寂しく札幌で働きはじめて……しばらくしてから今の彼女に出会ったんだ」
「そう……」
 運命だ。そう思った。もしも、シュウが私を捜してくれた時に、私がまだ独り身だったら、もしかしたら、今一緒にいたかもしれない。でも、そうではなかったから、シュウは結婚まで意識できる彼女と出会えた。
「サエコさんは、オレのこと思い出すことなんてないでしょ」
「そんなことないよ。よく思い出すよ」
 つい、本当のことを言ってしまった。シュウがはしゃいだ声を出した。
「ホントに? 嬉しい。オレはねえ、しょっちゅう思い出してんの」
「え、そうなの?」
 嬉しいんですけど。
「これ言って引かれたら嫌なんだけど……」
「なになになに? 教えて?」
 気になる。シュウが小声になった。
「引かないでよ? あのね、彼女がエッチに応じてくれないって言ったでしょ? だから時々、自分で処理してんのね。で、その時に一番手っ取り早く抜けるのが、サエコさんとのエッチを思い出すことなんだよ」
「え……」
 顔が火照ってきた。
「うわ、引いちゃった? ごめん。でも本当なんだよ。一応、あれから何人かの女の子とも経験したんだけど、サエコさんの時みたいに……なんていうんだろう、あの感覚」
「溶け合うような?」
 思わず言うと、シュウが激しく肯いた。
「そうそうそう! それ! それなんだよね。んー前戯の段階から違うというか……。あー羨ましいなあ。サエコさんの旦那さん。いつもあのエッチをしてるわけでしょ?」
「してないよ」
 つい、即答してしまった。シュウが驚いた声を上げる。
「してないって、なんで?」
「あのね、私も、それなりに何人かの男性と経験はあるんだけど、シュウ君は本当に特別だったよ。私はシュウ君の今の彼女が羨ましいよ。あの指使い、あの……」
 言いかけて、慌てて口を閉じる。何を言ってるんだ私。
 しばらくの奇妙な沈黙を破ったのは、シュウの方だった。
「……ねえ、サエコさん」
 シュウの悪戯っぽい声。それだけで溢れ出た。十年前、セックス中に耳元でささやかれた時と同じ、何かを企んだ声。
「なに?」
 聞くと、シュウがボソッといった。
「しようよ」
「バカッ」
 瞬時に言い返す。シュウがクスクス笑う。
「懐かしいなあ。サエコさんの『バカ』って言葉。オレしょっちゅう言われてた」
「だって……バカなこというんだもん」
 びっくりした。しようって、何をどうやって!
 鼓動が激しくなってきた。シュウが柔らかい声のまま続ける。
「サエコさんってさ、本当に感度良好だったよね。背中とか少し口づけるだけで、すげー色っぽい声だして仰け反るの。オレ、いっつもそれにゾクゾクさせられてた」
「だって、それは、君の唇が……」
一番感じるところを探し当てて、一番感じる優しさで触れてくれたから。
「今も、感度良好?」
「……知らない」
「今、こんな話ししてるだけで、下着すごーく濡れて大変なことになってるでしょ?」
「!」
 図星。
「図星?」
「大変なことになんかなってないもん。おりもの専用シートしてるから大丈夫だもん」
 あ、しまった。言ってから、濡れているのを認めていることに気がついた。シュウが笑い出した。
「サエコさん、あいかわらずカワイイね」
「三十八歳のおばさんをからかわないでくださいっ」
「おばさんじゃないよ、サエコさん。昨日見たときもびっくりしたよ。十年前よりも更に素敵になってた」
 どこがだ!
「どんだけ目悪いのよ! 肌艶とか衰えまくりだよ。それに少し太ったし」
「そう? オレには綺麗に見えたけどなあ。この色っぽい足にしゃぶりついてたんだな~なんて思いながら見送ってた」
「しゃぶりついてたって……」
 気が遠くなる記憶。シュウはよく、私の足の指から、足の甲、足首、ふくらはぎ、膝小僧の後ろ、太股……と優しく口づけてくれた。
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窓越しの恋(6/10)

2009年01月05日 10時44分43秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
 シュウとは良い別れ方をしなかった。
 夏休みが終わり、高校生に戻ったシュウ。文化祭の実行委員の仕事で忙しいらしいのに、律儀に毎日私のアパートに顔を出した。そして楽しそうに学校の話をした。私が十年前に体験した高校三年生の二学期。あまりにも遠い記憶だった。歳の差を再認識させられ、聞いているのが辛かった。
「ごめん。疲れてるから」
 そういって、早めにシュウを帰らせることが多くなった。小さな諍いも多くなった。
 その日も何がきっかけで喧嘩になったのか、よく覚えていない。
「子供扱いするなよ!」
 シュウがふくれた。
「君は子供だよ」
 溜息をつく私。もう、限界がきていた。
「別れよう。私達」
 言うと、シュウは静かに立ち上がり、
「わかった」
 小さく肯き、静かに出ていった。部屋の中が耳が痛くなるほど静かになった。
シュウには言っていなかったが、十月から他店に異動が決まっていた。連絡しないまま、引っ越しをすませた。同僚達に私の異動先を堅く口止めした。シュウの携帯番号を着信拒否に設定した。十月に入ってから、何度か非通知着信や登録のない番号からの着信があったが、すべて無視し続けた。年が明けるころには、そんな着信もなくなった。
 傷つけてしまった。でも、これ以上傷つけたくなかった。傷つきたくなかった。
 あれから十年。
 私は結婚して、仕事も辞め、子供を二人産んだ。十年前の夏は遠い記憶になった。
 それなのに、今、昨日のことのように思い出す。西日のあたるアパート。幼い寝顔。色素の薄い髪。白く細い腕。愛しい人。
「サエコさん?」
 九時少し前、電話が鳴った。
 八時過ぎには子供達を寝かしつけ、アロマライトだけをつけた薄暗いリビングのソファで、電話が鳴るのをずっと待っていた。夫は十時を過ぎないと帰ってこない。いつもならば、翌日の弁当の下ごしらえやアイロンかけなどをして過ごす時間なのだが、とてもじゃないが、何も手につかなかった。
 着信音を八秒ほど聞いてから電話に出ると、唐突に、シュウは言った。
「重い」
 二十八歳は重いか重くないか。十年前の問題の答えだ。
「去年、一番仲良しの友達が結婚してさ。結婚式でスピーチまでしたんだよ。もう、そんな歳なんだなーと思ったら、やっぱり『重い』って結論にいたった」
「シュウ君は、結婚しないの?」
 聞きたくないようで聞きたい、今のシュウのこと。
「んー。そろそろするかもしれない」
 痛っ。撃ち抜かれたかと思った。予想以上に胸が痛い。自分は結婚して子供までいるのに、勝手なものだ。
「同棲してる彼女がいるんだけどさ。彼女の親に同棲がばれちゃって。さっさと結婚しろって急かされてる」
「そう……。今、どこに住んでるの?」
「札幌。大学卒業してからずっと札幌で働いてるんだよ。今、夏休みでこっちに帰省中」
「札幌!」
 遠い……。
「彼女いくつ?」
「オレの二コ下」
 げ。シュウの二つ年下ということは、私の一回り下。干支一緒だよ……。ナナちゃんママの張りのある頬を思い出す。そのナナちゃんママよりも更に二つ下……。
「羨ましい限りだわ」
「なにが?」
「若さが」
 言うと、シュウは笑った。
「十年前も同じ様なこといってたよね」
「そうだっけ?」
 結局、十年前も今も、私はシュウより十歳年上なのだ。
「ねえ、サエコさん。結婚って幸せ?」
「……たぶん」
 そう。たぶん。私は幸せなはずだ。
「オレ、まだピンとこないんだよ、結婚って。結婚するんだったら彼女とって思って、今一緒に暮らしてはいるんだけど、きっと本当に結婚ってなったら違うんだよね?」
「そうね。親戚付き合いとか出てくるし、子供ができたら子供中心の生活になるし」
「子供かあ……」
 ふーっと大きく息を吐くシュウ。
「出来ないかもなあ。エッチしないから」
「え? なんで?」
「彼女、するの好きじゃないんだよ。誘っても断られる毎日」
「え、そうなの?」
 シュウとしたたくさんのセックスを思い出して体が火照る。あの素晴らしく幸せな時間を断る彼女っていったい……。
「オレ、そんなにヘタだった?」
「そんなことない! すごくうまかった!」
 ふざけた言い方だったのに、思わず本気で叫んでしまった。微妙な空気が流れる。
 誤魔化そうと何か言おうとしたところ、
「ねえ、何でオレと別れようと思ったの?」
 ポツリとシュウがいった。
「オレのどこが嫌いになったの?」
「嫌いになんかなってないよ」
 苦しい。電話越しのシュウの声。不思議なくらい、十年前と少しも変わらない。
「オレはさ。サエコさんのこと本当に大好きだったんだよ。初めて会った時からずっと。一目惚れだった。本当に大好きだった」
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